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114粒目

どうにも。

東の山から流れる力が嫌でも我に呼応し、何やら、色々と、

「視えやすく」

なっているらしい。

我に気付いた男がこちらに両手を広げている。

「ぬー♪」

男に駆け寄りながら。

「……?」

目の前に、なにか、情景が浮かんで来た。

気付けば、学舎ではない、ここではない、薬草畑にいた。

まだ白髪男が、白髪ではない、思春期よりも少し前の年頃だろうか。

その若き白髪男が、どうやら、薬草の精霊と思われる、年若い、人の女の姿を模した精霊と、楽しそうに笑い合っている姿が見える。

幼い頃から熱心に薬草を眺め、植え、育て、収穫し、薬草たちを大事にする白髪男の姿を、薬草の精霊は、ずっと眺めていた。

そう。

眺めているだけのはずだったのに。

「……」

『……』

互いの想いの強さが、ぴたりと一致した、ある日。

その瞬間。

「え……?」

『あら……?』

白髪男に、薬草の精霊の姿が見えるように、話せるようになった。

春夏秋冬の時を過ごし、白髪男の喉仏が目立つ様になった頃、白髪男には、薬草の精霊は見えなくなった。

それは、白髪男の成長のためではなく、長い時を生きた薬草の精霊が、長い眠りに就くため。

白髪男は、薬草の精霊と会えなくなると、ますます薬草の研究にのめり込むようになり、薬草のこと以外は、とんと無頓着のまま成長した。

薬草の先生になり、父親の後を継ぎ学園長になり、薬草の勉強と実験に勤しみ、今も日々、新しい薬を作り続けている。

白髪男自身は、実はその年の春夏秋冬の記憶は曖昧で、それは意図的に薬草の精霊が、自分のことを覚えないように術をかけていたから。

それでも尚。

白髪男の中には、自分の人生の中で、一番幸せな記憶として根強く残り続けた。

(これは……)

これは、白髪男の記憶の一部なのであろうか。

薬草畑を楽しげに歩く、若き白髪男と、薬草の精霊。

2人を包む、雨の前の湿った風までを頬に感じ、瞬きも忘れて眺めていると。

その白髪男の記憶の中の薬草の精霊が、ふと何かを思い出したかの様にふわりと振り返り。

「……」

我は、白髪男の記憶の中の薬草の精霊と、ぱちりと目が合った。


「どうした?」

「の?」

ふと我に返る感覚で目を開けば、我は、男の胸に抱っこされていた。

「……?」

白昼夢、とやらであろうか。

「……ぬん」

また若干ぼんやりしていたせいか、

「フーン、フーン」

狸擬きが男に向かい、主様のご様子が少しおかしく感じますと訴えている。

「ん?」

狸擬きが、自分に話しかけていると気付き、男が、

「彼はなんて?」

と不思議そうに訊ねて来たため。

「ぽんぽんが減ったと訴えておるの」

出鱈目を言えば、

「フーンッ」

違います、いえ正確にはそれも間違ってはいませんけれども!と。

それならよいではないか。

「疲れたか?」

それでも男も何か察したのか、先刻のこともあったせいか、我を強めに胸に抱いてくる。

「そうの」

肉体の疲れはないけれど。

「帰ろうか」

祭りは、大人は特にこれからが本番らしいけれど、夜は大人の時間。

白髪男も、この格好では顰蹙を買うので、家に帰りますと。

別れ道までに、ミルクレープの材料を聞かれた。

白髪男が作るのだろうか。

別れ際に改めて少女たちを助けた礼を言われ、気にするなのと手を振れば。

「フーン……」

少し離れた賑やかな広場から、我と狸擬きに感じる程度の、仄かな酒の匂いも届くけれど、

「……」

狸擬きは大人しく、我を抱っこし宿へ向かう男の隣を歩く。

いつもなら、酒、酒と男の周りをくるくる回るのに。

なんともどうにも、うまく言語化しにくいけれど、我自身が、山の力を、少しばかりでもなく、取り込もうとしている。

それは自分でどうこうできる話ではなく、そして、取り込んだところで、何を出来るわけでもない。

せいぜい、意図せずに白昼夢で大して見たくもない他人の過去を見られるくらいか。

どうやら。

(東のお山への干渉が過ぎた様であるの)

