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51 人食いウィルス

 ポールが通信から出ない。まさかやられたのか?


 空気感染を防ぐため、俺は宇宙服にヘルメット姿で救急バックを背負い、ドッキングベイからボグールに入った。


 血熱病は皮膚や飛沫は勿論、空気感染もする。

 完全武装した隊員たちがヘルメットを脱ぐことはないはずだが、万一のことがある。

 俺は銃を抜いて船内を探し回ることにした。

 ボグールの中は赤いカーペットが敷かれ、壁には巨大な油絵が飾られている他、金の縁取りで模様が描かれていた。

 脳にダウンロードした船の構造図を頼りに、まずは人のいるだろうパーティー会場を目指した。

 立食パーティーの会場は、地獄だった。

 着飾った男も女も、警備隊によって拘束された姿勢のままで血液を吹き出して死んでいた。

 隊員までヘルメットを壊されて仰向けに死んでいる。見慣れない顔から、麻薬捜査官達なのだろう。

 ヘルメットの黒く変色して焦げた具合から、近距離でレーザーを受けたらしいことが分かる。

 俺は宇宙服の下に冷や汗をかきながら、指差し点検するように銃でクリアリングしていった。

 豪華客船といっても、アマビエより大きくはない。エントランスと複数のラウンジがあって、観劇用の客席と舞台に機材を持ち込んでプレゼンテーションを行っていたようだった。人はいない。

 天井のシャンデリアの灯りを浴びながら、真っ白な象牙風素材の階段を上がっていく。

 背筋が寒くなるほど静かだった。

 上の階に駆け上がった俺は、広間を開けた。


 いた。特務課の隊員たちだ。


 ヘルメットを破壊され、倒れていた。

 警戒を解こうとした所で、神経をギチギチとこすり合わせるような前世の嫌な予感が俺に警告をおくった。

 地面を見た。アシダカグモ型のロボットが低い姿勢から俺のヘルメットめがけて飛んできた。

「!!」

 ヒュンッ。

 銃が間に合わず、自在鎌を使った。

 ロボットをバラバラに切断した。

 さらに何匹ものロボットが、狙いをつけるよりも素早く地面を這い回るようにこちらに接近してくる。ヘルメットを破壊するつもりだ。

 俺は腰だめに構えると、カウボーイの狙い方で撃鉄ハンマーを叩くように発砲した。

 引き金を引きまくるよりも、前世の手慣れた撃ち方の方が発砲速度と狙いは速い。

 外れた光弾が地面を焼き、ロボットに当たって火花をちらした。


 一匹残らず破壊すると、俺は隊員の元に駆けつけた。

 顔から血の汗をかき、目や鼻腔、口腔粘膜から出血している。

「ミア!ギリアム!皆!」


 まだ息がある!


 背負った救急バックから、まずDTPを注射した。

 デリバリー・トリートメント・パックという文字通り『回復アイテム』みたいな治癒物質が、痛みを和らげる麻酔物質と一緒に入っている。困ったときのDTPだ。

 次に、ナノ抗体を注射する。

 ナノアンチボデイとよばれる機械が、人間の細胞以外を識別して機械的に破壊する。その仕組みからがんには効かないが、感染症には細菌や真菌、ウイルスを問わず治療効果が高い。

 俺はこの2つをカクテルした。


「うう!」

「ポール!」

 俺はグランドピアノの近くに倒れた血まみれのポールと再会した。

 仰向けに倒れていたため、呼吸困難からはまぬがれていた。

「カフッ」

 喋ろうとしたポールが吐血する。

「しっかりしろ、ポール。治療してやるからな。」

 DTPとナノ抗体を打ち込んで、DTPの麻酔効果か痛みに鈍くなったポールの意識が逆にはっきりしてきた。

「念の為、血熱病対応の広域ワクチン、打っていて良かった、ぜ…。」 

「喋るな、マブダチ。今、宇宙救急センターに座標と状況つきで連絡した。ジャンプしてくるとさ。」

「マジかよ。ゴフッ。治療代が、半端ないことになるな。」

 口から血を流しながら、ポールが軽口を叩く。

「ク、クリストフは?」

「奴なら逃げていったよ。」

「クソッ。」

 ポールが顔をしかめる。

「快楽薬物の違法な製造や販売の教唆扇動の現行犯で引っ張れたのに。また振り出しかよ。」

「プレゼンテーションの音声ログはとってる。奴は逃げられない。」

「それだけじゃ、逮捕しても起訴できねぇ。」

 ポールは悔しそうに喉を何度も鳴らした。文字通り血の涙が流れる。


 俺と同じく簡易宇宙服を着た惑星メディカルの救急隊員達が到着したとの通信を受けた。

 俺は隊員らの所まで案内する。

 救急隊員らは凄惨な現場に一瞬息をのんだが、キビキビと隊員達をタンカーに乗せていった。

 隊員を運んでいく以外の他の救急隊員は船内のトリアージをおこなっていったが、ヘルメットを被っていない犯罪者と船員、麻薬捜査課の刑事たちは皆死亡を表す黒の札が貼られていくだけだった。

