114 ニート流闘殺法?
ホテルの部屋についた時、俺は切れた唇と瞼の腫れをアイシングした。
有名税というやつか、格闘ゾーンを出ようとする俺に、功名心に駆られたファイター達が襲いかかってきた。
俺のチートな能力。前世の記憶に基づく武術は、ストリートファイトではそこそこ威力を発揮したものの、裸足どころかグローブもつけてない本気の喧嘩をやる羽目になるとは思わなかった。
こんなの暴行罪だ。冗談じゃないや。
俺は部屋でぼやいた。
俺が殴られる様を群衆どころか、警察官まで生ぬるい目で見てきて、ゲームと現実との違いを感じる。
後半、疲労でふらふらになった俺を狙ってファイトしてきた奴等が殺到し、俺は何度も負けた。
当たり前だ。試合に常勝してたらそいつこそ真の達人だと思う。コテンパンにやられた、くそー。
「この動きはなんだ!?何故貴様が宇宙拳を知っている?貴様の流派を言え!」
そういってきた者もいる。いや、知らんがな。
「ニート流闘殺法だよ!」
そう名乗っといた。
俺のボコボコになった顔が、ふと鏡に映った。
「何やってんだ、俺は。」
鏡を見るたび、そう思っては落胆していた。
今はどうだ。
俺は今、スペースニートをやってる。
それだけは成長した。
守るものも出来た。
サンドラやクロコの顔が浮かぶ。
先程、試合の事で通信をしてきたが、俺の顔をみてギョッとしていた。
「シャワー浴びないと。」
今の俺は猛烈に汗臭い。
シャワーに入ると、内出血や外傷であちこちが酷く痛んだ。
だらしない身体から、腹の出た筋肉ダルマの身体になっている。いったん太った中年の身体は、立て直すのが難しい。
室内着に着替えると、泥のように眠りたかった。
室内着まで格闘技のコスチューム素材で出来ている。本当に格闘技しか娯楽がないのかな、この星。娯楽でなくて生計か。
オリンポスといいヴァルハラといい、格闘技やスポーツで星が成り立つのだから、原始人類の強さへの欲求が人類全体の本能ではないかと思えてならない。
弱肉強食、適者生存の宇宙では、それは自然なことと言えるのかも知れなかった。
モヤモヤ考えつつベットに横になると、身体がバキバキに痛む。
デリバリー・トリートメント・パックことDTPを注射した。
銃で撃たれたときにも延命で使えるDTPを打ち身で使うのは大げさな所があるが、痛くて寝れないのは困る。
この大会、ドーピングについての記載が甘い。
全てはAIの完全遠隔浮遊のレフリーロボットが決める。不気味だが、宇宙における運動は全て機械に測られてこそ正確だ。
DTPを打っても乳酸カプセルを飲んでも支障はない。それどころか、興奮剤に任せて暴れ出す阿呆まで出る始末だ。
部屋のドアをノックする音で意識が戻った。
いつの間にか寝ていたらしい。
身体が動かない。
おじさんの疲労は後からクルという。
馬鹿な、年齢固定では若さが足りないというのかっ。
妙にスッキリした頭でそんなことを考えていると、俺を起こしたノックの音がまた高らかに鳴った。
「はーい。」
転がるようにベットから出ると、俺はドアを開けた。
ドアの向こうには、スーツ姿の若い女が立っていた。20代だろうか。黒人と黄色人のハーフの顔つきで、同性からモテそうな造作をしていた。
「失礼。ホーズキヒロシさんですね。」
「何か?」
女は手帳を取り出し、中のバッジを見せた。
暴力犯罪対策警察機構の文字が光る。
「暴対警察のムカミ・コバヤシと申します。ホーズキさんにお話があってきました。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「警察?どうぞ。」
俺はムカミを部屋に入れると、俺は部屋に備え付けられている椅子に座った。
「失礼します。」
もう一つの椅子にムカミも座る。
「それで、ご要件をお伺いしても?」
俺はよそ行きの口調になる。
「ホーズキさんはスペースニートとして様々な組織に関わってこられたと思うのですが、単刀直入にお聞きします。新銀河連邦建国同盟という言葉に聞き覚えはありませんか?」
「存じています。銀憂団のバックにいる反社会的組織ですね。」
ムカミのライトブラウンの大きな瞳が、俺のダークブラウンの瞳を見つめる。
「私は新銀河連邦建国同盟を追って捜査しているものです。彼らは宇宙一武闘会を利用して超上流階級、所謂セレブとパイプを持つ事を考えているようなのです。この大会の裏では大規模な違法ギャンブルが行われています。新銀河連邦建国同盟のゲリー・ハーパー主催でね。」
