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2粒目

翌日も、鳥たちは魚ではなく、執拗に人の肉を狙っているらしく、様子を見る船員たちにも隙あらば襲いかかっていくと男から聞いた。

娯楽はあるとはいえ、お船の醍醐味でもある甲板に出られないのは、少しだけつまらない。

まぁ出ても、狸擬きと追い駆けっこする程度だけれど。

と思っていたけれど、甲板でお茶が出来る3つ目の茶屋があり、当然今はきつく扉は閉められていると。

しかし何より。

鳥たちがこれだけ執着するのは異常なこと。

黒子は朝は起きてこず、娘も朝は部屋でお茶だけと聞いていたため、我等は今朝は喫茶室で卵とチーズのホットサンドを食べながら。

「フーン」

狸擬きが、少し変ですね、と肉球に垂れたチーズを舐める。

「そうの」

気配を探ってみるけれど。

じっと耳を澄ませば、あまり耳障りがいいとは言えない鳴き声が聞こえてくる。

お船の上空をぐるぐる飛んでいる。

それに。

「……あやつらは、多分、人の肉の味を覚えておるの」

「?」

男が露骨に眉を寄せる。

(あぁ……)

食事中か。

「失礼したの」

「いや、聞き慣れない単語に驚いただけだよ」

そうか。

「きっとどこかで、山の方で倒れた人間の肉でも食べただろうの」

それが、とても美味だったのだろう。

「……んん」

「推測でしかないけれどの」

男が煙草に火を点ける。

「わざわざ船に着いてきたのはなぜだ?」

「逃げ場のない袋の鼠とでも思ったのやもしれぬの」

とんとない頭で考えたか、もしくは。

狸擬きが、ちらと黒いお目目で我を見つめてくる。

それには気付かないふりをし、

「今は良くとも、鳥たちが魚を拐って体力を温存しつつ、お船が港に着いた時が危ないの」

「あぁ」

そう、船で自分達を運ばせ、港にいる人間を襲うかもしれない。

「けれどそれくらいは、お船の人間も察しているはずの」

弓銃程度なら、積んでいるだろう。


男と黒子は、娘に言葉と文字を教わり、我は文字を覚え、狸擬きはせっせとお絵描きに勤しんでいる。

昼過ぎ、大型の鳥たちは魚には見向きもせずに、

「ドアを攻撃し始めたらしい」

「それはまた、元気なことであるの」

黒子は、2日目にして船内で許可を取り紙芝居の仕事を始め、子供も大人も混じり、初日から満員御礼の様子。

言葉も白い街からの人間が多いため、問題ないと。

突如現れた大型の鳥のせいで不安も多い今、いい気分転換の娯楽になっているとも。

空は曇り。

我等は少し遅い昼は、部屋で赤飯おにぎりと紅茶で済ませ。

「フーン?」

人の肉は美味しいものなのですか?

と聞いてくるのは狸擬き。

「そうの、きっと獣にとってはご馳走の」

鳥が執拗に攻撃している扉は、内側から強固に板が打ち付けられると、別の扉へと向かう鳥たち。

さすがに、人への執着具合が異常だ。

「人肉だけでなく、同時期に変な茸でも食ったのかもしれぬの……」

「フーンフン」

山には食べると楽しくなる茸があります、と狸擬き。

「ほぅ?」

それは気になる。

詳しく聞きたいけれど。

それより。

「の、お船の船員たちは応戦はしないのの?」

「船員たちも、そこまで弓銃の扱いに慣れていないんだ」

しかも飛べる鳥たちに対しては、圧倒的に不利だと言う。

鳥たちが弱るのを待っていると言う話だけれど。

(ぬん……)

