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11粒目

「何これ?『おにぎり』?へー!あはっ変なの、ねちねちしてる、味は薄いね、うん、持ちやすくていいね、この豆が、ホクッとして口の中で目新しくていいよ」

塩が欲しいかも、と指についた米粒を舐めながら、黒子が、

「すごい新鮮な食感と味だぁ」

とさらりと咀嚼しながら反芻している顔。

「塩……」

ほう。

当たり前のことなのに、炊飯器を手に入れてから、今の今まで、異世界に飛ばされるまで思い至らず、この不義理な人間に教えられるとは。

「塩か」

男もなるほどと頷きつつ、

「かなり細かい方がいいのかな」

とおにぎりを手に我を見下ろしてくる。

「そういえば胡麻と塩が、セットになっていたの」

「胡麻か」

「胡麻?それ絶対美味しい気がする」

黒子が、

「行商人ってさぁ、儲かるの?」

と燻製肉と野菜の挟まったサンドイッチに噛み付く。

「……酒で消えてなければ君も相当なはずだけれど?」

黒子は綺麗な口笛でわざとらしく誤魔化す。

狼は、干し肉とオムレツを美味しそうに食べているし、狸擬きは、敷物に尻尾をポスンポスン当てながら、次はどれを食べようかと真剣に吟味している。

湯を沸かし紅茶を淹れると、黒子がポケットから酒の小瓶を取り出し、紅茶に注いでいる。

「こやつはいつから酒をいつから嗜んでいるのの?」

「10歳位かな」

のぅ、筋金入り。

狸擬きが、

「フーン……」

少し羨ましそうな顔をしているため、

「お主にはこっちの」

ミルクを注ぐ。

「ええ?君たち祭りまでいないの?」

新作披露するから観ていってよと言われたけれど。

狸擬きを利用した客引き要員なのは明らか。

「まー、少しはあるけどさぁ」

正直過ぎる。

黒子は、

「美味しかったよ、うん、ホントに」

と食べ終わるまで馬車の荷台に上がると、

「ちょっと休むね」

とごろりと横になり、狼も、

「自分も少し昼寝を……」

と足を拭いていただけたら……とおずおずと片足を上げてくる。

足を拭いてやると、礼と共に荷台へ飛び上がり、黒子の横に寄り添い、スヤスヤ眠り始めた。

「ぬ、なぜあんな適当な人間に懐くのの?」

「フーン」

遊び方が上手なのでしょう、と狸擬き。

「なるほどの」

ちゃらんぽらんな人間性など獣には関係ないと。

狸擬きが、また森へ入りたいとフンフン鼻を鳴らす。

気を付けのと見送ると、我は、男と手を繋いで、川沿いを散歩。

馬車は入れなくとも、人なら余裕で歩ける。

狸擬きは、山の方まで駆け回ってる気配が伝わってくる。

「の、ベンチがあるの」

この辺りまでは、わりと人も散歩に来るらしい。

男と並んで腰掛けると、男が煙草を取り出すため、

「んしょの」

ポケットからマッチを取り出すと、シュッと擦り、

「の」

煙草の先とマッチを包むようにする。

「ありがとう」

男が目を細める。

「……君が火を点けてくれるといつもより美味しい気がする」

「くふふ」

目の前に川、川の向こう側も芝生が広がってる。

緩やかな坂になり、その先にあのケーキ屋があるはず。

そう言えばここは。

「お城が見えぬの?」

「そうだな、地図を視る限りは、だいぶ遠そうだ、気になるか?」

「そうの」

「じゃあ行ってみようか」

「あっちの青く見えるお山も気になるの」

「行くところがたくさんだ」

「の」

抱っこをせがみ、男の膝の上で目を閉じる。

何か感じるのは。

(お山の主ではないの……)

ただ、我の気配に気付き、こちらを意識している獣はおるの。

じっとしていると、

「フンフーン♪」

狸擬きが、ここはよい森です、と報告がてら戻ってきた。

「おや」

その狸擬きが、

「よくこの気候で生えてるの」

あの笹の様な葉を咥えていた。

「フーン」

山の方にほんの少しだけ生えていた、これでお舟を作って流して遊びたいと。

「よいの」

2人と1匹で、笹舟を作り、目の前に流れる川に流し、眺めながら戻ると、

「まだ寝ておる」

ぐーすか寝ている1人と1匹。

ボールで遊んでいると、

「……んん、なんかよく寝た」

変だなと起きてくる黒子は、

「僕、ショートスリーパーだし、昼寝も子供の時以来だよ」

と伸びをしながら起きてきた。

茶狼も起きてくると、

「フーン」

狼に木登りを伝授します、と狼には傍迷惑であろうこと言い、しかし狼も案外楽しげに森へ入っていく。

黒子は、敷物の上に座り込むと、小瓶の酒が空なことに気づくと、鞄から新しい小瓶を取り出している。

立派な酒狂いである。

「休みの日だけだってば」

「男装はいつからの?」

と訊ねてもらうと、

「大道芸に拾われた時だよ、長かった髪もその時に切って貰ったんだ」

「僕のこの髪色?この銀髪は、僕のいた国では全然珍しくないよ。でも僕は黒が好きだから、君のその髪色にはとても憧れる」

「あぁ、身体もね、成長しても、胸も尻も育たなくて、変わりに手足だけは伸びたから、僕自身には好都合だったよ」

一つ訊ねれば、数倍になっていらぬ返事が返ってくる。

「でも、何もしなければ女に見えるよ」

見たい?

