13粒目
「フーン♪」
今日も楽しかったです、と狸擬きがテンテンと人混みを抜けて駆けてきた。
「それは良かったの」
2頭もおじじと共にご機嫌にトトトとやってきたため。
「さて帰るのの」
我の言葉に、男が、
「そうだな、帰ろう」
と踵を返すと、
「いやいや待ってよー!?」
片付け手伝ってよ!!
と人混みから黒子の声が聞こえてくる。
(ぬぬ……)
人間のくせに随分と耳がいい。
男はおじじに我を託し、青年と共に黒子の店じまいを手伝いに行く。
実際は、黒子は客に声を掛けられ、男2人がせっせと片付けている始末。
おじじが何か呟き笑っている。
「?」
「フーン」
彼は、とてもお人好しな男だと。
ふぬ。
「ホントにの」
溜め息が漏れる程。
ふと。
(のの?)
まだ広場に留まる客と子供たちに遠巻きにされていることに気付き、視線は狸擬きだけでなく、こちらにやってきた狼たちにも注がれている。
子供の手を繋いだ大人がやってくると、おじじに、
「この動物たちを撫でてもいいか」
と訊ねているらしい。
狸擬きはササッと我の後ろに隠れ、
「この茶色の狼なら」
とおじじが答えると、子供は嬉しそうに茶狼の背中を撫で、他の子供も集まり始めた。
青狼も特に触れられるのは嫌ではないらしく、茶狼の隣にぺたりと座りおとなしく撫で回されている。
狸擬きは、我の後ろですぐにでも逃げ出せるように毛を膨らませて警戒を弛めない。
ずっと人と暮らし人の多い街で暮らしてきた狼と違い、長い月日を山で森で暮らしてきた狸擬きとは、境遇が全く違う。
2頭の毛がボッサボサになった頃、2人が戻ってきた。
青年は、青狼の毛がしっちゃかめっちゃかになった姿に吹き出している。
おじじが、近くに、
「この子はパフェが好きだと言っていただろう、この近くに美味しい店があるんだ」
そこは珈琲もおいしいからと。
このおじじは、どうやら子供をとことん甘やかすタイプのおじじらしい。
「パフェの♪」
「フーン♪」
狸擬きもご機嫌にタップダンスを踏んでいる。
「あぁ、じゃあ行こうか」
と男が我を抱き上げると。
「いやだから何で僕を省くのさー!?」
黒子がちょっと待ってよ!と慌てて馬車で付いてくる。
(……何でと言われてもの)
「お主の日頃の行い結果の」
言葉は通じずとも、やはり何となくは察するのか、察しているのか。
「……」
黙って笑みを浮かべる黒子。
僕はねー、向こうの国で知り合って付いてきて、つい最近まで共通の知り合いの家で居候していたとあっけらかんと話す黒子に。
青年は何とかひきつった笑みを浮かべ、おじじは好き放題だなと大笑いしている。
家柄からしてよさそうで、尚且つ几帳面そうな青年には考えられない事柄らしい。
しかし。
(やっと娘の家を出たのか)
君たちの宿と似たような所に泊まっている、と黒子。
でも水場もないし、もっと狭いと。
夜の仕事用と、お祭りまでに新作も考えてるから凄く忙しいよとぼやくけれど、ここで我等とテーブルを囲み、のんびりと酒の注がれた紅茶を優雅に啜っている姿は、説得力の欠片もない。
「いやいや、ほんの休憩だよ」
宿代は持つのかと思ったら、なくなったら、適当に女の子を引っ掻けて部屋に転がり込むと。
こやつほど人生を堪能している人間はそうそうおらぬだろう。
運ばれてきたパフェは、この店の名物、大粒なさくらんぼのパフェ。
煮詰めたさくらんぼがたっぷりと、スポンジと、クリームと、アイスの間にも詰められ。
色合いからしてもう愛らしい。
「ぬふん♪……んぬぬ」
食べては男に口を拭かれつつ。
