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129 生きていれば儲けもの

 俺はディガーステーションを詳細検索で調べてみた。

 ディガーステーションの仮面兵士計画は、今から100年前に公文書で公開されている。

 実際にあったという証拠なのだが、内容は帝国の化学部隊でなく、鬼化した夜叉持ち達がステーション内で同時多発的に殺し合いを演じたため、ディガーステーションは閉鎖されたとある。

 嘘に嘘を重ねている。銀河連邦が身内で実験した挙げ句、毒ガスで殺しましたではマズイのだろう。


 当時の大統領だったジョン・セラターは、この事件を自分のあずかり知らない所で起きた悲劇だった。知っていれば止めていたと、インタビューの中でしれっとした顔で語っている。

 これも酷い欺瞞だ。

 ディガーでは遺伝子操作までしていたのだから、知らないわけがないだろう。


 一々、かんに障るというか、胸の悪くなる情報ばかりだった。

 連邦は公文書の公開義務を果たし、マスコミは蒸し返す真似をせず、誰も責任をとってはいない。

 人様の命をなんだと思っているのだろう。

 戦争だったから、で済ませていいのか?

 ならば、戦争の前では戦争犯罪なんて存在しないと公言したらいい。国民のヘイトによる失脚を恐れて、それも出来ないだろう。


 俺は皮肉混じりに義憤を覚えながら、ソファーで包帯を巻いて横になっているアンナを見た。

 血の涙はクロコ達が拭いた。眠っている彼女からは、凶暴さの欠片も感じない。


 クロコが心配そうな顔で、ソファ近くの椅子に座っている。

 事情を皆に共有した時、開口一番許せないと熱い反応を返したのはジェイクでなく、意外にもクロコだった。

 ジェイクはギターを抱えライブの一言を添えて出ていき、アレクサンドラは共同部屋と化した元俺の部屋でレポートみたいなものを書いている。

 無職で暇してるのは俺くらいなものだ。運ぶものもない。配信は時を見て、だ。

 俺は二人をぼーっと眺めながら、事務所のコーヒーを飲んだ。

 インスタントコーヒーは不味くはなかったが、濃すぎて渋かった。


 備え付けの小さなテレビジョンでは、宇宙大統領選挙の中間報告でマイトレーヤとコバックの接戦が伝えられている。トマスは添え物だ。

 正直、宇宙市民としてはもうどっちでもいい。

 スペースニートとしては、マイトレーヤが大統領になったら監視の目になる必要があるかもしれないが、鬼灯博としては、自分の手を離れた感じがする。

 それより、アンナを守る方が優先だ。

 遠くの懸念より近くの課題。

 ニートしているとごっちゃになりがちな概念だ。


「すまないな、ヒロシ。電脳化してない個体には干渉出来ない。」

 ヴェンヌが通信し、脳内で謝りだした。

「気にするな、ヴェンヌ。これは人類の問題でもある。」

「万物は愛と憎しみによって結合分離する、だな。憎しみによって結合を離れたものが、愛情でまた結合するとは限らないぞ、ヒロシ。」

「アンナのことか。その言葉、ピッケの格言かい?」

「いや、四元素説を唱えたギリシャ人の言葉の後半を引用した。人類にも火水風地なんて大雑把に物事を考えることがあったのだな、と。」

 俺はヴェンヌの方に静かに苦笑を送りながら、アンナが目を覚ますのを待った。

「う…ん…。」

 アンナが目覚め、身体を起こした。

 クロコの呼びかけに、アンナは大丈夫ですと応えながら、暗い表情を浮かべている。

 鬼化したときの記憶があるのだろうか。

 俺と目が合った時、アンナは眉をハの字にした。

「私、ここを出ていきます」

「アンナちゃん!」

 クロコが、慌てた。

「当てはあるのか?」

 俺は冷静になった。

「ありません。でも、ここにいればいつか皆さんを傷つけてしまうもの。そんなの、私、自分を許せない……」

 重たい決意を語るアンナだったが、俺はわざと大きく笑った。

「ヒロシさん?」

 俺は片目を閉じた。前世からの癖ってやつだ。

「あの程度で傷つけるかも?ハッ!バカを言っちゃいけない。海賊殺し海賊同盟潰しで有名になったこのスペースニートが、歌舞伎に出てくるような赤髪のちっこい夜叉に遅れをとるものか。」

 俺の言葉に、アンナが複雑な表情を浮かべた。

「つまりだね。あんたは家族の一員でいていい、て言いたいのさ。引き取って世話する位なんだってんだ。」

「でも、また鬼になったら。」

「余裕だね。スペースニートの実力を舐めてもらうと困るな。」

 大言壮語を吐きながら、俺は小さなニューロガンをポンと叩いた。

「心理的なものがトリガーになって、ああなるんだろ?両親のことを考えたのか?」

 俺は気楽に聞いたが、アンナの答えは予想外だった。

「その、…死にたくなったんです。生きていたってお父さんお母さんはもういない。ディガーステーションの皆ももういない。なのに、私だけが生きてる。だから、私の命なんて、と思いました。」

