133 思惑
俺はヴェンヌと作戦会議することにした。
「女神の鎌が通用しないのは厄介だな、ヒロシ。」
「困ったな。会場では銃は持っていくのは厳禁だったし、政治資金パーティーは何度か開催されるだろうけど、自在鎌みたいな暗殺が出来ないとなると…」
手も足も出ない。
「素手で奴を倒せないか?」
「無理だね。目立つ上に、軍人がSPみたいにまとわりついていた。奴を倒すのは至難の技だぞ。」
放っておいたら、アルマゲドンが来る。
危機感はあるが、トマスに化けた崇拝者を倒せないのは歯がゆい。
「光道化師の時みたいに、宇宙空間に出した所で、死なないだろうしなぁ。」
「光道化師とは何だ?」
「俺がやっつけた海賊同盟の幹部さ。とんだ野菜野郎だった。宇宙船の底ごと宇宙に放り込んでやった。」
「中々エゲツナイことをするな、ヒロシ。」
「エゲツナイ奴にはエゲツナイ運命が待ってるものさ。しかし、崇拝者をどうやって倒す?奴は電脳がある。ハッキングして回路を焼くというのはどうだ?」
俺がそういうと、ピッケは水槽の中で頭部を振った。
「不可能だな。ハッキングした奴に負荷をかけて回路を焼くなどドラマの見過ぎと言わざるを得ない。」
「人類外生命体がドラマを口にするとはね。」
俺はため息をついた。
「奴は倒せないのか?」
「今はアイデアがないな。」
朝食後、俺がボーッとしていると、アレクサンドラが紅茶を手に声をかけた。
最近はマグカップに紅茶を入れるのにハマっているらしい。
「トマス・ゴーディムなんて候補に興味があるなんて、意外でしたわ。彼の評判悪くてよ。」
「俺も、仕事でなければトマスには会わなかったさ。」
「仕事?どんなですの?」
「いや、詳しくは言えないけど、人類とピッケに関することでね。」
片目を閉じてみせた俺に、アレクサンドラが鼻をツンとさせ、得意げな顔をする。
「また厄介事ですの?」
「そう。厄介事だ。」
「そういえば、最近トマス・ゴーディムが影武者だって噂がありますわね。それと関係してるのでは?」
アレクサンドラさん、鋭い!
「それと、地球教の地球人を名乗る人物がトマス・ゴーディムを目の敵にしてるとか。どういう繋がりかは知りませんけど。」
「そうか。」
トマス・ゴーディムとクリストフ・モンテオ。
毒蛇同士で尾を噛み合って、毒で共倒れにならないか期待するが…。
俺は黒糖の飴を一つ、口の中にくわえた。
トマス・ゴーディムはひとまず保留だ。
俺にも生活がある。
そんなことを思うとは、自分でも思わなかった。
貨物運びで、岩石居住型の宇宙ステーション・ゴーリン2に停泊した俺は、仕事終わりにシュナップスという強い酒とチェイサーを頼んで、人工肉のスクエアミートをチビチビ食べていた。
50年前のチャンピオン牛から取れた筋細胞のコピーだ。味はいいが、賞味期限的に腹でも壊さないかと冷や冷やする。
贅沢を終え、人心地ついての帰り道。
地面に落書きしている少年がいた。
茶色の天然パーマで眼鏡をかけており、目が白目まで青い。
ゴーリン眼と呼ばれる奇病で、ハイアースではサイバーアイ保険適用の難病だが、このステーションでは金のない者が多い。
落書きは黒一色で、マネキンの顔が描かれていた。
これは…。
「坊や。ちょっといいかな?」
「あ、スペースニートだ。」
少年が俺を指さす。
「うん。まぁ、ははは。それより、何を書いているんだい?」
誤魔化しながら俺はマネキン顔を指さす。
胸騒ぎが収まらない。
「うん。さっきいたんだ。マント被ってたから身体は分からなかったけど、頭が人形みたいだったから面白くてさ。」
「その人がどこいったか知ってるか?」
「外に行こうとドッキングベイに行ってた。」
「ありがとう。」
俺は言うなり走り出した。
ドッキングベイは人だかりが出来ていた。
「宇宙の殺し屋、溺死液さん。次は誰を世直しで粛清しますか?一言、一言いいですか?」
「質問にはノーコメントで返させてもらうぜ。」
「ちょっと!溺死液さん。」
記録媒体を手にした、マスコミ気取りの一般人が溺死液に小突かれる。
溺死液は、俺をちらっと見た後、人差し指を上に向けた。
宇宙で会おう。
そういうことらしい。
俺はチップドワキザシのドッキングベイへと急いだ。
宇宙に出て、複数の船が溺死液を追いかけていた。
溺死液は話に尾ひれがついて、政治家を殺した歴史的な英雄として、政治を暴力で解決したがる一部の自称市民から熱烈な支持を得ていた。
次は増税したあいつを殺ってくれ。
