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57 不聞の体

「恋人がいたのか!私以外で!」

「はい。というか、殿下と恋人になったつもりはありません。」


 俺はちゃんと恋人がいるから勘弁して下さい、とう意味でアンバルにアレクサンドラの話をした。


「なんだ、女か。」

「へ?」

「問題ない。結婚して子供をつくりつつ、私と愛を育めばいい。男同士は不倫の内には入らない。」

「ちょ、ちょっと待って下さい。ダラマンではそんなことになってるんですか?」

「同性愛禁止のビナント星と一緒にしないでよ。でも、困ったな。今のサーラ王国の法律なら問題ないんだけど、同性愛者の結婚が認められたら、それも不倫になってしまう。」

 俺が口をあんぐりとしているのが面白かったのか、アンバルがクスクス笑い出す。

「地球の古代ギリシャもビックリだ。」

「古代ギリシャか。前世の記憶で知ってるよ。ヒヤシンスの話とか好きだな。」

 ヒヤシンスの由来は、ギリシャの男神アポロンに愛された少年ヒュアキントスから来ている。

 知識がサラッと出てきたあたり、漫画は漫画でも、少年誌少女誌ではない不健全な漫画を描いていたのではと邪推した。

「こんなに何でもあけすけに話せる相手は、君が初めてだよ。」

「あけすけ過ぎませんか?」

「私は前世の記憶と今のアンバルとしての記憶がまだ完全には統合できていない。でも、君を見ていると心にティンとくるんだ。ヒロ。」

「ティンとこないで下さい。殿下。」

 なんでこうなる。



☆☆☆


 アンバルの邸宅に、第2王子テメル・サーラが訪問してきた。

 少年は肩をヴェールで覆ったダラマンの民族衣装を着るが、成人のテメルは白く長いシャツの上に黄色と青の民族衣装を着ていた。

 細い筋肉質の体に褐色の肌。

 黒い天然パーマをしている。

 パッチリとした瞳は黒髪と遺伝的に合わない赤茶のサイバーアイであり、国王や他の王子の瞳の色に合わせたような色味をしていた。

兄上あにうえ。」

 兄を前に、アンバルがお辞儀をする。

「アンバル。無事で何よりだ。」

「兄上と軍のおかげで、命拾い致しました。感謝します。」

「当然だ。お前を苦しめる者がいたら、私が黙ってはいない。」

 テメルはそういって微笑んだ。


 アンバルに手招きされ、俺は胃を痛くしながらアンバルの隣りに立った。

「こいつは誰だ?」

「私のボディガードです。」

「ボディガードなら軍と警護がいるだろう。」

「彼は私を理解してくれているボディガードなのです。」

「理解?ああ。」

 弟の趣味を把握しているらしいテメルが、俺を見た。

 品定めするような目つきにゾッとする。

「太っている男は珍しい。まるで女みたいな肉付きだな。」

 この星の女性について検索してみた。皆太っている。少なくとも、がり痩せした女はいなかった。

「こいつが女なら、問題はなかったな。」

 テメルがフッと笑う。

 こわい。セレブの歪んだイケメンこわい。

「理解は性別を超えるのです。兄上。」

「ハハハ。相変わらずだな。たわむれるのもいいが、将来妻は娶れよ。」

 ギブ。もうギブアップ。セクハラを受ける人の気持ちがよくわかった。

「テメル殿下。俺はスペースニートと申します。」

「…そうか。海賊退治のスペースニートか。弟が世話になってるな。」

「いえ。溺死液の行方について調べておりますが、黒幕がわからない上に奴は神出鬼没です。くれぐれもお気をつけください。」

「言われるまでもないことだ。」

 つっけんどんに返された。

 黒幕について聞ける雰囲気じゃない。月並みな気遣いの言葉しか出なかった。

「立ち寄っただけだし、俺は帰るよ。そうだ。ムーレイも会いたがっていたぞ。」

「ムーレイ兄さんが?」

「ああ。」

 テメルはアンバルを優しい目で見た。この様子では、彼は黒幕ではなさそうだ。

 人前では見せない顔なのだろうから、俺は目で別の方を見た。


 短機関銃を持ったテメルの警護が、ケンに鋭い視線を送っていた。警備を指導することは、プロの警護に恥をかかせることになる。そんな、プライドというか自我が強い発想をするものもいて、ケンは目の敵にされていた。



 夜、食事を終えると、軍から連絡があった。

 一番警備の厳しいはずの王宮に溺死液が現れたらしい。

「俺が見てくる。」

 ケンが外に出ようとする。

「待った。今から行っても間に合わないだろう。アンバル殿下をお守りするほうが先だ。それに、召使いに化けていた女の成分分析結果が出た。それによると、組成からは人間というより、流体型義体の液体成分が検出されたのだそうだ。」

