128粒目
「きゃーっ!」
「凄い、凄い!?」
「えっ!何かお祝いですか!?」
3人娘たちは、
「昼に迷惑を掛けたから」
との無理矢理な理由を付けて、手土産片手に押し掛けてきた。
手土産を押し付けられ、そのままどうもで押し返せる程、我の男は非情ではなく。
中に通せば、テーブルに並ぶ料理を見て大はしゃぎ。
父親が余分に椅子を持ってきていたのは、もしやこれを予期していたのか。
椅子の数はぴったり。
「ただのお食事会!?」
「これで!?」
「美味しそぉー!!」
しかし意中の男に媚を売るより、目の前のご馳走に目を奪われているところは、やはり若さか。
大人と狸擬きに、3人娘も酒。
我と赤毛息子だけはジュースで、乾杯。
「君が作ったものは、どれも美味しい」
と、男の声しか聞こえないのは、
「フンッ!!フンッ!!」
狸擬きが客人たちに負けじと、食べること呑むことのみに全てを捧げ、通訳がないからであり。
(まぁ、よいけれども)
我は、男の作った豚肉と野菜のトマト煮やグラタンに手を伸ばし。
「ぬん♪」
(美味の)
ひたすら賑やかながらも、言葉のわからない会話に耳を傾ける。
具入りのオムレツは2種類に、皮を剥いたトマトとチーズを重ね、生ハムとアスパラのサラダ。
後は切っただけのチーズ諸々。
我等だけでの食事でも、ここまでは作ることはないため、
(たまには良いの)
男に取り分けて貰い、男に口を拭われていると、母親に何か話題にされている。
「?」
「しっかりしてそうだけど、そういうところは赤ちゃんだねと言われてるよ」
赤ちゃん。
我はさすがに赤ちゃんと呼べる程には小さくないであろう。
しかし全方向に雑な母親からすると、我くらいまでは纏めて赤ちゃんらしい。
隣の父親が慌てて、女の子はとても繊細だから、あの位の女の子はお姉さんと言われた方が喜ぶものだと耳打ちしたらしい。
「ああっそうだ、そうだね!お姉ちゃんだ、立派なお姉ちゃんだ!!」
(ののん)
あれの、こやつは思春期辺りに滅法子供に嫌われるたちの母親であるの。
3人娘は困ったように笑いながらも、赤毛息子に食べたいものはあるか訊ね、その息子の母ちゃん自慢を、うんうんと聞いてくれている。
「あれ、何?あんたたちも奥山岳の国から来たの?」
狸擬きが、やっと自身の仕事を、存在意義を思い出したのか。
小さくフンフンと鼻を鳴らし、会話を聞かせてきたのは、空いた皿を少し片付け、つまみになるチーズや木の実の追加を男が運んできた時。
「え?同じ国の人なんですか?」
「あたしは冒険者だよっ!」
「あ、聞いてます!討伐成功したけど大怪我して診療所に運び込まれたってっ」
「あたしの仲間だよ、最後にへましてくれてさぁ!」
「帰り道に急遽来てくれたんですね!」
「まぁねぇ♪ご指名とあったら断れないじゃん!?」
お陰で愛する旦那と息子へ会えるのが遅くなったよとぼやきはするけれど、父親も息子も、そんな母親を、誇りに思っているらしい。
ニコニコと得意気な顔。
そしてこの押し掛け仲良し3人娘は、同じ大学の友達同士なのだと。
似た者同士で仲良くなるのか、ワンピースだったりそうでなかったりの服の違いはあるけれど、こちらに来てからお揃いで買ったと言う髪留めを仲良く頭に飾り、正直見分けが付きにくい。
3人纏めてくくらせて貰うことにしよう。
ふと狸通訳が途切れ、
「?」
何事かと思えば。
「フーン」
主様、そろそろでは?