いや、スキャンダル起こしても辞めないあいつを。
そんな恨み辛みが暗殺で晴れるのに快楽を覚えたのだろう。
それでいながら、自分は無害な宇宙市民を気取っている。自称市民は人のクズだと自覚した方がいい。
話しは脱線したが、俺が通信を開くと、溺死液がそれに応じた。
「やぁ、スペースニート。確かそうだったよな?」
「溺死液…?」
「一つ聞きたいんだが、お前、俺の本名を知らないか?」
この反応で俺は察した。
記憶を失いつつあるのだ。
「お前はソーン・スワンプ。アンナ・ネズビットの幼馴染だよ。」
「ソーン。俺はソーンというのか。確か、アンナはもう亡くなっていたよな。」
「…そうだな。」
俺は咄嗟に嘘ついて同意した。
もう、色々と忘れている。
アンナに会わせるわけにはいかない。
「それより、お前には次のターゲットを話してやるよ。スペースニート。」
「誰なんだ?」
「トマス・ゴーディムさ。『上』からの命令でね。」
上、つまりコヨーテが動いたのだろう。
「いいのか?俺にそんなことを話して。」
「いいさ。お前は何だか信用できそうだ。」
「そりゃ、ありがとうよ。」
憎き敵も頭が壊れたら隣人になるのだろうか。
一度、奴の死を看取った俺には、溺死液が哀れに思えてしまっていた。
それに、トマスを溺死液が暗殺するなら、チャンスでもある。
奴にウェーブ銃が効くか分かるというものだ。
そのまま奴がくたばるなら、それがベストな結果だろう。
様々な思惑が俺に押し寄せてきて、不快な気分になった。
人を利用するのは苦手だ。
ましてや、実名すら忘れた男を利用するのは。
だが、餅は餅屋だろう。
「トマス・ゴーディムは手強いぞ。ウェーブ銃でも倒せないかも知れない。」
俺が口を開くと、溺死液が流動する顔を動かして笑った。
「記憶の中のお前とは違うな。お前はもっと大胆不敵な男だった。いいか、奴は各惑星を巡る大規模な政治キャンペーンをはる。まずは古巣のゴモラからだ。そこで奴を狙う。モビルカーに乗って手を振る奴の頭を撃ち抜いてやる。」
「古にあるケネディの暗殺みたいだな。」
俺は地球史を紐解いた。
「ま、うまくやるさ。」
溺死液はそう言って、俺に別れを告げた。
俺は奴の船に小さなトラッカーをつけようとしたが、目の前で危険なジャンプを決められ、奴の行方は分からなくなってしまった。
「馬鹿野郎。意地汚く生きといて、やること暗殺しかないのかよ。」
両親にアンナを預けている俺は、独り言を呟いた。
ムーランドに帰って、キャプテンズギルドからの仕事紹介にめぼしいものがないと文句を言うクロコをなだめていると、ニュースが俄に騒がしくなった。
トマス・ゴーディム氏 暗殺未遂!
未遂の文字に、俺は、ああ、溺死液でも無理だったかと肩を落とした。
現地の映像が流れる。
ウェーブ銃の光弾が、トマスの頭に直撃したように見える。
だが、次の瞬間、オープンカーに乗っていたトマスは何事も無かったかのように手を振っていた。
トマスは病院に運び込まれたらしい。
医療ポッドにて集中治療を受けているとしているが、俺が思うに医療ポッドが働かないので側近たちが困惑していることだろう。
医療ポッドは『人体』を治すものであって、人以外は治さないように出来ている。
自然大好きな連中からは、人間中心主義のエゴだと定期的に槍玉に挙げる機能制限だが、全ての人間を治療するという目的で作られたものであり、万能ではない。
次の速報では、トマスの行方不明が大々的に報じられた。
崇拝者の奴の化けの皮が剥がれた可能性がある。こういう時、独裁者の国ではひたすら隠匿すると思っていたのだが、公表するからには何かあるのだろう。
2日後、トマスから政権交代したと、ゴモラの国家主席代行として軍事委員会主席の男が軍服で現れた。
巷では大統領選挙中の軍事クーデターとして話題になったが、元々の選挙支持率が低いだけあって、評論家曰く選挙に影響はないと断じられた。
トマスの行方を追わなくては。
俺は女神に短いメールを打った。
「トマスの行方が分かりません。」
「崇拝者の行方はコヨーテが知っています。彼の信徒を尋ねれば良いでしょう。」
「どこに行けば信徒に会えますか?」
「彼らの集まる場所の座標を送信します。」
座標を見て俺は片眉を上げた。
そこは海賊同盟の本拠地であるとされた、宇宙ステーションだったからだ。
「信徒の名前はジョーといいます。早く彼に会って下さい。」
コモドのジョーか。
話を聞くだけで血が流れそうだ。
俺は覚悟を決めた。