97 俺は007じゃない
リン・ユー曰く、海賊同盟を追いかけていたら銀憂団にぶつかったのだという。
銀憂団は初めは連邦の小さな右翼集団の一つだった。それは宇宙を悲観視する陰気で根暗の集まる倶楽部みたいなものだったという。
それがネットに転がる陰謀論が膨れ上がるとともに他の思想団体を吸収していった。検索した通り、裏では海賊が動いていた。
「海賊が資金源となって、団長と呼ばれる代表者がロゴス・ゴーリンに変わった。ゴーリンは海賊でも下っ端だったのだけど、彼が団長になって権力を手に入れてからは、銀憂団は海賊同盟の下部組織として機能していった。」
海賊同盟の崩壊に従い、海賊同盟という軛を離れた銀憂団だったが、待っていたのは組織としての『先鋭化』だったという。
「団体そのものが、崩壊して集合する場所を失った海賊たちに飲み込まれていった感じね。彼らは連邦の民主主義を礼賛する一方で、弱体化と帝国主義に目覚めつつある連邦という悲観にとりつかれてる。そして、この世界を正しく導くために弱肉強食の世界で強者とならねばならないといって、ニオファイトとメンバーズという団員階級に分けた。」
リンが俺をちらりとみた。試すような視線だった。
「そして、彼らが理想の政治家にあげたのは、トンコルのマイトレーヤ・アハト大統領だった。」
「大統領?」
俺は慌てて検索した。
ニューストピックスには、
トンコル大統領選、マイトレーヤ・アハト接戦を制す。政権交代へ。
とある。
やりやがった。
「知らなかったの?知り合いとか言われてたんだけど。」
「知り合いでも、動向を知らないこともあるさ。」
俺は格好悪さを誤魔化すように片目を閉じた。
「呆れた。なら、アハト大統領への取材は無理ね。」
「俺でもアンタッチャブルだよ。彼はもう俺の知ってる小坊主じゃない。」
「『宇宙を手に入れる若者たち』って本で政治家として出てる相手に、小坊主なんて言い草はないんじゃない?」
「どんな本かは知らないが、少年僧侶だったマイトレーヤは変わった。変わってしまったんだ。」
どこを向くわけではない俺の視線に、彼女は首に手を当てると、注意深く聞いた。
「彼こそ、民主主義の理想とか今後の宇宙大統領に相応しいとか、銀憂団内部では色々言われてた。今の宇宙大統領を、宇宙会議なんて存在しない組織の奴隷と断じてこき下ろした上で。それについて貴方はどう思う?」
「マイトレーヤは、公約では海賊の取り締まりを強化し、各惑星の自治権を広げ、自由で開かれた銀河連邦の再創設に賛成している。この場合は二通り。正論パンチを真っ向から信じて言い放ってる奴か、悪いことをしようという時に綺麗事を並べてから現実で悪行を実行しようとしているか、だ。」
「貴方はどっちだと?」
後者だ。なぜならば彼は銀憂団を使って…と披露したかったが、信用できない相手に手の内をさらす気にはなれなかった。
「そこは灰色だな。日系の黄色系地球人型らしい玉虫色を通させてもらうよ。」
「それじゃ、質問に答えてないね。」
リンはイタヅラっぽく擦り寄ってきた。
「そんなに私が信用できない?」
鼻にかかったような物言いで更にすり寄る。
眼鏡を外すと、パーマがかった黒髪の美女になった。
俺に恋人がいなくて、ノクターンな男ならここで抱いていたかもしれない。童貞には刺激の強いそんな色香が彼女にはあった。
鼻腔を香気がくすぐった。
フルーツのように何か甘い香りだ。
首に香水か何かを塗った?
俺は身体がホットになるのを自制しながら、この記者の特徴を知った。お色気で情報を釣るなんて、まるでくノ一だ。
もしかしたら、捕まったのではなく、リクームの情婦にでもなって更に内部に潜ろうとしたのかもしれない。
頭が痺れる。
我慢だ。俺。助平になるな。童貞にも3分くらい魂があるだろ?
