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20粒目

朝から温泉という贅沢を堪能し、

「朝食は外で頼むと言われているよ」

「ふぬ」

「フーン」

おにぎりおにぎりとうるさい狸擬きのために炊いてやると、

『これを食べると力が出ますと言ってます』

不思議そうにおにぎりを見つめる蒼狼。

「そうの?」

すっとぼけ、お茶を飲み、のんびり外に出て皆で村を散策する。

『♪』

「フーン♪」

狼に、我と狸擬きのお揃いのポンチョを褒めて貰えたらしい。

我等の気配は、我等があの街に来た時からほんのりと感じていたと。

遠い街に、何か微かな同胞の気配がして、そわそわと気になっていたから、来てくれてとても嬉しいと、村を歩きながら教えてくれる。

宿から見える蒼い山から、微かに何かを感じていたのはこの蒼狼からのものだった。

そう大きくない村は徒歩でも充分に回りきれる広さで、

『山の方にも獣が浸かれる温度の湯の溜まり場があり、たまにでもなく浸かることもあると言ってます』

「のの、まさに秘境の温泉の」

『仲良しの熊と浸かることもあるそうです』

のぅ、さすがメルヘンな世界である。

期待を裏切らない。

「あぁ、ここだ」

そういえば男が、宿の人間に、何かメモされた紙を渡されたいた。

「の?」

「ここの名物の甘味を出してるお店だよ」

飾り気のない小さな茶屋は、おばばと我と同じくらい小さな娘がいたけれど、小さな娘は我を見て、狸擬きを見て、蒼狼を見て、

「……!」

ぱぁっと笑顔になり駆け寄ってくる。

おばばは嗜めつつも、

「お席へどうぞ」

と木の切りっぱなしのテーブルと丸太の椅子を勧めてくれ、我には到底テーブルが届かぬ高さ故、男の膝に座らされる。

狸擬きと狼は足許に腰を降ろす。

「冷えないのの?」

ほぼ地面の様なものだ。

「フーン」

我等は毛があるから大丈夫ですと。

メニューはほぼ1つで飲み物は珈琲か牛の乳か。

メニューの絵は、先端がスパッと切られた山の様なもので、

「?」

男もわからないと。

「お主は甘いものは不得意かの?」

チーズケーキは喜んで食べていたけれど。

『……♪』

試してみたいですと頷くため、4つ。

小さな娘は、我よりも足許にいる蒼狼と狸擬きに夢中で、狸擬きが前足を出して遊んでやっている。

「マダム曰く、すぐに出せるものそうだよ」

皺くちゃおばばの事もマダムと呼ぶ男に感心しつつも、

(形からしてマフィンとか、焼き菓子かの……?)

扉のない奥の部屋に消えたおばばは、言葉通りすぐに戻って来たけれど。

盆に乗せられてやったきたそれは。

「プ」

「ぷ?」

「プリンの……」

「ぷりん?」

男は名も知らぬ様で、狸擬きも、

「フーン?」

プルプルしてますね?

と不思議そうに首を傾げる。

狼も、山に運ばれて来たことはないですねと、目の前に置かれたプリンをまじまじと眺めている。

娘が何か教えてくれる。

「温泉の蒸気で蒸しているようだよ」

「ほぅっ?」

なんともなんとも。

浅い皿に乗せられても尚形を保てているのだから凄い。

表面にかかった濃い目のそれはカラメルだろう。

「ののぅ♪」

まさかこんな場所で、新しい甘味に出会えるとは。

(いや、こんな場所、などと思わず、感謝しなければ)

