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131粒目

国の中の街を抜け村を眺め、トコトコトコトコ、進む、走る。

赤毛の母親に薬を飲ませた娘のいる診療所へ、何を理由に訪ねてみようか。

血を垂らした我を、お主が抱えて駆け込めばいいと言い終わらぬうちに、

「道を訊ねるふりをすればいいだけだ」

と男に言葉を重ねられた。

むぅと唇を尖らす我の頭に、

「ピチチッ」

「の?」

黄色い小鳥が降りてきた。

「あぁ、郵便鳥だな」

割りと短距離を飛んでいる黄色い鳥。

男が馬車を停めると、小鳥の足首から金筒を外す。

「……討伐隊の彼女からだ」

おやの、赤毛の母親か。

「国へ入ったらまず組合へ行けばいいと書かれている」

我の頭に着地した小鳥は、そのまま狸擬きと何か話をしている。

「の?それだけの?」

「あぁ、それだけだ」

「ぬぬ?」

郵便鳥は安くない。

街中ならともかく、すでに街を幾つか抜けた我等の居所も鳥頼りになると、金額も相応になるはずなのに。

届いたのは片道便。

返事を欲しがっているわけでもない。

「組合で、何かしら話を聞けるのかもしれないな」

「の」

母親なりの親切であろうか。

街から外れると、羊が多く放牧されている。

放牧場の柵沿いに進むと、羊飼いの娘でございと言わんばかりの娘が、

「こんちにはっ」

灰色の狼と共に柵を(くぐ)ってこちらへやってきた。

ニコニコと人懐こい。

ここは国の端に位置するけれど、旅人さんたちの通り道だから、寄り道してくれると、色々な話を聞けて楽しいし、それが楽しみなのだと教えてくれる。

「フン♪」

「♪」

ベンチから飛び降りた狸擬きは、娘の隣に立つ灰色狼と身体をするりと寄せ合い挨拶している。

「旅人さん用に宿もあるんですよ」

先には大きな放牧場に対して比例しない小さな厩舎が見える。

奥には木と石を組み合わせた建物がちらほら。

娘の期待した眼差しと、狸擬きも狼と並んでこちらを見上げてくるため。

「少し寄らせてもらおうか」

「の」

狸擬きは、花の刺繍のされた三角巾を被った娘と狼と厩舎へ向かうと言うため、先に馬車を進める。

雪にも耐える丈夫そうな厩舎から我等の姿に気づき出てたのは、

「あら?こんにちは、はじめましてですよね」

年がだいぶ離れているように見えるけれど、少女の姉であろうか。

少女とは違いツナギ姿で、遠い牧場村の狼の世話をしていた姉を思い出す。

「今、うちでは食事は出せないんですけど、村にはちゃんと食堂もありますよ」

厩舎と宿を営んでいるらしい。

昼は食事を夜は酒を出していると。

馬と馬車を預けて、やってきた妹に案内され、2階は住居らしい食堂へ向かえば。

昼を過ぎた今は、店主が仕込みをしているところだったけれど、

「旅人はみんなしっちゃかめっちゃかな時間に来るから気にするな」

と羊肉を出してくれた。

少しばかり、癖と歯応えが強い。

「むーぬ」

顎が鍛えられそうであるのと思っていると、向かいの席の狸擬きは噛むのを放棄し、ほぼ飲み込んでいる。

男は、大丈夫かと我を窺ってくるけれど、平気のと頷けば、

「歯応えがいいだろう!?」

とやってきたのは店主。

男が曖昧に頷けば、

「美味いのに村の人間は煮込みばかり頼む」

と不満そうな店主。

のぅ。

次は煮込みを頂きたいものである。


食事の後に宿の鍵を渡すからと姉につげられていたため厩舎へ戻れば。

大きな放牧場で、空気を読まずにドカドカ走っているはずの我等が脳筋馬がいない。

「?」

「あらすみません、働かせていいと言って貰えたから、今、洋牧狼の代わりに羊を纏めて貰ってるの」

他の馬の世話をしていた姉が、賢いからすぐ仕事を理解してくれたとこちらにやってきた。

「のの」

