110 真実はいつも中途半端
「ブリットナッツだと!?」
ギリアムが通信先で驚いた音声を送ってきた。
「ああ、囚人は知ってか知らずか、ブリットナッツを育てていた。ブリットナッツはさやを剥いて薄皮をはがすと大きいピーナッツみたいな見た目をしているらしい。ブリットナッツを隠すにはピーナッツ袋の中ってわけだ。危険植物として指定されている。」
「それがユーゲンが死んだ凶器になったと言いたいんだな。」
ミアは口元に軽く拳を当てた。
「ああ。事故か自殺の可能性がある。」
俺は現実では無言で頷いた。
「こちらは収穫ナシだ。看守達は箝口令でも敷かれてるのか、聞かれたことでも話さない。揺さぶりをかけたが、知らない分からないの一点張りだった。特に所長の右腕のヒルマンってやつは曲者だ。」
「我々の次の動きだが、スペースニート。次の輸送船で、ポールに今までの情報を送って貰いたい。私とギリアムはもう少しここで粘ってみる。」
「所長が帰らない民間人に疑惑の目を向けておいでだ。そういうことさ。」
ギリアムの言に俺は頷いた。
「分かった。捜査官ごっこはここまでだな。」
「トラキア警察にこの情報を回して、後は刑務所内の連中がクリストフとどこまで関わっているのかを調べる。」
ミアがそうまとめた。
他殺か自殺か事故か。
ブリットナッツを何故育てているのか。
所長の裏帳簿。
様々な謎はあるが、ドラマの探偵なら2時間ほどで解けるのだろう。
だが、俺は探偵じゃない。ただのスペースニートだ。捜査官でも名探偵でもない。
俺は輸送船に揺られて、赤い月を後にすることになる。
輸送船の客室に入る。
乗客1人で帰るのかと思いきや、もう1人の男が乗ってきた。
看守のヘクターだった。袋を手に、制服の上からコートを着ている。
「何故乗船を?」
「貴方を案内した所、所長から大目玉をくらいましてね。勘違いして民間人を見学させた罰として、トラキアで書類仕事をして来いと言われました。始末書ついでに色々とね。」
ヘクターは頬をかいた。
「そうですか。」
俺の気のない返事からすぐに、輸送船がカベアを出発した。
輸送船は運転室と客室と貨物室とを連結して飛ぶ電車構造になっている。銀河鉄道などと洒落て呼ばれる構想だが、数日間過ごすとなるとロマンもない。
窓の代わりに正面にモニターが備えてあり、映画を観ることも出来た。
俺がアクション映画でも観るかと思っていた所に、ヘクターが笑顔で袋を差し出してきた。
「ピーナッツでもお一つ如何ですか?」
「いえ、結構です。」
「そう言わずに。結構好評なんですよ、うちで採れたピーナッツ。死ぬほど美味いってね。それとも…。」
もう片方の手には銃が握られている。
「最後の晩餐抜きであの世に行きますか?スペースニート。」
真相が向こうからきたみたいだ。
「ヘクター。ユーゲンを殺したのは君か?」
「いやいや、ユーゲンは間抜けをやったまで。このブリットナッツってやつはね。トゲのない種があって、そいつには脳にあるミュー受容体とかいうやつとくっついて麻薬の効果をドバドバ引き出す作用があるんですよ。それで、そぉっと半分に割って中身を確かめて食うのですが、たまに前歯で半分噛んで確かめるジャンキーがいましてね。直前にスリルやストレスを感じると、快楽が倍になるからと噛んで死ぬことがあるんですよ。だから、別名ロシアンルーレット・ナッツと呼ばれてるんです。検索して分からなかった検索無能は恥ずかしいですね。」
ヘクターが獲物を前に舌なめずりをする性格らしい。
「ま、ユーゲンはどうせ殺すつもりでしたから手間が省けました。唯一の欠点は脱獄して泳がしてから殺す予定が、輸送船の中で死んでいたということでしょうか。不用意に死んだものだから、クリストフの旦那の偽装死として不完全でしたし、サツやあんたみたいな奴を呼んでしまった。でも、あんたが来たのは好都合でした。お陰でこうして消せるというわけです。」
「殺ったのは君だって一発でバレるぞ。ヘクター。」
「ご心配ありがとう御座います。」
ヘクターは唇を舐めた。
「クリストフの旦那に頼んで別の船を手配済みです。乗り換えて脱出するまでですよ。」
饒舌になったヘクターだったが、失念しているようだ。
俺はスペースニートだってことを。
ひゅっ
不可視の鎌の刃が煌めく。
これで銃は使い物にならない。
悪いが、こいつをミア達に突きだそう。
「では、さようなら。あれ?」
トリガーを2度引いた音がした。
「こっちの番だぜ!」
俺はヘクターの顎に掌底を叩き込んだ。ピーナッツ、いやブリットナッツの袋が落ちて中身が転がり、切断された銃が地面に落ちる。