と問われて特に興味はないとかぶりを振ると、またおかしそうに目を細める。

「ね、どんなところを旅してきたの?」

と聞かれ、

「……」

ネタが欲しいのならばと、手の平を向けて差し出すと、

「他に何か考えるから鞄は勘弁してよ」

と拝む仕草。

こやつの支払い能力を見極め切れなかった我の落ち度もある。

新しい国へ行く時、酒の美味な場所は候補に入らぬのかと懲りずに訊ねて貰えば、

「お酒に貴賤はないんだよ」

したり顔が心底腹立たしい。

そんなしかとどうでもいい話をしていると、狸擬きと狼が戻ってきた。

狼は低い木なら案外勢いで登り、易々と飛び降りたと。

「フーン♪」

とても楽しかったです、と報告をしてくれつつも、黒子から漂う酒の匂いに忙しく鼻を鳴らす。

「おやつにしようか」

「の♪」

「フーン♪」

切り分けたパウンドケーキに真っ先に前足を伸ばした狸擬きは、しかし、

「フンフン」

忘れていました、と忙しく咀嚼しつつ森を振り返る。

「フンフンフン」

山向こうの、こちらとは反対側に位置するもう1つの山の奥手側に、紫色のキラキラした石の塊が、岩場に張り付いてますと。

「のの」

「フンフフン」

崖の高い位置に張り付いているため、何か、砕くようなものが必要かと。

「ノミ的なものかの」

「フンフン」

「良く人に気づかれずに残っておるの」

「フゥン」

あそこは山深く、人は容易には入れず、実際、人の匂いは僅かも残っていません。

「フンフンス」

そもそも獣にもかなり険しい場所、更に万が一人が見付けることがあっても、上は獣、狼がおります故、容易には手が出せない場所かと、と肉球を舐めてから、

「パウンドケーキ、大変に美味です」

とついでの様に感想もくれる。

ふぬ。

狸擬きが険しいというくらいだ、凄まじく切り立った崖などに「それ」は存在するのだろう。

「なんて?」

男に問われた。

「の、少しばかり人目に付きにくい場所に、石があると教えてくれたの」

紫の石はどうの?

と訊ねると、

「土地柄にも寄るけれど、あれば損はないな」

ほほぅ。

なんとも、よい森であり、山である。

残った葉で笹舟を作り流していると、

「それすごくいいねっ」

と流れていく笹舟を見て、何か閃いた顔をしていたけれど。

黒子が盛大なくしゃみをして身体を縮こませ、優しく気遣いある茶狼が黒子に寄り添ったため。

「そろそろ帰ろうか」

「ふぬん」

名残惜しく、森を後にした。


「劇場でねー」

黒子が手を振って帰って行き、狼は出迎えてくれたおじじに駆け寄って、楽しかったと尻尾を振っている。

男が、城の事を訊ねると、

「行くなら1泊は必要だな。でも向こうはこっちと比べ物にならないくらい宿も多いから、祭りでもなければ空いているはずだ」

と。

夜はおじじに風呂を借りた後。

ベッドの上。

男が我の頭をポニーテールにして、

「可愛いけど違うな」

ほどいては、耳の横でサイドテールにされる。

隣のベッドでゴロンゴロンと転がっていた狸擬きが、

「フーン?」

山へはいつ行かれますか?

とこちらを見てくる。

男は付いてこられない場所だと知ればかなり渋られるだろう。

いっそ駄々でもこねるかと男を振り返り、

「狸擬きと山へ入りたい」

と伝えると、

「……ほどほどになら」

渋い顔をされるけれど、許可は降りた。

「のの」

サイドテールの部分を三つ編みにされながら、

「君は強いし、そろそろ駄々でもこねてみようかと思っていそうだからな」

「のぅ」

読まれている。


翌日。

金槌、片口ハンマーに似たものを買いに行き、易々と持つと店主に驚かれた。

男も荷台の修理用の釘などを買い足し、狸擬きは薄い雲のかかる空を見上げている。

男に、狸予報で確実に晴れの日が条件だと言われているため。

「のの、本屋さんの」

少し離れた通りに看板を見掛け駆け寄る。

さすがに大きく、客もほどほど。

けれど、

「君のお目当てはこっちだ」

強制的に絵本売場へ連れて行かれる。

吟味し、珍しく白い装丁の絵本を選ぶと、道沿いに壁に沿って椅子が並ぶ茶屋を見掛け、長椅子に、我、男、狸擬きと並んで座ると、飲み物を頼み、絵本を読んで貰うことにした。