なんでもやるの、我等が脳筋馬は。

「こんな時に狼たちの出産と怪我が重なっちゃって困ってたから、すごく助かります」

姉に案内され、羊たちのいる離れた放牧場へ向かえば。

我等が脳筋馬は1頭の狼と共に、羊たちを目一杯追い回している。

妹はおとなしくそれを眺めている。

「……あれは羊たちには、ストレスになるのではないのの?」

「いいえぇ、羊たちも、追いかけっこを楽しんでるんですよ」

そうなのか。

馬たちは我等に気付くと、

「……♪」

「……♪」

気持ちよさそうに走りながらやってきた。

「お主たちは見た目によらず軽快な走りるのの」

言葉は通じているのかいないのか、我には懐かないくせに、厩舎の女には大人しく撫でられている。

(むむ)

「フーン」

我を抱っこした男の隣で、狸擬きが前足でステップを踏む。

「の?」

「フンフン」

わたくしめも馬たちと一緒に羊を追いかけたいですと。

「別によいけれども」

男伝に良いかと許可を貰えば、

「勿論、遊んであげて下さい」

と快い返事が貰え、

「フーン♪」

馬たちと共に、離れた場所で待機していた狼と挨拶し、走り出すも。

「のぅ」

「おぉ」

「あらら?」

案の定、羊たちには毛色こそ違うものの新しい仲間だと思われ、あっという間に囲まれている。

解せぬ顔でそれでも羊たちと走り出した狸擬きは、あっという間に羊の中に埋もれ。

「あんな風に走るとお腹を空かせるから、それでまた美味しく草を食べてくれるんですよ」

移動するもこもこの白い塊の中から、スポンッと茶色い塊が先頭に抜け出したと思ったら、

「おやの」

狸擬きが先導しての馬と狼が鬼となる追いかけっこが始まった。

これはこれは。

「いい見世物になりそうだな」

自分だけでなく、多くの羊たちを引導しつつ、1頭の狼と2頭の馬たちから逃げなければなならない。

一見、見る方もなかなかに楽しい競技ではないかと思うけれど。

「ぬん」

大前提として、狸擬きはそんな訓練など、1つも受けていない。

待つの、と止める間も無く。

「……あっ!!」

「の!?」

「あらまぁ……っ」

先頭の狸擬きが柵の前で直角に進路を変えても。

それを追う羊たちが上手に従えるわけもなく。

そのまま真っ直ぐに突き進んだ大量の羊たちが、

「おぉ……」

「ののーぅ……」

「あらー?」

盛大な音を立てて柵を薙ぎ倒し、隣の放牧場へ駆け抜けて行った。



男が我を抱えたまま姉に陳謝し、柵は責任を持って直しますと伝え、怒るどころか腹を抱えて大笑いしていた厩舎の姉は、

「じゃあ、お言葉に甘えちゃっていいですか?」

普段柵などを直すのは、今は不在の父親なのだと言う。

「……フーン」

狸擬きが、さすがに尻尾を落としながらトボトボと戻ってきた。

「フーン」

下のもの達を導くリーダーとして、大変に相応しくない(おこな)いだった、としゅんと頭を落として姉に謝る狸擬きに。

「平気、平気!大丈夫、大丈夫!!」

姉はその場にしゃがみこむと、

「責任は君のご主人様たちが請け負ってくれるっていうから気にしない!!」

と、何とも現実的な慰めをし。

「フン?」

それは本当ですか?と狸擬きが我等の顔色を窺ってくるため。

「安心するであるの、お主がここで働くことで話はとうに付いておるからの」

我のホラに、

「フーンッ!!」

ご無体な!!

とその場で飛び上がる狸擬き。

「まぁいつかは迎えに来てやるのの」

と言ってやれば、

「フンフンフーンッ!!」

ブンブンと大きくかぶりを振ると、

「フンッフンッ!!」

ご主人様を何とか説得しろ男!

と慌てて男の周りをくるくる周り始める狸擬き。

「彼は何て?」

男に問われ、

「責任は全て自分が背負うと言っておるの」

伝えれば。

「フーーーンッ!!!」

言ってませんっ!!

