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10粒目

雨季ではなく、ただ今年は雨がよく降ると男伝に聞いた。

雨の中、おとなしく部屋にいるのも嫌いではないけれど。


「たーぬきは1匹こーうやを走る、お山を走る、草原走る♪

たーぬきは1匹わーだちを走るどーしてーはしーるー♪」

「フーン♪」

「どーしてなーのかー、わーれは知ーらないー♪」

「フーン♪」

「だけどたぬきは1匹どーこかを走る、むーらを走る、まーちを走る

たぬきは1匹さーとを走る、我をのーせてー♪」

「フンフーン♪」


お歌を歌いながら絵を描き。

「何かないかの」

男は、次の日も雨なことをいいことに仕事へ行くと言う。

「よくないよ、ただ今のうちに少し、周りの国の話も、聞いておきたいだけだ」

苦笑いで、組合であの青年も混じり、それぞれ国などの情報を話していると教えてくれる。

代わりに、仕事の帰りに土産として甘いものだけでなく、何かしら買ってきてくれているため、部屋に鎮座してる、通称土産箱をがさがさ漁ってみると。

「の、ブリキの箱の?」

長方形の、大きさは例えるなら、

「フーン♪」

パウンドケーキと言われるあの焼き菓子の形と大きさに似ていますと狸擬き。

「ご名答の」

「フゥン♪」

昨日作っていた林檎煮を混ぜたものが食べたいですと。

「ふぬ」

ここ最近、狸擬きは果物も、砂糖で煮詰めたものは頓に好んで食べるようになってきている。

しかし。

「ぬ、粉が足りぬの」

「フーン」

宿のおじじから分けて貰いましょうと。

「そうの」

我の字でも多分読めるだろうと、お裾分けの林檎煮を詰めた瓶をメモと共に風呂敷に包み、狸擬きの首に掛け、

「足許に気を付けの」

「フーン」

近くても雨は降っているし地面も濡れている。

材料を準備し、狸擬きの足を拭く濡れた布でも用意しておくかと思っていると、

「フーン」

狸擬きが戻ってきた。

「おやの」

「♪」

小麦粉の入った袋を首から下げた茶狼が尻尾を振っている。

「フーン」

一緒に遊びたいと。

「よいの」

とは言え、そう広くない室内。

どうしたものかと思いつつ、自分で足を拭く狸擬きではなく、狼の足を拭いてやると、しかし1匹と1頭は床にぺたりと座り込み、楽しそうにお喋りを始めた。

我はテーブルでバターと砂糖をひたすら泡立て、

「……ぬ、なにか、気色悪い柄になったの」

卵を混ぜたら、どうやら分離というものした。

(まぁ食べられはするであろう)