狸擬きが、スンスン鼻を鳴らすと、

「フーン」

もうすぐ、雨が来ますと伝えてくる。

「おや、海の上でも鼻が利くの」

「フーン」

風はよく流れますからと。

「それで?」

「フーン」

明日までは雨は続きます、とも。

わざわざ、今、これからの天気を伝えてくると言うことは、さすが我の従者。

若干でも、主人の頭を覗ける能力でも身に付けたのかもしれぬ。

油断ならぬ狸である。

「の」

「ん?」

「お主の同行もあれば、我が甲板へ立つ許可は降りるかの?」

煙草を灰皿に押し付ける男の、

「……君は、何を言っている」

深く寄るのは眉。

「お主も解っているだろうの。このままではお船はジリ貧だと」

鳥たちはとうとう魚を捕り始めたものの、それはやはり人を襲うための体力を補う狩りでしかない。

その体力が衰えない鳥たちと共に港へ向かい、港の人間を避難させ迎え撃つにしても、海の風、地理的にも圧倒的に鳥が有利であるし、鳥たちは港ではなく、さっさと街の方へ飛んでいくであろう。

そうしたら被害はこの船の非ではない。

それに何より。

「……あれらを、人を襲う鳥たちを生かしておいてどうするのの」

船は、進み続ける。

船の客たちも、不安は絶えずあるし、確実に疲弊を伴う。

男は目を伏せ、

「君を信用してないわけではない。でも外は風も強い。君のその豆は、わりと軽いだろう」

ソファの反対側に座る我を見つめてくる。

「あぁ、それは」

問題ないの。

単純に力を込めればいいけれど、試してみたいこともある。

男を見返し、獣たちにはザッと身を引かれる微笑みを見せれば。

しかし男の瞳にあるのは、怯えでも狼狽でもなく、そこにあるのは、恍惚。


翌日は早朝。

まだ客たちの寝ている時間に部屋を出て狭い廊下を急いで抜け、まずはお目当ての大きな花瓶へ向かう。

ただ我の手では届かず、男に花瓶の中の鉛玉を取り出して貰う。

「そんなにはいらないの」

小さな茶巾袋に詰めて、甲板に出る階段を上がる。

当然がっちり内側の鍵が掛かっているけれど、

「ふんす」

申し訳ないいけれど、壊させて貰った。

「お主は濡れぬように、ここで待っててくれの」

「……気を付けるんだぞ」

頬に唇を触れられる。

「のの……」

「フーン」

「頼むの」

「フーン♪」

重い扉を男が薄く開き、狸擬きと共に甲板へ出る。

前方ではなく、なるべく船員の目が逸れる側面に誘導させたい。

ピューウゥッ!

と指笛を吹くと、

「フンッ!?」

驚いたのは狸擬き。

「これは簡単の、後でお主にも教えるの」

「フーン♪」

吹けるかは疑問だけれど。

反対側にいたらしい鳥たちが、思ったよりも上空に飛びながら姿を表し、我と狸擬きの姿を視認すると、その場でくるくると回っている。

どうやら、煽られている模様。

人間の幼子としては認識されていないのか、単なる習性か。

「狸擬き、お主には何か解るのの?」

ポツリと大粒の雨粒が鼻先に当たった。

『……うすらぼんやりではありますが、感覚で思うことは、鳥たちの、理性と言われる部分が縮小しているような感じがあります』

「のの、そこまで解るのの」

『いえ、ただの勘しかありませんが』

もしや。

「……何かに乗っ取られているかの?」

カタツムリの寄生虫が、鳥に寄生する様に。

1頭がスゥッと、それでも美しく一直線降りて来たため、我を乗せた狸擬きが甲板を走り、更に高度を落とさせ、

「……っ」

振り返り手にしていた鉛玉を指先で弾くと、小さくしかし重い鉛玉は、

「ギィッ……!?」

小さな頭を呆気なく貫通し、背中の毛を抉り、鳥は翼を広げたまま風に流されつつ、海に落ちていく。

『お見事です』

「あと2匹の」

小雨から大粒の雨で、相手も自分達の勝負が不利だと気付いたのか、2頭がくるりくるりと旋回しながら降りて来た。

しかし。

「……遅いの」

「フーン」

(あぁ……)