宿まで着く頃には、あっという間に山の稜線が分かる程度に辺りは暗くなり、

「ふぬん……」

妙に眠い。

たまには風呂に浸からずともいいだろうと寝巻きに着替えると、手早く風呂を済ませた男も着替えている。

「お主は何か食べぬのの?」

我のことは気にしなくてよいのと伝えたけれど。

「いや、君の作ったクレープが美味しくて、食べ過ぎたせいでまだあまり腹が減っていないんだ」

狸擬きすら、

「フーン」

寝ます、と足を拭くと隣のベッドに飛び乗っている。

ののぅ。

明日は隕石でも降ってくるかもしれない。

残念ながら、明日でこの世界も終わりである。

男に頭を撫でられながら、今日も色々あったのと、けれど何があったかと思い出す間も無く、意識が飛んだ。


我は再び言う。

東の山の影響は、大きい。

力の流れた先にいるのだから仕方ないのだけれど。

そう。

我はまた、夢を見た。

そこは、白昼夢でも見た大きな薬草畑。

長い髪を腰まで流し、ほっそりとした身体に、街の女たちが着るような清楚な白いドレスを纏う、人の女を模した、

「何か」

その何かは、薬草の精霊。

薬草の精霊は、遠くを見ていたけれど、我に気付くと、花が綻ぶように微笑み。

『いきなり、ごめんなさいね』

その儚げな見た目を裏切らない、静かな風の囁きの様な声を発した。

その薬草の精霊は、

自分は、あの方の(ひい)祖父様の更にお祖父様の時代から存在していた薬草の化身であり、あの彼が、子供から大人になる僅かなひと時、彼には奇跡的に私の姿が視えたことで、ほんの短い一時を共に過ごしたと。

彼には、その後の人生に影響が出ないように、頭から記憶を拭いとってしまったと、思い出すような顔をするけれど。

「あやつには、思ったより記憶がしっかり残っておるの」

『……そう、みたいですね』

戸惑いと困惑と、仄かな、その隠せない歓喜。

それを嗜める様に緩くかぶりを振る精霊は、とても人間臭い。

そうだ。

「……お主は、過去のお主であるかの?」

『えぇ、記憶の残滓の私です』

「ほーぅ」

どんなに力があれど、我には到底出来ない芸当である。

『長い時を過ごし、そろそろ眠る頃に、彼は、私に気付いてくれたのです。つい嬉しくて話し掛けてしまい、とても仲良くなれたのですが……』

ふぅと艶かしい溜め息。

それが今も彼の、“人としての幸せ”から遠ざけてしまっているのではと気掛かりで。

眠った今ですら、残滓として、あなたのような方の前に、現れてしまう始末ですと、自嘲気味な微笑み。

「ふぬん」

それは。

(それはきっと、気掛かりではなく、お主もそれほどまでにあやつのことを……)