狸擬きの悲痛なフーンが、草原に響き渡った。


次の日から、

「よいしょの」

幼子(おさなご)の皮など被っていられず、大量の木材を頭の上に抱えて運ぶ。

あの大量の羊たちが柵を薙ぎ倒したのだ。

被害は広範囲に渡る。

「わはー!凄いね君は、でも可愛いドレスが汚れちゃうよ」

木材が浮いているのかよと思ったとケラケラ笑う姉は、

「ちょっと待ってて」

とズボン吊りの付いたツナギの様な服を貸してくれた。

「私と妹が着てたものだけどね」

足の部分が膨らんでおり、

「うんうん、可愛い、可愛い♪」

姉だけでなく、

「可愛いっ」

妹にも褒めて貰えた。

荷車は壊れててと済まなさそうに肩を竦められ、どうやら男の仕事が1つ増えたことを伝えなければならない。

先に放牧場にいた男は、頭上に木材を掲げて歩いてくる我のツナギ姿に、

「お?」

新鮮だ、とニコニコしながらそんな我を抱っこしたがるけれど。

「はよ仕事するの」

隣を歩いていた狸擬きは、

「フーン」

わたくしめも仕事に励みますとテコテコ駆けて行き。

狼と馬に混じって、羊たちを監視している、はず。

昼は、離れた放牧場から戻ってきた狸擬きと共に、握ってきたおにぎりと、コンロで湯を沸かしてお茶を飲む。

しばしの休憩の後、日が暮れるまで、柵の設置。

たまに姉や妹がやってきて、様子を窺いつつ、話をして、仕事へ戻って行く。

狼の世話もあり忙しそうだ。

夜は、

「何だ、あんたたちも煮込みがいいのか。今日はラム肉もあるけどどうする?」

「煮込みとラムでお願いします」

村の食堂で、他の客に混じる。

小さな村で宿に籠るのも印象がよくないし、男も、他の客から話も聞きたいと。

「フーン♪」

労働の後の1杯はやはり格別なものですと麦酒を呷る狸擬き。

いやそもそもお主がしでかした後始末であるのだけれどのと、我の無言の問いかけには目を合わせずに、不自然にそっぽを向く狸擬き。

1日は季節外れの雪混じりの雨が降り。

荷置き場の端で、男と荷車の修理をする。

「よいしょの」

壊れた車輪部分を持ち上げ、

「単純な経年劣化だな」

荷車を直し、狼舎の掃除を手伝う。

「ちんまいの」

小さな狼をそっと眺め、

「ありがと、お昼だけでも食べてって」

長年人が住んでいる色々な香りの混じった、人の住居は、小物などが多く飾られ、

(ぬぬ)

