105 アップロード
チップドワキザシの中で、俺の意識は飛んでいった。
小惑星をバラバラにしたのだ。その代償はいかばかりか。
無を思わせる漆黒の空間。
真っ暗でありながら、周りのものがよく見えるという矛盾した視界。
間違いない。ルルディのいる空間だ。
長い黒髪で目の隠れた、白いタイトな衣装に身を包んだ巨乳の女神が、空間からやがて滲むように現れた。
「ルルディ様。」
「鬼灯博。貴方には失望しました。私の力を片腕ほども使えず、溺死液は取り逃し、力を使いすぎて今や生死の境を彷徨っている。」
「…。」
返す言葉もない。
「力を使えないのは、貴方の心の強靭さ。念動力が足りないからです。貴方には私の鎌を使う資格はありません。」
「女神様。貴女の鎌が無ければ、人は救えませんでした。」
俺は反論した。
目が隠れていると、表情が分かりにくい。だが、口元がピクッと動いた。
「ルルディ様の鎌で小惑星を切って、最低でも10万人以上の人を救ったことは事実です。今の人類の数からいってささやかでも、間接的に貴女は人を救った女神様だ。人間から崇められてもおかしくない。」
「そ、そうですか。そういう側面もありますね。」
よし。のってきた。
「ルルディ様。貴女の鎌や腕を使う為には、俺はどうしたら良いですか?」
「貴方が私の眷属となって私の要求に応えたならば、終わりを司る方の私も貴方の呼びかけに応えましょう。」
「どんな要求です?」
「あるピッケを救ってほしいのです。」
「ピッケ?」
聞いたことがない。
「この宇宙が始めの神の火花によって出来た頃…」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。宇宙はビックバンによって自然発生的に出来たんだ。変な神話をやらんでくれ。」
「そのビックバンの最初のきっかけは、何だと思っているのですか?」
「それは…。」
超では片付かないほどの高温高圧の塊から火の玉となって爆発したと言われているビックバン。真空の揺らぎのエネルギーがきっかけであるというインフレーション理論が主流だが。
違うのか?
「始めの神がきっかけを与え、刺激を受けた宇宙が爆発して膨張していったのです。」
そんなファンタジーな理屈で宇宙が誕生してたまるか。俺は反発を覚えたが、黙った。
「しばらくこの宇宙は放置されましたが、精神活動をする生命体が生まれたことを知った神々が、あらゆる方法で精神の発するエナジーを吸収すべく、宇宙の外から飛来し、生命に働きかけました。神々は高次の知能を持つ生命体からエナジーを貰うことで力を高めることができる。その中で、感応しやすい人間種族は丁度良かったのです。」
神々というのが宇宙外の精神寄生体みたいな奴等だとはね。
フィクションよりフィクションめいて聞こえる。
まるでクトゥルフだ。
「神々は人間を導くのに二つの意見がありました。高カロリーなエナジーを生む人類を宇宙に進出させ繁殖させる道と、絶滅するまで地球の中だけで飼い慣らす道と。」
「前者なら分かりますけど、後者はなぜ地球の中だけ?」
「この宇宙には、人類とは別の知的生命体がいるのです。」
「本物の宇宙人が!?」
「貴方がたは炭素を基本とする有機生命体ですが、ピッケは珪素を基本とする高分子生命体として進化しました。主にシリコーンやシリカで構成された生命体です。」
俺の脳裏に二本の触角があるヒダのある水色のウミウシのような姿が現れた。あるいはナメクジにも見える。
触角には眼球があり、美しい黒色をしていた。
これがピッケか。
「彼らもまた、言語と信仰を持ち神々と感応する生物です。問題は将来、彼らと人類が出会ってしまうことにありました。ピッケは人類に出会うことで滅ぼされ、人類はピッケから吸収したシリコン生命技術で半不死になり精神を失う。それは避けたかった。」
珪素人間、か。確かに身体だけは長持ちしそうだ。
「結局、神々の思惑と同調して、人間は宇宙に進出していきました。ピッケや宇宙生命体に会った時のために、私達は人類側には他の生物への尊敬や慈悲の精神を刷り込んできたつもりです。様々な方法で。モラルとして。しかし、人間は変わらなかった。それが、種として進化しないで高次の倫理を学ぶ限界なのでしょうけれど。」
女神はふと口角を下げた。
「神から鎌を奪い取ったズルい奴もいますし。」