狸擬きの視線が、冷蔵箱を眺め我の方を向いているため。
主に似て、どうにもこやつも甘党になりつつある。
そして酔って態度も大きい。
明日覚えておるがよいのと、男に頼み、チーズケーキを取り出して切り分けて貰えば。
苺のソースを垂らし。
「これは、チーズケーキ、ですか?」
我の作ったレモンで固めた焼かないチーズケーキは。
揃いも揃って不思議そうな顔をされるけれど、
「フーン♪」
狸擬きが躊躇わずにフォークを差し、
「……フゥゥン♪」
恍惚の顔で、口の中で蕩けますと打ち震えているため。
他の者たちも、美味しい美味しいと食べてくれた。
たんまり混ぜた練乳も、舌触りの滑さかに一役も二役も買っている様子。
ただの思い付きでこのチーズケーキにしてみたけれども。
このレシピも記憶の浅い所へ置いておこう。
「うんうん、これは甘くても、白と合うねぇ!」
母親の呟きに
「フンッ!?」
瓶に残ったワインをグラスに注ぐ狸擬き。
(全く……)
今日ばかりは、
「タダ飯食らいの穀つぶし」
と揶揄しても、こやつも怒れやしないであろう。
大変に賑やかな食事が終わり。
椅子とテーブルは明日取りに来るからと、赤毛家族には、美味しかったとそれぞれに礼を告げられ。
3人娘も、
「美味しかったですぅ」
「御馳走さまぁ」
「おやすみなさぁい」
名残惜しそうに手を振って宿へ帰って行く。
反対側の小路では、息子が父親におんぶをせがんだらしく、父親が屈み、息子が背中に飛び乗っている。
男に抱っこされている我を見て、羨ましくなったのだろうか。
そう思ったら小柄な母親が父親に飛び付き、父親がバランスを崩し、夜道に3人の笑い声が弾ける。
仲良し家族である。
狸擬きは、椅子の上で空の酒瓶を抱え、お舟を漕いでいる。
「ほれ、起きるの」
「……フンッ?」
「片付けは明日にしようか」
「の」
「賑やかな食事だったな」
「の」
狸擬きはベッドに飛び乗るなり、仰向けで短い4つ足をてんでバラバラの四方八方に向けながら眠り。
男は我を抱いたまま、テラスへ出た。
通称奥山岳の国と、名の印象では山に近い村などを想像するけれど。
「大学は2つあって、1つは完全な全寮制のお嬢様大学だそうだ」
ほう。
「もう1つが彼女たちの通う、街中にある共学の大学だそうだ。
彼女たちはまだ3年だけれど、春休みを使って、旅行に来ているそうだよ」
ふぬ。
ただの旅行であるのに、
「わざわざ組合に顔を出すのの?」
「ご両親たちに、到着次第、鳥便を飛ばすようにと約束させられていたと言っていた」
ほほう。
娘たちの国には郵便鳥屋は存在せず、鳥便は組合で頼むために、こちらでも組合へ向かったのだと。
ついでに少しでも安い宿に泊まろうと組合で訊ねた所、先に我等がいたと。
結局、3人娘は組合近くの宿に泊まっているらしい。
男の話では、母親に薬を飲ませた例の娘は、どうやら3人娘と同じ大学に通っている様子。
(ぬぬ……)
大変に癪ではあるけれど、どうやらあの3人娘には、話を聞くためにももう一度会わなくてはならないらしい。
とは言え、初対面の最悪な印象は若干薄れている。
若いだけあり、色気より食に走りつつも、何よりあの母親の相手をし、赤毛息子の話し相手や面倒も見てくれていた。
そう。
お陰でこちらは、必要以上に絡まれることなく済んだのだ。
それに。
あのあの娘たちは、こちらから探したり、会う約束などしなくても、また何かしらの理由を付けて、勝手に押し掛けてくるであろう。
帰り際の、あの非常に名残惜しそうな様子からしても。
「お主目当てで明日にでも訊ねて来るであろうの」
男の胸に頬を押し付けると、男は我の髪を撫でながら、髪を結っていたリボンをほどく。
髪が夜の風に流れ、目を閉じれば。
「……夜半過ぎに、少し雨が降るの」
水の匂い。
この辺りは、雨が降っても気候のせいか、すぐにからりとする。
男は、我の耳をくすぐるように撫でると。
「……以前も話したけれど」
「?」
「俺の知る限りは、子供はともかく、大人は丈夫で、病気は少ないんだ」
そう聞いたの。
「子供のための治験ならともかく、大人は、あまり聞かない」
大人は、止血剤や折れた骨のより早い骨固めなど、物理的な対処法の研究は進んでいるし、赤の国の様に魔法の研究もなされてはいるけれど。
「大人の飲む薬は、……、だいぶ数が限られる」
妙な間があった。
「?」
「いや……」
男が言葉を止め、言葉を濁すため。
(あぁ……)
あれであるの。
男が「飲まない」と言い切れないのは、
(あれの、トナ鹿の角や、滋養強壮的なあれであろう)
しかし、そもそも、あれは医薬品ではないであろう。
いや、こちらの世界ではあれもいっぱしの、同じ薬の枠になるのか。
ふぬん。
もう少し勉強が必要である。
更に我は、とてもお姉さんであるからして。
そう。
大変に“空気を読める”ため。
「ぬっふ♪」
含み笑いのみにしたのに。
「……」
「んぐっ」
目を細めた男に、無言で鼻を摘ままれた。
男は煙草を取り出すと、我の点けるマッチの火に煙草の先を寄せる。
「幾つか、そんな例外はあるけれど、大人は、そうそう薬を飲まないんだ」
ふぬ。
「それに彼女は、何も症状が出ないことも『正しい結果』と言われたそうだけれど」
だけれど?
「国から依頼された討伐隊の報酬額は決して安くないはずだ。治療費を含めとはいえ、薬を飲ませ、報酬の4分の1を持っていって、その後のケアもなく、何も起きないのが『正しい結果』は、さすがにないだろう」
ぬぬん。
あの母親が、あまりにあっけらかんとしていたから、そういうものかと、我も流し掛けていたれど。
男の表情からしても、人体実験はこちらの世界でも大変に危険性の高いものらしい。
薬を与えた娘は、何も起きないことを予想していたのか。
けれど、実際、事は起きている。
とても小規模な、針の先の様な点にも満たない規模であれど。
こうして、波紋を広げている。
(広げている?)
