134粒目
このほわほわした男こそ、花を探しに山に入ってる最中に、熊に荷台を荒らされた男だった。
「僕はねぇ、一攫千金で白い花を。ついでに浮き島もねぇ、探しているんだぁ」
積極的に山へ入るくらいであるし、赤毛の母親の様な、気力体力が有り余った大層がさつな男を想像していたら、見た目からしてのほほんとした、垂れ目とそばかすが印象的な男。
肩に、街の郵便鳥より少し大きいくらいの白い鳥を乗せている。
男が、長く滞在しているのですかと問えば、
「うん。僕はこの宿を拠点にしてたから、もう何泊目かなぁ」
ここしばらくは、山へもあまり入るなと言われていたため、旅の資金稼ぎも兼ねて、街で働いていたと。
今日は早めに仕事終わった所なんだぁと、何とものほほんとした男と宿に入ると、受付を済ませ、男がお茶に誘えば。
「わぁ、いいのぉ?荷物置いたらお邪魔するねぇ」
と足取り軽く、1人用の2階の部屋へ向かい。
1階の我等が割り振られた部屋は、ベッドが2台。
小さな水場もあり、男と手分けして必要な荷を部屋に運ぶ。
少しして、
「早速来たよぉ」
と、ビスケットと珈琲豆を抱えて部屋に訊ねてきた。
男が、唐突な誘いだったけれど、あまり驚きませんねと珈琲を淹れながら訊ねると。
「実は組合でねぇ、チラッと聞いてたんだぁ」
組合で。
そうだ、こやつは我等を「噂の」などと言っていたしの。
「カウンターにいたらさぁ、
『調査隊が来る?』
『若い男、幼女?……変な獣?』
なんて声がさぁ、カウンターの方から聞こえたんだよねぇ」
それが気になって、何かと理由を付けては、組合に足を運んでいたのだと。
「だからねぇ、君たちに会えて嬉しいんだぁ」
ウキウキとした表情にも声にも、嫌味も悪意もない。
毒気を抜かれた様な横顔を見せる男に、滅法不満そうなのは狸擬き。
「フンフン」
誇り高き森の主であるこのわたくしめを変な獣とは、とご立腹なのだ。
(ふぬん)
これからは、狸擬きではなく変な獣と呼んでやろうかのと目論んでいると、ふと、ほわほわ男の肩に留まる、白い鳥が視界に収まる。
ほわほわ男の白い鳥は、ほわほわ男曰く、少しばかり人見知りならぬ、獣見知りをするらしく、今もほわほわ男の肩から動かず。
狸擬きも無理に距離を詰めようとはせず、馴染みのない木の実が混ぜ込まれたほわほわ男の手土産のビスケットに前足を伸ばしている。
男が、
「ええと、調査隊と言うのはガセです」
と訂正すれば、
「えー?そうなのぉ?」
驚いても、おっとりなのは変わらない。
「うーん、話が勝手に、どんどん大きくなっちゃった感じかなぁ?」
でもあるよねぇ、そういうことさぁと、うんうんと勝手に納得して頷いている。
似た経験でもあるのだろうか。
「これは、……キャラメル?」
テーブルの上の皿に盛られたファッジを摘み、口の中でもろりと噛めるその食感に戸惑いつつも、
「んん?うんうん、美味しいねぇ」
好評で何より。
肩に留まる鳥も、気になるようで嘴を近づけている。
「んー、少しだけだよ」
白い鳥はほわほわ頭の指先から器用にファッジを啄み、
「♪」
美味しそうに尾をフリフリ。
「これ、山で重宝しそう」
と、指をぺろりと舐める。
そうだ、こやつは山に登る者であった。
ほわほわ男は、男にしては小柄だけれど、
「体力だけは無尽蔵にあるから、山もずーっと登れるんだ」
と、男の淹れた珈琲を上手そうに啜る。
(ふぬ?)
何気に凄いことをさらりと言っている気がする。
「でもこれさぁ、前借りな気もするんだよねぇ」
ニコニコしながら、困ったように眉を下げた。
前借りとな?
