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62 I C RED

 レクロスは閉塞した軍事政権の惑星だ。

 昆虫系戦闘宇宙人のマキンチンが入植し、選ばれた民の選ばれた民による選ばれた民の為の政治をやっていた。

 マキンチンは外骨格があり、顔は蟻に似ている。

 女王蟻ならぬ国体主席蟻に独裁し、労働者階級は目の前の仕事に疲弊し、ブルジョワになれた人々は成り上がりを目指して革命を考えているも、軍閥と秘密警察が日夜逮捕と洗脳に勤しんでいる。

 国民選挙権が事実上機能していない。

 そんな一触即発の政情だ。

 人々は感情を押さえつける鎮静音楽や国民鎮静剤を服用し、意識を殺して生きていた。


「俺の音楽で体内にある《《たぎり》》を想起させるんだ。金を持たなくても地位がなくても拳は上げられるだろ?」

 熱く語るジェイクを目にして、俺はニオブ合金の配達の期限を考えていた。

 クロコにヘルプの連絡をとるのも怖い。どうしよう。

 宇宙ステーションについて、安物のギターとアンプとデカいスピーカーを買った。捕まったら没収されるのだから官憲の頭目掛けて叩き割ってやるといい、などとジェイクは子供っぽく笑ったが、俺は笑えなかった。


 惑星レクロスに着陸する。宇宙港から外に出ると、雨に濡れたアスファルトみたいな臭いがした。 

 宇宙港にジェイクのスタッフ代わりのファン達が集まっていた。まるで爆弾を隠すように、彼らがギターを運んだ。


 ジェイクは散歩するように気楽に歩いた。反対に、俺は撃ち合いとは違う緊張感でついていく。

 ジェイクの曲は聞いた。耳コピしろ、電脳で脳みそに音楽を刻み込めと言われて簡単に再現できるのは、俺の前世での修練の賜物だった。

 ちなみにギターを弾いていた俺の人生はどうなったか?

 ネットのない時代で活動し、50を超えても芽が出ないでバイトばかりした挙げ句、年金を貰う位には長生きしたがタバコがたたって孤独死を遂げた。

 大人に迎合しない大人はただの逸れものだったというオチだ。肝に銘じたい。


「冷たい過去を思って 泣くな」

 ジェイクが喉鳴らしに歌を一節呟く。

 ジェイクの歌は宇宙共通語だ。

 宇宙共通語の言語独自の言い回しや韻文があるが、共通語ということは全ての星の外国語でもあるので、歌詞をみると翻訳したような意味になる。

 古代地球時代で散文的に言えば、『洋楽を聞く日本人』の気分になるわけだ。歌に身を任せ、後から歌詞カードで歌の意味を知る。そんな感じ。


 誰もが話せるが、半人工的だから歌にはなりにくい言語だ。

 そして、全ての世界の母国語から外れた言語で歌うのは、ロックなのだろう。


 官憲や密警(秘密警察)の縄張りに入る。

 ライブ会場はパブだ。休日は14日サイクルに1日であり、14日の最後の日にある日曜日を狙う。

 労働者の権利として認められた休日は、身体を休めるだけで1日が終わると言われているが、今日の酒場は昼から混み合っていた。


 ホリゾンタル・ソフィストのジェイクがライブをやる。


 噂を聞きつけて、酒場は危険なほどに人が集まりだした。

 ジェイクの歌はストレートに怒りを刺激する曲が多い。

 ライブではそれを中華料理のように強火でさっと炒めて後は撤収。そういう予定だという。


 パブは店主が酒を注ぐ狭いカウンタースペースがあり、そこに小型の機材とギターを持ちこんで演奏する。やばくなったらジェイクのギター以外の機材を放って裏口から宇宙へ逃げる。

「そこはアドリブさ。よくあることだ。」

 頼もしいんだか、頼りないんだか。


 待ち合い室代わりにパブの裏口のバンで待機する。スタッフが機材をこっそり配置する。

 その様子に、この星の国民が摂取を強制される国民鎮静剤越しでも興奮してきたオーディエンスが、腕をおさえて我慢だというジェスチャーをやり始めた。


「機材OKです。」

「よし、やるか。」


 ギターを持ったジェイクがカウンターから姿を現した。

 俺もギターを抱えてついていく。

 ジェイクがマイクを叩いた。

「レクロスに騒音を贈る。まずはRage!」

 ジェイクがギターを鳴らしてライブが始まった。


 歌詞はこんなだ。


 ☆☆☆

耐え忍んだ果てに 待っていたのは苦しみ

泥で顔面を覆え 血染めの国旗を振り回せ

お前は狂ってなんかいない 狂っていたのは歯車のほう


それに流されて転がる もくした石ころにはなるな!


お前は何だ お前は誰だ お前の存在価値を示せ

お前は何だ お前は誰だ お前の存在価値を示せ

くたばる前に お前の証を刻め!



地獄の閻魔が舌を抜く マリクの槍が奴らを貫く

奴らの創った偶像は焼かれ 審判がきても救われねえ

悪魔が生き生きと 奴らの魂を喰らうだろう


だが、その日が来るのを 指を咥えて待つのをやめろ!