ウッ、良心が痛む、とでも思ったか。人類を養分として利用していると知った時に、俺の反骨心はもう出てきてるんだ。
でも、依頼は依頼だ。引き受けて、ピッケを助けることにした。
「それで、ピッケはどこにいるんです?」
「今はこの惑星にいます。」
青い星が映像に浮かぶ。
「惑星を映されても、どの星か口でいってもらわなければ……っ!?」
そこで俺ははたと気づいた。
見覚えのある星だったからだ。
そこは俺の生まれ星。
惑星ハイアースだった。
何かの建物が俯瞰視点でみえる。
ハイアースのシア共和国辺りか?島国のジャポネより北西にある大陸の国だ。
映像は建物施設から地下へと進み、水の中に捕らえられたピッケの映像が映った。
大体の見当がついた辺りで映像が消える。
「人間はピッケを誰かが造ったロボットと思い込んでいます。人と同程度の知性と魂があるとわかったら、どんな目に会うか。」
「バラバラにされる前に救い出せ、ということですね?」
「頼みましたよ、スペースニート。」
俺は頷いてみせた。
☆☆☆☆☆
俺は目を開けた。
白い知らない天井が見えた。
「ヒロシさん。」
クロコの声がした。
ベッドで横になっていたらしい。起き上がると、頭痛がした。
「意識を失ったまま、1週間も横になってたんですよ。」
クロコが俺の肩に手を置いた。
「どういうことだ?」
「仕事の後、異変に気づいたキャプテンスマートがヒロシさんを病院に運んだらしくて。医療ポッドで診てもらって入院してたんです。意識が回復して良かった。」
「俺は、ハイアースに行かなくては。」
「まだ待ってください。医者を呼んできます。」
クロコはそういうと、急いで部屋の外に出た。
個室だった。爆弾チョッキで足の指が吹き飛んだ時は相部屋だったのに、やはり脳の病気は特別扱いらしい。
虎人の医師がやってきた。
「鬼灯さん。何か思い出せますか?」
チートな能力を使ったとは言えない。いくつか誤魔化しながら、俺は事情を説明した。
「…鼻血が出て、それから倒れ込みまして。」
「そうですか。鬼灯さんの体内を精密検査した所、極端な低血糖による失神の可能性が高く、脳への疲労も強く見られました。ストレスホルモンの分泌も高値にみられたので、過労だったというのも考えられます。それ以外にてんかんなどの身体的な異常は見られなかったのですが、念の為ご安静にして下さい。」
「このまま退院しても?」
「ええ。構いませんよ。医療費や入院費は後にお支払いするということで。」
病院にはベッドがあるが、リハビリ以外で長期入院することは避けるのが普通だ。
「先生、お世話になりました。」
俺が丁寧に頭を下げると、医師は笑顔になった。
医師は医療ポッド操作師なんて揶揄されることも多い。
「お大事に。」
チップドワキザシに乗ろうとする俺を、クロコやサンドラが止めた。
「病み上がりの身体で何をなさるつもりなの?」
大学から帰ってきたサンドラが、心配そうに眉を寄せる。
「ハイアースで助けなきゃいけない人がいてね。」
「どんな方?」
「宇宙人さ。」
「まぁ。」
サンドラが呆れた顔をし、クロコが口を開いた。
「また、お金にならない人助けですか?」
「金にはならないが、力にはなるかな。」
「金の伴わない力なんて、権力くらいです。それだって金が物をいいます。」
「そうでもないさ。」
俺は、初めて自在鎌が使えた唐突さで、ふと念動の力を思った。
銃を抜いて手のひらに乗せる。ラコン・ブラックマンバと自分との間が線で繋がった感覚がして、『3つ目の腕』が銃を掴んだ。
透明な腕が、銃を高く掲げる。
「拳銃が、浮いてる…。」
ネタの分からない手品をみる顔になった2人に、俺はニヤリと笑った。
「念動能力が使えるなんて、俺でも思ってなかった。」
自在鎌を扱う内に、俺に超能力がついたらしい。
超能力は存在しないと断言してた俺が恥ずかしいくらいだ。
自在鎌を動かす訓練が念動能力の開発に繋がっていた。これからは補助輪の外れた自転車に乗れるようになったわけだ。
「この力を強くするのに、助けなきゃいけない宇宙人がいるんだ。」
「その、宇宙人って。まさか本物の。」
「俺は地球人型以外の人を宇宙人なんていって、差別するタイプじゃないからな。」
差別発言に聞こえる宇宙人という言葉に釘を刺して、俺は片目を閉じた。
そう、これは俺の癖だ。前世からのな。