 予想外の答えに、俺の時が止まった。


 少し、無言が続く。


 どうやら、希死念慮とかその辺りが鬼化のスイッチらしい。死にたくなると周囲すべてを傷つける。

 悲しいな。

 俺はそう感じた。

「大丈夫さ。両親や仲間の分まで長生きすればそれでいいし、何より、生きていれば儲けもの、だろ?」

 言葉がフォローになっていればいいが。俺はできるだけポジティブな言葉を紡いだつもりになった。

「はい。」

 アンナはそばかすの容姿より大人びた表情で頷いた。


☆☆☆


 忙しい時は、忙しい。

 社会のはぐれ者でも、社会はそれすら内包する。つまり、ニートしてても出番はある。


 スペースニートなら尚更だ。


 荷物の配達を無事終えた俺は、そのまま惑星テマルエの百貨店で買い物をしていた。

 水が豊富で、テマルエの温泉水がそのままの名物である星で、クロコ、アレクサンドラ、アンナにお土産の温泉卵肌になる化粧水とやらを買っていた時だった。

 後ろで銃の撃鉄を起こすカチャリという音がして、咄嗟に振り返ると、そこには犬に似た頭の男が銃を抜いていた。

「!」

 俺は銃を抜くのが間に合わず、瞬間のサイコキネシスで男の手首を曲げた。

 銃口がずれて、弾が百貨店お土産コーナーに突き刺さる。

 銃声が後からついてきて、火薬の弾ける音が辺りに響いた。

 俺はダルメシアンに似ている男の手首をとると、銃を持つ手ごと背負投げした。

 倒れた男から銃を捻りとる。

「何者だ。また、アンナ関係のしつこい奴等じゃないよな?」

 俺は思わず片目を閉じた。

「溺死液の野郎に殺られそうになったら、誰でもしつこくなるさ。」

 ダルメシアン男が喚く。

 溺死液との記憶は、油汚れみたいに脳裏に粘つくらしい。

 溺死液被害者の会みたいな連中は、アンナを狙ってきていた。

 だが、俺がアンナのことをハイエースの実家に隠した為どこにいるのか分からず、最後に目撃したのが俺ということもあって、俺が狙われていた。

 上等だ。アンナより俺に来い。

 そんな気分で、俺は襲撃犯に対処していた。


 ちなみに、最初の襲撃犯ジムは俺への殺人未遂ということで、簡易裁判所で有罪になったばかりだ。それが、見せしめにもなってないらしい。


「ふぅ。この所、大統領選挙で持ちきりだねぇ。」

 ギターの配信では、襲撃を受けてることなど見せずに雑談する。

 仕事の話をすると評価が下がる謎の状況なので、本当に当たり障りのない話だ。

 ギターの腕も段々身についてきた。

 脳の中にお手本がいるのだ。後は身体が馴染むだけという感じだった。


 俺にも常連がついて、話を聞いてくれる人がいる。

 それだけでやり甲斐はあった。


 ムーランドに帰った俺は、ふとある広告に目が止まった。

『1000の前世を持つ男!その名も香月夢幻!待望の書!銀河の夜明け出版より』

 広告を見るに、どうやら死んだ他人の記憶を自分の電脳にインストールして前世を持つに至ったらしい。

 全身を機械で改造できるようになった昨今、残った《《魂と意志の座》》であるヒトの脳の可能性を高く評価する向きがあるが、これは眉唾だろう。

 脳は内臓である以上疲れるし忘れる。脳のキャパシティを超えることは出来ない。

 無限俺は、神ことシンギュラリティAIが俺に何かをして得た謂わばチート能力だ。


 それでも、電脳の記憶チップを拡張するということもあるな。

 商売として書籍を売るのもありなのか。

 自伝めいたものは配信で喋ってるし、もう遅いかな。


「失礼。もしかして、スペースニートですか?」

 悶々とし始めた俺に、声をかけてきた男がいた。

「はい。」

 さっぱりと整えてはいるが、男に短い口髭があるのを警戒しながら俺は返事した。

「失礼します。わたくし、こういうものなのですが。」

 電子名刺が脳裏に表示される。

 マーズビジネスカンパニー オレク・キュー。

 何者か分からないが、マーズビジネスカンパニーは人類が火星にいた頃からある超老舗の会社だ。

「お時間よろしければ、少しお話させて頂きたいと思いまして。」

「何の用ですか?セールス等はお断りしています。」

「いえ、セールスではありません。仕事を依頼したしたいのです。」

 依頼、か。襲撃じゃない分マシだわな。

「どのようなご依頼ですか?」

「実は、」

 茶の髪をオールバックにしたオレクは、紺のスーツの上半身をねじるように周囲を見回した。

「命を狙われてまして、その、ある人物を消してほしいのです。」

 殺人依頼らしい内容に、俺は凍った。

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