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134 共闘

 俺は宇宙ステーション・シュミセンに向かった。

 仏教的な名前が付けられたステーションだが、通称としてブラックマスタッシュと呼ばれ、慈悲深いとは程遠い連中が住んでいた。


 海賊同盟が検挙された後、ここは封鎖されたはずだが、女神が示した座標アドレスはここを指していた。

 俺はウェーブ砲やレーザーの砲門を開きっぱなしにしてバリアを張りながら、慎重にシュミセンに近づく。

「さっさと入れ。ニート野郎。」

 特有のガナリ声を耳にした俺は、船を遠慮なくシュミセンにドッキングした。


 さりげなく腰に手を当てつつ、ドッキングベイと通路を通ると、赤や黄色の明かりがそこかしこを照らす怪しい雰囲気の場に出た。

 常設されたバーらしきカウンターで、コモドのジョーが唯一人酒を飲んでいる。


「博打を張る声も、ウェーブ銃の音もしない。ブラックマスタッシュは死んじまったのさ。お前のせいでな。スペースニート。」

「震えて眠る市民の安全に比べれば、価値は低いな。コモドのジョー。」

「抜かせ、総船長の命令がなければ、テメーを簀巻きにして恒星光パネルに干物になるまで貼り付けてやるのによ。」

「どうして海賊は充電パネルだの船のマストだのに人をくくりつけたがるんだ?まぁいいや。」

 俺は適当に空いてないブランデーの瓶と綺麗そうなグラスをとった。

 グラスに氷を適当にぶち込む。

「一時休戦だ。」

 俺が片目を閉じると、ジョーが酒の肴と間違えて苦虫を噛んでしまったような顔をした。


「総船長が秘書を通さず俺らの前に現れたのは何十年ぶりかになるらしい。人類が銀河帝国共に皆殺しにあうと言われていた時にも動かなかったと言われてる総船長がだ。銀河狼は直々に会うのを許されていたが、俺の前に初めてお顔をお見せになった。」

 ジョーがドブに混ぜたような色の濁った酒を飲んだ。当てずっぽうな勘だが、スパイスの入ったラム酒かもしれない。

 カランと氷の音がする。

「正直、失望したぜ。初代から今まで名前を変えて、不死であることを誤魔化していたと聞いた時は。騙された気分だった。だが、今はそんなことはどうでもいい。トマスの野郎をぶっ殺して宇宙に平和をもたらせときた。」

「それなんだが、トマスの行方について知らないか?」

「海賊の情報網舐めるんじゃねえ。奴なら元海賊同盟の仲間が囲い込んでるぜ。脱獄した銀河狼もな。」

「脱獄したって!?」

「俺たちをパクった所で、銀河警備隊にも暴対警察にも影響力がある。止めたければ、俺等を皆殺しにするこったな。」

「エミリーハーパーを殺ったら夢見が悪い。」

「何だぁ?惚れでもしたのか?」

「婚約者がいるから、それは無いね。」

 ジョーを煙に巻くと、俺は冷えたブランデーを舐めた。

「で、奴はどの惑星にいるんだ?」


「ここにいますよ、お二人さん」


 その言葉に、俺は反射的に銃を抜いた。

 ジョーも同じだったらしい。品のないキンキラの金メッキ銃を懐から出していた。

 そこにいたのは、黒いスーツ姿のトマス・ゴーディムだった。

 正確には、トマス・ゴーディムの皮を被ったアルマゲドンの崇拝者だ。

「何でテメーがここにいる?」

「求めよ、さらば与えられん。」

「アルマゲドンの使者が聖書諳んじてんじゃねぇぞ。」

 ジョーが撃鉄を起こす。

「テメーを囲ってたウチの仲間達をどうした?」

「彼らには一足先に、アルマゲドン様の理想とする虚無と破壊を体験してもらった。」

 俺は初めて、愛銃ラコン・ブラックマンバが頼りなく思えた。

 自在鎌もウェーブ銃も効かないならば、打つ手はない。

 俺は背中に冷や汗をかく。

(ヴェンヌ。聞こえているか?)

(もちろんだ。ヒロシ。崇拝者の電脳をハッキングしているが、元のトマスの電脳に崇拝者が手を加えていて、異質すぎて時間がかかってる。)

(ひとまず時間をかせぐ。)

「アルマゲドンの崇拝者。あんたを倒せば宇宙がひとまず平和になるって話だろ。自分で自分を破壊してみるってのは、どうだい?」

 俺の軽口に、崇拝者が笑い出した。

「自殺は真実を知る上で必須概念だな。」

「真実?」

「そうだ。真実。人生に悲観して自殺するほどの脳を獲得した知的生命体は、放っておいても絶滅するのか。私はアルマゲドン様が滅ぼす前に知的生命体の社会に溶け込んで、社会システムなどを吟味し、答えを出そうと努力している。ちょっとした研究というか、趣味でね。」

