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130 歯磨き粉は麻薬の香り

 依頼を断るにせよ、具体的な話を聞くのが大人だろう。

 俺はオレクと喫茶店に入った。

 ジャズをBGMに、コーヒーを頼む。

「では、お話をお伺いします。」

ひそひそ(ウィスパー)通信でお願いします。」

 いかん。秘密の会話の基礎を忘れてた。

 電脳通信に切り替える。

「私は、お名刺の通りMBC社の商品開発部に勤めておりまして、社の方針としてどんな役職でも営業をやれ、というのがあります。」

 何そのブラック企業。

「それで、我が社の新製品の開発をしながら、不慣れですが営業もやっておりまして。その中で顧客の中にいたんです。海賊が。」

 口調は柔らかいが、朴訥そうに通信するオレクに、電脳画像越しに相槌を打った。

 本来、人と話すのが得意なタイプではなさそうだ。

「彼は私共が開発した商品。フッ化物と合わせて虫歯を大きく予防する、とある成分の入った歯磨き粉なのですが、それを加工して何と麻薬を作ろうとしていたのです。」

「それは変わってますね。そんなこと可能なんですか?」

「理論的にはあり得るというのが答えです。成分には有機物が含まれておりまして、それが歯の表面に付着する唾液由来のタンパク質の膜と混ざり合うように歯の表面に張り付いて、ミュータンス菌やソブリナス菌など虫歯の原因菌の出す酸をマイルドにし、歯の表面が溶けるのを防ぐのに一役かうのですが、」

 オレクは視線を落とした。

「その成分をうまく加工するとドラッグの成分と似たものが出来上がるらしく、その、顧客の中にいた海賊が目をつけてきたのです。」

「客が海賊だった、と?」

「はい。」

 現実の視界では、オレクは届いたコーヒーを見つめていた。

「初めは我が社の歯磨き粉をとるに足らない商品だと、けんもほろろだったのですが、突然目の色を変えて大量に購入する旨をおっしゃいまして、変だなと思って調べた所、海賊であると判明しまして。また、歯磨き粉がドラッグになるという情報が囁かれていたらしく、うちの商品に目をつけたという訳です。」

「そうしたものを売って、販売中止とかにはならないんですか?」

「私も上司にその旨を相談しました。しかし、うちの開発商品は皆、相応の開発コストがかかっているからそれを回収せねばならないと厳命を受けてまして。それに歯磨き粉からドラッグを作るとなりますと、大がかりな施設が必要になるはずなんです。多くの工程を経て、原型を留めないくらい加工しないといけない。その過程でコンタミ…何か混ざりものがあれば、ドラッグ以前に人体を極めて害する物質ができるものなのです。」

 オレクは聞こえないようなため息を一つ漏らし、現実世界でコーヒーに砂糖を入れた。

「営業どころではありません。私は、歯磨き粉は大量生産が難しいという言い訳を用意して海賊が麻薬を作ろうとしているのを諦めようとさせました。そうしたら、今度は私や私の家族を狙ってきたのです。」

 海賊の常套手段だな。

「私は何度も会社に、私が危険な目にあっていることを報告し、銀河警備隊にも書類をそろえて通報しました。しかし、どちらも知らないふりをされ、どうしようもない。そして、一週間前、海賊は私に銃を向け、命が欲しければ10日後に金と歯磨き粉サウバーツァーンを3000本用意しろといってきたのです。会社に相談しました。タダで商品をくれてやるなとだけ言われました。」

 コーヒーを飲むオレクに、俺は考えを整理した。

「消せというのは、その海賊を殺してほしいということですか?」

 聞きにくいが本題はそこだ。

「殺すとまではいかなくとも、私や家族を狙わなくして欲しいのです。私の開発した薬効成分が悪用されるのは我慢できませんが、それより家族が被害に遭うかもしれないと思うと気が気ではありません。会社も警備隊も誰も守ってはくれない。そこで海賊殺しの貴方にお願いしたいというわけです。」

「まず、殺しの依頼は受けられないということをご了承頂きたい。俺は確かに結果的に殺人を犯していますが、それが振り返って正しいとは全く思わない。」

 俺はコーヒーをブラックで啜った。

「次に、仮にその海賊を何らかの方法で排除したとしても、その歯磨き粉のドラッグ化がコストに見合っていると犯罪集団が判断すれば、いつか悪用されるでしょう。残念ながら、商品が規制されるまでそれは続きます。」

「ですが、私は家族が命を狙われています。」

 なんとかしてやりたい。

 俺はそういう気分に変わっていた。

「勿論、お引き受けしないとは言っているわけではありません。貴方やご家族の命が狙われているのは事実ですし、頼れる先がないという厳しい状況なのも承知しました。ただ、こちらとしても何でもできるわけではありませんという話をしているのです。」

