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83 一角獣の影

 俺はラジオを聴くようにチャンネルを覗いた。

「これさぁ、ココロは違うと思うんだよぇね〜…」

 お金を相手にプレゼントするオヒネリチャット。オヒチャを貰いながらのお悩み相談があっている。配信を閲覧するというより、配信の終了時間を確認する。

 俺はマネージャーに定時の通信までやった後、部屋で感覚を研ぎ澄ませる。


「終わったぇ↑〜、終わったぇ↓〜。あっ。」

 配信終わって歌い出した寧々が、俺に気づいて顔を赤くした。

「ふへへへへ。すい、ません。」

「お疲れ様でした。」

 部屋着の袖で顔を覆う寧々に、俺は声をかける。

「今日は男は来なかったです。」

「でも、フォンダント、の中に、こん、なメッセージが、来てました。」

 寧々が俺に匿名メッセージの内容を送る。


『男と会ったお前は有罪だ。お前の喉をえぐって声帯を舐めてやる。』


「狂ってやがる。」

 俺は戦慄した。どこの反社組織だよ。

「似たよう、なの、よく、来るんです、けど、男と、会ってる、とか、言われてるの、は、初めてで。」

 …こんな正気を疑う匿名メッセージが届くのか。深刻に病んでるな、ヴァーチャル業界。

「文面的に、多分君のことを知ってるな。」

「は、い。多分、ユニ、コーンだと思い、ます。」

「ユニコーン?一角獣の?」

「は、い。ン゛ン゛ッ!」

 口で話すのに限界がきたらしい。通信を送ってきた。

「ユニコーンっていうのはね。男と付き合ってるのは許さないとか、処女じゃないとヴァーチャルやっちゃいけないと思ってるキモオタのことなんだ。」

「盛大にこじらせてるな。」

 古代地球における厄介なアイドルオタクみたいだ。

「うん。別の星の出来事なんだけど、身バレしたVの元にやってきて、殺人まで犯して逮捕されたユニコーンもいるんだけど、そいつ離婚歴があって子供もいたんだ。糞じゃん。」

 手前勝手な奴だ。迷惑をかける無職と同じで、全体の印象を悪くする異物なのだろう。

「取り敢えず、問題は何もなかったよ。」

「ありがとにゃ〜☆今日はこのまま寝るね。朝生配信と、昼には動画収録とダンスレッスンがあるんだ。寝るならソファ使って使って。お休みなさ〜い☆」

「えっ。」

 俺が止めるまもなく、疲れ果てた顔でスースー寝息を立て始めた。

 まぁ、いいか。


 俺が朝ソファから起きると、スウェット姿の寧々はまだ寝ていた。

 ぬいぐるみを抱いている。21歳らしいが、まるで子供だ。

 ニートを経験している間は成長とか成熟は止まる。社会経験をしている内に成熟するとも老けるとも言う。

 この年であんな気持ち悪いメールを閲覧してきたのだ。ストレスからか肌が荒れている。可哀想に。年齢固定でツルツルになった俺のモイスチャーを分けてやりたい。

 俺は寧々が寝ている間に朝飯を頼んだ。下手に外に出ると危険だ。



 俺は朝、マネージャーにメール通信を送る。

 通話通信に切り替わった。

「もうすぐ朝生なので起こして下さい。」

「はい。」

「本人は異性の存在を匂わせもしてませんが、万が一があります。決して目立たぬようにお願いします。それから、警護報告は頻繁にやってください。ボディガードとして隠れて守るようにお願いします。」

