17 怒髪天
「物置みたいですわね。」
マイは俺の船にケチをつけた。
「クラスAの船にしては、そこまで狭くはないよ?」
「こんなの聞いてませんわ。私は豪華客船に乗り船員と恋におちて、氷にぶつかって船が沈むのを体験したかったのに、お父様が『それは駄目だ』なんておっしゃいますの。だから、アトラクションではない宇宙を駆ける本物のキャプテンの船に乗りたかったのですけど。こんな、小さいボロだなんて。」
「まぁまぁ、惑星コインクエにつくまでの間だから。」
ムッとなったクロコが何かを言いそうだったので、俺はなだめた。
「コインクエには向かいませんわ。」
宇宙空間に出た時、マイがスカートの下からナイフを取り出した。口でとろけるような柔らかいステーキを切る銀のナイフだ。
「私、ハイジャック致しますわ。このまま惑星エレナへ向かって頂戴!」
「お金はあるの?」
俺は何とも間抜けな質問をした。魚も兼用で切れそうな品の良いナイフを、お行儀のいい手つきで持ちながら、マイがドヤ顔する。
「当然ですわ。私の貯めたお小遣いを舐めないで頂ける?」
お小遣い。最近まで俺が貰ってたものだ。
「エレナにいって、何したいの?」
「それは勿論、ショッピングに演劇に、あとお父様と競馬にも行きましたからそこにも行きますわ。勉強ばかりのコインクエなんて嫌!」
「ハイソサエティーの勉強ってどんなことをするんだい?」
「全部ひっくるめて帝王学というのですけど、基礎として語学、数学、物理学、化学、生物学、歴史学。情報処理や情報整理学、経済学に社会学、統計学とか天文学とか。それと並行して分子生物学に生化学に…。」
まぁ、出るわ出るわ。羅列してもらったが、高校や大学レベルの内容もあるのに14歳にさせる時点でどうかと思う。
俺は素直に感想をのべた。
「え、これを20代になってからも学ぶんですの?遅すぎません?いくら人生500年時代とはいえ。」
天然エリート、か。
「もしかして、そんな風に先生方から言われてるの?」
「はい。十代のうちに全てマスターしなくては、会社の経営はおろかマネカでお勤めさえ出来ないよ、と。」
「ニートってどういう人か、知ってる?」
「働かない堕落した卑しい人のこと、ですわ。敢えてそう名乗ってる貴方に興味がありますの。」
「ニートに関してはその通り。それだけじゃなくて、俺、初等教育の学校の算数で0点とったことあるんだ。」
「えっ!」
「運動でもいつもビリでさ。」
「ビリの人が被せられるビリ帽をお被りになったの?」
「そういう制度はなかったな。でも、俺よりも普段テストで醜態をさらしてた奴や運動オンチだった奴でも、皆努力して仕事してるし、結婚したり、親になった奴もいる。遅いとか馬鹿にしないほうがいい。」
「先生はそういう人たちを、馬鹿が馬鹿を産んで遺伝していくと嘆いてましたわ。不健全ですわね。」
シーーッ。
突然、パニがマイの唇に指を立てた。
「そうやって人を差別したり侮蔑したりする言葉は悪口だ。そして、悪口は刃物を振り回すのと同じ。やってはいけないことだよ。そういうことは二度と言わないように。」
マイは人を差別する様な教育は受けているが、品は良かった。
マイはしおらしくなって、パニを正面から見た。
「ごめんなさい。お坊様。先生方がそう仰っていたのものですから。」
「人に物を教える先生が、そんなことを言ってるの?」
