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107粒目

「の?魔女の街であるのの?」

「あぁ、薬草とか、恋のおまじないも、効果があるらしい」

ほうほう。

それは興味深い。

大きな川と、その川にそれぞれの国で協力して架けたと言う立派な橋を渡り、東の国の領土へ入れば、先に見えるのは魔女の街と。

左手に聳える山々を眺めていると、

「フーン」

狸擬きが耳を動かし、

「川の分岐した先、人里へ近い方が、川の流れが緩やかです」

と小豆洗いに適した場所を教えてくれる。

男に伝えると、

「主想いだな」

男の感心したような呟きに、

「フーン」

当然です、とツンとおすまし狸。

まぁ本音は大方。

「ぽんぽんが減っておにぎりを食べたいか、街の方で食事にありつきたいのであろうの」

「フンッ!?」

隣で軽く飛び上がる狸擬きは、

「フーンッ!」

そんな事は御座いません!わたくしめは主様をいつでも一番に考えております!

と前足を振り回す狸擬きの腹から、

ぐるるるるるる……

と虫が盛大に鳴き。

「おぉ……」

「話の回収が早いの」

「……フゥン」

さすがにばつが悪そうに腹を押さえる狸擬きに、男が小さく笑い。

先へ進めば、馬で畑を耕しているじじの姿が見える。

こちらに気付けば手を振ってくれ、振り返せば、じじはそのまま東の山を眺めている。


魔女と言えば、わりと誰もが想像するであろう、黒いとんがり帽子に黒いローブ。

ではなく。

東の国の端の街では、飾り気こそないけれど、清潔な白いワンピース、もしくは白いエプロンを纏う女たちが、木の実や葉を乗せたカゴを持ち、楽しげに笑いながら通り過ぎて行く。

蛇男たちのいた土地よりも、だいぶのどかな印象で、建物も平屋かせいぜい2階建てがたまに建っている程度。

かと言って、村と言うには店も多く、しかし馬車は少なく、道は狭め。

買い物をしている年を重ねた老婆も、白いシャツスカート姿。

「この街の魔女がまじないの言葉をかけて作った薬やお守りは、少し効きがいいんだそうだよ」

街の道沿いに並ぶ屋台に、小瓶に詰められた乾燥した葉などが売られている。

売っているのも、白いワンピースに白いエプロン姿の女たち。

売り物をじーっと眺めていた狸擬きは、

「フーン」

主様のお力の方が遥かに強いですと対抗狸。

「くふふ、そうの」

そもそも。

「あの者たちは、敬意を込めて魔女と呼ばれているけれど、人間であるからの」

我の様な、人の幼子(おさなご)を型どっただけの化け物と比べてはならぬ。

「フーン?」

狸擬きが首を傾げるため、

「この土地の女たちが魔女の力を秘めているではなく、この土地が元々、薬草などが育ちやすい、土や環境に恵まれた大変によい土地であるの」

森も多く、山も近いせいかもしれない。

スンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ狸擬きは、

「フーン」

確かに、と頷きつつ腹を擦る。

そう。

お目当ての川辺は、街の、特に子供たちが遊んでおり、離れれば釣り人。

小豆洗いは諦め、食事も街でしようと眺めるだけに留めて通り過ぎていた。

馬車で走るには適していなさそうな街であるし、先で見掛けた小さな厩舎の建物に馬と荷台を預けると、宿は隣の横に並ぶ小さな平屋。

顔を覗かせれば、宿のじじが、まだ空いているよと平屋の一軒を指差し、小さいけれど、街中に組合もあると教えてくれる。

見慣れぬ客には一応告げておくといった様子。

男が礼を述べ、食事のために張り切って先導する狸擬きに続き歩き出ぜは。

(ふぬん……)

