104粒目
蛇男に、
「せっかくなので、街中の散策を、エスコートさせて頂いても宜しいですか?」
にこりと誘われた。
ふぬ。
蛇男から差し出された手を繋ぐと。
歩き出せば、すぐに、なんであろうか、オカリナ?とやらか。
楽器はさっぱりだけれど、オカリナに似た楽器を道端で演奏する男女2人の奏でる音楽に耳を傾け、狸擬きは音に合わせて目を閉じ、心地好さそうに尻尾を揺らしている。
蛇男が開いた鞄にコインを投げ、見掛けた小さな仕立て屋で、店主が編んだと言う細いレースのリボンを蛇男が買うと、お団子の根本にそれぞれ結んでくれた。
今日は青の国のセーラーカラーなため、白いレースとも親和性が高い。
「はぁっ、可愛さで気絶しそうです」
そのまま顔が崩れるのではと思うほど蕩ける笑み浮かべ、
「ありがとうの」
伝わらぬ礼を告げつつも、蛇男の元に女児が生まれなかったのは、ある意味正解だと思わざるを得ない。
大袈裟でなく、片時も娘を離さなくなるだろう。
建物の外にも作品を並べる画廊を冷やかしつつ、蛇男に絵は描けるかと身振り手振りで問えば。
「いえ、私はサッパリです」
と苦笑い。
息子たちは上手に描けていたけれど。
母親の方の遺伝だろうか。
先程は甘いものは食べませんでしたから、と蛇男がこちらの街でのおすすめの店に案内してくれ。
白く四角く固めた冷たいクリームの中に、ナッツとクランベリーが入った甘味を出された。
「ぬんぬん♪」
ジェラートやアイスクリームとはまた少し違うけれど、ひんやりして、美味しいことには違わない。
この街でもまだ珍しい菓子らしく、人気もある様で、客もどんどん入ってくる。
多分、泡立てた生クリームを固めているのではと見当を付けつつ、新たに入って来た客のために席を開ける。
甘味にもありつけ、しばらくは大人しく隣を歩いていた狸擬きが、しかし、
「フーンッ!」
突如、駆け出し。
「なんの?」
仕方なしに向かってみれば、街中だけれど、冒険者用の防具などを売る店が雑貨屋と靴屋に挟まれ、案外馴染んでいた。
目敏い狸擬きは、
「フンッフンッ!」
大きなガラスの向こうに並べられる弓に剣、身体に纏う防具の豊富さに、大興奮でその場でくるくる回り出す。
「ののぅ、目敏いの」
「フーン♪」
そうでございましょうとニコニコ狸。
いや、別に褒めてはいないのだけれど。
男がいないし簡単には買えぬけれど、冒険者を目指していた蛇男も、楽しそうに狸擬きと並びガラスの向こう側に並ぶ武具を眺め。
狸擬きに促されるまま、木の扉を開けている。
どの売り物も新品ではなく、誰かしらのお古と思われ、ほんの少しばかり、元の持ち主たちの思念に、くらりと惑わされる。
狭い店内ではあるけれど。
きちりきちりと品物が収まり、店主は神経質そうだ。
客の気配に気付いたか、奥の飾り気のない扉から、
「はいよ、らっしゃいっ」
どうやら元冒険者らしき店主がもそりと現れた。
とても小柄だけれど、鍛えられた肉体で横幅が広い。
そして、その出で立ちからしても、神経質とは真逆に見える。
店主は、蛇男の姿に、
「何かお探しで?」
と笑い掛けてから。
後ろで隠れるように立っていた我に気付けば。
「……おおっ?」
じっと眉を寄せて来た。
(……ぬ?)
もしや、我に「何か」感じることがあるのかと見つめ返し、そっと目を細めて見せれば。
「こりゃあ!随分とちっこいのがいるぞ!?」
「綺麗な髪に変わったドレスだな!どっかいいとこの嬢ちゃんか!?」
「あ!?ここは怖くないか!?危なっかしいもんばっかりだもんなぁ!!」
と、笑顔で一通り声を張り上げれば。
「むむっ!!あれはなんだ!?」
装備に武器に大量ですと大興奮で店内を歩き回る狸擬きにも気付けば、更に目をひん剥いて驚き、我ですら耳を塞ぎたい程、
「あんたたちの連れか!?」
声が喧しくなる。
「こんな獣、見たことがないぞ!なんだお前は!?」
当のの本人、いや本狸は、店中に響き渡る店主の地声の大きさもなんのその。
「フーン♪」
主様、わたくしめはこれが欲しいですと、柄に鞘に、無駄にゴテゴテと装飾がなされた剣の前で、尻尾をフリフリして振り返ってきた。
それに反応するのは店主。
「お!?それがいいのか!!お目が高いなぁお客さん!!」
おやの。
「それはなぁ!冒険者に憧れる若者が目を輝かせる、見た目だけの代物だ!!」
ぬあーっはっはぁ!