 血熱病は致死率だけでなく、感染から発症するまでの時間と致死にいたるまでの時間が他の疾患と比較して圧倒的に短い。その恐ろしさから血熱病を人食いウィルスと呼ぶ星もある。


 チップド・ワキザシに戻る前に、俺は空気室を真空にしてボグールの空気を排出した。

「ルビー。洗浄システムを起動。」

「了解、キャプテン。」

 センサーで宇宙服についた汚染を洗浄する。

 排液は宇宙にすてられる。

 まだ気持ちが悪く、洗浄システムを終えたあとでも、薄めた次亜塩素酸ナトリウムを身体に特に脚に吹き付けた。

 ウイルスや空気汚染度を何度もルビーに聞きながら、ヘルメットを脱ぐ。

「ふー。」

 俺はやっと緊張をといた。




 鮮血のボグール号という見出しでニュースになった。

 警備隊の広報課はこの事件への関与について麻薬捜査の過程で捜査官に死者が出たと発表した。存在しないと言われている特務課については勿論、言及は無かった。


「君の迅速な対応のお陰で、特務課の隊員に死者はなかった。隊員を救ってくれたこと、感謝する。」

 特務課課長のジンが頭を下げた。

「それより、クリストフはどうですか?逮捕できそうですか?」

「結論から言えば、厳しいな。確かにクリストフがレッドキャップについてのプレゼンテーションを行ったのも事実なら、血熱病が船中に散布されたのも彼の仕業だ。だが、現行犯逮捕でもない限り、その証拠は少ない。血熱病のクリストフでなく、ジャック・ダイアンを起訴するには状況証拠では弱いということだ。」

「だが、奴はレッドキャップの製造を行っています。その線で何とかできるのでは?」

「捜査上の秘密なので、ここだけの話にしてもらいたいが、レッドキャップという快楽薬物は存在しなかった。」

「えっ!?」

「2種類の漢方の新薬を混合すると、真っ赤になるのは間違いではないが、彼がいうような快楽薬物としての効果はないそうだ。」

「どういうことだ?」

「つまり、クリストフは初めから我々を含む反海賊の組織の面々を血熱病で一網打尽するのが目的だったということだ。そのためにレッドキャップなどというフェイクをでっち上げた。それにまんまと引っかかったというわけだ。」

 俺は自分の口がへの字になるのを感じた。ざまぁみろというクリストフの声まで聞こえてきそうだった。

「これから、どうするんです?」

「捜査は振り出しに戻った。それに、部外者にはこれ以上は教えられない。」

「そうですか。できる限り何でも協力しますので、また呼んでください。」

「ありがとう。スペースニート君。」



 俺は落ち込んでいた。

 どうしても、クリストフの方が一枚上手(うわて)だ。10代の悩み解決とはレベルが違う。

 だが、いつまでも凹んではいられない。



 ☆☆☆


 日曜日の昼に、ムーランドの事務所兼自宅に人が訪ねてきた。

 女性だ。染めているらしい茶色のショートカットにダークブラウンのおっとりと眠そうな目つきが特徴的だった。

「いらっしゃいませ。」

 クロコがお客にお茶を出す。

「スペースニートよろず事務所へようこそお越しくださいました。私が所長の鬼灯博です。」

 俺が挨拶する。

 コミュ障の俺は運搬のバイトばかりやっていたが、それではいけないとクロコが形ばかりの事務所をつくっていた。挨拶できたのは年の功だ。

「鬼灯さんがスペースニートなんですか?」

「ええ。そのように呼ばれています。」

 俺の情報は、正体が顔写真付きでバレている。

「噂通り男爵なんですか?」

「ええ、まぁ。」

 俺は眼の前の女性が何を考えているのか怪しんだ。


 資産運用はスペースニートへ、などという俺を騙った詐欺は、広告と広告主をまとめて詐欺罪や名誉毀損罪や侮辱罪などで告発や起訴をして弁護士が頑張って莫大な賠償金をとったら鳴りを潜めた。

 代わりに貴族の地位を狙ってか、失礼な表現ながら心も容姿もクリーチャーな女性が俺に婚活を申し込むことが増えていた。

 何も無いニートだったので女性にモテるのは有り難いが、話を聞くと女性は全て例外なく俺でなく俺の地位や財産と結婚したがっていた。貴族になりたいか、丁度ニートの親みたいにただ養ってくれという感じだ。

