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118粒目

東の山の鷹の(つがい)たちは、礼をくれるのであれば、里の鳥たちがよく付けている、足首の飾りが欲しいと狸擬きを通して頼まれた。

「のの?」

あれはある意味、人に従う、管理下に置かれる証明でもあり、獣に寄っては屈辱すら感じるものである。

「フーン」

お洒落に見えるのだそうですと狸擬き。

ほーう。

しかも、紐ではなく金属がいいと。

あれは確かに、鳥自身が外せるものだと聞いた。

鷹たちも、気に入らなければ、勝手に外すであろうけれど。

あれはそもそも。

「どこで手に入るかの?」

「んん、そうだな」

男がうーんと顎に手を当てる。

熊村長は、鷹2匹の訪問に驚いていたけれど、意志疎通は可能であり、鷹たちに話を聞くと、とてもとても喜んでくれたと。

そして、村人たちには適当な理由を付け、早速、東の山へ遊びに行くことになったと。

それは良いことだけれど。

(……どうやってあの崖を越えるのであろうか)

「組合かな」

「の?」

「鳥の足に着ける金具だ」

そっちの話であるか。

野菜の街を出る前に、野菜の街の組合へ顔を覗かせると、総員総出で、建物の一角を占領し、野菜の酢漬け、大量のピクルスを仕込んでいた。

他の街に卸すものなのだと。

これもれっきとした組合の仕事の1つらしい。

瓶を箱に詰めていた1人、組合長と思われる小柄なじじが、

「あぁ、あぁ、旅人さんですな」

どうなさりましたかと、どことなく嬉しそうな顔で、離れたテーブルを勧めてくれた。

組合らしい仕事が出来ると思ったのだろうか。

酢に似たビネガーと呼ばれるものの匂いが漂う組合の中。

男が適当な理由を作り、中型の鳥に着ける足輪がないかと訊ねると。

じじは疑うことなく、こくこく頷き、

「大昔に少し大きな鳥を郵便鳥にしていた時のものが残っていますよ」

と奥に消え、すぐに小さな袋を持って戻ってきた。

テーブルに置かれた中身の足輪は、大きさは多分、あの鷹たちにぴったり。

少しくすんでいるけれど、磨けば輝きは戻る。

どうやって留めるのかと思っていると、パカリと真ん中で分かれるようになっている。

男が、これはどれくらいで譲ってもらえるかと訊ねれば、

「ただの思い出の品だから」

使ってくれるならそれで十分だと組合のじじ。

気前がよい。

男が、それではさすがに申し訳ないと慌てると。

「……魔女の街で、私たちの街の馬の興奮を収めてくれたのは、あなた方なのでしょう?」

それのお礼として受け取って欲しいと、目尻に皺を寄せて微笑まれた。

(のの)

じじの口振りからして、どうやら、我等がここに来た時から、我の隣で今も暇そうにしている茶色のもっさり毛玉が、あの暴れ馬になりかけた黒馬を宥めた者たちであると分かっていた様子。

「ささやかな礼としてどうか受け取って下さい」

と差し出され、ならばとありがたく受け取らせてもらい。

なんとも。

(人助けはしておくものであるの)

こんなにあっさり手許に落ちてくるとは。

そして室内には、大量の野菜が積まれているところを見ても、忙しいのは明らかで。

邪魔をしては悪いと早々と(いとま)を申し出ると、小柄なじじは、我等の見送りに出てくれがてら。

「うちの街は、あなた方にはあまり魅力がなくつまらない街でしょう?」

男と我と狸擬きを順繰りに見て笑う。

見た目からして、野菜を喜ぶ者はいない。

「だからこそ、少しでも、お礼が出来る機会を貰えてよかった」

とんだ恩知らずの街になるところでした、と肩で息を吐くじじ。

じじはそんな、とんだ責任を感じていた様だけれど。

あの黒馬の御者からの改めての礼を断ったのはこちらであるし、このじじが気にすることは何もない。

と我ではなく男が口にする前に。

あの暴れ馬から逃げ腰になっていた御者は、じじの息子なのだと。

(なんと)

息子は、馬とも信頼関係が出来ていなかったことを反省し、今はより熱心に馬の世話をしていますとじじ。

「大きくてかっこいい黒馬であったのの」

こーんなであったの、と両手を広げて見せれば。

「ははっ、そうですな。でも、まだまだ、図体ばかりでかくなった子供です」

息子も馬も、と笑うじじは、目の前の我等の馬たちに視線を向けると、

「ははぁ、こちらは何とも素晴らしく貫禄のある馬たちだ」

世辞とは思えぬ、惚れ惚れとした声を出す。

我等の馬は、足はそう短くはないのだけれど、なんせ太い。

表情も脳筋のわりに、凛々しいのではなく、ふてぶてしい。

(たてがみ)も、間違っても立派とは言えず、どちらの馬にも、変な癖の様なうねりがあり、もしやこいつらは血の繋がりのある姉妹なのかと、今更ながら気付く。

じじは馬が好きなのか、あなたのいた土地ではこの足の太い馬が主流なのか、蹄鉄を眺めてもいいかと楽しげに男に訊ねている。

我等が馬たちは、ふてぶてしいのは見た目だけではなく。

性格も、ただ走れればいい、鍛えられればいいと単純きわまりない上に、馬特有の神経質さがない。

じじが声を掛けても、怯えることもなければ媚を売ることもなく、チラリと視線を向ける程度。

そう、とても図太い。

(誰に似たのかのぅ……)