と豪快に笑う。
「フンッ!?」
ちなみに客寄せの飾りらしく、売り物ではない、とも。
見かけ倒しのハリボテにまんまと釣られた狸擬きは、
「フーン……」
いいものに見えたのですが、とそれでも未練たらたらにハリボテを見上げてる。
確かに近寄ってみても、他の防具とは違い、元の持ち主の、何かしらも全く感じない。
ただ、細かな装飾がなされ、とてと目を惹く。
店主はハリボテなどと言ったけれど、見世物、看板としては貴重さも価値もありそうだ。
蛇男は、棚に飾られた刃物に興味を持ち、日常使いならこっちで十分だと、小さな刃物を蛇男に勧めている店主は、梳かしていなさそうな髪は少し長く、邪魔そうに後ろで1つに纏めている。
「……」
問いかけは通じないかとも思ったけれど、2人の後ろに立ち。
「の」
「お?どうした、お嬢ちゃん?」
我は我のお団子頭を指差してから、店主の頭を指差し、髪が長いのと手を広げて見せると。
「んん?……あ?あー、これか。長いのが気になったのか!?」
察しがよくて助かる。
その通りだと頷くと、
「これはな、願掛けだ!」
そんな答えをくれた。
(願掛け、とな)
こちらの世界にも、似たような「まじない」は存在するらしい。
「そうだ!おじさんはな、次に冒険に出る時に、また髪をバッサリ切るんだ!!」
ほほうのほう。
今は何か理由があって、ここで店を切り盛りしているのだろう。
我の男や蛇男よりも年は重ねていそうだけれど、気力体力共に、まだまだ現役そうであるし。
蛇男が、どうやら2人の息子用に小型のナイフを2本選ぶと、旅人らしい客が現れた。
蛇男は店主に礼を伝え、相変わらずハリボテの前から動かない狸擬きを抱えて店を出る。
ここはまた後で来るの、後で男にでもねだるのと、蛇男の小脇で不満そうに無言で足をバタバタさせる狸擬きを宥め。
花がふんだんに飾られた大通りを歩けば。
通りすがりの服屋では、子供用の愛らしい靴下を。
雑貨屋ではポシェットに付ける小さな飾りを買い与えられる。
何気にでもなく、
(我の男並みに甘やかすの……)
何なら荷台の容量を気に留めない事を鑑みると、男以上に、かもしれぬ。
この蛇男を本屋でも連れていけば良いのでは、と瞬時企むも、こやつのことである。
財布の中身が尽きるまで無尽蔵に買い与えて来そうなのと、苦々しい我の男の顔を思い出し、自重することにした。
蛇男と共に、城を見渡せる広場へ向かうと、移動花屋が店を構えてた。
今度は我が駆け寄り、小さなポシェットから小銭を取り出し、花屋の店主から、多分、薔薇の一種と思われる赤い花を1本買うと。
短めに切って貰い、花弁に小さく息を吹き掛けてから。
続いてやってきた蛇男を屈ませ、胸ポケットに差してやる。
「これは……?」
「大変にささやかで済まぬけれどの、我の気持ちの」
色白で上品な顔立ちに、よく似合っている。
のだけれど。
「……こ、こんな」
蛇男が、うっと呻くように、自身の胸を強く押さえた。
の?
