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144 アポロンの冠

 俺は上役の長髪男ことバッド・グウェルの紹介で、スミフノフ博士に会うことになった。

 博士は日に焼けた青い目の白人系地球人型で、もじゃもじゃの白髪を貫くように眼鏡をかけていた。

 この星の住人は所謂天然パーマの人が多い。

「スペースニート、だったね?アレクセイ・スミフノフだ。」

「スペースニート。鬼灯博です。」

 握手してみせる。

「事情はバッドから聞いている。我々は独裁者ロバンから市民を解放し、ロバンの独裁体制からの脱却を目指すものだ。」

 スミフノフはそういって、机の上のパイプをくわえて火をつけた。

「敵は手ごわい。今は誰の手でもほしい。ファンタジオを解放した兵士としての君の勇気と手腕が味方になれば、我々も心強い。」

「その前に家族を返して貰いたい。約束は果たします。」

「うむ。すぐ連れてこよう。バッド?」

「はい。」

 近くで見ると10代に見え、実際にそのくらいだろうバッドが部下に何か命じていた。

「それで、戦況はどうなんです?」

「うむ。」

 スミフノフ博士は机に置かれた立体映像板を操作した。紙の薄さのパーソナルコンピュータといった所か。

「ロバンの軍はグラディアートルまで動員して、我々の仲間のみならず無辜の市民まで逮捕、拘束している。中には我々の情報を知りもしない市民が拷問を受け、獄中死したとの話まである。」

「グラディアートル、か。こちらの戦力は?それと、ロバンは今どこにいる?」

「こちらも輸送中に鹵獲したグラディアートルを数騎用意している。乗り手がいなくて困っている所だがね。それと、ロバンなら宮殿の中だ。」

「宮殿?」

「この星は王政だったのを、市民が暴力革命によって政府を創った。それから、軍部が実権を掌握し、軍事独裁政権が今も続いている。私はこの現状を変えるため、初めはペンの力で、そして今は奴らと同じ戦いに身を投じておる。」

 そりゃ凄い。関わりたくないな。

 俺は本音を口の中で砕いて捨てた。


 俺はアポロンの冠で検索した。

 スペースネットによると、アポロンの冠とは頭を月桂樹の冠で取り囲むように、大気圏外に数機の浮遊装置が浮かんでおり、恒星の光を吸収して大気を切り裂くような威力のレーザーを浴びせるというものらしかった。