小さな目は酷く濁り、明らかにおかしくなっている。

旋回する先に来るであろう位置に鉛玉を立て続けに打てば。

「ビギィッ!」

「ギギッ……!?」

バタリ、バタリと2匹がほぼ同時に甲板に落ちてきた。

「……ふん」

『小豆と呼ばれる豆でなくとも、そのぶれない手捌き、お達者で御います』

「ぬふん♪」

狸擬きがきゅっと止まり、身体の向きを変える。

「……の、これは海に投げて良いものかの」

『えぇ、甲板にあるだけで、人が触れるだけでも危険かと』

「魚が食わぬかの」

『食べるでしょうが、この辺りまでは人は漁に来ないかと』

ふぬ。

狸擬きから降り、

「ふーぬんっ」

首を掴み、勢いを付けてその場で回転し、目一杯放り投げると、鳥が高く放射線を描き宙に飛び、微かに血が飛び散り、視界から消えていく。

2匹目も同じように投げ飛ばし、強くなってきた雨水で手を洗ってから中に戻ると、

「あぁ……」

男の安堵した顔と共に抱き締められた。

「濡れるの?」

「構わない。……何の役にも立てなくて情けない」

辛そうな溜め息に。

何を言ってる。

「お主がいるから、お主のために、我は動くだけであるの」

ぎゅうとしがみつき、けれど人が来る前にそそくさと部屋へ戻る。

髪と巫女装束と狸擬きを乾かされ、

「きせいちゅう?」

あまり馴染みのない言葉らしい。

「狸擬きの言葉を聞いての、けれどただの推測の。人にいたのか、その前後に、鳥たちが寄生虫に犯された何かを食べたものかは、とんと分からぬけれどの』

雨は続き、今日もお勉強の時間になり、小さな個室で男は娘に言葉を、我は書き文字の練習していると。

「鳥が消えた」

と拡張期から知らせが流れたらしい。

僅かな血も強い雨で流され、鉛玉は1つ2つ転がっていても、子供の悪戯程度にしか思われないだろう。

昼時のレストランでは。

娘は、たまたま知り合いの家族に遭遇し、黒子も昼からのタダ酒狙いで別のレストランに付いていっており、今日は2人と1匹での食事。

周りの客たちは、

「鳥はどこへ消えた」

との話題で持ちきりらしい。

不安そうな表情はなく、安堵した顔や声がほとんどだから、大丈夫だろう。

餌がなくなり、諦めて陸に戻ったという説が有力だと。

安全が確認され次第、甲板も解放されると。

しかし。

(鉛玉、なかなかに良いの)