「建物を高くするその必要も需要もないから」

と言われればそれまでなのだろうけれど、建物を不用意に高くしないのは、

「山が見えなくならないようにではないか」

と、ふいと視線を向ければ見える山々を見て思う。

男と手を繋ぎ狸擬きの後に続けば。

街の人間たちは、大人の女だけでなく。

小さな子供、女児に限りではあるけれど、皆、白い、飾り気のないワンピースを纏っている。

そんな中で。

赤の国の真っ赤なワンピースを纏った我は、髪色も相まり、当然、非常に浮いている。

「……可愛いな」

そして、何とも珍しく、男が白いワンピース姿の幼女を目で追いぽつりと呟き。

「むむ?」

聞き捨てならぬと片眉が寄ると、

「君に着せたい」

ぬぬん。

そっちであるか。

我の、ワンピースと言う名のあのドレスたちも、男が悩みに悩んで選別し、半分、いや1/3はあの屋敷に置いてきたけれど。

白いワンピース姿の幼女を追う男の熱心な視線からしても、またあっという間に荷台が狭くなりそうである。

狸擬きが、何やら目新しそうな屋台の料理に鼻先を向け、

「フーン」

我のワンピースの裾を爪で引っ張ってくる。

「の」

我はそれを伝えるために繋いだ男の手を引くも。

「あぁ、あそこかな」

男は迷わず服屋と思われる店へ、我を抱き上げるなり歩き出し。

「のぅ」

「フーンッ!?」

扉を開くと、出迎えてくれた店の若い女に、我のワンピースを見繕って欲しいと頼んでいる。

若い女は、我と赤いワンピースを見て、合点が行った様にうんうんと頷き、お任せくださいと言わんばかりの手振り。

我は天井から布のかかった試着室に押し込まれ、隙間から差し出されたものに大人しく着替えたけれど。

「……なんか違うの」

子供たちが着ているさらりとしたものとは、随分と様相が違う。

街中で見た幼女たちのワンピースとは、フリルとリボンと生地の質と使われている量、全てが桁違いである。

「あぁ。こっちは、この街の正装だそうだよ」

同じ白でも、こちらは、お祭りやパーティーの時の特別な白いドレスなのだそうだ。

我が着せられたものも、正装用の大仰なドレス。

白いレースのヘッドドレスを首許で留められ、靴も白。

「あぁ、とても可愛いな」

男にはニコニコの笑顔で抱き上げられ、

「君はやはり着飾るべきだ」

と、早くも店員の手によって並べられた別の白いドレスたちに目移りしている。

(ぬぬん)

確かに。

この男の言う通り。

我は、天使の様な金髪でもなければ、パッと目を惹く華やかな赤髪でもない。

更に、髪に軽やかなうねりもボリュームもない髪主である我が、飾り気のない白いワンピースを着ると、ただの寝巻きにしか見えなくもない。

狸擬きは、店の若い女に、幅広のフリルのリボンをヘッドドレスの様に頭に巻かれ、

「……フーン」

眉間に毛を寄せてこちらを見上げてきた。

が。

「おや、お揃いであるの」

我が自分の頭を指差せば。

「フーン♪」

我とのお揃いは良しとする、ご満悦狸。

「いいな」

おやの。

珍しく羨ましそうなのは男。

店の若い女曰く、東の国の男たちは、服は気取らず、着飾らない者が多いけれど、

「お祭りの時や正装の時は、女性を引き立てるため、男の人たちは、黒一色になるんですよ」

と。

ほほう。

「中のシャツも黒だそうだよ」

ただ、唯一、

「お祭り時期に、ダンスやエスコートのお相手がいる方、もしくはお相手を望まれない方は白い蝶ネクタイやタイを。お相手募集中の方は黒い蝶ネクタイを着けるんです」

ほうほう。

では、男共は、普段は黒い服は着ないのかと問うて貰えば。

「いえ、街中で働いてて、更に服に無頓着な方々は、毎日黒でまとめてる人も珍しくないです」

服を選ぶ手間がなく楽なんだそうです、とクスクス笑う服屋の女は、

「もうすぐお祭りなので、もう黒を着ている方も多いです」

と、にこやかに、殿方用の黒い服を見せて来た。

(のぅ)