と口にするのは、無粋極まりなき。

「お主のいた薬草畑には、今はまた別の精霊がいるのの?」

『いいえ、今は不在です。絶えず存在しているわけではなく、偶然や奇跡の産物で、私たちは生まれます』

それでも、今もあの薬草畑は、彼の、日々丹精を込めたお世話で、皆元気に育っていると。

あの薬草畑、と薬草の精霊は言う。

ならば、今、我が立ち、眺めている薬草畑は、やはり過去なのか、現在(いま)ではないのか。

手をにぎにぎしてみれば、しっかりと感覚はある。

『……ごめんなさいね』

小さな吐息と共に再び謝られた。

「?」

『過去の私が、彼にも、あなたにも、もう何を出来るわけでもないのに、こうやって、あなたの夢にまで遠慮を知らずに押し掛けてしまって……』

そうしてしまう程に、こやつも、あの白髪男に、それだけの想いがあるのであろう。

「気にしなくてよいの」

どうしてか。

「お主とは話していても疲れぬからの」

それと、こちらからも色々と聞きたいこともある。

「の、薬草畑で幼き少年の声がしたのだけれどの」

『えぇ。あの子はあの薬草畑の精霊です、学舎の敷地なので、どうしても姿も幼くなりがちなのです』

面白い作用であるの。

「薬草の精霊は、たくさんいるのの?」

『えぇ、たくさんいます。ここは特に素敵な土地なので』

精霊たちは当然、生まれても大抵の人間には気付かれず、長い時を過ごし、眠りに就くと。

ふぬふぬ。

では。

「の、東のお山は、お主から見てどうの?」

我の問いかけに。

『絶対的な存在です、あの山々がなければ、この土地は植物が育ちません』

ののぅ。

人々が山を敬うわけである。

だいぶ先に、山の力の届かぬ土地があるけれど、そこはもうどうやっても植物は育ちにくいのだと。

『それと、東の山々の力がこちらに流れることによって、山に力が溜まりすぎずに済んでいるみたいです』

ほう。

溜まりすぎれば、一体どうなるのであろう。

我が山に干渉し過ぎた結果、山が「こいつにも力を吸収させよう」として、我の中に力が入ってきているのかもしれない。

あの山々の力が、こんな小さな肉体に入り込もうとすれば、それは我でも少しばかりは眠くもなる。

「では、山と里を分ける崖の下は、どうなっているかわかるのの?」

我の目でも狸擬きの目でしても、あまりに深く暗く、何も見えず、何も感じ取れない。

薬草の精霊は目を閉じると、

『……人も獣も近づけない奥底に、仄かな危うい、禁忌の気配、とだけ』

ほうほう。

我が目をパチパチと瞬かせたせいか。

『ふふ。……あなたのような力があったとしても、あんな場所に興味を持つのは、あまり頂けませんね』

(あぁ……)

この薬草の精霊の、ほわりとした耳障りのいい声と話し方、小さな身振りと仕草、その(たしな)め方すら、過去の残滓とは言え、柔らかく心を和ませてくれる、包容力とも言えるこの空気感。

この薬草の精霊と対面して、遅蒔きながら合点がいく。

白髪男にぐいぐい来ていた滅法元気な世話焼きの女は、(はな)から、白髪男の好みの範疇にないと言うわけだ。

静と動くらいに真逆の性質である。

心底腑に落ち、大きなお世話で世話焼き女の幸せを願っていると。

その静である薬草の精霊は、淡い色合いの唇に指を当て、しばしの躊躇いを見せた後。

「……学舎の薬草の精霊に続いて、大変に恐縮なのですが」

の?

「わたしも、お優しいあなたに、恥を忍んでのお願いがあります」

のの?

「なんの」

我も単純であるから、お優しいと言われれば、そうか、我は優しいのかと納得し、耳を傾けてしまう。

『……あの方に、伝えて欲しいのです。薬草のことだけでなく、もっと、その、外を、周りを見て欲しいと』

外を。

『えぇ。あのままでは、あの方は、生涯1人、子孫も残さずに終わってしまいます』

それは。

「そうの」

『えぇ……』

目を伏せ、ふっと溜め息を吐かれるけれど。

「それでは駄目のの?」

『……え?』

「……の?」

「駄目の?」

我の間抜け面に、薬草の精霊も、ぱちりと瞬きし。

「あの男が一人身であることに、何の不都合があるというのの。案外、あやつは純粋に1人を楽しんでいるのかもしれぬの」

薬草の精霊は、我の返答に、

『……それは、その』

その?

『“わたしのために彼がずっと一人身でいる”と思うことが、そもそもわたしの自惚れ、になるのでしょうか……?』

居たたまれないと言わんばかりに耳を赤くして、人のように身体を小さく縮めている。

「のん、それはないの。

我はあの場で、

“白髪男の過去”

を見て、そこにお主のみが現れるくらいには、白髪男の中に、お主は強く強く、残り続けているの」

記憶を消しても尚。

しかもここにいる薬草の精霊は、白髪男の中の記憶の残滓でしかないのに。

それがここまではっきり姿まで現しているのだ。

我と会話までして。

相当な想いの強さ。

それは、どちらの力の賜物なのか。

どちらもか。

そして、はっきり言えるのはこれだけ。

「あやつの中には、お主しかおらぬの」

『……え、えぇ、えぇ……』

例え薬草の精霊でも、額が、頬が、頬に当てた手の甲までも、赤くなるらしい。

頭からは湯気でも出しかねん勢い。

『……それでは、その、ですね』

「の」

『……』

何度目かの沈黙の後。

仕切り直しの様に、大きく息を吸い込んで吐き出した薬草の精霊は。

『今の世を楽しく過ごし、やがて眠りに就いた暁には、わたくしがお迎えに行きますので、それまではどうか、日々を、健やかにお過ごしくださいと、彼にお伝えくださいませんか?』