「うん、無尽蔵は体力の前借りなだけで、使いきればそれで終わり。僕、早死にするのかなぁって思ったりしててさぁ」
なぜ、そう思うのか。
「ただの勘だよ。でもそういう勘ってさ、なんか当たるでしょ?」
ぬぬん。
大変に興味深い話けれど。
男は、少し困った顔で曖昧に頷くだけに留めると、ほわほわ男はそれ以上、それに付いて話すことはなく。
自分はひたすら山のある場所へ向かい、時には護衛を雇って山へ登り、白い花を探しているのだと教えてくれる。
旅の資金は、行く先々の山の麓の村や街で働き稼いでいると。
見た目より体力あるから、割とどこでも重宝されるよと笑う。
「狩りはしないのの?」
「狩りが出来なくてさぁ。できれば一石二鳥なんだけど、僕、狩りの才能ないんだよねぇ」
剣も弓も罠も駄目。
あるのは体力だけだよと溜め息。
「この山も、獣たちは臆病だからと聞いてたからさぁ、びっくりしたよ」
恐怖ではなく、不思議そうに思い出すように天井を見上げる。
そうだ、荷台の荷は平気だったのかと問えば。
「ぐちゃぐちゃにはなったけどねぇ」
甘いものと保存食を齧られた程度だと。
浮き島は。
「空高くに飛んでるところは何回か見たんだぁ。でもまだそれだけ」
このほわほわ男は、我等とは真逆の方から旅をしてきているらしい。
「え?僕はどこまで行くか?それは勿論、白い花が見付かるまでだよぉ」
えへへと無邪気に笑う。
故郷に帰ることはないのであろうか。
「ないねぇ」
大きな溜め息と共に肩を落とし、わけありかと思えば。
「……実は僕さぁ、性欲がないんだぁ」
と、大変にぷらいべーとな事情を、唐突に吐露された。
(ののん)
通訳の狸擬きも、ファッジを口に放り込めば、フン?とほわほわ頭に視線を向ける。
「この見た目でさぁ、女の人には好かれやすいんだけど、僕自身がそういうことに全然興味ないから、付き合っても結局ギクシャクしちゃって。それもあってねぇ、故郷にも居づらくて、旅をしてるんだぁ」
ののぅ。
旅の事情は、人それぞれであるの。
確かに、我にはちっとも刺さらぬけれど、ほわほわ男は、丸顔でありながら、愛くるしい顔付きをしている。
この柔らかな物腰や話し方なども、女たちには魅力になるのであろう。
「親と兄さんには、たまに手紙送ってるけど、行商人の善意頼りだから、届くのに1年は掛かりそう」
届けば儲けもの程度の認識。
この国のお山に、花はあったのかと訊ねれば、ほわほわ男は真剣な顔になり、
「勘だけどね、あった、気はする」
過去形かの。
「うん、実はね。僕、他の山でも見付けたことはあるんだよ、取れなかったけどね」
おやの。
鳥がいてもか。
「うん。花の咲いてる窪みがさぁ、大きな大きな鳥の寝床になってたんだ。それで、僕が視認したせいか、大きな鳥が留守にするのを待つ間もなく、翌朝には全て花弁が取れて、崖下に落ちてたよ」
なんと、せわしないの。
「うん。僕たちが思っている以上に、あの花は知性があって、自我もあるんだと思う」
ぬぬ?