「『怪我をした小鳥を助けると、旅立つ前に小鳥がくれたその小さな種は、色んな果物がいっぺんに実る不思議な木の種でした』」

「ふぬ」

「フーン」

「『しかし、庭に植えた種だけでは芽が出ることはなく、不思議な水と不思議な肥料が足りなことに気付きました』」

「ぬぬ、世知辛いの」

「フゥン」

「『不思議な水と肥料を手に入れるために、女の子は隣の家の大爪鳥に相談しに行きました』」

「のの?言葉が通じるのの?」

「フーン」

主様みたいですね、と狸擬き。

「『大爪鳥は、遠く遠くにある森の中の湖が、不思議な水と言われている。私の背中に乗っていけばいい』と言ってくれました』」

「背中?爪の方が強いであろうの」

「フーン?」

安易に爪で運ばれても人の骨が折れますね、と首を傾げる狸擬き。

「……黙って聞きなさい」

我等の茶々に男が咳払いをする。

「くふふ」

「フーン♪」

「『湖で水を汲むと湖の主の魚が、肥料となる土は、浮き島にあると親切に教えてくれました』」

浮き島。

少し久々に聞く名。

頼んでいた牛の乳たっぷりなカフェオレとビスケットに、絵本は一時中断。

「の」

「ん?」

「絵本になるくらいに浮き島は、めじゃー、なものなのに、なぜここまで情報がないのの?」

男を見上げると、

「何十年に一度だけ、場所に寄っては口伝でしか伝わらず、今も、もしかしたらどこかに現れているかもしれない。けれど、それが俺たちに伝わるのは、どれくらい先の話か」

ぬぬん。

「想像も付かない大金をはたき、絶えず鳥たちをこの世界の端まで飛ばし、情報を集め続けなければならない」

国レベルですら厳しいと。

ほほう。

「……道楽で探している金持ちは、どこぞにはいそうだけれどの?」

「そうだな」

煙草を取り出した男は、我のマッチの火に顔を寄せてから、

「……浮島を見たいのか?」

空に煙を吐き出し、我を見ずに訊ねてきた。

そうの。

「一度も見たことがないからの」

ただの好奇心だ。

「個人的に探している冒険者なんかはいるらしいよ」

やはりか。

「大変に根気があるの」

「君ならどうする?」

「そうの、情報収集、特に鳥たちと仲良くなって依頼をするかの」

我は無理でも狸擬きは特に鳥とは言葉が通じる。

ただその前に、資金のための宝石を片っ端からほじくり返すところから始めなかればならない。

そんな他愛ない話をし。

男が続きを読んでくれる。

「『旅をして、大爪鳥と共に浮き島を見つけた女の子は、すでに少女から大人になっていました』」

(のぅ、絵本なのに甘くないの)

「『浮き島の土を貰い、急いで家に帰ります』」

男の反対側から、狸擬きのビスケットをサクサク咀嚼する音が聞こえるけれど、狸擬きも続きは気になるらしく、フンフンと小さな鼻息の音まで届く。

「『家には、少し年老いた両親が待っていてくれました。彼女は早速種を取り出して、土を盛って種を植え、水を掛けました』」

「ふぬふぬ」

「『すると、木はみるみる大きく成長し、地面の土を大きく盛り上げて浮き上がり』」

「の?」

「フン?」

「『空高く、舞い上がって行きました』」

「……の?」

なんのそれは。

「……浮き島を作るために、小鳥に体よく使われた話かの」

「いや、小鳥は旅をする切っ掛けを作ってくれたんだよ」

男が苦笑いして煙草を灰皿に押し付ける。

「ぬぬ……」

「フーン?」

色々な果物のなる木はないのですか?

と狸擬きも眉間に毛を寄せながら、カフェオレを飲み干す。

「ふぬ、浮き島へ行けばあるのやもしれぬの」

そうだ。

この様子ならば。

「以前に絵本で見た菓子の実る木も、浮き島にならあるのかもしれないの」

「フン!?」

浮き島を探しましょうと狸擬きが、4つ足を振り回し。

「魔法は探さないのか?」

男がくっくっと身体を揺らしながら、我を抱き上げてきた。

それは。

「勿論、平行して探すのの」

そのためにも、資金をたんまりと集めなくてはならない。

「忙しいな」

「長く旅を続けていれば、そのうち少しは情報も入るだろうからの」

「あぁ、そうだな」

柔らかく抱かれ、男にしがみつく。


この世界に浮き島が存在するのは確かで。

大爪鳥を使って島まで飛ぶとは聞いたけれど、

「高い上空は自分たちの領域ではない」

と鳥からは聞いている。

そしてこの我を抱く男と、黒子もそう。

4つ魔法が使えると言ったけれど、5つ目の「空」と呼ばれる魔法も持っている可能性も高い。

浮き島へ行くための魔法かと仮説は立てているけれど、

(それは、浮き島が見付かってからの……)

気の長い話になりそうだ。

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