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133粒目

「あのぅ……?」

と戸惑いと躊躇を多分に含んだ声を掛けてきたその若い男は、こちらは無論、見覚えのない顔。

「なんでしょう?」

それでも、長旅で処世術に長けた我の男は怪訝な顔をすることもなく、笑みを浮かべ。

「ええと、ですね。ある人から、あなたたちにこれを渡すように頼まれまして」

ひょろりとノッポのその若い男も、若干の緊張も含まれた顔に少し笑みを浮かべ、我等を等分に眺めてから、2つに折り畳まれた紙を男に渡してきた。

ある人、とな?

男も戸惑い気味に受け取り、けれどすぐには開かずにいると、

「遠くから来てるんですか?」

そわそわした様子で問われ、

「えぇ、少し遠いかもしれません」

男が愛想よく答えると、

「あぁやっぱり。僕は、西の方とこの国を行ったり来たりの行商人なんです」

若者らしい好奇心に満ちた眼差しと、そのウキウキした話し方に、男の表には出さない警戒も少し弛む。

「僕は父親の仕事を、まだ継いだばかりで」

今回初めて1人でこの国まで来たのだと教えてくれる。

ノッポは自分の事を教えてくれながも、その視線は、男が指に挟んだままのメモに向かい。

「これは、もう読みましたか?」

男が畳まれたままの紙をちらと揺らすと、

「うえっ!?いえいえっ、読みませんよっ!」

慌てたように両手を振り、ただ、そろりと背後を振り返り。

「その、気になる気持ちは、少しあります」

と少し困った顔で笑う。

このノッポはどうやら組合にいたらしいけれど、全く気付かなかった。

男がメモを広げちらと目を通すと、

「西の方には、もう帰るのですか?」

ノッポに訊ねている。

「いえ、僕はもう1泊してからです」

初仕事は順調に終わった様子。

「明日、また組合に顔を出してから帰る予定なんです」

と、答えつつも、そわそわと妙に落ちつかない。

そして、視線はやはりメモへ向かい。

男がすっとぼけてどうしましたと訊ねれば、

「その……」

実は、ノッポにこのメモを託した組合の人間に、ノッポ自身が、お熱なのだと。

無論、あの組合長などではなく、組合で働く女性だと。

行商人である父親とこの国に来ている時から、一方的な片思いなんですと、だいぶ奥手な若者な様子。

その意中の相手が、全く見知らぬ、そしてなかなかに色男な旅人に殴り書きのメモを渡して欲しいとこそりと頼んできたため、

「どうにも落ち着かずにいます」

と、これまた何でも正直に話す若者である。

男は、断定は出来ないけれど十中八九仕事の話ですと笑い、

「気になるならば、同席しますか?」

指に挟んだメモを口許を当てる。

「い、いえいえっとんでもないっ!」

大丈夫、大丈夫ですっと両手を振った若い男は、男が同席を促したことで逆に安心したのか、

「メモは確かに渡しました、馬を待たせているんで戻りますねっ!」

また会えたら嬉しいですっ、と手を振って駆けて行く。

ふぬ。

「春であるの」

季節も、若者も。

「そうだな」

男が改めてメモを見返したため、

「のん?」

繋いだ男の手を引くと、

「あぁ、店の名前が書いてあるよ」

ふぬ。

そこに来いと言うことか。

組合の誰かに、ひよっこ行商人の片思い相手に指定されたのは、

「のの」

組合からは少し離れた2階建ての店の奥の大きめのテラス席。

湖と山が一望出来、湖には今もお船がすれ違っている。

ジュースが呼び水となって、他のテーブルに運ばれる料理の匂いも相まって少し空腹を感じる。

「フーン」

三角巾を被ったままの狸擬きは、少し離れて座る客たちが、伸びるチーズを食べる姿に、前足の爪を咥えて腹を擦っている。

「もう少し待つの」

メニューを眺めていると、

「ごめんなさい、お待たせしました」

(のの?)