なんとも、抜け目なく商売上手なやり手ある。

黒い服は、三つ揃いから始まり、もう少し気楽なジャケット、シャツにパンツ、ざっくり編まれたセーターなども並べられ、

「蝶ネクタイは白で」

男の言葉に、仄かに落胆を滲ませる店の女。

決して色白とは言えない男の肌に、黒はどうかと思ったけれど。

「これはこれは」

灰色混じりの髪色に、ほんのり浅黒い肌。

寧ろ、漆黒が馴染まないわけがないのだ。

「ぬぬん、またお主の男っぷりが上がってしまうの♪」

非常によく似合っている。

思わずその場で跳ねて見せれば、

「フン♪フン♪」

釣られた狸擬きも4つ足でぴょこぴょこ跳ねる。

店の若い女に、向かいの靴屋を勧められ、黒い靴を買い、靴屋に帽子屋を勧められ隣で黒い帽子を買えば。

「フーンッ!!」

空腹で今にも倒れそうです!

と、店の外に出るなり駆けて行った狸擬きが、短い足を尻尾と共に目一杯ピーンッと伸ばしているのは、屋台の前。

「あれは、何を売っているんだ?」

数人並んでいるけれど、列を作っているのは男ばかり。

「さての。けれど、あの狸擬きが食べたがるくらいだから、そうおかしなものでもなさそうであるの」

並んで、他の客の手に持ったものを眺めてみれば。

薄く丸いパンに、肉?らしきものを挟んだだけのもの。

「?」

狸擬きを真似して鼻をうごめかせば、

「あれの、浅い鍋の中身は臓物の」

「臓物っ?」

「フーン♪」

血沸き肉踊る匂いですと狸擬き。

いつか、スープでは食べたことがあるけれど。

(草原の牧場村だったか)

そう言えば、あの時も祭りに参加させてもらった。

やわこい臓物が挟まれたパンを紙に包んだものを手渡される。

その場で、

「あーむぬ」

かぶり付けば。

「ぬ?」

「お?」

「フーン♪」

臓物の少しの癖があっさりしたパンの風味と、意外にもよく合う。

「ふぬふぬ♪」

臭いもあるし煮込むのに時間がかかるため、普段は避けてしまうけれど、

「よいの」

宿でも庭があれば、肉屋で臓物を買い煮込ませてもらおうか。

「ふぬん、……むぬぬ」

不意に伸びてきた男の手で口許を拭われていると。

「……?」

街を歩く人たちの中で、少し深刻そうな顔をした男たち数人が通り過ぎて行く。

横目で追っていたせいか、

「フーン」

暖かくなったせいか、普段は山にいるはずの狼が、獲物を求めて森の方まで来ているらしい、目撃情報があったと話している模様と。

(ふぬ?)

最後の欠片を口に放り込んだ狸擬きは、毛に覆われた耳を動かし、山の方に意識を向けている。

男は、屋台の男に話しかけられているため。

「どうの?」

こそりと訊ねれば。

「……フーン」

山の方が、酷くざわついている様子、と。

(あぁ……)

そう言えば。

小鳥が教えてくれていたの。

東の山が、少しばかり賑やかだと。


男が荷を抱え、街の外れの宿へ向かう頃には、もうすっかり陽は落ち始め。

山はとても近く思えるけれど、実際は深い森の、更に深い崖が遮った向こう側らしい。

「……」

狸擬きがふと足を止め、その少し遠くの山へ鼻先を向け、耳をピクピクさせている。

「の?」

どうしたと問えば。

「フーン」

離れた森の先、人が襲われようとしている様子、と。

なんと。

昼間の男たちの話は、どうやら割りと切羽詰まった話であったらしい。

男に伝えると、

「……」

瞬時固まり、男を見上げる我と狸擬きに。

「……決して無理はしないように」

大きな溜め息を吐くと、抱えていた荷を置き、その場に膝を付き、我の前髪越しに唇を当ててくる。

(んの……)