「どういうことだ?」

「つまり、溺死液みたいな奴が人間に化けているというのが結論だ。」

「そんな事が可能なのか?」

 ケンの表情が険しくなる。

「俺は女が溶けていくのをこの目で見た。溺死液の他に海賊同盟の殺し屋がどこかに潜んでいる。溺死液が姿を見せて、その仲間が王子たちを狙う可能性があるというわけだ。下手に動くのはかえって危険だ。」

「そうか。ならば、報告を待とう。」

「俺は、アンバル殿下の側にいるよ。」

 気が進まないけど。そんな言葉を心で呟いた。


 俺はアンバルの部屋へ向かった。

 アンバルは一心不乱に何かを描いていた。

 俺のサイバーアイが描いているものをアップで映す。

 ペーパータブレットに、中年の男同士が扇情的なことをしているらしい絵が描かれていた。前に送られてきた絵と全然絵柄が違う。

「殿下。」

 俺が声をかけると、アンバルはビクッと身体を震わせた。

「なんだ、ヒロか。」

「漫画ですか?」

「いや、これは、その、前世からの癖という奴だよ。」

 俺は見なかったことにしたかった。

「溺死液が王宮に現れました。万一のこともありますので、警備致します。」

「そうか。絵のことは秘密にしてくれ。」

 溺死液より、絵をみられた方を気にしていた。

「殿下の趣味は殿下の趣味でしょう。そこはお好きに。ただ、俺にはそういう趣味や性的嗜好はないことはおわかり頂きたい。」

「そこがいい。じゃなくて、分かった。」


 俺はあくびを噛み殺す。

 時間だけが過ぎていった。

 殿下は相変わらず、イスに座って絵を描き続けている。

 内容は、見たくないので見なかった。

 俺にもそんな前世があるのだろうか?

 頭の辞典を巡ると、漫画雑誌に持ち込んでは掲載されず、万年アシスタントで食っていた貧乏な俺がいた。

 売れない画家より悲惨で、生活保護まで申請するも働けますよねと突き返され、それでも漫画で食おうとした悲しい人生とその結末に居たたまれなくなり、辞典をそっと閉じた。


 殿下が俺にペーパータブレットを渡した。

「前世の力で、何か描いてみてよ。」

 俺は再度辞典を開け、先程の漫画を描いていた俺を引っ張り出した。

 ペンを持つとサラサラとキャラを描く。

「地球の西暦でいう、1980年代みたいな絵を描くね。」

 そんな感想だった。アンバルの前世は地球の20世紀頃の人だったのだろうか。

 俺は、ふと考えた。

「殿下の絵を売ってみませんか?」

「えっ。」

「実は俺はデジタル画商もやってまして、殿下の描いた絵を売ってもいいなと思ってみたのですが。」

「そ、そんな。私の絵は恥ずかしくて世に出せない。」

「でも、同好の士が欲しいとかあるでしょう。」

「前世を思い出す前の私の絵はもっと可愛らしいものだったんだが、絵が変質してしまった。私の絵は、けがれている。」

 なるほど、同性愛は前世の性癖か。


 ケンが部屋にやってきた。アンバルが獲物をとらえるカマキリよりも素早い動作でペーパータブレットの描出履歴を自らの電脳に隠し、白紙にする。

「悪い知らせだ。スペースニート。こっちに来てくれ。」

「私にも聞かせてくれ。」

「殿下。それは、」

「兄上の誰かが、亡くなったのか?」

 アンバルが無表情になる。

 ケンは一瞬ためらったが、口を開いた。

「ハシム殿下が入院していた病院が襲われました。爆弾で医療ポッドが次々と破壊され、お見舞いに訪れていたウサイン殿下と、邸宅で警護を受けていたアーキル殿下まで銃で撃たれて亡くなりました。」

 今の后との間の子が3人とも一気に亡くなったことになる。

「これを受けて、国王陛下が星全体に戒厳令を命じられました。軍の命令により、民間人の俺達は御役御免ということになります。」

「そんな。」

 アンバルはイスから立ち上がった。

「私は、海賊の殺し屋から身を守ってくれる優秀な人材としてブラックドッグケンとスペースニートを雇ったんだ。嫌だ。これで別れるのなんて嫌だ。」

「残念です。殿下。」

「ヒロ。」

 泣きそうな顔で俺を見る。可哀想だと思った。

「お守りしたいのは山々です。山々ですが…。」

 俺は通信アドレスを送った。

「メールでも通信でも構いませんので、何かありましたら連絡を…。」

「嫌だ。ヒロ。」

「少し、ケンと話してきます。お部屋にいてください。」

 俺とケンは途方に暮れるアンバルを部屋に残して、廊下に出た。


「流石にこれは良くない。何とかならないか?ブラックドッグ。」

「戒厳令だからな。どうしようもない。」

「戒厳令下では、宇宙に出ることは出来ない。その間に溺死液や暗殺者を見つけて倒すというのは?」

「現実的ではないし、これ以上の干渉は不可能だ。」

「だが、このまま何もかも切り上げてしまうのは残念すぎるだろ。」

「それも仕事のうちだ。引き際をわきまえろ。スペースニート。」

「そんな仕事なんて、働きたくないでござる。」

「おい!」

 俺とケンで口論になる。分かってる。分かってるが、納得できない。それに、引っかかることもあった。

 戒厳令になれば、暗殺のリスクは上がるだけだ。俺が暗殺者の立場なら、見つからない方が良いに決まってる。

 何か策でも用意しているのだろうか?