鳥肉を食べながら思う。

飲み込んで、体内に仕込めないだろうか。

男に、

「何か重くなったな?」

と言われてしまうかもしれないけれど。


すっかり青空が広がった午後は。

船内の中ならば持ち出し可の本を持ち出し、甲板に並ぶテーブルのカフェで。

狸擬きに絵本を読み聞かせてやる。

午後は、お船の方から甲板へ出る許可が降り、男はテラス席で娘に言葉を習っているのだ。

『やまをこえていくと、シカのなかまが、いました』

「♪」

楽しそうにゆっくり尻尾を振る狸擬き。

『ふゆのこないやまを、さがしています、と、シカがたずねると』

絵本にふと影が出来、

「……」

黒子が手の前に立ち、胸の前で指を絡めてきた。

どうやら、何か、我に頼み事をしているらしい。

「フーン」

狸擬きが小さく、紙芝居の手伝いをして欲しいと言ってます、と教えてくれる。

「……」

通じないふりで、視線を落とす。

「……、……」

手伝ってくれたら、僕の出てきた国の話を教えるよと。

「……」

そこまでお主にもお主の国にも興味はない。

気になるなら、自分の目で見に行けばいいだけの話。

ただひたすら聞こえないふりを通すと、黒子は諦めて男の許へ向かう。

そう、我を使いたければ、男の許可を取るのだ。

鳥の脅威も去り、船内の空気は明るい。

「今日のおやつは何を食べようかの」

「フーン」

赤飯おにぎりが食べたいです、と狸擬き。

「そうの」

しかし我は甘味も食べたい。

「ほどほどにして、甘味にも付き合ってくれぬかの」

「フーン♪」

目新しい甘味はないかのと、と狸擬きとこそこそ話していると、男のとかく渋る空気がこちらに伝わってくる。

10日もいるから、演目は幾つかあっても、紙芝居そのものもに飽きられは困るのだろう。

黒子は酒さえ飲めれば、あとは何でもいいらしい。

けれど多少は、玄人の意地もあるらと見た。

狸擬き曰く、

「なんでも条件飲むからさ~」

と軽々しくそんなことを口にしてるらしい。

ふぬふぬ。

「ならば」

これから行く国は、丈夫な布、そして革にも強い国らしい。

ベンチから降りて3人の許へ向かうと、

「着いた先で、我の鞄を1つ作るの報酬に、狸擬きならば貸し出すの」

男に伝えると、

「フンッ!?」

呑気にトテトテと付いてきていた狸擬きが、ぐりんっとこちらに顔を向けてくる。

「物語の中で、お主が冒険者になれるチャンスの」

男は、それならばとあっさり頷き、黒子に伝えている。

「フンッ!?」

黒子は顎に手を当て、うんうんと頷くと、男と握手をする。

「フーンッ!?」

主人の意思は従者の意思なのだ。


それからは、甲板だけでなく、廊下やあらゆる場所で、黒子と狸擬きが、大きな身振り手振りで、剣を振る、跳ねる、倒れるなどの演技の練習をしているため。

「紙芝居の、整理券が発行された」

「のーぅ」

勿論子供優先で、親同伴の子は抱っこで後ろの立ち見だと。

「報酬は鞄でなく、ドレス一式にしても良かったかの」

「酒代くらいは残しておいてあげよう」

男はおかしそうに笑う。

食事処でも、

「楽しみにしてるよ」

と親子連れから声が掛かり、黒子は愛想よく、期待しててね!と手を振るけれど、狸擬きは、しかしクールに、つんと澄ましている。

まぁ愛想を振り撒くと、途端に構われ始めるからの。

部屋に戻り、

「お主のご褒美は何がいい?」

訊ねれば。

「フーン」

おにぎり、と狸擬き。

(のぅ、安い狸の……)

言葉にせずとも何か感じ取ったのか、ベッドであぐらを掻く男の膝の中の我を見て、

「フンフンッ、フンフンッ」

わたくめは主様の代わりに粉骨砕身で、今回のことだけでなく、いかに日々奉仕しているかと、フンスフンスと全身で忙しく訴えてくる。

「くふふ、大袈裟な演技がとても上手になったの」

「フンッ?」

本当ですか!?

とパッとご機嫌になりかけた狸擬きは、

「……フン?」

喜んでいいのか、と眉間に毛を寄せて悩み始める。

黒子が、もう少し練習したいと狸擬きを連れていき、我と男も眠るにはまだ早いと、夜の卓上遊戯の部屋を覗きに行き、男が言葉の練習がてら、そこにいる紳士たちと卓を囲むも。

しかしあまりの煙さに、我は部屋で待っていると遊戯室から飛び出し。

「……」

ぬぬ。

ふと、気付く。

我は今。

(1人の)

ふぬ。

少し遠回りし、螺旋階段ではなく、まっすぐな手摺の太めの階段へ向かうと、

「うんしょの」

股がるのではなく、足を揃えて横に座り、

「わふーぅ♪」

手摺を滑り台代わりに、スーッと滑り、

(これはこれは楽しいの♪)

疾走感に心踊ると。

「……っ」

手摺の終わりで、尻の向きを変えポンッと降りた先に。

我と見た目は同じくらいの少女と少年の手を繋いだ家族が、足を止め、我を見ていた。

(……ののぅ)

「……」

言葉も通じぬし、弁解も出来ぬ。

迷った末に、我は。

適当な、そう、カーテシーとやらをして、

「……っ」

その場から走って逃げた。

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