先刻のアホな組合長を小さく、そして少しばかり丸くした様な女が現れた。


「組合長は、私の妹なんです」

なんと、姉であったか。

一見、姉妹が逆に思えるけれど、

「立場的にも、よく言われます」

この姉は特に役職にも付いておらず、ただ組合で働いているだけですと気にした様子もなく笑う。

「あ、お腹空いてます?なら良かった、ここ美味しいんですよ」

顔は似ているものの、始終ピリピリしていた妹と違い、姉はニコニコと愛想もいい。

そんな姉に注文を任せれば、間も無く、細切りにしたポテトが繋ぎの小麦粉と共にカリカリに焼かれたものが出され、

「ぬんぬん♪」

「フーン♪」

大変に美味。

更にテーブルの上で、半円の中身が蕩けたチーズが、焼いたパンと蒸し野菜の上にとろりと掛けられ。

「フゥン♪」

目に楽しく味も美味しいですとご満悦狸。

「そうの」

湖で採れた魚も並び。

舌鼓を打っていると、

「旅人さんたちは、色んな国の色んなものを食べてきたんでしょう?」

羨望も含まれた姉の眼差しに、

「そうですね」

男が我の口許を拭ってくる。

「いいなぁ」

なんぞ、お主も男に口を拭われたいのか。

「この街も国も美味しいは美味しいんですけどねぇ」

レパートリーが少なくてと。

ぬん、そっちであるか。

この姉は食べることが好きらしい。

「好きですっ」

この姉とは、なかなかに気が合いそうである。

すでに昼を少し過ぎていたため、客は徐々に減って行き、すっかり空になった我等の皿も下げられると。

「いきなり呼び出してすみません。そして唐突な呼び出しに応じてくれて、ありがとうございます」

と改めて謝罪と礼を述べられた。

男が、組合では少し煙たがられていた気がします、と煙草を取り出し姉に差し出せば、

「私は大丈夫です」

かぶりを振り、

「そうですよね。……すみません」

決して、否定はしない。

そして、その伏せた目を上げると、キリリとした顔で、

「討伐隊の方から届いた手紙で、あなたたちがとても優秀な調査隊の方だとお聞きしてまして、個人的に、是非、お会いしたかったのです」

と、男をじっと見つめてきた。


「……ん?」

「の?」

「フン?」

優秀な調査隊?

我等の、さぞかし呆けているであろうアホ面に、

「……え?」

真剣な姉の顔も、力が抜けたように口をぽかりと開く。

「人違いでは?」

と男と顔を見合わせると、

「いえ。異国の殿方と異国の小さな女の子、多毛の獣を連れていると聞きました」

その組み合わせは、珍しいのか、そうでもないのか。

少なくとも我等は、我等以外にその組み合わせは知らないけれど、我等は積極的に人と関わろうとしないため、そこらには似た組み合わせの旅人が、案外多く転がっているのかもしれない。