それは構わぬけれど。

「お主が迎えに行く、などと伝えたら、あやつはその場で自害しそうであるがの」

あやつなら、薬草で致死量の毒も作れそうであるし。

『んんん……っ』

心当たりがありすぎるのか、そしてそれを易々と想像できたのか、薬草の精霊は眉を寄せ、額に指先を当てる。

そして、

『……”きちんと正しく寿命を全うしないとお迎えには行きません“と、付け加えてくださいませんか?』

それがよい。

「あやつに、伝えるの」

『お願いします』

はにかむ薬草の精の背後に映る薬草畑の幻影が、

「のの……」

大きく揺らいだ。

そろそろお別れの時間か。

我が目が覚める時間らしい。

薬草の精霊もそれに気付いたのか、ちらと辺りを視線だけで見回すと、

『……あなたは』

「ふぬ?」

『どうして、この地に降りられたのです?』

そんな問いかけをされた。

「はての、勝手に飛ばされたの」

首を傾げれば。

『ま、まぁぁ、そうなのですかっ?』

目尻の下がった瞳をぱちりと開き驚くと、

『……それでは』

改まったように姿勢を正し。

『あなた様にも、あなた様を飛ばしてくれた“何か“にも、薬草の精霊を代表し、心より、深い感謝を』

胸に両手を当てた薬草の精霊の姿を最後に。

(ぬ……?)

妙な眩しさで、自分が眠っていた事実を思い出した。


「おはよう」

すでに起きていた男に頬をつつかれ、

「ぬん」

おはようの、と仰向けから横向きになり男にしがみけば。

「フーン」

やはりとうに起きていたらしい狸擬きが、こちらのベッドに飛び移り、背中にひっついて来た。

「おやの」

珍しい。

「フーン」

甘えん坊の真似っこですと。

「くふふ、くすぐったいの」

しばらく2人と1匹、くっついて笑っていると、扉からノックの音。

「んん?」

何だ朝から、と男が起き上がると、

「君は待っててくれ」

と寝室から出て行く。

「誰かの?」

「フーン」

あの鈍チンな薬草臭い男ですと狸擬き。

「おやの?」

夢で話題に上がったばかり。

狸擬きの腹に顔を埋めていると、白髪男が居間の方に入ってくる気配。

男が顔を覗かせ、

「生クリームと、果物を差し入れしてくれたよ」

微苦笑で肩を竦めつつ教えてくれた。

「ふぬ?」

「フーン」

主様の仰っていた、みるくれーぷなる食べ物の材料ではないでしょうかと。

「のぅ」

そう言えば昨日別れ際に材料を聞かれた。

自分で作るのではなく、材料を用意するから作れと押し掛けて来たらしい。

狸擬きは、ベッドから飛び降りると、

「フーン♪」

シタタタタッと素早く寝室の扉の隙間から出て行くけれども。

我が作らねば、存在しないものであるのを失念しているのか。

我は今日も白いドレスを纏い、男に髪を梳かしてもらおうと出れば。

今日もくすんだ白い作業着に近い格好をした白髪男に、

「また一段と可愛らしい魔女見習いですね」

白いフリフリのドレスを褒められた。

「ミルクレープのために朝からご苦労なことであるの」

男が水場に立っているため、白髪男に、我の髪を後ろで1つ結びにしろのと、櫛とリボンを突き出し背を向ければ。

「待て待てっ」

男が布で手を拭いながら慌ててテーブルを回りやって来た。

「の?」

「君の髪を整えるのは俺の仕事だ」

のぅ。

そして1つも笑っていない顔。

男なりの拘りなのだろう。

「軽くでよいの」

「あぁ」

椅子に座らされ、ポニーテールにされた。

「ふぬ」

椅子から飛び降り、活発な印象のポニーテールもなかなかによいのではないかと、見えずとも振り返ると。

長い髪は、遠心力で、ぶうんと振られ、

「フ?……フーンッ!?」

側にいた狸擬きの鼻にぶち当たった。


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