ただ、じじに褒められていることはしっかり理解しているらしく、今は得意げに鼻先を上げている。

我等があまりここにいては、じじが仕事に戻れない。

馬車に乗ると、

「今この街は、野菜の菓子やケーキを売りにしたいなんて話も出ているんです」

次に来た時に御馳走したいから、よかったら、またいつかうちの街にも顔を出して下さいと、手を振るじじに見送られ、我等は、また先へ進む。


鷹たちには、狸擬きが1匹で東の山へ向かい、足輪も狸擬きが着けてやったと報告された。

とても喜んでいたと。

そうだ、熊村長はどうやって東の山へ入るのか訊ねると、

「フーン」

わたくしたちも行き来していたあの一番崖幅の狭い場所に、東の山の熊たちが、夕刻辺りに倒木を立て掛け、そこを通ってもらう予定だと。

「強い縄張り、とやらは平気のの?」

「フーン」

東の山の獣たちが歓迎しております故と狸擬き。

「ふぬ?」

「フーン」

東の山で生まれたものたち、東の山の恩恵を受けている森で生まれたものたちには、大きな壁と隔たりはありますが、あの熊村長は、どちらでもございませんと。

山のものたちの気持ち1つと言うわけか。

「フーンフン」

もう少し複雑なのですが、難しいことは解りませんと狸擬き。

「そうの」

我も解らぬ。

まぁ、礼が喜ばれたならば、それでいい。


東の国り

村に近い街を2つ抜けた先は、東の森からは少し外れ、

「ののぅ、大きいのぅ……」

「フーン……」

高くても2階建ての街に数日程滞在しただけだったけれど、それでも、4階、5階建ての建物に圧倒される、大きな大きな街に着いた。

こちらでも店先に、魔女の街の薬草などが売られている。

売れ筋らしく、目立つところに置かれており、たった数日前でも懐かしさを感じる不思議。

人の服も、魔女の街や、ほぼ通り過ぎただけの野菜の街と違い、都会ちっくな洒落たものを纏う人間が多く、帽子1つとっても麦わら帽子ではなく、カラフルなハイカラな配色であったりし。

濃い灰色、薄い灰色の石壁に石畳の街並みに、賑やかな色合いの服がとても映えている。

まだ時間は早いため、馬と荷台だけ預けた後。

男が、野菜の街の組合のじじに頼まれた言伝てを伝えるために、この大きな街の組合に顔を出している間。

我と狸擬きは、組合の隣にある茶屋の、小さなテーブル席が並ぶテラス席に座らされていた。

狸擬きはエスプレッソなるものを、粋にくっと飲み干し、

「フーン♪」

深いほろ苦さと濃い甘さの共演、と悦に入り、我も、砂糖を3つ程落としたカフェオレを啜っている時だった。


「……あらぁ?」

その出会いは、これまたあっさりしたもので。

「……?」

「……指先に触れるだけでも猛毒だと解っていても尚、摘みたいお花の様なお姫様ね」

その言葉は、我の耳にも、はっきり聞こえた。

「……のの?」

その言葉を放った者が、周りの客や道行く人達の目を惹くのは、その艶やかにうねるクリーム色の髪に、碧眼もさることながら。

真っ白なジャケットにパンツスーツは、身体にぴたりと這うような作りで、驚くほどにたわわな胸許の膨らみを強調し、くびれとはこの女のためにある言葉かと思える胴回り、ふわりとしたスカートではなく、足に張り付く様なパンツで、迫力のある尻と太ももを、これでもかと主張している。