「はい。天才ならともかく、平凡な親から産まれると娘は平凡になりやすい。だから、勉学を怠って馬鹿になるな、て。」
「勉学は色んな助けになるが、だからって無学や人の知能を見下していいものじゃないぞ。」
俺がそう言うと、マイは反論しようとした。
「でも、偉い先生の言うことには嘘はないはずです。」
「どんな偉い奴も嘘をつくよ。」
パニはマイのオッドアイを見つめた。
「カーン大帝は当時、宇宙の最高学府であるコスモマゼラン大学を出て、医師として働き、革命運動に参加して政治家になった。その後は、政治家のトップになり、惑星を次々植民して銀河帝国を樹立させ、431歳で亡くなるまで何をしてたか、分かるよね?」
「偽皇帝カーンは例外ですわ。あいつは悪魔だったのですから。」
「悪魔じゃない。ヒトのDNAをもつ同じ人間だ。僕が言いたいのは、どんなに偉い地位にいる奴でも間違ったことをするということだ。嘘もつくし、良かれと思ってやったことが裏目に出ることもある。学問は人類が知ってる道を教えてくれるから大方間違ってはいないけど、知らないがために間違ったことを人に教えることもある。」
パニは手を合わせた。
「絶対にあってると思われてる学問でさえ、人類がまだ知らない所があってあやふやなのに、それを教えている人間があやふやじゃない訳がないじゃないか。先生の言う事も疑って、自分で調べて自分で考えて初めて、ただの勉強ではない学問の扉は開かれるんだ。」
「知ったような口をお聞きになるのね。」
お嬢様は説教をされてカチンときたらしい。絶賛第二次反抗期だ。
「僕は、それが仏教だった。僕には宗教が、沢山の難しい用語や歴史や過去の説法を並べて、煙に巻いて金を巻き上げる集金装置に見えたからね。何やら偉い説教をする偉い地位の綺羅びやかな僧侶。そこに群がる弟子、派閥、権力。」
出生の隠れ蓑にケチをつけようとして、逆に感化された。パニはそういうお子様だった。
「疑ってみて、僕はそれは本物の姿ではないと気づいたんだ。死んだら何もかも残らないのに虚飾で飾り、どんなに逃げても現世の苦からは逃げられないのに、苦しみや痛みから逃げた生活をしている。でも、それは永遠には続かない。つまり、彼らは仏教してるようで仏教してない。」
「それで、貴方はどう思われましたの?」
「僕は、程々に『ちゃんと』生きる道を模索するつもりだよ。悪口といったけど、お釈迦様は生まれでなく行いによってその人の尊厳が決まることを仰ってるのだから。行いを慎めば、苦しみがきても耐えられる。そう信じてる。」
皮肉にも宇宙皇帝カーンのDNAをひいているだけに、彼は声の抑揚や演説に適した声色をしていた。耳元で囁けば人は安心し、声を張れば遠くまで響き渡る。
物語の主役の様な王道の声。そんな声だ。
そして、彼の説教はニートの俺にも痛かった。
「貴方、お名前は?」
「パニ。」
「なんというか、その、悪いことを言いましたわ。コインクエに行くのが嫌で、駄々をこねていた自分が恥ずかしい。」
「いいんだ。我儘そうなお金持ちの娘だからといって、我儘に育つとは限らないのだから。悪い先生からは人格でなく、学問の知識だけを得るようにしてね。」
パニはそう返して、ニコッと笑った。
しばらく宇宙を進むと、予定時刻を過ぎても海賊が出なかった。
おかしいぞ。進路を確認しても合っている。
「そこの船、直ちに減速しろ。」
良かった。海賊ロボットの割に遅かったじゃないか。