 ピンポイント照射で市街地なら数ブロックの物体をまとめてドロドロにするか灰にする威力があるのだという。

 試すとその一帯は火の海になる上に地上で大量の死者が出るため発射こそされていないが、そのスイッチをロバンが握っているのは、確かに脅威だった。


「お連れしました。」

 やって来たバッドがそういうなり、

「ヒロちゃん!」

 金切り声の母が俺に抱きついた。


「母さん!」

「ヒロちゃん!」

 再開のハグが恥ずかしかった。

「ヒロシ!」

 父親とアンナが後から部屋に入ってくる。

「無事でよかった。」

「博。すまん。街の福引で宇宙旅行が当たったのだが、まさかこうなるとは…。」

「いいんだ父さん。」

 俺はモジモジするアンナに笑顔を向けた。

「アンナは大丈夫だったか?」

「うん。おじさん。ここの人たちが親切にしてくれてたから。」

「そうか。」


「感動の再会の所申し訳ないが…。」

「ああ、博士。約束だからな。」

 俺は片目を閉じた。

「革命なんて、手早く終わらせようぜ。」


 聞けば、プロパガンダをするまでもなく、市民は我々の味方らしい。

 レジスタンス『自由の風』のバックには反権力団体が政治的についていたが、資金源にさえなればいい。

 要はこの戦いに勝てれば良かった。


 俺は独裁者の暗殺を提案した。

「それが出来ていれば苦労はしない。」

 博士が暗い顔で笑うのに、俺はウインクで応えた。

「とりあえず、試してみる価値はあるぜ。」

「誰か適任がいるのかね?」

「まぁ、ね。」

 俺はメールを送った。

 宛先は『溺死液様へ』だ。

 記憶を失っても、不死の男の執念は半端ではなく、各地で暗殺騒動を起こすあいつになら頼む価値がある。

 程なく、報酬としてこれだけのクレジットを払えと請求書がきた。

 博士の許可を貰い、スミスノフの名義で契約書を交わす。


「暗殺計画と共に、奴のナンバー2を狙う。いるだろ?懐刀が。」

「ロバン長官の最大の支援者といえば、イェーガーズ副長官だ。ロバンは自分の味方になる人物で周りを固めて政治的地盤を強固にしている。」

「ターゲットはそいつだな。独裁者が暗殺された後、ナンバー2がその座に座るものだ。」

「居場所なら分かっている。イェーガーズは宮殿で指揮をとっている。」

「確実か?」

「ロバンはいつも背景不明な所で演説をするが、実務はイェーガーズが担当している。奴は国民放送をする時、必ず宮殿の壁を背景にしているのが特徴だ。」

「なら、宮殿に爆薬でも仕掛けるか。」

「爆薬?とんでもない。」

 博士は首をふった。

「あの宮殿は我々の文化だ。跡形もなく破壊すれば我々の支持はたちまち非難の声で埋まる。」


 こいつは仕事よりも面倒くさい。


 このまま家族を連れて逃げるのも手ではあるが、後腐れが凄そうだから協力する。

 そんな感情がわいていた。

 仕事をしたせいだ。

 純粋に、義を見てせざるは勇なきなり、といかなくなっている。

「国際法に基づいて、この内戦をオープンにしたらどうだ?」

 俺の提案に、博士が固まった。

 内戦をオープンにするとは、秩序下で戦争を行うという意味をさす。

 早い話がスポーツ感覚で殺し合うグラディアートルチャンネルに出して、この星の内戦を見せ物にしようというのである。

「ふざけているのかな?」

 頭に血管が浮いた博士の顔をまともに見るつもりはない。

「至って真面目だ。スポンサーをつけて大々的にグラディアートルに乗って戦う。ファンタジオの時はこれでうまくいった。」

「我々は見せ物になる気はない!それに、戦争登録したせいでファンタジオの戦争は十年以上長引いた。」

「セクトやテロリスト扱いされるよりマシだ。」

「我々は正当な権利の為の戦争をやっている。セクトと真のレジスタンスの違いが分からない奴には正論で話し合い、信を得られるまで戦うつもりだ。」

「手段が綺麗クリーンならば、目的が綺麗になるというのは理想家の机上のことだけだ。まして、何か理想で戦うのならば、見せ物にしてでも勝つべきだ。」

 スミスノフ博士は頭に血管を浮かべながらも、暫し考えた。

「君に頼んだ私が馬鹿だった。所詮外星人か。」

「わざと自分たちが社会的に不利な状況をつくって戦う必要はないと言ってるんだ。」

「もういい。」

 博士は表情を変えた。

「君はこの星から出ていきたまえ。我々は我々の方法だけで革命を達成してみせる。」

「そうか。残念だ。」

 俺は手を差し出した。

「少ないが、クレジットを送るよ。家族をかくまってくれた礼もある。頑張ってくれ。」

「当然だ。我々は市民の味方だからな。」

 博士は激情のままに握手に応じた。


 これで俺の中ではっきりわかった。

 この戦いは博士達が負けるだろう、と。

 こだわりなんて、一杯に命をかけると豪語するラーメン屋の店主じゃあるまいし。


 俺はチップドワキザシに家族を乗せて宇宙を飛んだ。

 自分のことではないが、負けた気がする。

 博士は革命という名の妄執に囚われていた。

 あれでは成功するものも、上手くいくまい。


「ん?」

 俺はパライソツーの衛星エデン258に奇妙な施設があるのに気づいた。

 宇宙軍の施設跡だというが、施設の地下からパラボラ状のアンテナが出てくる。

 廃墟の施設が生きている?

 そう思った矢先、アポロンの冠がソーラーパネルを開いた。

 船外カメラが光で一瞬見えなくなる。

 アポロンの冠がレーザーを発射したのだ。


 俺が惑星の地表をみた時、言葉を失った。

 市街地が赤く燃えている。

 業を煮やした独裁者が、博士のいると思われる辺りに向けてレーザーしたのだ。

 レーザーが縦長のアポロンの冠から次々と発射される。


 高熱が俺の船の外壁を溶かそうとしていた。

 俺は家族を守るため、短ジャンプで逃げる選択をとる。

 ジャンプあけにニュースを開いたが、地表の様子が速報で出たのはレーザー照射が終わって12時間もたってのことだった。

「なんてこった。」

 ニュースには、俺がいた場所も映し出されていた。博士は勿論のこと、文字通り溶けたビルの中の人々は全滅だろう。

 あの場にまだ俺や家族がいたら…?

 ぞっとする。


 当のロバンはセクト共の駆除を行ったと勝利宣言を行なっていた。

 何に勝利したのか?

 戦慄とともに俺はそう呟いた。

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