広範囲に渡って動く冒険者を餌にして、我のようなものを釣っている。
「……」
いや、これはさすがに考えすぎであろう。
こうなると、母親の仲間にも話を聞きたいけれど、討伐隊の仲間は、普段は住んでいる国すら違うと、ふわふわ姉から聞いている。
母親も、仲間たちとは、
「普段は鳥便でやり取りしてるし、依頼も鳥便だと。依頼をされて始めて仲間と合流すると話していたよ」
他の討伐隊に会うことは難しそうである。
ならば。
「……西の国は、後回しだな」
男が、我の頭を身体を強めに抱いてくる。
「そうの」
確かめに行かねばならぬ。
そしてその先の。
藪をつつけば、鬼が出るのか、蛇が出るのか。
朝からせっせと昨夜の晩餐の片付けをし、片付いた頃に、赤毛の父親がテーブルと椅子を引き取りに来た。
改めて礼を告げてくれ、母親は珍しく酒を飲んだせいか寝坊してると、椅子をそれぞれ2脚ずつ両腕に引っ掛け、テーブルを担いで帰って行く。
力持ちであるの。
3人娘は、やはり黙っていても向こうから押し掛けてくるであろうし、軽く朝ご飯を済ませ、男からコーヒーミル借りてゴリゴリしていると。
「フーン」
自分もやりたいと前足を伸ばしてくる狸擬き。
ぬぬ。
「仕方ないの」
何でも真似っこしたいお年頃なのであろう。
まぁ我も、男が挽いているのを見てやってみたくなったのだけれど。
「フーン♪」
共同作業で淹れた珈琲には、牛の乳と余っていた練乳をたっぷり。
「美味の」
「フン♪」
ビスケットを摘みたくなっていると。
「……フーン」
お主もかと言い掛けるも。
「の?」
「フンス」
なにやらこの建物に向かってズカズカとやってくる足音がします、と眉間に軽く毛を寄せ狸。
「ぬぬ?」
男と顔を見合わせれば。
我が耳を澄ませるまでもなく。
「今日は依頼をね!お願いしたいよ!!」
扉をぶち破る勢いで入ってきたのは言うまでもなく赤毛の母親。
そう言えば父親を見送りそのまま鍵を掛けていなかった。
(ののぅ)
テーブルにどかりと置かれたのは小袋。
音からして中身はコインであろうか。
小袋とは言え、中身はパンパンに詰まっている。
しかし、何の依頼であるか。
男は内容を聞こうともせず、
「ご依頼は、組合を通してもらえませんか?」
にこやかな作り笑顔をする男の、半分以上本音の返しには、
「あっはっはぁーっ!!」
これまたおかしそうに腹を押さえて笑うと。
「いやぁさぁ!あたしも昨日はさ、料理は男のするもの、なんて言ったけどね!今の時代、男だ女だなんてナンセンスな話だと思ったんだよ!」
大きくかぶりを振る、この母親の言ってることは確かに正しいけれど。
「昨日、あんたたちの料理を食べて思ったんだ!!」
何を。
「あたしもね、愛する旦那と息子にいい顔をさせたいってね!」
確かに、どちらも美味しそうには食べてくれてはいたけれども。
そんなものは、表向き、スープの上澄みの様に浅い理由なのは明白。
実際は、休暇でただひたすらに暇なのであろう。
男がさりげなくでもなく、テーブルの上のコインの入った袋を母親の方に寄せると。
「あー待って待って!」
何であるか。
「だってさぁ!旦那の仕事は手伝わせて貰えないんだよ!」
あたしは仕事が雑だからってさぁ!
と大層不服そうに唇をへの字にする。
やはり暇か。
息子は、朝から父親の仕事のお使いへ行っていると。
息子の方が数倍も優秀ではないか。
しかし。
「嫁を引き留められずにすみません」
と大きな身体をまた小さくしている父親の姿が容易に想像でき。
男も、多分我と同じ情景が頭に浮かんだのだろう。
男が溜め息を吐くと、母親は、ふんっと大きく鼻を鳴らし。
「……あんたたちはさ、まだ先へ行くんだろう?」
キラリと目を光らせる。
「そうですね」
男が頷くと、
「あたしが知ってることなら、何でも教えるよ!!」
と胸を叩く。
(ぬぬん……)
そもそも、昨日同様、この女は引く気などサラサラないのである。
昨夜も大して話も聞けなかったし、あの場で聞ける様な話でもなかった。
男が、それでも渋々とコインを手にし、
「では、簡単なじゃが芋のグラタンを作りましょう」
と、水場を指差せば。
「……か」
か?
「簡、単……?」
この小柄な女が怯む(ひる)む姿を、我は初めて見た。
どんなに巨大な獣と対峙しても、一歩すらもたじろぐことなどなさそうなのに。
「簡単ですよ、じゃがいもはまだたくさんありますしね」
それ以外は引き受けません、と口にはせずとも、男の圧のある笑顔に。
「うっ……」
母親は、分かったよと、腕まくりを始めた。