ゲリー・ハーパー。銀河狼エミリー・ハーパーの兄だ。予想はできたが、海賊同盟の一族も新銀河連邦建国同盟に加担していたか。
「それで、俺に何のようですか?」
「捜査への協力をお願いしたい。彼らについての情報を是非提供して貰いたくて、こちらに伺いました。」
俺は立ち上がり、ホテル備え付けの紅茶パックに湯を注ぐと、テーブルのムカミ近くに置いた。
「ありがとうございます。」
俺も紅茶を淹れる。淹れながら考えた。
「捜査協力したい気持ちは山々ですが、一方的に情報を渡せと言われるのは、こちらとしては望むことろではありません。情報を相互に共有し、悪事を暴くというのであればご協力差し上げても良いです。」
「それは…我々警察には守秘義務がありますので。」
「そう仰るなら、我々ニートにも守秘義務があるのでご協力しかねます。捜査協力を願い出たのはそちらの方です。引っ込められるのならば、お帰り下さいと言わざるを得なくなります。」
「…。」
ムカミの瞳が小刻みに揺れる。
「分かりました。ただし、渡した情報は秘密に願います。」
セミロングの癖の強い髪を少し震わせて、ムカミが決意した。
「守秘義務に誓って、秘密は守りますよ。」
俺は軽口を叩きながら、片目を閉じた。
俺が銀憂団の代表を叩き潰す折に、新銀河連邦建国同盟を知ったことやエミリー・ロックに依頼されてきたことなどを一通り話すと、ムカミはギブアンドテイクで新銀河連邦建国同盟について話しはじめた。
「私の調査では、海賊同盟時代から既に新銀河連邦建国同盟の動きがあったみたいなんです。それが、政府の一斉摘発で海賊同盟が消失したことで顕在化し、銀憂団をはじめとする様々な政治団体のバックとなって活動を始めた。ここ最近では、暗殺された上級議員のマクギーが新銀河連邦建国同盟と繋がりがあったのではないかと言われています。」
銀河連邦政府が独自に抱える議会の議員を指して上級議員と呼んだりする。俺はマクギー議員とその妻を助けられなかった。娘さんの凍りついた瞳を思い出す。
「政治家が暴力団体とくっついてる事は、よくあることなんですかね?」
「おそらくは、そうかも知れません。マクギーだけでなく…」
ムカミが言いかけた所で、ノックがあった。
「誰だろう?」
俺は扉に出ようとして、後ろの毛がチリチリと逆立つのを感じた。
前世が俺に、警戒しろと言っている。
「どなたですか?」
扉越しに尋ねると、猫なで声がした。
「ルームサービスです。」
そんなものを頼んだ覚えはない。思わず腰に手を当てた。
銃はチップドワキザシの中に置いてきてしまっていた。
ドアに覗き穴があれば…。
俺は慎重にドアを少し開けたが、相手はドアを押し破るように蹴飛ばしてきた。
俺は跳ねるようにバックステップで距離を取ると、拳を握って構えた。昼間の戦いで構える癖がついている。
男達が部屋の中に侵入してきた。
人数にして三名。皆目出し帽を被っている。
一人、被った覆面から黄色い髭が漏れ見えていた。
銀憂団か!?
手に警棒を握っている。
俺を狙ってきたかと思ったが、男達はムカミに視線を合わせた。
警官狙いか!
俺は自在鎌を念動し、警棒を切り飛ばした。
ひゅっ
目には見えないが風を切る音がして、警棒が取手近くで切れる。
自在鎌を振るうたび何度もみた相手の驚いた顔に、飛び込み突きを食らわせる。
相手に真っすぐに飛んで繰り出した突きは、男の顎に当たった。トドメに金的を放つと、男は前のめりに崩れ落ちた。
まずは一人目。
次に拳法らしき構えで拳を突いて来た相手の腕を、自分の腕で内側下から外側へと滑らせるように捌き、重心移動させる要領でがら空きになった脇へ頂肘を打ち込む。
肋骨が折れたかも知れない一撃で相手が吹き飛び、ドアに頭をぶつけて昏倒した。
二人目。
三人目の男は戦意を喪失したらしく、構えながら後ろに逃げようとしたが、俺は距離を詰め、腕を掴んで投げた。
男は派手に宙を舞い、部屋の床に背中を叩きつける。
俺は相手の目出し帽を剥ぎ取った。
中から髭を生やした男の顔が出てきた。
「畜生!」
男は受け身をとってダメージを減らしていたらしく、起き上がってムカミを狙おうとした。
低い姿勢で襲ってくる男に、ムカミは真っすぐ足をあげると男の頭部に踵を振り下ろした。
テコンドーの動きだ。
男は後頭部に蹴りが当たって地面に倒れた。
「ホーズキさん。こいつらは?」
「さあね。君の敵じゃないのか!?」
「ここはもう危険ね。安全な場所に一旦避難しましょう。」
「着替えくらいさせてくれ!」
白い室内着姿の俺は、勘弁してよ、と腕を広げた。