狸擬きは、床で狼2頭と楽しそうにフンフン鼻を鳴らしてお喋りしながらも、パフェの器を抱えるようにして頬張っている。
狼たちはブレーツェルと干し肉セット。
青年曰く、
「あるだけでもありがたいですが、青の国では、人のメニューと同じくらいのメニューがある店が多いです」
と。
(もう「お獣様」であるの)
楽しいおやつタイムを終え、店の前で青年と青狼に手を振る。
黒子も、
「しばらくはあそこの広場だから、また来てねー」
と帰って行き。
おじじは黒子に興味があるらしく、男に黒子のことを訊ね、男は何を話したのか、帰り道におじじのまた楽しげな笑い声が響いた。
その翌日。
今日こそは森へと思っていたのに。
「劇場へ行くにも新しいドレスが必要の!?」
どこぞの1国の姫でもなく、お貴族様でもないのに。
「マナー、だそうだよ」
「ぬぬぅ」
発展した国は非常に金がかかる、という事実を知る。
(それだけ余裕があると言うべきか……)
そういう意味では、あの花の国は、やはり、
「これから」
なのだろう。
ならば。
「はよ田舎へ行きたいの」
と、ぼやいてみるけれど、しばらくは同じくらい発展した国が続くのも知っている。
服屋へ向かい、おとなしく男の着せ替え人形になり。
ただ、その男から、
「うんうん、可愛い、可愛い」
を聞くのは、そうやぶさかでない。
「当日の夜は更に冷えるから」
と柔らかい生地の厚手の茶色のポンチョを羽織らされる。
狸擬きも店の人間に勝手にお揃いのポンチョを巻かれているけれど、
「フゥン♪」
ポンチョは満更でもなさそうにしている。
ヘッドドレスはいやがるのに。
狸の美的感覚は謎である。
男には、あのなんだったか、有名な推理小説の探偵が着ていた肩掛けマント付きの長い外套を選んでやる。
帽子と靴も増えた。
「荷台がまたせまくなるの」
「……う、夜営の時はテントを張ろう」
そうの、もう寝る場所すら圧迫されそうだ。
ポンチョだけはそのまま羽織らせて貰い、店を後にし。
男と手を繋いで、散歩がてら、花の多い小道を歩く。
小道はゆっくりカーブを描き、その緩やかな坂道には店が並ぶけれど、
「の?珈琲の店の?」
良き香りがする。
「豆が売ってるな」
珈琲豆を買い、更に歩くと、大きめの花屋に混じり、
「の、ぬいぐるみ屋さんの」
人の形ではなく、獣のぬいぐるみが多く並ぶ店を見付けた。
「君は、あまり欲しがらないな」
「ふふぬ、そうの」
狸擬きがぴたりと隣に寄り添って来た。
「の?」
「フーン」
毛まみれならば自分がいます、と言わんばかりに鼻先を上げてくる。
(ぬん……)
それはそれとして。
「ぬいぐるみは『人の形』とも書かれたりするからの」
元々興味もなかったけれど、中途半端な力の様なものがある今、下手にぬいぐるみなどを持ち、愛着でも湧いたりしたら。
したらば。
ふぬ。
案外、
(……面白そうであるの)
「何を考えている?」
男に抱き上げられた。
「ぬぬ?」
「悪い顔をしていた」
なんと。
「フーンッ」
主様にはわたくしめがいますと、前足で地団駄を踏む狸擬き。
なぜ命のない器と張り合う。
「いらぬの。……ただ、何かに使えるかもしれぬとは思ったの」
男が先を歩き出す。
ぬいぐるみ屋から離す様に。
「何かに使える?」
「お主のもとへ向かった紙飛行機の様にの」
「あぁ……」
ただ、紙とは違う。
手許に置き、少しずつ力を込めなくては。
腹を裂いて、唾液でも垂らせば早いだろうか。
「フンフンフーンッ」
いりません、必要ありません!