「俺たち人間の社会はどうだった?」

「宇宙で繁殖に成功した以上、数において絶滅はしないだろうが、社会システムは変革の時だな。どちらにせよ、わが主が諸君らを絶滅させる。この先は存在しない。」

 ニタリと笑うトマスに、ジョーの頭の血管が浮いた。緑の皮膚に筋が浮かぶ。

「総船長の命令だ。テメーはぶっ殺す。」

「やってみたま…」

 ジョーが挑発するトマスに発砲した。

 火薬銃のパンとはじけた音と共に飛んでいった弾は、トマスの顔面に突き刺さった。


パン パン パン


 連続で撃つジョーに、俺もウェーブ銃のトリガーを引いた。

「はははははは。」

 トマスは笑って銃撃を浴びた。効いた様子もない。

 ジョーは突然身を翻してカウンターを越えた。

 俺も遅れて真似をする。

「撃つか隠れるかしかないのか。ちと戦いにバリエーションがないんしゃないかね?人類。」

 トマスに銃口を向け直すと、トマスはまた真っ赤な顔に変身した。

 頭が縦に裂け、口と合わせて十文字を描く。

「クソ化け物め。こいつはどうだ!」

 ジョーはカウンターに隠してあった散弾銃を取り出した。

 銀河警備隊が押収しそこねたショットガンが火を吹く。

 胸に一撃食らった崇拝者が、衝撃で後ろへ倒れた。

 俺は必死で念動し、自在鎌の刃を倒れるだろう地点に用意した。

 鎌は崇拝者を貫いて、崇拝者に穴を開ける。

 無言になる俺とジョーの前で、崇拝者が起き上がってきた。

 ショットガンと自在鎌が身体とスーツに穴を開けていたが、みるみる塞がってしまった。

「今のは効いたよ。スペースニート君の技はサイコキネシスだったかな?人類でそれが出来る奴は初めてだ。」

 猫が泳げると知ったのと同じ口ぶりで念動の力を評価され、俺は絶滅よりも苛立ちを覚えた。

「なんてやつだ。」

 ジョーは恐怖を覚えたようだ。


 俺の脳裏には一つの策があった。

 溺死液に試そうとして失敗した自在鎌・死腕を使えば、崇拝者を倒せるかも知れない。

 無謀だ。発動前に鼻血でも出して気絶するのがオチだ。


 でも、やるしかない。


「ジョー。時間を稼いでくれ。」

「何やるんだ?」

「ベストを尽くすのさ。」


 俺は深く深く集中した。

 狂ったようにショットガンのグリップを引いて散弾を撃ちまくる大きな音も聞こえなくなるほど集中して、自在鎌の根元をイメージする。

 鎌を握る死のルルディの腕を念動して動かす。

 少しずつ指をはがしていく度に頭痛がする。

 俺のサイコキネシスが高負荷に耐えられないのだ。

 親指、人差し指、中指、薬指、小指。

 全てを鎌から離した後、現実の世界、念動世界にそれを持っていく。

 女性特有のたおやかな手が念動世界に現れた。

 俺は鼻血が流れるのを無視して手を崇拝者の元に持っていく。

 手に気づいた崇拝者が、初めて怯んだように身をよじらせて手から離れた。

「逃がすかよ!」

 ジョーが雄叫びをあげて銃を撃つ。

 崇拝者は効かないが、撃たれる度に倒れた。

 俺は発生した目眩をどこか遠くに感じつつ、死腕を崇拝者の腕に掴ませた。

「スウィングサイス デスアーム!」

 俺は、叫んだ。


 崇拝者はみるみる身体が朽ちていく。

 時の女神の終わりの手だ。

 永遠に朽ちない花はない。

「ぐくっ。バカな。こんなバカな。」

「余裕を見せつけすぎだったな。余裕が油断になった。上から目線は気持ちよかったか?崇拝者どの。」

 俺は片目を閉じた。

 そして、バーの床に倒れた。



「よくぞ崇拝者を倒しましたね。」

 真っ暗空間でルルディが俺を労う。

「死腕を発動させた。俺は、死ぬのか?」

「念動を通じて、貴方と死腕が結びついてしまった。死は避けられませんが、今すぐというわけではありません。」

「なんだ。人生じゃないか。」

 俺は肩をすくめた。

 誰もが死ぬけど、今すぐとは限らない。

「私の手で勝手に死なれては困るので、私の始まりの手を当てて癒してあげましょう。特別ですよ。」

 そういうと、暗闇から赤ん坊より小さな赤い手が現れ、俺の額に触れた。

 熱い打たせ湯を浴びるような感覚がシャワーのように降り注ぎ、俺の精神が落ち着いていく。

「コヨーテが貴方の念動力を強くしたみたいです。そのおかげで死なずに済んだのでしょう。」

「奴は、崇拝者を倒せばアルマゲドンは去るんだよな?」

「恐らくは。」

 『去りますよ、知らんけど』と言われるよりマシだと信じよう。


 俺が起きたところは、自動運転で航行するチップドワキザシの中だった。

 時間にしておよそ4日間も気を失っていたことになる。血が乾いて鼻の穴がパリパリに乾いていた。

 俺はティッシュで鼻をかんだ。

「ルビー、俺はどうやってここに来た?」

「キャプテンをこの男が運んできました。」

 映像には、コモドのジョーの姿があった。

 どんな利害かは知らないが、今度会ったら撃つのは頭や胴でなく、慈悲で脚を狙ってやる。

「ヒロシ!やったな!」

「ヴェンヌ、ちょっと視界を閉じてくれ。シャワーを浴びるのでね。」

 崇拝者やアルマゲドンがこれで終わってくれるといいのだが。


 俺はふらつく身体を抑え、シャワー室へ向かった。

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