 忍者か、俺は。

「承知しました。」

 これも仕事か。


 起こせと言われたが、寧々に触れるわけにもいかず、声で起こすのもあれなんで電脳通信を送った。

 脳に通話アラームを鳴らす。

「おはよおごぜぇます。」

 電脳の中はココロのアバターだ。

「起きて下さい。朝の配信がありますよ。」

「んえ!?」

 現実の方で寧々が変な声を上げた。

「あ、おはよう、ございます。」

「マネージャーの方にお願いされまして。」

「あ、安心、して、寝落ちしてた…。ふへへ。」

 寧々はもう一度目をパチパチさせた。よく見るとカラーコンタクトでなく、サイバーアイだ。

 虹彩の色が変わった。電脳の生配信をやっているみたいだ。

 俺はネットにダイブした。

「織兎撫ココロの起きろ!ココロ!」とある。

 気になってコメント欄を見てみる。

 推者が立体型のネットアバターで参加していて、アバターに吹き出しが出るほか、コメント欄にメッセージが流れるようになっている。

 アバターでギリギリの匿名性を担保しつつ、発言にはアバター越しに責任をもたせることで不要な荒らしを避ける効果があった。

 コメントには、いつもより早いやん、やるやんと書いてあった。寝坊ばかりしているのか。

「おはようございまーす。おはようおはよう皆の衆☆配信起きれた〜、良かったんだぇね。」

 抜群に喋り慣れた感じで、ラジオのように淀みなく喋る。その言葉が口から出たものか電脳で紡がれたものなのかは身内しか知らない。


 朝配信で固まっていた寧々が、突然服を脱ぎだした。

「!?」

 慌てて後ろを向く。

 寧々はマネキンのようにフラフラと動き、クローゼットから服を被りだした。

 着替えだすと思わなくて、俺は後ろを向いたまま、どうしようと途方に暮れた。布の擦れる音が響く。

 ゴスロリ風の緩いジャンパースカート姿になった寧々のサイバーアイが、灰に似た黒の瞳に戻った。

「あっ。」

 俺の存在をまた忘れていたらしい。

 寧々が横を向いて赤くなった。

「見てませんから、早く出社しましょう。」

「あの、つい、てきて。」

「ボディガードですので、ご安心を。」

 寧々がホッとした顔をした。


 朝飯を食べた後、俺達はディメンション・ツーのスタジオに向かった。

 電車通いらしいのだが、通ってる間も虹彩の色が時々変わった。何か作業しているのだろう。その辺は車内で仕事する今どきのビジネスマンと同じだ。

 女性の場合、痴漢に会う恐れがあるのだが、俺が睨みをきかせているのでそういうことは無かった。


 ディメンション・ツーの収録スタジオは簡素なものだ。3D合成のはめ込みの大スタジオと、椅子や機材があるだけの電脳スタジオがある。

 同じ会社のVダイバー同士でわちゃわちゃとしたバラエティを撮ったり、ダンスを撮ったりする大スタジオの方に通された。


「お疲れ様です。」

 メガネをかけたサイバーアイの女が寧々に声をかけた。サイバーアイに近眼なんてないから伊達メガネだろう。

「おつ、かれ様、です。」

 ゴスロリの似合う寧々が、笑顔でハイタッチした。


 俺はスタッフに混ざったが、宇宙服にパーカー姿の男は珍しいらしく、例外なく皆怪訝な顔をした。

「スペースニート!」

 俺の顔をみて記憶と照合できた人が俺に興奮して頭を下げた。俺は、おはようございますとだけいう。

「スペースニートって、あのスペースニート!」

「凄い!本物だ!」

 30代くらいの女性が笑顔でやってきた。撮影用に髪をまとめており、目が細い。

瑠璃六花るりリッカをやってます。佐藤京子です!初めましてー!」

「どうも、スペースニート。鬼灯博です。」

「鬼灯さんもVダイバータレントに?」

「いえ、ボディガードを頼まれまして。」

「ええ!?良いなぁ!」

 佐藤はそういうと俺の手をとって握手した。

「あの、ジェイクさんとのコラボセッション見ました!私感動しちゃって配信とかで何度も話題にしてて!良かったらサインを送信してください!」

「ええ。いいですよ。」

 俺は画像を送信した。

「ええ!リッカさんだけズルいヨ〜。」

 グレイ型宇宙人の胸の大きな配信者がバタバタと地団駄を踏んだ。

 これじゃ、違う芸能事務所に来た芸能人だ。とても隠れてとはいかない。

「ちなみに誰のボディガードをしてるんですか?」

「金子さんです。」

「そうなんだ。あの、ここのスタジオは入ったら皆Vネームで呼ぶように言われてるんで、本名は控えてもらっても良いですか?」

 佐藤が頬に横ピースサインをくっつけた。なりきっている。プロだ。

「鬼灯さんはこちらへ。」

 出社してきたユーナに促され、俺はスタジオの外に出た。

「収録終わりましたら通信しますので、ここで待機となります。」 

「それなら、俺はちょっと外に出てます。」

「分かりました。」

 俺はそこから宇宙港に行き、船から歯ブラシやら消臭剤やらを袋に入れ、旅行サイズのシャンプーや身の回りの物を買う。

 合鍵のパスコードを貰っているので、寧々のマンションに行くと、鍵を開けて中に入った。

 ソファを自分の領地として、袋を置いておく。

 寧々がいない今のうちに、俺は盗聴器や盗撮器を調べた。

 以前探偵ごっこした後で一応スキルを磨き、発見機で調べなくても盗撮器の仕掛けられてそうな場所を探せるようになった。

 盗聴器はなかった。

 後はストーカーがどうやって中に入ったか、だ。


「ん?」


 俺は玄関の靴箱の茶色い厚底ブーツに注目した。

 寧々の服装はゴスロリを普段着に近くした『ゆるゴス』と呼ばれる服装だ。可愛いと言われるのだろう黒の革靴が並んでいる中で、これだけが違和感がある。

 厚底ブーツに触れる。見ても分からないが、厚底の部分に切れ込みがあるのが触れてみて分かった。

 ブーツの底をひねる。


 パカッ


 中から機械がでてきた。

 軍用の小型遠隔幻視装置。

 こんな物が入っているとは。

 光投影するプロジェクターと違って、これは脳の後頭葉にある視覚野を騙すことで他人に映像を見せる効果がある。

 主に幻を囮として歩かせて、スナイパーが隠れて撃つために使われていた。


 玄関、廊下、部屋まで数メートル。装置の適応範囲内だ。

「男が立っていたと言っていたが、具体的にどんな男とは言わなかったな。」

 部屋の明かりをつけっぱなしにしていて、男が立っていたのならそれなりに顔や服装を覚えているものだ。

 この装置には限界があって、脳を騙すだけなので、幻の『印象』を視覚で捉えることになる。人がいるように見えるが、存在していないので詳細が分からない。

 立体的なシルエットで男女の区別が付く程度の印象を映し出すことは出来るのだが、そこから先は遠隔では難しく、また軍では電脳をハッキングして幻を見せて攻撃する手法もとられるため、この装置の存在は極めてマイナーなものだ。


 現物を見て、脳内検索をかけてようやく分かるような代物に俺は戦慄した。民間でこれを持っている人など滅多にいるものではない。


 歩いて去る男がトリックなのが分かった。あとは装置の持ち主を特定するだけだ。

 俺はマネージャーにメール報告した。

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