構わず粉を混ぜ、林檎も混ぜ。

バターを塗ったケーキ型に流し込み、マッチでオーブンの中に置いた万能石に火を点ける。

焼いている間、お喋りに混ぜて貰うと、狸擬きは、熱心にアイスクリームの美味しさを語っていたらしい。

狼に、遠くに見える山の話を聞く。

狼は、何か長命種の生き物はいると感じるけれど、それだけ。

山のものも自分達も同じ獣であれど、やはり人に支えるものと、山に暮らすものでは、大きな違いがあると。

そして山の麓には温泉宿があり、日帰り用の風呂場だけの施設もあり、自分も主人たちと一緒に浸かったことがある、と尻尾をゆらりと揺らす。

温泉も魅力的であるけれど。

「美味しいものはあるかの?」

「ソーセージでしょうか」

「ソーセージ?」

「温泉の湯でボイルするんだそうです」

「ほ、ほほぅ?」

驚いていると、オーブンからいい匂いがしてきた。

取り出して冷ましていると、

「ただいま」

「のの」

男が戻ってきた。

「の」

抱っこをせがむと、

「いい香りがする」

と言いながら我の髪に鼻を埋めてくる。

「雨がやんだよ」

それならば。

「お風呂へ行きたいの」

「あぁ。その前にお土産だ」

「の?」

土産の言葉はあれど、そう言えば今日は手ぶらである。

「?」

ジャケットの内側の胸ポケットから、洒落た封筒。

「演劇のチケットだそうだ」

「なんと?」

「フーンッ!?」

我よりも大はしゃぎの狸擬きが男の足許に来ると、

「チケットとやらを見たい見たい」

と前足を伸ばしてくる。

男から手渡された狸擬きは、慎重に封筒を開き、中のチケットを取り、

「フゥン♪」

ちゃんと3枚あることに、フンフンと頭を振って喜んでいる。

「青年からの?」

「あぁ」

お礼と、我から男を取ってしまっているお詫びも含めだそうだと。

「ぬ、ぬぬぅ」

そんなにべったりなつもりはないのだけれど。

「フンフン♪」

狸擬きが喜んでいるから、まぁよしとするか。


朝から晴れ間の見える翌日。

一晩寝かせたパウンドケーキ、具沢山のオムレツ、サンドイッチ、おにぎりを詰め、茶色の森へ向かおうと茶狼とおじじを誘うと。

おじじは仕事があるから狼だけでも頼むよと、茶狼が跳ねるように出てきた。

そして、

「宿の馬車を貸してくれるそうだよ」

「おや」

荷物が多いからだろう。

馬は1頭、この辺りの地理にも道にも慣れているからと。

馬車もだいぶ小振りで小回りが利きそうだ。

ふと声がして振り返ると、

「のの?」

黒子が片手を上げて立っていた。

「……何の?」

「暇だから遊びに来た」

とのこと。

「帰れの」

我の言葉は通じなくとも、表情で察したのか、何かあたふた弁解するような手振りと、肩に引っ掻けていた鞄から、

「……の?」

袋を差し出される。

「ビスケットだそうだよ」

「……我もとんと安く見積もられたものの」

男の苦笑い。

男が森へ行くと伝えると、付いてくるらしい。

狸擬きと狼は荷台へ乗り込み、黒子は男の隣に飛び乗っている。

(本当に付いてくるのか……)

宿泊客が来たため、入れ替わりに宿の敷地から出ると、男と黒子が話し出す。

黒子はそろそろ仕事をするよ、そろそろお屋敷からも出て、この国の女の子を引っ掻けたいからね、と、この国へ来てからも無駄なく人生を謳歌している模様。

この国はどうだと男の問いには、

「ほんの若干融通が利かない程度で、いい国だよね。なんか乗り物あるんだっけ?凄いよね、海も越えるのかな」

と。

(海は無理だと思うけれど……)

いやしかし、こちらの世界は魔法があるし、案外線路が海上に長く突き抜けるやもしれぬ。

それは少し乗ってみたい。

「女の子たちのさ、ガードが少し固そうなのもいい」

こやつの頭にはそれしかないか。

「そうそ、夜に、少し大人向けの演目やろうと思って、ランタンで雰囲気出してさ」

確かに、お捻りとして落ちる金額も桁が違いそうだ。

仕事の一貫で演劇にも行くよ、と何と日付も同じ。

「僕たち縁があるね!」

欲しくもない縁を結び付ける黒子のお喋りを聞いていると、次第に土の匂いがして来た。

「地面も乾いてるな」

「のの、川の」

少し上流の方へ行けば、人も減り、小豆も洗えよう。

橋を渡り、川沿いに上流へ向かう。

森が見え、手前ですでに敷物を広げ、食事をしたり寝転がっていたりする人々の姿。

我らは、樹々が川の近くにまで伸びているその手前まで来て停めると、

「フーン♪」

「……♪」

狸擬きがボールを、狼がフリスビーを咥えてやってきた。

我だと、気を抜くとボールは遠くに停まっている馬車の幌を吹っ飛ばすか、フリスビーは、どっか遠くの民家の屋根か壁に突き刺すかしそうで、男に任せる。

川に近付くも、堀が若干深く、浅瀬とは言え川に入るとワンピースが濡れる。

「ぬぬん」

耳を澄ませると、

(ぬんぬん……)

森の中にも沢が流れている。

後で森に入ろう。

輪になってポンポンとボールで遊んでいると。

「……」

(……?)

森の主はとうに居なくなったと聞いたのたけれどの。

何か気になって振り返ると、

「……あっ」

「フーンッ」

「ぬ?……のんっ」

ポコンッと頭にボールが落ちてきた。


秋の陽射しが、柔らかく射し込んでくる。

男の抱っこで散策するのは森の中。

黒子が、なぜザルを?と首を傾げているけれど無視する。

狸擬きはご機嫌でもう森の奥の方へ走っている。

(今日は風呂の……)

狼は律儀に男の側を歩き、

(どこぞのへっぽこ狸と比べると、忠誠心が高いの……)

サクサク進み、たまに少し離れた枯れ葉の下からガサガサ音がして去っていくのは蛇だろうか。

しばらく進むと、まだまだ浅い場所なのに、黒子が両手を振り、ここまでここまでと足を停める。

(情けないの)