男も、

「人違いですね」

と言い切り。

「いっいえいえいえっ!!」

姉が立ち上がる勢いで、

「あなたたちでしょうよ!」

必死な顔で我等を等分に眺めてきた。

ぬぬん。

どうやら珍しい組み合わせな様子。

では。

「討伐隊の、彼女の悪ふざけですね」

男の苦笑い。

いや、苦笑いを越えて、肩を揺らして笑っている。

「……え?」

またも毒気を抜かれた様にポカンとした姉。

「からかわれたんですよ、あなたも、俺も」

そう。

我等も既に、まんまとやられている。

赤毛の母親に。

揺らした肩を今度は大きく竦めて空に向かって紫煙を吐き出す男に、

「え、ええー……?」

妹も浮かせた腰を戻し、幾分呆(ほう)けている。

我の隣では、狸擬きが、ケプッと満足気なげっぷを漏らしている。

そう。

これのどこが、優秀な調査隊の一員に見えるのか。


とりあえず出ましょうかと男が煙草を灰皿に押し付けると。

姉が、

「ここは私が払います」

呼び出したのは私ですからと頑として譲らないため。

代わりにでもないけれど、街中を、案内ついでに少し話を聞かせて貰うことになった。

姉は、通りすぎる年配の男をちらと視線で追うと、

「うちには、もう父親がいないんです」

少し寂しそうに笑った。

おやの。

「もともとあまり丈夫でない母親が、それでも子供を欲しいと無理をしたみたいで。そうしたら、案の定というのは言い過ぎかもしれませんが、妹を生んでから、更に体調を崩しがちになってしまったんです」

ふぬ。

「それで、もういつ頃だったかも覚えてないんですが。父親が、どこからか、花を見つければ母さんの病気も治るかもしれないと聞いたらしくて、私たちを置いて、山に入るようになってしまいました」

おやの。

「ある日、妹が中等部に入った頃に、父親は山から帰って来なくて、それっきりなんです」

どこの国でも、山は自己責任。

そして。

またも、花である。

狸擬きも、隣を歩きながらピクピクと耳をそばだてている。

何の花なのかと男が訊ねると、

「花の名前は分からないですけど、白い花だと聞いたことはあります」

ののん。

まんま花の名である。

我等がたんまりと馬車に積んでいる、小瓶の中身。

その花目当てに山へ入るものは多いのかと問えば、

「いえ、存在自体があやふやなものなので、そうでもないみたいです。父さんが帰らなくなってからは、狩猟以外の目的では滅多に聞かなくなっていました」

命がなくなっては元も子もないしの。

「えぇ。……母さんは、たまに体調は崩しつつも、今も日常生活を送れています」

それはそれは。

「はい、父さんが贅沢を望まなければ、私たちは、幸せに暮らせていたんです……」

姉の声が、微かに震える。

黙っていると、姉は息を吐いてから、

「それで先日。遠くから来た旅人の方が、ある花を求めて旅をしているとやってきて、……そこに熊が現れました」

ほう。

その旅人は、白い花は手に入ったのかと訊ねれば。

「いえ、見付からなかったそうです」

その旅人は、まだこの国に居るのだろうか。

「まだいるかもしれません。何度か組合にも顔を出してくれてますので」

組合には近づきたくないけれど、何とか探せるだろうか。

少し話を聞きたい。

組合でついでに思い出した。

あの姉は、お主と違って随分と癖が強いのと、我の問いを男が言葉を濁して訊ねれば。

「そうなんです。父が帰ってこなくなってから、もともとしっかり者だった妹が、自分が母と姉の私を守らなきゃと、少し気負いすぎてしまったみたいで」

国や街からの援助もあり、親子3人、娘2人は学舎にも通わせて貰え、そう不自由もなく暮らしていけてはいたのだけれど。

妹は働けて組合に入れる年になるなり、組合に志願して組合で働き、

「努力家でもあったし、優秀でもあったので、あの年でもどんどん出世したんです」

でも、と姉の足の歩みが、途端に遅くなる。

でも?

「……妹も人並みに、恋をしまして」

ほほう。

「その方が、山へ獣たちを狩ることはあまり良くないと声を上げ始めた方でした」

のの。

大通りから小道に入ると、賑やかさは影を潜め、春の風だけが、我等をぬるりと掠って行く。

「妹は、恋などではなく尊敬しているだけど言っていますが、傾倒している時点で、何も代わりはありません」

のん、手厳しいの。

「『里は人の領分、山は獣の領分』の言い分も分かりますが、獣たちには、その道理は通じません」

数が増えれば、獣は里に降りてくる。

それでも、山の事を除けば普段の仕事ぶりは優秀故に、あんな妹を慕う人間は多く、なんなら、妹の言葉に賛同するものも出てきていると。

(あまり良くない風向きであるの)