「そちらは何者だ?」
船内放送で通信し、俺はキリッとする。
「こちらはブラックレイブン団の団長キリコ。海賊だ。本物のな。マイコ・ヘロン・アカサカが乗ってるだろう?マイコをこっちに渡してもらおうか?」
「私の名前はマイですわ!最後にコをつけたら何やら皺々《しわしわ》ネームしてて恰好が悪い。」
「私、名前がクロコなんだけど…。」
ざわつくというより、ワイワイしだす。
俺は通信を個人通信に切り替えた。
「おいおい、予定と違うじゃないか。」
「いいや、予定通りだぜ。海賊ロボットをぶっ壊して、お前らを殺す。で、マイコをゲトって身代金を頂く。」
「じゃあ、俺の予定とは違うじゃないか。」
「お前の予定は知らんな。スペースニート。」
おい。情報漏れてるやん。
「そういう事か。」
「そういう事だ。逃げ切れると思うなよ。お前らには海賊連盟から賞金も出てるしな。」
何それヤバい。
「俺達で火遊びした罰を受けてもらおうか。百万クレジット!」
「遠慮しとくよ。」
俺は通信を切る。
操縦席からマイを見た。
「ここからは生きるか死ぬかの戦闘になる。今のところ、海賊が俺達を出し抜いている所だ。」
「あれが、宇宙海賊ですのね!本物の!」
オッドアイが輝いた。
「本物だし、俺達は狙われている。あんたの好きな物語の主役は助けには来ない。はっきり言おう。ピンチだ。」
「この船には熱核魚雷の一つもございませんの?」
「核兵器を搭載した民間船があってたまるか。とはいえ、レーザーとウェーブキャノンはある。ルビー、先程の通信相手を敵船と呼称。敵船の位置をくれ。」
「敵船位置、キャプテンのサイバーアイと同期中。相対距離で8分で肉眼に入ります。」
ゴッ グラッ グラッ
「きゃあ!」「うお!」
「敵船より熱反応。レーザーと推定。」
くそ、もう撃ってきやがった。
「反撃よ!反撃なさって!」
「まだ照準圏外だ。ここから撃っても当たらん!」
俺は唇を舐めた。
「どうなさるの?」
「いいから、シートベルトしてな!進路そのまま、回頭してキャノンを射程圏内まで我慢、シールドを戦闘モードに上昇!」
「了解、キャプテン。」
俺はサイバーアイにつながった黒を基調とした宇宙の映像を元に照準し、レーザーを照射した。
当然外れる。
そこから計算し軌道修正が入る。
当たらない。
俺は細かく細かくマニュアルとオートを繰り返し、照射した。
肉眼距離ギリギリであたった!まぐれでもあることだ。
そのまま砲台の角度を固定されたレーザーキャノンとウェーブキャノンが唸りを上げ、無音の空間に光の筋と弾が飛んでいく。
グラッグラッ
チマッチマッとした照準が段々と大きくなり、互いのシールドが削れあい、船体が激しく揺れる。
相手は中型海賊戦艦、海賊雑誌でいう所のカトラス級だ。海賊にも情報誌くらいある。
ちなみに大型になるとホエール級とか超ど級とか刃物から関係なくなる。汚いスラングになるが、ダガー級やカトラス級を蔑んで、デバ船を呼ぶこともあるのだとか。
船のシールドが削れ過ぎて全体表面温度が上がる。
「嫌ですわぁ、死にたくありませんわぁ!」
「少し黙って。ヒロシさんの照準がブレる!」
「スペースニートの名前がヒロシ!?がっかりですわ。」
色々と失礼なことをマイが口にしながら、俺は冷や汗をかいた。
敵船は並走し、相対距離を無理やり停止状態にまで追い込んだ。
そこで曳航ビームだ。畜生!手慣れてやがる!