と地団駄を踏みながら先を進む器用な狸擬きを、通り過ぎる親子が物珍しげに足を止めて眺めている。
「あぁ、帽子屋だ」
帽子屋の前で男が足を留める。
南の方の街でも帽子屋があったけれど、こちらは見事に茶色一色。
帽子と一緒に、ツイード生地の花弁のコサージュが飾られており、色は勿論、焦げ茶色。
けれど、よく見ると同じ茶色でも、ほんのりと花弁ごとに色と生地が違い。
「凝ってるな」
店のマダムが出てきて、これは自分の手作りだと言う。
男がこれをと指差し、我のぽんちょ胸許に留めてくれる。
「うん、とても可愛い」
「ふぬん♪」
悪くない。
「フーン」
「の?」
狸擬きが、自分も欲しいと。
「おやの、お主もお洒落に目覚めたのの?」
「同じポンチョだから、お揃いにしたいんだろう」
「フーン」
そうらしい。
マダムが、もう1つありますよと狸擬きのぽんちょに留めてくれる。
「フーン♪」
途端にご機嫌になり、その場でくるくる回りだす。
「ふぬ」
ほんの少しだけ、服を選ぶ楽しさが解った気がした。
洒落た小道を抜け、ポンチョを羽織るお洒落狸がキョロキョロしながら先を歩き。
小さな橋を渡り、街の中の水路を辿り、わりと結構な距離を歩いた先に。
あの組合の少年が連れていってくれたレストランの様な、見晴らしのいい広場に辿り着いた。
普段はきっと夕陽が美しく見える場所なのだろう、ベンチが並ぶけれど、今は昼間でも、この寒さのせいか、あまり人はいない。
ベンチに座らせられると、男も隣に腰掛け、煙草を取り出す。
火を灯してやると。
「ありがとう」
「の」
ここからは、あの大きな大きな茶の森と、山が見える。
2人と1匹で、それぞれ物思いに浸っていると。
「……」
ふと声を掛けられ振り返れば、あの洒落じじの孫娘だった。
厚手のストールを頭から被り、小さく微笑むも、
「?」
どこか元気がなく見える。
「フーン?」
狸擬きが、
「どうした?」
と娘の前に立ち、首を傾げている。
娘は、お使いの途中で、少し寄り道をしたと言うけれど。
いつもの、この国では珍しい、ふんわりした笑みもなく、よく見れば目許が少し赤い。
「ここは寒いですし、どこかで温かいものでも飲みませんか?」
男の誘いに、娘は小さく頷き、真っ白い吐息を吐き出す。
娘の方が詳しいだろうけれど、ここはやはり、男がすまーとに適当な店に誘うべきだろう。
とはいえ、男は当然詳しくない。
我も然り。
そしてこんな時ばかりは、頼りになるのは狸擬き。
野生の、ではなく、ひたすら食い意地の勘を頼りに、広場の端から低い柵のある見晴らしのいい小道を抜け。
狸擬きは、
「フーン」
こっちです、こっちに美味しいものがある気がします、とテテテと歩いて行く。
娘は、狸擬きのぽんちょが可愛いと小さく笑い、
「フンッ」
先を走っていた狸擬きは、その言葉にテテテと戻ってくると、胸を張って娘にコサージュを見せ。
「まぁまぁ、娘ちゃんとお揃いなのね?」
と両手を合わせる姿を見て、
「フーン♪」
満足気に鼻を鳴らしてから、また走り出す。
その狸擬きが、
「フンフン」
と立ち止まったのは、あの広場から少し外れた、変わらずに景観がいい小道の前に並ぶ店の1つ。
軽食屋と思われ、より景色のいい2階の窓際に案内された。
娘は、
「今日はあまり食べていなかったから、嬉しい」
とストールを頭から外したけれど、髪すらもあまり櫛を入れておらず、背中に流したまま。
それには気づかないふりをして、メニューを広げれば。
ふぬ?
「の、これはホットケーキの?」
「んん?」
男も首を傾げ。
メニューに描かれたそれは、形はホットケーキに近い。
代わりに娘が、
「これは、ホットケーキに近いけれど、生のチーズとお芋も混ぜられています」
と教えてくれる。
「繋ぎの卵と小麦粉が少しなんです。ふわっと焼いたもので、とても美味しいですよ」
と。
付け合わせでメニューが変わってくる。
それぞれに選び、娘はパタンとメニューを閉じたけれど。
「……」
すぐにら小さな溜め息。
「フーン?」
娘の隣に座った狸擬きが、娘を見上げて、
「どうした?」
と小首を傾げている。
我と男も、その娘の様子に口を噤んでいると。
「その……」
と、何か言い掛けた娘は。
俯きがちになり、ぶるりと肩が震えたと思ったら。
「ふえっ、ふぇぇぇん……っ!」
声を上げて、大声で泣き出してしまった。