お前は何だ お前は誰だ お前の存在価値を示せ

お前は何だ お前は誰だ お前の存在価値を示せ

くたばる前に お前の証を刻め!


お前の中に炎を入れろ! 宇宙と命が凍りつく前に!

お前の中に炎を入れろ! 絶望という幻覚は捨てろ!



お前は何だ お前は誰だ お前の存在価値を示せ

お前は何だ お前は誰だ お前の存在価値を示せ

生きているという 特権を思い出せ!

 ☆☆☆


 俺は客の方を見れなかった。手元を見て、ピックを弾き、録音された様な完璧な演奏するジェイクの音についていくのに必死だった。

 機材がメトロームみたいなドラムを鳴らす。俺は自由にやれと言われた。

 前世の俺がこの舞台で成仏したがっている。

 俺のギターの音色が段々(むせ)び泣いてきた。

 これだ!俺の前世はこのためにある!

 弾き終わると、パブの外にまで人々が集まってバリケードみたいになった。

 機材にはリアルの音と共に、電脳とつながる通信を流している。

 禁じられたチャンネルにつながれば、電脳の中に演奏が流れ、脳を揺らす仕組みだ。

 ひそひそ通信が流れてきた。

「後一曲で撤収してください!急いで!」


「これでダメ押しだ!『I C RED』!」


 ☆☆☆

玉座に座ったお前はさっきからずっと威張ってる

気持ちよくなりたくて 俺達の頭を踏んでる

冗談じゃないぜ もうこれ以上我慢はしたくない

お前の鼻面を吹き飛ばして真っ赤(RED)にしてやりたい


目の前がチカチカと光ってる I C RED

俺はお前の全てを否定する I C RED

目の前がチカチカと光ってる I C RED

俺はお前の全てを否定する I C RED


お前は子供に間違いを教えてる

誰がお前なんか許せるか

子供に銃を持たせるな 銃を持つのは俺の使命だ

今すぐお前を処刑してクリーンな未来をつくるんだ


目の前がチカチカと光ってる I C RED

俺はお前の全てを否定する I C RED

目の前がチカチカと光ってる I C RED

俺はお前の全てを否定する I C RED


俺を指差すな 俺を指差すな

血の色は同じだ 俺達に端から上下は無ぇ

俺はお前を処刑場に連れて行く

お前の頭を吹き飛ばしてやる

誰がお前なんか許せるか

お前は俺をキレさせた(U pissed me off!)

血の赤を見せてやるよ(I will C RED!)



子供に銃を持たせるな 銃を持つのは俺の使命だ

子供に銃を持たせるな 銃を持つのは俺の使命だ

子供に銃を持たせるな 銃を持つのは俺の使命だ

 …………

 ここから観客のシュプレヒコールが始まった。

 反抗と革命を呼ぶフレーズが繰り返し響く。

 ヒートアップしていくが、警察がパブの外側に集まってきた。

 俺は冷や汗と脂汗を書きながらジェイクをみた。

 もうどうにでもなれ。ヤケクソで俺はギターを鳴らした。

 あんたに任せるぞ、と俺のギターについている音変機能でベースみたいにリズムをつくると、ジェイクが嬉しそうにアドリブでソロを弾いた。

 ジェイクはちらっと白目を剥いて電脳を操ると、最後のフレーズにかかった。


 ☆☆☆

肖像画を飾るな

銅像を建てるな

誰がお前を許せるか

見えるのはRED RED and RED

U pissed me off! I will C RED

 ☆☆☆


「自由な世界でまた会おう!あばよ!」

 ジェイクはそう叫ぶと、ポケットアンプとギターを抱えて脱兎のごとく駆け出した。

 俺はカウンターに引っかかった邪魔なギターを脱ぎ捨て、大急ぎで走り出す。

 客の声援を無視して裏口へ。

 横付けしたバンに乗る。

「ぶっ飛ばせ!」

 オーディエンスに守られていたバンがクラクションを鳴らすと、観客達がはかったかのように一斉にバンから離れた。 

 思い切りアクセルを吹かす。

 警官たちが銃を発砲した。

 防弾ガラスに弾の跡が残りながら、改造されたバンが宇宙港へ走り出した。

 生きた心地がしない。敵性音楽は録音の単純所持や演奏だけで重犯罪。内乱罪が適用されると死刑だ。


 宇宙港への入口にバンが突っ込んだ。ドアを破壊しながら施設の中に入る。

 俺とジェイクは変形したバンから這い出ると、宇宙港にいたファンに助け起こしてもらった。

「チップドワキザシに乗って逃げるぞ!」

 ジェイクが俺の宇宙船の名前を呼んだ。気に入ったらしい。

「はいはいはいはい!」

 俺はヤケクソに返事しながら、ジェイクと船へ急いだ。

「ルビー、エンジンをスタートさせろ。俺達が乗り込んだら出るぞ。」

「了解、キャプテン。」


 俺の前世は満足して辞典の中に帰っていった。

 自己満足にもならなかったが、気分テンションだけはどんな酒を飲んだ時より上がっていた。

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