何やら、引っ張られるような感覚。

干し葡萄のパンと、チーズと、具だくさんのスープ。

「あそこの柵はねぇ、古い部分もあったから助かったよ」

姉妹の両親は、旅行で不在なのだと聞いていたけれど。

二度目の新婚旅行などではなく、

「うちの親たちは、この仕事を引き継いで、落ち着くまもなく私が生まれて、妹が生まれて、今回、やっと初めて旅行へ行けてるの」

仕事が生き物相手だと、そうそう気軽に留守にも出来ない。

「彼女も、私がいれば大丈夫な年になったし、冬も無事に越せたから」

彼女と称された妹は、部屋の端で狸擬きに、何やらカードやら小物を見せている。

山の方から獣は来ることはあるのかと訊ねれば、

「これだけ離れてると来ないね」

更に川を挟んでいるから尚更だと。

川。

良いことを聞いた。


翌日の午後も遅くに仕事を切り上げ、ザルを片手に川へ。

「ふんふん♪」

浅瀬で小豆を研ぎ。

夜は。

「なぁ。もしかして、俺が焼く肉はあまり大衆受けしないのか?」

サービスで出された固い羊肉に、狸擬きと言う名の獣ですら手を付けようとしないため、店主が訝しげに訊ねてきた。

「少し固くて癖が強いので、あまり好まれないかと」

男が躊躇しつつはっきり口にすれば、

「そこが美味いのに!?」

仰け反って頭を抱える店主。

周りの客たちはよく言ってくれたと言わんばかりにうんうん頷いている。

客の半分は行商人と旅人で、行商人は馴染みの客らしい。

「熊の討伐?あぁ、街の方ではめでたしめでたしで終わってるよ」

「山からも村からも離れてるしな」

「組合が若干ピリピリしてるくらいかな」

この日に初めて、これから向かう奥山岳の方から来た行商人と鉢合え。

「難しいところだよ、俺は国の方を持つけど」

「お前は村の方まで行くし、そうだよな」

行商人同士、顔馴染みだと言う男2人が話を聞かせてくれた。

「村の方に別邸を持つ街の人間も、春先よりももう少し暖かくなってから村の方へ行くことが多いから」

その頃にはほとぼりも冷めてそうだけどなと麦酒を煽る。

実際、

「熊が馬車を漁ってたら?死を覚悟するよ」

ふぬ。

漁られた馬車の持ち主は不在だったと言うけれど、中身はどの程度荒らされたのか。

「流れの旅人だとは聞いてるよ」

では、もうとっくに街を出ていてもおかしくない。


広範囲で薙ぎ倒された柵も、朝から夕方まで修復に励んだお陰で、数日で直った。

「早いねぇ!!」

若いとは言え男1人に幼女、元凶のもっさり獣が1匹。

内心、何が出来ると思われていたのであろう。

我はとにかく力だけはあるし、男も、最近は少ないけれど、馬車も自分で細かく修繕している。

「うちの両親が戻ってくる前に終わっちゃったよ!」

「凄い!」

姉妹には心底驚かれたけれど。

我等は先に用があるのだ。

そうのんびりもしていられない。

「うんうん!しっかり頑丈、正確、立派!」

とお墨付きも貰えた。

「荷車もありがとう。またここに寄って下さいね、今度は料理が得意な母親の作った料理を御馳走しますから」

「また遊びに来てね」

少し寂しそうに狸擬きに挨拶する妹に、スミレのシロップを小瓶を渡す。

ここら辺は白い花が多いから、淡い青紫色の液体は多少は物珍しいであろう。

姉には、詫び賃も込めて男がすでに琥珀や色の付いた石を渡している。

姉妹に見送られ、しばらく走ると川沿いになり、

「ふぬー♪」

小豆が研ぎ放題になる。

調子に乗って休憩のたびにシャキシャキしていたら、洗った小豆が袋から溢れるくらいに溜まってきた。

「ぬぬん」

赤飯では消費しきれない量で、

(夜にでも小豆だけで茹でるかの)

悩んでいると。

「フーン」

狸擬きが、何かやってきますと開いた幌から空に鼻先を向け、目を凝らしている。

「の?」

釣られて空を見上げると、パタパタと、黒いものが飛んで来た。

「おやの」

やってきたのは蝙蝠であるけれど、昼間から飛べる姿からして、あの吸血鬼の眷属であろう。

蝙蝠は我の頭ではなく、四つん這いの狸擬きの背中にぺたりと着地した。

足に金具を付けているわけではなく、足の力で小さな金筒を掴んでいるけれど、男が手を伸ばすと、男の手に金筒を落とした。

あの吸血鬼に何かあったのかと思ったけれど。

『はぁい、元気にしてる?

あなたたちのお屋敷を見たわ、とっても素敵ね。

でもあの大きさではドレスだけで埋まらないか心配よ。

山の村長ともお友達になったの、東の山から帰ったばかりだったんですって、タイミングが良かったわ』

どうやら、ただの近況報告の様子。

『そうそう、別荘での天敵の退治のお礼も言ってなかったわね、助かったわ、私がいなくなった途端にあれだもの、参っちゃう』

『こちらの旅は順調よ、あなたたちに早く会いたいから先を急ぐことにしたの。でも、新しくお友達もできるし、旅を始めて本当によかった、今度はあなたたちの話も聞かせて頂戴ね』

吸血鬼の旅は順調らしい。

そんな吸血鬼からの手紙を運んできた蝙蝠は、御主人様への返事を預かるまでは飛べない、と強い意思を感じ、男がサラサラと返事を書いている。

流れ込んでくる風が少し冷たい。

ここは標高が高いため、季節外れと思った雪混じりの雨も、今の時期は珍しくないらしい。

開いた幌から山を眺める。

まだまだ白い部分が残る鋭利なてっぺんが続く山々。

山の向こうは、どうなっているのであろうか。



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