足許は、白い、先の尖った、石畳はとても歩きにくそうなピンヒールの編み上げブーツ。

そして、肩には。

白い。

「の、それは、蝙蝠の?」

ぶら下がってこそいないけれど。

「えぇ、珍しいでしょう?」

声は、掠れのないよく通る低音。

「あなたの従者は、初めて見るタイプの方ね、凛とした佇まいに反して、丸い瞳がとってもチャーミングじゃない♪」

と身体をしならせる。

「フーン♪」

解ってるじゃないか、人の女に擬態した化け物、とご機嫌な狸擬き。

一方我は。

「凛とした?」

一体、どこの何を見ての感想か。

このボインボインは目が悪いのか。

地上に出たてのもぐらか何かか。

鼻先が桃色の白蝙蝠は、女の肩から狸擬きの前に降り立ち、

『♪』

「フンフン♪」

従獣同士、和やかに挨拶しているけれど。

「我に、何か用の?」

男もいない今、我自身が少しは警戒をせねばならぬ。

目の前の女は、そもそも元々愛想もないけれど、今もにこりともしない我に、

「あら、失礼を重ねたわ。同胞かと思って思わず声を掛けてしまったのよ」

爪先まで白く塗ったその指先を、赤い唇に当てる。

にっこりと微笑み、その唇の奥に、ちらと見え隠れするのは鋭い牙。

同胞とは白々しい。

人のことを猛毒呼ばわりしたばかりであろうの。

しかし、派手な人形(ひとがた)であるとはいえ、更に大層目立つのは。

腰まで流れる絹のような髪も、雪のような肌も、その砂時計を模した様な身体だけでなく。

「の、お主の纏う、その三つ揃いは特注の?」

この世界、作業着以外での女でパンツ姿は、都会の街でも珍しい。

「そうよ」

「作り手がよく請け負ったの」

そう、女のパンツ姿は不文律とすら言えるくらいなのに。

「そうね」

言葉少なに、そんな事は大した問題ではないと言いたげに頷いた女には、我はまだまだ気になる事柄がある。

例えば、羽織るジャケットの裾の刺繍もいちいち洒落ているし、何より気になるのは、襟にぶら下がる金属の飾り。

「……の」

自分のドレスの襟許を詰まんで見せると、

「あぁこれ?これはね、特に一からオーダーした特注品なの」

その飾りの金具は、シャツの尖った襟の形にあわせて形が逆三角に作られており、小さな石まで付き、襟の先端は、繊細な鎖で控え目なネックレスのように、左右で留められている。

じっと見上げると、近付いて上体を倒し見せてくれる。

「後ろをピンで留めておるのの?」

「そうよ、裾の柄とお揃いなの」

近付けば無臭ではなく、上品な香水の香り。

「ぬぬぅ、何とも凝っておるし洒落ておるの」

興味深い。

「飾りの小さな石はね、今付けているカフスとお揃いなのよ」

「ほーう?」

あの蛇男を越える着道楽、特に小物に目が無い方かと顔を上げた時。

「……何を?」

不意に、大層硬く低く非難と不穏を込めた声がし、そちらに顔を向ければ。

我の男が声の通り、作り笑顔すら見せずに、テーブルの間を抜けてやっててきた。

おやの。

(不穏な顔も、また渋みが増してよいの)

吸血鬼は全く慌てることなく、ゆっくりと身体を起こす。

なるほど、男から見れば、この吸血鬼の女の方が、一方的に我に至近距離で顔を寄せている様にしか見えない。

「あらん、お連れ様かしら?失礼したわ。この方に、そう、とっても可憐なお嬢様にね、光栄にも、この襟の飾りに興味を持ってもらえた様だったから、見てもらっていたのよ」

と襟許を指差して見せても。

「……」

男の寄ったままの眉は戻らず。

「の」

隣に立つ男に両手を伸ばして抱っこをせがめば。

「あぁ」

いつもより強く抱き寄せられ、頭を抱えられる。

吸血鬼はそんな姿に、大袈裟に肩を竦めた後、

「……あなたも、少し驚く程に不思議な紳士ね」

無遠慮に男を眺め、あらぁと眉を上げる。

「こやつは、我との混ざり者の」

首を伸ばして男の頬に額を寄せれば、男は頬を寄せ、少し力が抜けるのを感じる。

「素直に驚くわ、本当に」

そして、確かに挨拶もせずに不躾だったわね、と改めての非礼を詫びると、長い指でテーブルを指差した。

男は変に追い払い避けるより、監視下に置いたほうがよいと判断したのだろう。

男は頷くと、我を膝に置いて座る。

狸擬きと白蝙蝠は、

「♪」

『♪』

楽しげに笑い合い、もう打ち解けている様子。

目の前の吸血鬼の関心は、光栄にも我にあるらしい。

「えぇ、とてもあるわ。神秘的な黒髪、血のような赤い瞳、可憐な唇。片手で持ち運べるコンパクトボディ」

幼子(おさなご)の身体をコンパクトボディ言うなの。

「……あとは何より、小さな見た目からは想像も付かない、力の気配」

そうのたまう吸血鬼は、自分の身体を抱くようにして大袈裟に震えてみせてから。

運ばれてきたメニューをちらと眺めると、珈琲を頼んでいる。

意外に思っていると、

「んっふ、私はね、お酒は飲めないのよ」

なんと。

心から驚けば、吸血鬼の女はまたうふっと笑い、我にもメニューを見せてきた。

「……」

日常的にワインを嗜むのが、吸血鬼ではないのか。

(ののぅ……)

我の中の常識が、1つ壊れた。


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