自我とな。
「うん、それでかなり『意地悪』だとも思ってる」
ほわほわ男が草臥れたソファの背凭れに身体を預けると、白い鳥が、ほわほわ男の肩から、すいっと狸擬きの隣にやってきた。
しばらく観察し、茶色い獣に害はないと判断したのであろう。
「フーン♪」
「……ピ」
囀ずり方も非常に静かで穏やか。
狸擬きと白い鳥は楽しそうにおしゃべりを始め、ほわほわ男も、そんな相棒の姿にニコニコしている。
男が、これからどこへ向かう予定なのかと訊ねながら地図を広げせ見せれば。
「わーぉ!」
興味津々に地図を覗き込み。
「あ、僕のもどうぞ、見て見て。何か必要な情報あったら教えるよぉ」
鞄から地図を取り出し、男は何か訊ね。
我は、おかわりのお茶を淹れるためにソファから飛び降りる。
紅茶を淹れて、鳥は紅茶を飲むのかのと小さな器に少し注ぎ運べば。
「……♪」
「フーン」
有り難く頂戴しますと言ってますと、狸擬き伝に礼を貰えた。
白い鳥は、白い毛を汚さぬように嘴で器用に紅茶を飲んでいる。
男2人は長々と情報交換をした後、
「あのさぁ、もっと簡易なものでいいから、僕の地図と交換してくれないかな」
こちらからは何枚か出すよとガサゴソ鞄を漁り。
男は、差し出された地図を眺めてから、頷き。
交渉は成立。
「本当にありがとう、やっぱり旅人さんの地図は精度も正確さも違う、生きた地図だから貴重なんだ」
いいものを手に入れられたよぉと、ほわほわと、まるで花の咲くような笑顔。
女たちからは、とても魅力に感じるのであろう。
本人は無意識かつ性欲が欠落しているから、無駄な魅力であるけれど。
「日雇いで雇われやすいのはメリットかなぁ」
なるほど。
そんなほわほわ男とは、宿で夕食も共に摂り。
相棒の白い鳥は、
「旅をする時に、鳥屋で選んだんだよ」
主張の強い鳥たちの中で、端の方でただじっと佇み、それが良かったと。
「もう5歳くらいかなぁ」
白い花は山でしか目撃されたことがないため、平地が続いていたり、丘の様な高さしかない山の国や土地は、通り過ぎるだけだと。
「うん。だから僕はええと、西の方?には行かないんだ」
と。
海のある方か。
「あ、そうそ、東の山って、ごくたまに話を聞くんだけど、何か知ってる?」
と問われ、男が、あそこだけはやめた方がいいと笑いもしない助言に。
「何、何、危険なの?」
「危険の意味が違います」
男の話す、東の山の話には、周りの客も興味深そうに耳を傾け、
「ほぉぉ、恩恵なんでものがあるのか」
「うちの国の山は、無駄にデカさしかないからな」
宿の主人も、カウンターから身体を乗り出している。
「デカさどころか、恩恵のかわりに熊が降りてきた!」
行商人らしい男の茶々に、笑い声が広がる。
「今夜は一緒にご飯を食べてくれてありがとう、おやすみぃ」
「おやすみなさい」
鳥はほわほわ男の肩からこちらを振り返り、小首を傾げている。
白い鳥なりの挨拶らしい。
我も手を振り返し、部屋に戻れば、狸擬きが大きな欠伸をし、ベッドに飛び乗る。
白い花を、意地悪だと、ほわほわ男は言った。
白い花を探す人間にすらそう形容される位であるし、大変に捻くれた花なのだろうけれど。
「よく我の手元に来てくれたの」
花になど、人より嫌われてもおかしくないのに。
「フーン」
主様は人間ではありませんぬ故と狸擬き。
牧場村の山で白い花を手に入れられたのは、運のよさだけでなく、我が人外であることも多いに影響があった様子。
ふぬ。
捻くれているからこそ、であろうか。
翌朝。
おはようと眠そうに部屋に訪ねて来たほわほわ男と宿の朝食を共にすると。
「もう、行かれるのですか?」
男の問いにほわほわ男は、
「うん、でも寝泊まりする場所を変えるだけ、ここの山はとても大きいからさぁ」
ほとぼり冷めたし懲りずに探すよぉと笑っている。
探すと云うことは、ほわほわ男の勘では「ある」のだろう。
もう少し深く、山に潜るのであろうか。
餞別にと布に包んだファッジを渡せば。
「わぁっ嬉しい、本当に嬉しいよっ」
ありがとうとウキウキと鞄にしまっている。
「じゃあまたねぇ」
と、また明日にでも再会するような気安さで、さらりと手を振って馬車で走って行くほわほわ男を見送れば。
狸擬き曰く、そうお喋りでない無口な鳥は、それでも小さく羽根を広げて挨拶をしてくれた。
「色んな旅人がおるの」
「そうだな」
「お主も、話は出来たかの」
「フーン」
思った以上に遠くから来ている様子、と狸擬き。
ふぬぬ。
「旅に出るには、色々な理由があるのの」
我等もだけれども。
「俺たちも、そろそろ行こうか」
「の」
「フーン」
村へ。