 結婚というものを専属のパパ活か搾取対象作り程度にしか考えてなく、正直嫌悪しかない。アレクサンドラは子供だし極端だが、お付き合いとかを考えてる分まだ健全だった。

 事務所にきて貴族の年収は幾らなんですか?と聞かれ、お教えできませんというと切れ散らかして帰っていった同世代ぐらいの女性客もいる。何しに来たのかよくわからない。女性不信になりそうだった。


「あの、私の旦那なんですけど、浮気しているかもしれないんです。」

 良かった。既婚者でしかもちゃんとした相談だ。探偵の仕事だけど。

「あの、念の為申し上げますと、ここは興信所ではありません。」

「はい。でも、よろず相談受け付けてますよね。何でも、話だけでも聞いてくれるとか。」

 俺は思わずクロコを見た。

 クロコは目を逸らした。

 やってくれたな。

「お仕事をお受けするかどうかは、また別ですが、今回は相談料を取らずお話をお伺いしましょう。」

 俺は全てを諦めてそういうと、女性は相談料無料に感謝の言葉でなく、そうですかと口にした。


 彼女の名前はクロネ・プレーンリード。夫は没落した貴族の血筋なのだという。恋愛結婚をしてプレーンリード家の一員になるまでは良かったが、最近、夫が浮気をしているのではと思ったのだという。

「何か心当たりがあるのですか?」

「夫のトーマスは物流系会社の貿易事務の仕事をしているのですが、お昼の休憩をしているような時間でも連絡がつかないことが増えたんです。通信に出ないし、チャット通信でも既読のみがついたり。仕事が前より増えたからだと言ってました。それに、残業が増えて夜遅くに帰ることも多くなり、とにかく日によって予定がコロコロ変わったりしてるんです。確信したのは、思い切って会社に一度通信したのですが、そういう残業は労働時間の記録にはほとんど残っていないとか。」

「つまり、トーマスさんが残業という口実をつくって、誰かと浮気しているとお考えなのですね?」

「はい。」

 これは、聞けば聞くほど興信所の出番だ。

所謂いわゆる探偵をお雇いになったことは?」

「ありますが、3日間だけの調査で25万クレジットほどかけて調べてもらって、仕事場から離れておらず浮気はしていないと言われました。長期調査になれば費用がかさむので、とてもお金をかける訳にはいきませんけれど、3日程度で得た報告書や内容を信じるのも自分の中で段々怪しくなってて。」

「成る程。」

 俺はなんだか可哀想だな、という顔をしたらしく、クロコが首を振ってきた。

 金にならないから断れというサインだ。

 うんまぁ、無駄に働きたくないでござるよ?

「それで、私にどうしてほしいと。」

「出来れば、興信所の代わりに調べてはいただけないかと。」

 事務所にきた人は婚活の例も含めて大体興味本位でやってきて、お茶だけ飲んで帰っていく。このパターンは珍しかった。

「まず、初めに残念なことからお話させて頂きますと、私は探偵ではありません。クロネさんにご満足頂けるかと問われますと、興信所並みのことは出来ないと言わざるを得ません。」

「わかっています。でも、ニートの方は張り込みをするお時間はあるとお聞きしています。夫の素行を張り込みで調査して頂けるだけでも違うのです。」

 いい得て妙だ。ニートって時間はたっぷりありそうなイメージだものな。

「第二に、私は相場を存じません。ただ働きしたくありませんが、かといってお金をとるだけのノウハウを持たない素人であるとお伝えしなくてはなりません。張り込むとしても、時間としてどれだけの期間でどの程度の報酬を頂くのか検討がついてません。」

「それもわかっています。一週間。一週間張り込み調査して下さい。報酬はこのくらいなら出せます。」

 金額が脳内に提示された。

 興信所と同じくらいある。

 つまり、俺みたいな素人に25万クレジット出せるというような依頼というわけだ。

「こういうのはいかがですか?私はトーマスさんの通勤を尾行し、会社の近くに張り込んで素行調査をする。逐一ご報告しますので、調査内容についてクロネさんからこうして欲しいなどのご注文があればそれに最大限応えさせて頂きます。それでもご満足頂けない場合、クロネさんの指示で調査を打ち切る。私の拘束は最大一週間で、経費やその他諸々含めて費用は25万クレジットまでとする。打ち切る時は7で割った1日3万5千クレジットで支払うものとする。差額ででた約5千クレジットは成功報酬ということで。それで良ければ、今週の月曜日から金曜日、そして翌週の月曜日と火曜日に素行調査をやりますけど。」

 正直自信はないが、これも縁だろう。コストパフォーマンスで考えがちだが、人生はコスパではない。

「分かりました。宜しくお願い致します。」

 契約成立だ。探偵ごっこといきますか。

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