「では、お引き受け頂けますか?」

「ここからは料金が発生しますので、交渉次第動くということで。ちなみに、その海賊の名前はなんというのですか?」

「ジェイコブ・ブラックと名乗っています。偽名かもしれません。海賊の間ではレッドアイと呼ばれているそうです。」

 じゃの道はへび。俺はジェイコブを知っていた。

 確か、クリストフの元部下の一人だ。

 海賊とビジネスマンの2足の草鞋を履いていた。

 黒の髪をアップにした、片目が赤いサイバーアイの男だ。整った顔のヒスパニック系で、裏稼業が海賊だとは誰も思わなかった。

 そんなやつが、歯磨き粉売りを脅すなんて、堕ちる所まで堕ちたものだ。

「承知しました。結果は保証できませんが、スペースニートとして最大限働かせて頂きます。」

 俺は片目を閉じた。



 3日が経ち、金と歯磨き粉の期限の10日後を迎えた。

 ムーランドの倉庫街に入り、俺は第5倉庫へと歩いた。

 歯磨き粉の取引現場だ。

 文言が凄く間抜けに感じる。

 だが、オレク・キューとその家族の命が懸かっている。失敗するわけにはいかない。

 俺はシャッターの閉まった倉庫入り口近くのドアノブを回した。


 鍵が開いていた。

 回して中に入る。


 白い電灯がついていて、明かりのせいで何故か清潔感を感じた。

 そこには髪を金髪に染めたアジア系の日焼け男、モヒカンヘアーに鼻ピアスのガリガリに痩せた男、そして見る影もなく太ったレッドアイの姿があった。

 底辺まで堕ちたか、レッドアイ。

 俺は縮んできた腹の肉に手を置いた後、覚悟を決めた。

「なんで貴様がここに来た?」

「オレク氏の代理人だ。歯磨剤の発注と指定場所への運搬記録があるから確認してくれ。」

 巧妙に偽造した電子記録を送信する。

「金はあるんだろうな?」

「オレク氏に対する脅迫行為を恒久的にしないというのが条件だ。」

「もしも、それが守れなかった時はどうする?」

「その時はやむを得ない処置を取らせてもらう。」

「宇宙服野郎、さっさと金をよこせ!」

 俺とジェイコブとの会話に金髪が苛立つ。

「待て。奴はスペースニートだ。」

「スペースニート!?こんなショボいやつが?」

「あんななりしてるが、油断するな。」

 金髪さんにジェイコブ。こっち聞こえてるんですけど。

「ここでヤッちまうか。」

 ピアス男が甲高い声で俺を挑発する。

「もう一度言う。もう二度とオレクの前に現れるな。さもないと、俺がお前たちを始末することになる。」

「んだと!こら!あぁ!」

 黒のタンクトップに迷彩パンツ姿の金髪男がアドレナリンを脳内に放出する。

 銃を迷彩パンツに無造作に突っ込んでるが、早抜きされたらどうするのだろう?

 レッドアイも以前よりサイズが変わったろうスーツの中に銃をしまっている。

 ピアス男に至ってはナイフしか持ってない。論外だ。


 こいつら、スペビジ相手に脅して骨までしゃぶることすることしか頭に無かったな。

 レッドアイはもう少し賢い男のイメージがあったんだが。貧すれば鈍するといった所か。


「お前らのカツアゲに付き合うほど、俺は暇じゃない。命だけは助けてやるから、俺たちニートの真似しないでその辺でバイトでもするんだな。」

「上等だ。ぶっ殺す!」

 金髪が銃を抜いた。

「おい馬鹿!」

 交渉決裂だ。仕方ない。

 そして、正当防衛成立、だ。

 俺はガンマンの前世から、身を反るように銃を早抜きし、金髪を撃った。

 全てがスローリーになるほど集中した世界で金髪に光弾が刺さる。


 こいつらに反省はない。

 やってることに罪悪感もなければ、情もない。

 人よりも動物に似た頭と感性をしているのなら、動物の世界らしく弱肉強食するのがせめてもの手向けだ。

 殺してはいけないと思いつつ、それが建前にしかならないのがこの宇宙の暴力の世界なのである。


 レッドアイが体に吊ったホルスターから銃を抜こうとする。

 俺は銃が抜けるのを待ってレッドアイを撃った。


 ピアス男は慌ててナイフを捨てた。

 懸命な判断というやつだ。

 無抵抗な人間を殺すと殺人になる。


 俺はクルリとリホルスターして、不健康に痩せた男に近づく。

 ピアス男の顔色は、薬物をやってる顔だ。

「ここへはドラッグが手に入るとでも聞いてきたのか?」

「そ、そうだ。ヤクもやれて、売りさばけば一石二鳥だって、レッドアイの奴が…。」

 馬鹿だな。

「あんた、家族は?」

「妻と娘がいる。路頭に迷うから殺さないでくれ。」

「嘘だ。こいつのDVのせいで、妻と娘は逃げていった。次に会ったら殺されると、二人は眠れぬ夜を過ごしている。」

 電脳でヴェンヌが囁く。覗き見か?

 まったく、どうやって調べてるんだ?

「殺しはしない。だが、タダでは済まさない。銀河警備隊に恐喝やもろもろの疑いで逮捕してもらう。」

「それだけか。」

 これでホッとするなんて、どんだけ悪さしてきたんだよ。

 この手のやつは痛い目に遭わないと駄目だ。

「気が変わった。」

 俺は指を鳴らした。

「そういえば、あんたの妻と娘から、DVされた仕返しを依頼されてたんだ。俺はあんたをボコボコにする。奥さんと娘に会おうと思うたび、恐怖を覚えるほどにな。お前が家族といった2人に二度と近づくな。」

 心当たりしかない男が青ざめた。

 俺は鉄拳制裁という前時代的な行為に出ることにした。


 やるなら手加減するな。

 そうでないなら手を出すな、だ。


 手を出す以上、俺に容赦はない。

 折れた歯は再生治療か、入れ歯でもするんだな。



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