相変わらず落ち着かずに狸擬きの背中に股がれば、男に手を振り。

「耳がいいのも困りものの」

「フーン」

急ぎますと、狸擬き。

街外れに当たる人気のない葡萄畑を越えていくと、狸擬きは浅瀬の川も速度を落とすことなく走り抜け、更に、本気でこやつが飛ばせば。

「……ぬぅっ」

さすがに我でも重力というものを感じる。

狸擬きの背に覆い被さるように身体を預ければ、あっという間に、こちらはすでに夜の気配の森の中。

『いました』

小さな子供2人と、男1人。

「の」

『なんでございましょう』

「我を乗せたまま木に登れるかの」

『お安いご用です』

強くしがみつけば、少し離れた太めの木に、狸擬きが勢いよく、カッカッと爪を立て登っていく。

木の上から、観察すれば。

灰色狼たちに囲まれた親子は。

もう、襲いかかられる寸前であった。

「……」

へっぽこ狸の気配には気付かれている、けれど、こやつは(はな)から、狼たちには脅威にならず見逃されるし、我は自ら意識さえしなければ、気配とやらは全く漏れない。

(ほいの)

木の上から小豆を飛ばし、人の男に飛び掛かろうとした一番近い(かしら)の狼の頭を狙って小豆を撃ち込む。

「……ッ」

頭狼(かしらおおかみ)はビクッと揺れた後、バタリと倒れ、当然、周りの狼に動揺が見られつつも。

狼たちも空腹の最中である、目の前の獲物とで迷いが始まる。

(ふぬ、よいの)

そのまま逡巡するがよい。

「……ふん」

立て続けに、なるべく多分親子であろう3人が逃げやすいように、街側から囲む狼たちから狙って行けば。

「……ッ」

あからさまに腰の引けるもの、チラチラとこちらに視線を向けてくるもの、目の前の獲物から目を離さないもの。

様々である。

しかし。

(数が多いの)

こんな人の3人ぽっちでは、腹も満たせぬであろうけれど。

(あぁ……)

そうか。

数が多いのは、狼たちにも、子供が混じっている。

狼たちは、きっと、子供たちに狩りの仕方を教えるためもあったのだろう。

そのため、統率もいまいち。

「狸擬きの」

「フン」

囁けば、狸擬きは皆まで言わずとも、木から大きく飛び、狼と人の間に立ち塞がった。

「……」

我の従獣、狸擬きは、闘志も何もない。

狼たちを目の前にしても、尚。

怯えは勿論、かといって我のように、血も沸かなければ肉も踊らない。

あるのは食い意地だけ。


人には漆黒とも言える暗い森の中。

新たな獣の登場に、人間たちはビクリと飛び上がったものの、その獣は、人間に背を向け、ゆらりと太い尻尾を振り。

「……」

人間たちは、その獣はらどうやら自分たちに害を加えるものではないと判断し、更に逃がしてくれると感付き。

ゆっくり、ゆっくりと後ずさると。

それでも、狼たちも襲ってこないと分かれば、やっと、親が子供を庇いつつ、よたよたと逃げ出した。

(ぬぬん)

それを見送れば、我も、木から飛び降りる。

そして。

「……はじめましての」

狼たちに声を掛ければ、狸擬きが隣に寄り添う。

「……」

「お主等は、お隣の山からの訪問者であろう」

「……」

「このままお主等が山へ帰るならば、我はそれを静かに見送るだけに留めるの」

「……」

ただ。

「もし、そうでないなら」

「……」

「そうでなし、山へは帰らぬと言うのならば」

「……」

我の両端を引き上げた唇の動きに、気の短い狼たちは、更に毛を逆立てる。

(あぁ……)

そうだ。

(かしら)を失っても、こやつらは戦意は喪失しない。

更に獲物を逃がされ、大人しく、すごすごと帰るわけがないのだ。

「くふふっ」

では。

そうの。

我は胸に右手を当てる。

「不肖、この我こそが、お主等の相手を(つかまつ)ろうではないか」


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