「マイトレーヤは剛腕な少年政治家になろうとしたのでした。それでおしまいだ。」
俺は小さく降参のポーズをとって、ネコ系美女が外した眼鏡を取り上げ、顔にかけさせた。
「あん。」
勘弁してくれ。
「貴方、男臭い動きの割に、意外とガードが硬いのね。」
「俺は007じゃないんでね。」
そういって、俺は片目を閉じてみせた。
「でも、嫌いじゃないんでしょ?こういうの。」
そういうリン・ユーの目は肉食系に光っていた。
依頼達成ということで、俺はコデとリンを引き合わせた。
「危険な真似をするなよ。」
「わかってる。助けてくれてありがとう、ダーリン。」
リンはそういって、真面目な風貌のコデといきなり熱いキスを交わした。
危ない。とても危なかった。心の中では抱くとか言ってたが、人生最大の過ちになるところだった。
キスを解いたリンが俺に片目を閉じる。そう、これは、いたづらだ。
「スペースニートさんが頑張って助けてくれたの。」
「ああ、スペースニートさん。本当にありがとう御座いました。」
唇と共に魂まで抜かれた顔のコデが感謝の言葉を述べた。
「その、コデさんの恋人さんを助けれて良かったです。」
俺がそういうと、コデが恥ずかしそうな顔をした。
「なんというか、すみません。」
灰色の肌を真っ赤にするコデに、船内でリンの誘惑を受けたとは言えない。
「銀憂団について、さわりの部分は聞けました。彼らは海賊同盟に次いで、これから戦わないといけない相手になるかもしれません。」
「やはりそうですか。取材データなど送ります。」
「では、リンさんの身柄はコデさんに預けますので。」
俺の電子通帳に報酬が入る。
そのうちの何割かは俺の本筋の預金に回され、残った金は『俺が自由につかっても良い生活費兼お小遣い』になる。クロコの案だった。
「また何かありましたら、いつでも言って下さい。コデさんは信用がおけますから。」
「そうですね。また宜しくお願いします。」
熱烈なキスを披露した手前、コデは恥ずかしいのか、リンを連れて早くこの場から離れたかった様に見えた。
リンの性格だ。
また、トラブって俺の出番になったりするな。
俺は嫌な予感を感じた。こういう予感に限って当たるんだ。
そこから、数ヶ月ほど。
俺は運送の他に護衛を始めた。
宇宙船の護衛の任務は多かったが、海賊が減って宇宙船同士の交戦が減った今のうちが稼ぎ時という言葉にのった形になる。
何より、スペースニートの肩書が効いた。
客船や輸送船は俺のネームバリューで護衛を頼んだ。
俺の名前で安全を買いたがる客もいるということで、俺はチップドワキザシの武装を強化した。
「クラスCの船なみに出力のでるバリアとかどうだ?」
ブルドッグ・スマートが相談にのってくれて、違法だが確かな改造がされる。
宇宙船は堅固になったが、警備の大半は空振りに終わった。
海賊の中には、俺の名前を聞いて海賊行為をやめるものまでおり、どんな尾鰭がついてるのか知らないが、スペースニートの後ろ盾は銀河警備隊だという話がまことしやかに囁かれていた。
銀河警備隊特務課のポールと協力しあっているのだから、当たっているといえば当たっているのだが、俺はそれをひけらかす真似だけはすまいと決めていた。
ある日。俺は警護しながら、早く終わらないか考えていた。
卒業したアレクサンドラ・オルタラグカーン嬢と父親が、俺の事務所に来るのだ。
正直、緊張もしていたが、ウキウキもしていた。
アレクサンドラの家は、俺を婚約者として認めたいということだ。父親のエドワード・オルタラグカーンの判断である。
画像から父親の容姿を見たが、年齢固定で14歳の姿形のままらしく、真っ赤な髪を伸ばした美少年の顔と、目元の小皺や少し深めの鼻唇溝が不釣り合いな容貌をしていた。
肌の医学的手入れをしないと、若い顔のまま老化するらしく、見た目を気にする貴族が美容の費用をケチる事自体、オルタラグカーン家の財政難を考えさせられた。
恋人の親に挨拶。
これは頑張らないと。
俺は、浮かれた。