と思ったけれど、

「フーン」

またいつの間にか戻ってきていた狸擬きも、

「人の気配はこの辺りまでです」

と教えてくれる。

「ぬん」

我もまだまだ散策したい。

狼が、この黒い人間のお供として戻りますよと言ってくれ、黒子が、

「優しいね、君、メス?」

と訊ねているらしい。

呆れていると、狸擬きが、

「あっちに土のフカフカな場所があります」

と案内してくれる。

土のフカフカゾーンに、枯れ葉がたんまり敷かれている場所が好きなのだと言う。

我も男に降ろしてもらい、綺麗な橙色の葉っぱや黄色い葉っぱを拾っていると、サラサラと水の音。

「ぬぬ?」

たたっと向かうと、とても理想的な浅く綺麗な沢。

男は我より川下で煙草に火を点け、大きく煙を吐き出す。


「あーずき洗おか、パーフェを食べよーか♪」

しゃきしゃきしゃき

しゃきしゃきしゃき

「あーずき洗おか、プレッツェル食べよーか♪」

しゃきしゃきしゃき

しゃきしゃきしゃき


ふふんふふん♪

ふふんふふん♪


「ぬふー♪」

満足して、小豆の水気をさっさと取ると、

「フーン」

狸擬きが、自分も前足を出してきたけれど、すでに泥だらけ。

パチャパチャと洗う姿は、なんだったか、そうだ、アライグマの様のと思いつつ綺麗になった前足にザルを持たせてやると、水面に浸し、そこに小豆を注いでやれば。

「フーフン♪」

楽しそうにしゃきしゃきしている。

しかし。

「森が大きいの……」

元の世界はともかく山、歩けば山、進めば山であったから、平坦な森がひたすら続くのは、こう。

「駆け回りたいの……」

「フーン♪」

お任せくださいと狸擬き。

ふぬ。

「少しだけ走ってきても良いかの?」

「あまり遠くへは行かないように」

男の許可も出た。

「の」

「フーン」

狸擬きに股がると、

「のっ……」

ビュッ!

森とは思えない速度を出す。

それでも太い細い木々たちには掠ることなく、ターンッターンッと駆けていく狸擬き。

「奥はどうなっているのの?」

「フーン」

山です、と狸擬き。

「ほほぅ」

人の気配は皆無だと。

山に近付けば近付くほど、獣の気配は多い。

「フーン」

狩猟も、獣たちは山へ逃げるため、人にはかなり難易度が高そうです、と教えてくれる。

「人は山へは登らないのの?」

「フーン」

狩りの許可の出る時期は、すでに雪が深すぎるため困難かとと。

話しているうちに、上から見たら東西南北としっちゃかめっちゃかに走っていた狸擬きは、

「フンッ」

新しく煙草を咥えた男の前で止まった。

「おかえり」

「ただいまの」

狸擬きの背から男に抱っこされると、狸擬きが足許のザルを取ってくれる。

「ありがとうの」

戻りながら、

「どうだった?」

と聞かれる。

「もう一度来たいの」

「何かあったか?」

「栗鼠がいたの」

「栗鼠か」

「数が必要だろうけれど、文字通り売れる程に生息していたの」

あの小さな頭を狙わなくてはならないことと、解体が厄介そうだと伝えると、

「栗鼠はそのままなんだよ、冷やして持っていく」

「ののぅ」

それは楽でいい。

森から出ると、黒子はだらだらしているかと思ったら、狼にフリスビーを投げて遊んでいた。

しかし。

「ねー、なんかネタになる話頂戴よ」

と図々しいため、

「では早めに鞄の請求書も持っていくの」

と我からの男伝の言葉に、

「……」

笑顔のまま固まる。

狼が、早く投げてくれとその場で跳ね、狸擬きも、

「混ぜて欲しい」

と狼の方へ駆けて行く。

「だってさぁ、こっちのものって、ちょっと高くない?」

それなのに、君たちの今着てる服、それ、また新しいのでしょ?

とフリスビーを投げながら指を差される。

「高いのかの?」

「暖かい向こうの国と比べると。生地の厚さも丈夫さも、気候からして違うからな」

「ふぬ」

それでも。

「我の狸擬きをタダで使って無報酬は、虫がよすぎる話の」

男の腕の中に収まる我を見て、

「ちっちゃいのにしっかりしてるよねぇ」

どうやら褒められてはいない模様。

フリスビーを追った狸擬きが、あまりに夢中になってフリスビーだけを追うあまり、川に落ちかけ。

「フンッ!?」

「……!?」

狼に尻尾を咥えられて、なんとか川に落ちるのは防がれた。

笑っていると、

「フンフンッ」

笑っている我等に憤慨しながらも、

「フーンッ」

お腹が空きました!

と、ついでのように訴えてきた。

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