俺はシールドだけ全開にした。逃げることをやめる。
「どうしましたの?やっつけちゃったんですの?」
「これから海賊が船に乗り込んでくる。直接あってやっつけるのさ。」
俺を見たマイたちの顔つきが変わった。
俺は、極めて獰猛な顔をしていた。
「スペースニート。」
「お嬢様は座ってな。」
「はい。」
「クロコ、パニもだ。俺一人でやる。」
俺はホルスターの位置を整えた。
「俺の船をこんがり焼きやがって。頭に穴を開けて、自在鎌で刺し身を引いてやる!」
俺は怒髪天をついた。
船同士のドッキングを許可する。ドッキングした接合部に俺だけ入る。
腰のウェーブ銃をおとりに、自在鎌を使う。
これを使うと疲れる上に悪夢を見るので、出来れば使いたくないが背に腹は代えられない。
俺は両手を見せて、銃を向けてきた赤い海賊服の連中のトップであるキリコの言葉に応じる。
「一人か?」
一人だと言えば殺される。
「いや、お前には見えないか?」
「何をだ?」
俺は一瞬時間を稼いだ。鎌の通り道を念動する。
「死神さ。」
俺が鎌を召喚すると、青い軌道を描いて赤い海賊たちが鮮血に染まる。
俺の灰色のパーカーに血がつく。曳航ビームで無重力になった空間で球状の血液が噴射される。
「ぎゃあああ!」
腕を切り落とされた海賊に俺はウェーブ銃を抜いた。容赦なく撃つ。
俺のヘルメットに血がつく。
俺の奥の手だ。
スペースニートのチート能力の前に、あっという間に屍の山になった。
「ヒロシさん!」
クロコの声がする。
「来るな!」
向こうから援軍がくる。
「単分子糸か!?」
「奴の前に立つな!切られるぞ!」
敵は勘違いをしたらしく、その隙に俺は素早く角に隠れる。
ダダダダダ…
銃撃が遅れてきた。
俺は銃を手にしたクロコを見た。
後ろにマイがいた。
「なんでマイまでいるんだよ!」
「だって…私…血が…。」
マイは抗議したいのか血を見てビビっているのか。
クロコが角から9ミリを撃つ。
「銃を引っ込めろ!」
敵の銃が当たりそうになったクロコに、俺が叫ぶ。
「俺に任せろ!」
俺はそれだけ言うと、盲目的に鎌を召喚した。
相手の銃声めがけて鎌の刃を念動で振る。
「うっ。」「あっ。」「ぎゃ。」
当たると声がした。
恐慌した敵が俺の方に向けて発砲するも、俺は壁にしっかり隠れている。
目を閉じて聴覚を頼りに鎌を振るった。念動で空中の鎌を振るう度、疲労し、どんどん精神がヤスリで削られるように疲弊していく。
敵がドッキングベイの扉を締めた。
目の下にくまをためた俺は肩で息をしながら、こちら側のドッキングベイの扉をしめるようルビーに命じた。
「おまけだ!」
敵の船の扉にはりついて、こちらを憎々しげに眺めているスキンヘッドの髭面集団の後ろに鎌を召喚して、一振りした。
死神の鎌は青い軌跡で敵の首を刈り取った。
「ヒィッ!」
閉じた海賊側の扉の小窓が血に染まり、マイが悲鳴を上げた。
キスした後で二人の唇が縮んでいくように、ドッキング接合部が離れていく。今回のキスの味はきっと血の味だろう。船に味覚があれば、だが。
俺が脱いだヘルメットをパニが布巾で吹いてくれた。
「こんなの、こんなの。」
マイが震えている。
通信が入った。
「団長代理のシェムだ。」
団長はバラバラになった。代理が出た。
「我々は降参する。貴様と決着をつける気はない。シールドを最低限にしてこの宙域から出ていく。」
「降参するなら、銀河警備隊に身柄を拘束されてはくれないか?復讐に燃えられたら困る。」
「そんな忠誠心が俺達にあったら、こんな通信してないって。あんたらの勝ちだ。」
シェムは悪びれもしなかった。敵船のシールドが最小化される。
「そのまま減速し、ジャンプで去れ。俺達を狙おうと思うな。次俺達を襲う船があったら、たとえシールドを最低限にしても轟沈させるからな。他の海賊にもそう伝えといてくれ。」
「分かったよ。」
甘いやつだと海賊相手にそう思われては危険だ。
「これは授業料だ。ルビー、敵のシールド発生源だけレーザー照射。」
俺はサイバーアイごしに照準し、敵の船のシールドを発生させる機械だけを壊した。
「あっ!てめえ!」
色を失うシェムに、俺は片目を閉じた。
「あんたら海賊流のやり方を試しただけさ。油断させといて襲うとか、姑息なこと考えないで、とっとと去れ。」
シェムとの通信が切れた。今頃俺に罵声の嵐を浴びせているだろう。
「さて、コインクエに行くけど、お嬢様はそのナイフで俺を脅しますか?」
我ながら冗談がきついと思いつつも、俺がからかうと、マイはブルブルと金髪の頭を振った。