「いただきます」

プルプルのプリンは、

「……ぬふん♪」

初めての食感。

「んん?ちょっとびっくりする感触だな」

「フーン♪」

驚く男に、狸擬きは新食感です、とパクパク食べている。

『……』

蒼狼は、自分はやはり甘いものより肉の方が好きみたいですと、それでも皿を器用に綺麗にしている。

狸擬きは、スプーンを使っている姿を娘に見られ、

「夢……?」

と言わんばかりにまじまじと凝視されている。

「の?お主も苦手かの?」

「いや、全く初めて噛み心地に戸惑ってる」

ほほぅ。

確かに、あまりなかった食感。

「フンフン♪」

これは主様が作ったものも食べてみたいですと狸擬き。

「ふぬ」

作り方はわりかし単純だったはず。

我と狸擬きだけはおかわりさせてもらい、男と蒼狼は珈琲と牛の乳を追加。

おばば、もといマダムの話では、プリンはこの村の名物で、街の方にも大事に運ばれ、主に城やお高めのホテルに出されているという。

あくまで、

「温泉で蒸した」

というところが売りらしい。

この娘の両親は、やっと新婚旅行で、夢だった青の国へ遊びに行っているのだという。

母親がこの娘を生んでから体調を崩し、やっと元気になってきたためと、自分が孫娘を見てやれている今のうちに、と娘夫婦を送り出したと。

男も言っていた通り、この世界では、

「新婚旅行」

はどんなに遅れても無理をしてでも行くものらしい。

2つ目のプリンをあーむと食べる狸擬きの背中に、娘がしがみついている。

白々しく、男伝に山の主のことを訊ねると、

「非常に有り難い存在、山神様がいるお陰で、村は存続できている」

とのこと。

山神様へのお供え物は、皿の中でも空になったものを特に優先して置いている。ソーセージ、豚の生肉、蒸かした芋など」

「お酒は一度きりだった、次に出しても、そのまま手付かずで残るようになっていた」

と。

『……』

『初めてお酒を飲んだ日の記憶がなく、その時に友達だった熊に少しの間怯えられてからは、酒は遠慮しているのです』

と店を出てから教えてくれた。

どうやら酒癖はあまりよくないらしい。

街からの客もちらほらいる。

狸擬きが、

「フーン」

昼の山を狼と駆け回りたいです、と言うため、山の入り口まで送り。

「気を付けの」

「フーン♪」

『♪』

1匹と1頭を山へ送り出した。


「パフェにプリンに、ここはとても良い国の」

男に抱っこされて、小さな村を歩く。

「そうだな。……もうしばらくこの国にいるか?」

「のの、そろそろ青の国へ行くの」

あちらは甘味はあまり期待できないけれども。

村の組合へ顔を出してみる。

あの葡萄酒の村と似たり寄ったりのほぼ鳥の休憩所で、こちらは、

若い男が鳥の糞場の片付けをしていた。

身長はほどほど、細面で身体も細く、華奢である。

「わ、わ、こんにちは、えっと、旅の片ですか?」

ここで組合に顔を出す客は珍しいらしく、エプロンを外しやってきた。

村に馴染むわりかしラフな格好。

カウンターすらなく、小さなテーブルと、今は不在の、鳥たちのための寝床や餌場の方が目立つ。

けれど、小さなテーブルには本が置かれ、少し気になる。

男が、この村では特に仕事はしないけれど、自分は行商人だと自己紹介をし、挨拶がてら寄ったと話し。

「これは君へと、こっちは、この村の方へ」

いくつか小さな石やコインの入った小袋を渡すと、

「わ、ありがとうございます」

控えめながらも、とても嬉しそうにお礼を言ってくれる。

挨拶が面倒だから、村長に寄付を渡すのは自分達が村から出てから頼むと男が肩を竦めると、若い男も気持ちは解るのか、

「そうさせてもらいます」

とクスリと笑う。

「ここは3ヶ月おきに、街から順番で組合の人間が来て組合店番をするんです。娯楽も少ないし仲間もいないので、まめに皆で分担しようと。あ、はい、村の郵便屋も兼ねてますね。でも僕は、のんびり鳥の世話して、毎日温泉に入って、本もたくさん持って来ているので、退屈しないし、頼めばここと街を往復している村の人が本を持ってきてくれるしで、結構ここが好きなんです」