 勿論そうだろう。

 では、それは何か?



 入口で車の音がした。軍人が来たのだろう。

「アンバル殿下の警備を行います。お二人共、宇宙港へ送りますのでモビルトラックに乗ってください。」

「ヒロ!ケン!」

 アンバルが涙を流して部屋から出てきた。

「アンバル殿下。」

 それは一瞬だった。

 俺達と話をしていた兵士が肩に下げていた銃をアンバルに構えようとするも、自在鎌スウィング・サイスが銃身を切り裂いた。


 バンッ


 銃身の切れた銃から弾があらぬ方に発射され、弾が近くの壁に突き刺さる。

 俺は更に銃身をバラバラにした。

「畜生!」

 罵声を浴びせた軍人もどきの顎に、俺の重いパンチが炸裂した。

「撃て!殺せ!」

 入ってきた兵士たちの銃に集中する。


 ヒュッ


 上げた手をおろして、自在鎌を念動した。

 銃身が切れた時、軍人は2種類の反応を見せた。

 呆気に取られるものと、アンバルめがけて突進してくるもの。

 ウェーブ銃を出す間も惜しんで、突っ込んできた兵士をジークンドーのサイドキックで次々と蹴った。

 司令らしい制服軍人が拳銃に手をかけた。俺の抜き撃ちの方が早い。光弾が腰の拳銃に当たった。

「動くな。死にたくないだろ。」

 俺のラコン・ブラックマンバが軍人たちを睨む。

「給料安いんだろ?無理するな。」

 そう言いながら、ケンが制服軍人から拳銃を奪った。

「お前ら、海賊か?それともクーデターでもやりたいのか?」

 俺の質問に、制服軍人は答えない。

 軍の中に海賊がいるか、暗殺騒ぎに乗じてクーデターを考えた奴がいるか。

 どちらもあり得る。

 ケンが制服軍人の腹にパンチを食らわせた。

 そのまま胸ぐらを掴む。

「言え。海賊か?クーデターか?」

「我々はサーラ王国軍だ。」

「その軍隊が、何故アンバル殿下に銃を向けた?」

「貴様ら外星人には関係ない。」

「何だと!?」

 怒りに燃えるケンに対して、制服軍人は正面を向いたままの姿勢を保った。不聞の体だ。

「兵士の方にインタビューしてみよう。」

 俺は戦意喪失した兵士や胸やみぞおちを蹴られて倒れていた兵士たちに銃を向ける。

「君たちは今、誇り高きサーラ王国軍でなく、海賊ではないかという汚名を着せられてる。少しでも誇りがあるなら答えてくれ。これはクーデターなのか?」

「我々は」

「喋るな!」

 制止する制服軍人をケンがまた殴る。

「我々は…アンバル殿下を速やかに捕殺せよという命令を受けた。」

「命令をした誰かさんは、上官のお前しか知らないよな。誰に命じられた。」

「…。」

 制服軍人は不聞の体になる。

「殿下を殺して、その罪を俺達になすりつけるつもりだったんだろ?」

 俺の指摘に、制服軍人が目だけで俺を見た。

「間違いない。こりゃクーデターだな。」

 俺は天を仰いだ。

「ややこしいことになった。」

「兄さんたちが、通信に出ない。」

 頭を抱えていたアンバルが、ポツリと呟いた。


「想像以上にやばいな。」

 ケンが眉に皺を寄せる。

「ジープを頂こう。こうなったら、アンバル殿下を連れて宇宙船の中にでも隠れた方が安全だ。」

 俺は引きこもることを提案する。

「兵士たちはどうする?」

「諸君。」

 俺は兵士に呼びかけた。

「クーデターの罪は死刑だ。命じられて失敗して死刑で犬死にしたくないだろう。だから、サーラ王国への忠誠のため、俺達を逃がしたことにしといてやる。」

 兵士たちの表情が変わる。

「下手に連絡をとるのはやめておくことだ。クーデターなんて失敗する。お上の命令で死んで、墓にツバされたくないだろ。ここは黙って待機しろ。それが命をつなぐ。行こう、ブラックドッグ。」

 俺はアンバルの手を引いた。

 外に出て、ケンはモビルジープの鍵を回した。

 後部座席にアンバルを乗せ、俺は助手席に座る。


 溺死液はこの国の軍部と手を結び、暗殺騒ぎとクーデターを同時に起こさせたのか?

 今は推測だが、防ぎようのない政変に巻き込まれようとしていた。

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