ヘクターは掌底に耐え、すぐさまひざ蹴りをしてきた。至近距離で俺は流れるように体当たりに似た肘打ちを肋骨に放つ。
胸を蹴られるのと、ヘクターが後ろに飛ぶのと同時だった。ヘクターはムエタイに似た格闘技をやっている。蹴りだけでそれが分かった。
「チッ。」
俺が銃を抜いたが、ヘクターがバタフライナイフを素早く投げ、俺の右腕に突き刺さる。
「ウッ。」
狙った弾が外れ、ブラックマンバが地面に落ちる。
今回は銃撃戦はなかろうと、薄くて安い方の宇宙服を着たのが祟った。装甲のついた奴は普段使いするには、大仰で動きにくい。
俺は冷静にナイフを抜いた。宇宙服の内側の生体膜が傷口に付着して止血効果を発揮する。
ヘクターがバタフライナイフを回しながら構えた。どこから出しているのかは手品の領域だ。
俺は小太刀の構えで、自分の血のついたナイフをヘクターに突きつける。
ヘクターは手の中でバタフライナイフを分解してくるくると高速で回しトリックを決めると、惑わせるように手首柔らかくフィリピーナグリップで握った。
映画のような攻防になることは少ない。
勝負は一瞬だ。
「ッシッ!」
ヘクターが横に振ってきたナイフの手首部分を手刀で受けると同時に、ヘクターの喉を狙った。もう加減できない。
ヘクターは崩れ落ちるようにしゃがむと、俺の股の内側の血管へと切り上げる。
念動しナイフの軌道を浅くした上で思い切り飛び退いてかわしたが、太腿を切られた。
自在鎌には一瞬の隙がある。
銃で狙いを付けるだけの間に頭を切り飛ばす真似は出来るが、姿勢を変えながらの素早い動きに念動が追いつかない。
こうなったら。
ひゅっ
俺は自在鎌でヘクターの動かない部位、即ち体幹である胴を凪いだ。
突然腹を切り裂かれ唖然とするヘクターの隙を更について、俺はヘクターの顎にアッパーした。
「フンッ。」
思い切り打ち抜いて、ヘクターが昏倒した。
太腿の傷は思ったより浅い。とっさに念動力で逸らしたのが良かったみたいだ。
ヘクターは殺さず生け捕りにしたいという俺の慢心でこんな怪我をつくった。いててて。
俺はブラックマンバを拾ってリホルスターすると、ヘクターのコートを脱がせた。
ナイフがそこかしこに仕掛けてある。
ヘクターをシャツとズボンだけにすると、腹に布を巻いてしめた。
「ううっ!」
痛みにヘクターが目を覚ます。
ヘクターは起き上がると、地面に手をついて肩で息をした。
「あんたには色々とはいてもらわないとな。特務課に引き渡してやる。」
「俺がクリストフのことを何か吐くとでも思ったか?」
「クリストフが送り出した殺し屋だってことは分かってるからな。どんな手を使っても洗いざらい吐いて貰うことになるさ。」
「どうかな?」
ヘクターは口の中にナッツをいれると、歯でガリリと噛み込んだ。
パンパンと弾ける音がして、ヘクターは頭から血を流して倒れた。
「うわっ!」
俺は思わず顔を覆った。弾丸が身体の何処かに突き刺さってないかを手で調べて、無事を確認する。
ヘクターの見開いた目に生気はない。ナッツを頬張り噛んで自殺したのだ。口の中はぐちゃぐちゃだろう。
「クソッ。情報源が…。」
俺は思わず天を仰いだ。
先頭の運転室と通信する。
AIの自動運転だった。
AIは死体が出た位で停船も引き返しもせずに、トラキアを目指す。
俺は傷の手当てをしながら、ヘクターの死体と暫く行きと同じ時間だけ旅をする羽目になった。
宇宙のネットワークにようやく通信できるようになって、ポールに全てを伝えた。
「分かった。トラキア警察には事情を説明しておく。」
「助かるよ。グレイウルフ。」
「ポール捜査官と呼んでくれ。」
「あだ名はなしか?」
「公僕だからな、スペースニート。ミア隊長側の捜査が終われば、後は上司に報告するだけだ。」
「そうか。」
俺はほのかに期待した。
「仕事したなぁ。報酬とか出るのかなぁ。」
「市民の協力に感謝する。」
にべもない言い草に、俺は笑った。
「銀河警備隊は金持ってないのか。」
「いつでもカツカツだ。手当ては幾らか出るだろうが期待はしないでくれ。」
ため息しか出ない。
「結局、クリストフがあらゆる所に網の目をはっていることが分かったよ。」
「奴は今回の件でクリストフ死亡説をばら撒くつもりだったと考えている。機先を制して替玉だと言うのを宇宙中にバラす事になるが、ちょっとしたパニックが起きるだろうな。」
「朝昼のワイドショーは騒がせておけ、さ。」
俺はそういって、片目を閉じた。