毒など仕込んでいないが。
「こんな、喜びがあっていいのかと……っ」
……いいであろうの。
「感極まって、……泣きそう、です」
片膝を付いた姿勢で空を仰ぎ、眉間を押さえられた。
ののぅ。
大の男に泣かれても困る。
ベンチに並んで座り、煙草を吸わせて何とか落ち着かせると、ぼんやりと城を眺める。
暖かい風に、敷物を広げて寝転がっている者たちもいる。
しばし、それぞれ物思いに更けていたけれど。
「湖は、私だけでなく、家族にも楽しい思い出になりました」
我も楽しかったであるの。
「仕事を言い訳に、剣の習い事からは、だいぶ遠ざかっていたのですが、息子たちと一緒に再開しようかと思っています」
のの、サボッていてあれか。
そもそもが戦いに向いている性質なのだろう。
「また剣を交える時が楽しみの」
足をブンブン振ると、何となくは伝わるのか、蛇男も頷きながら笑う。
ふと視線を移せば、広場の東側の外れか、冒険者ではない、旅人が、異国の雑貨を広げていた。
(おやの)
「……フーン」
そう。
「それ」に気付いた狸擬きも、主様、とぺたりと座り込んでいた身体を起こす。
「そうの」
我と狸擬きの視線に、
「どうしました?」
蛇男が釣られて視線を向ける。
目に留まるのは、とてもとても小さな、一見、変哲のない、木彫りの、なんの動物か。
牛か、それに近い4つ足の獣。
気になるのはそれよりも、それが放つ禍々しい靄。
ベンチから飛び降りると、立ち上がる蛇男の手を引いて近付き。
「これは、誰が作ったものの?」
古く簡素な天幕の奥に座る店主に指を差して見せるも。
「……」
奥に座る異国の店主は、何も言わない。
言葉が通じないからか。
昨日の本屋の男より更に、大きな帽子とぼさぼさの長い髪と髭で、顔が見えにくいし、腕を組み、俯きがちで、眠っているのか、動かない。
それも気になるけれど。
それよりも。
木彫りから溢れる黒い靄が、あの少女の骸骨と。
(似ておるの)
店主が無言なため、
「……話は出来るかの」
売り物に触れず、話し掛けるくらいなら良いであろう。
意識してそう声を出すと、
『……』
「お主は、何者の」
『……わから……ない』
おや。
幼い少女の声。
「お主は、どうなりたいのの?」
『……ねむり……たい』
ふぬ。
あの骸骨のような、愚かにも計算高そうな様子は見えず。
なんの力もなさそうである。
買ってやっても良いけれど、店構えに対し、あまり安くなさそうな異国の木彫り。
今、我が欲しがれば、確実に蛇男が財布を開いてしまう。
ただでさえ妻子持ち、相手が勝手にとはいえ散財させているのだ。
無用なものに金を注ぎ込ませたくはない。
我等が眺めているせいか、他の客も足を止め、見慣れぬ柄や雑貨を物珍しげに眺め、腕組をし、胡座をかく店主に声を掛けている。
「の、これを手にとって良いかの」
店主に身振りと共に声を掛けると、起きたのか、やっと無言で、頭を揺らすように頷かれ。
「失敬の」
よいしょのと手を伸ばして、木彫りを手に取り乗せれば。
「フーン」
あの骸骨と似ておりますと、こそりと狸擬き。
「そうの」
そう。
だから、全く、大したことはない。
「ふぬ」
先日に、荷台で見た夢が。
あれは夢であれど、もし、あれが真であるならば。
「……」
唇を微かに寄せて、意識して、スッと息を吸い込んでみる。
『……』
(のの……)
我の力はなかなかのものなのか、黒い靄がするりと口の中に吸い込まれ、我の中でただ、霧散していく。
「フーン」
その何ものにも代え難いお力、相も変わらずお見事で御座いますと狸擬き。
「そうかの」
手の平に乗せた木彫りは、ただの木彫りになった。
「見せてくれてありがとうの」
買わずに済んだ。
店主に礼を伝え、木彫りを元の位置に戻しても。
「……?」
店主は、動かない。
蛇男も、控えめに店主に声を掛け、他の客も、さすがに首を傾げている。
「……フーン?」
狸擬きが、おかしいですねと、その場からポーンッと飛んで品物が並ぶ敷物を越えて店主の隣へ着地すると、店主の匂いを嗅ぐように鼻を蠢かせ。
「……フゥン」
主様、とこちらを振り返った。
「の?」
身体の熱こそまだ感じますが、この人間は、今しがた、生を終えた様子、と。
「なんとっ?」
腕組をした状態で、店主は、事切れていた。