「そうなんです。組合と言う発言権の大きな組織を背負っている身で、声高に不用意なことを言うのは止めて欲しいと、私は思っています」

強い語気と共に姉が足を止めたそこは、建物も減り、石畳も途切れ始めた街外れ。

「……1人で長々と、ごめんなさい」

と姉は両手の指先で口許を隠す。

男が、黙ってかぶりを振りつつ、先を促せば。

山を眺めてから、

「私は本当に、あのタイミングで討伐隊の方たちが来てくれて良かったと思っています」

この街の管轄は組合とは言え、国の権限はやはり強い。

組合の1つが抗議した所で、討伐依頼が翻ることはなかったと。

「の、お主の妹が惚れた腫れたしているのは、どんな人間のの?」

「お医者様なんです」

ののん。

「ご本人も、腕はあるし華のある魅力的な人ではあるんですけど」

娘が1人いると。

妻は大変に珍しく、

「娘さんが小さな頃に、離婚しているそうです」

点と点は、あっさり繋がる。

色々と教えてくれた姉は、

「お使いを理由に出てきたのでそろそろ戻らなきゃ」

我等を見つめてから、

「他所の国の調査隊の方が来ると聞いて、組合は、姉はとても困惑していました」

踵を返す。

優しい姉故に優しい言葉を選んでくれているけれど、実際は酷い反発であろう。

国の方に、我等の存在は知られているのかと訊ねれば、

「いえ、組合でも様子を窺っていましたが、国の方には伝わっていないため、妹は、組合は国の方にその報告はしていません」

そうか。

だから、

「遅かったですね」

などと探りを入れてきたのだ。

国の方に顔を見せていたのではないかと懸念されていた。

優秀な調査隊とは思えない、男と幼女と獣の組み合わせだ、手紙だけでなく、実物の我等を見た妹の戸惑いもさぞや大きかったであろう。

あの赤毛の母親が、

「一度は最優先で依頼を受けるよ!」

と宣ったのも、万が一にも我等が組合と拗れた時に、自分も首を突っ込むからねと言いたかったと思われる。

火種を放ったものが火消しに入るなと言いたいけれど。

考えすぎではないだろう。

けれど我等は、組合とやりあうつもりも、拗れさせるつもりも、さらさらない。

「ずっと吐き出せる場所がなくて、もやもやしていたので、聞いて貰えて少しスッキリしました」

小道を戻りつつ、姉がふっと息を吐く。

小道から大通りに出る前に、両手で頬を軽く叩いた姉は、

「先に戻りますね。郵便鳥のお店では言伝ても頼めるので、何かあったら遠慮なく言伝てを下さい」

私にも出来ることがあればお手伝いしますので、と石畳の道をヒールでも案外身軽に駆けて行く。

その去り際の、ふわりとした笑みはパッと目を惹くもので、あの行商人のノッポも、あの笑みに胸を貫かれたのであろう。

大通りで取り残された我等は。

しかしもう、これから村へ行けるような頃合いでもなく。

「今日は、この街で1泊させてもらおうか」

「の」

食事が美味しかった店の前に馬車を停めさせてもらっていたため、礼を伝えつつ宿の場所を訊ねると、湖のお船の発着場の並びの方が宿も多く、大きめの馬車も停めやすいと。

少し道を戻り、湖畔沿いに並ぶ建物を眺めながら進むと、ベッドが描かれた看板。

立派過ぎず簡素過ぎずの2階建ての建物。

その宿の前で、先に停まっていたのは、我等の馬車より少し小降りな荷台であり、その持ち主。

馬を労っていた小柄な青年は、こちらに気付くと、

「わぁ、こんにちはぁ」

ほわほわとした金髪にベレー帽、肩には中型の白い鳥を乗せている。

その青年は髪だけでなく、ほわほわとした人懐っこい笑みを浮かべ、

「噂の旅人さんたちだ」

なんとも気になる言葉を放ってきた。


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