と、クスクス笑う。

組合のあの少年も、そのうち来るのだろうか。

奥の、水場や寝室兼自室にあたる部屋に、若い男が持ってきた本を置いていると言うため眺めさせてもらうと。

「多いの!?」

小さな本棚には到底収まりきらず、床にも本が壁に沿って積まれている。

「はい、馬車の半分は本でした」

本を読むのが趣味らしい。

見たい見たいと訴えると、若い男はどうぞと快諾してくれ、まずは本棚の前に立つと、1冊ずつ手に取る。

こちらでは、本は少しばかり安価なものになるけれど、お手軽に手に取れる程のものではない。この若い男はとにかく昔から本が欲しくて、割りと多くの子供が夢を見る卒業旅行のためにではなく、日々、本のために小銭をため、父親に言われるまに組合に就職したのも、自分で本を好きなだけ買いたいからだったと。

若い男は、他の遠い国の本事情を知りたがり、その貴重さと値段の張り具合に心底驚き飛び上がっている。

「僕は案外恵まれた土地に住んでいるのですね……」

今の悩みは、街では実家暮らしなために、帰った時に、確実に母親に増えた本の小言を言われること。

「滅多にない書庫付きの家を借りたいんですけれど、なかなか空かないんですよね」

書庫付きの家、しかも借家。

読書家が多いのだろう。

我が、積まれた本まで広げ始めたせいか、

「村にはいつまでいます?帰りに持ってきてくれればそれまで貸しますよ?」

と何とも心の広い所を見せてくれ、ホクホクと選ぶも。

「貸しなさい」

男の検閲が入る。

(ぬぅ、厳しいのぅ)

卑猥でも暴力的でもないと判断されたらしく、やっと我の手許に帰ってくる。

明日までに少しでも読みたい。

宿に戻ると、男は温泉に浸かるというため、炊飯器のスイッチを入れ、本を開く。

本の世界では、やっと飛べるようになった小鳥が、空を高く飛びすぎて、悪い風に当たり、翼が折れてしまう。

落ちてきた小鳥を手の平で受け止めたのは愛らしい少女。

手当てをしても小鳥は飛べず、けれど小鳥の可憐な鳴き声と少女の涼やかな歌声は、素敵なハーモニーを醸し、その歌声で人々を楽しませ、少女と小鳥目当てに村に人がやってくるようになり、祭りの時期には他の村からも声が掛かり、歌姫小鳥として仲良く歌を唄うお話。

短編集で、どれも少年少女、鳥や小兎との友情だったり、小さな冒険のお話。

足を怪我して歩けなくなった少年が、大爪鳥の爪から吊るしたブランコに乗り、空を飛んだり。

不意の事故で頭を打った少女が、記憶をなくし魔法を使えなくなり、小狼との1人と1匹で暮らしているため、魔法がなくとも奮闘しながら生活し。

春のある日、事故で最後に見た庭に咲いた花を見たら、いきなり記憶を取り戻し、また魔法も使えるようになったお話が最後だったけれど。

(ふぬ……?)

人の持つ魔法も、この少女の様に、何かのきっかけになくなったり、むしろ後天的に増えたりすることはないのだろう。

それに、例えば手首を切り落としたら、手首の先から炎や風は出てこないのだろうか。

あくまでも手の平や指先、が重要なのだろうか。

温泉から上がった男にたじろがれるのは承知で訊ねれば、

「どうだろう、後天的に増えるのは聞いたことがないな。事故で片手がない老人はいたけれど、残った片手で火は出していた」

と、慣れて来たのか、普通に返事は貰えた。

そして、男の感覚では、多分、指や手の平がなくなったら火はでないと思う。

火が出るのは人差し指。

風は手の平でも、何となく中指が風の指だと思っていると。

魔法は自分達にはあまりに自然すぎて、呼吸するようなものだから、出所を不思議に思うこともないと。

我の手の平から小豆が出るようなものなのだろう。

「……ふぬ」

赤の国へ行けば、それも、少しは何か解るのだろうか。

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