私の魔力返してください!
よろしくお願いします。
「私の魔力返してください!」
そう叫んでいるのは、可愛らしいツインテールの少女。
「ああ、ちょっと待ってくださいね。返そうとは思っているんですけれど。いま手が離せなくて、少し手伝ってもらってもいいですか?」
そうやんわりと返すのは、朴訥な少年。どこにでもいそうで、気弱だけれど優しそうな、そんな少年。
少女は魔王で少年は勇者なのだが、周りの人間は誰もそうだとは思わないだろう。
勇者はお人好しのように見えるが、その実、全くもって腹黒い。本人いわく、「いやだな、腹黒いだなんて。単に合理的なんですよ」とのこと。
魔王の討伐も『こっそりと忍び寄って相手が気が付かないうちに魔力を吸い取る』という、なんとも勇者らしからぬ方法をとっていた。
こそ泥のように魔王城に忍び込み、休憩中の魔王にしれっと近寄り、勇者の持つスキル『吸引』によってあっけなくタスクを達成したのだ。「しれっと近寄るのも難しいんですけどね」とのたまう。
しかもあえて魔王に魔力を少しだけ残しておいてある。
「なんて卑怯な。返せ! 私の魔力を返せ!」
魔力を取られた当時、魔王は怒った。当然ながら、激怒だ。
それに対し、勇者は困ったように眉尻を下げて言う。
「申し訳ないと思っています。でも私にものっぴきならない事情がありまして。それを達成しなければならないのです。できれば、あなたにはそれに付き合ってもらえれば、と」
そんなことを滔々と語り、荒れ狂う魔王を説き伏せた。
魔王は現在、『勇者の手伝いをしたら少しずつ魔力を返してもらえる。勇者の目標を達成するまでの辛抱。』そう認識し、勇者についてきている。
勇者の目標は何かというと、『街の清掃』。街中に魔物が出ると魔物の吐く息で街が汚れるので、それを浄化していきたいのだそうだ。少なくとも魔王はそう聞いている。
しばらく勇者はあちらこちらの魔物を退治し、魔王もそれに付き合った。魔物退治を手伝うと、確かに勇者は魔王に小出しで魔力を返すので、魔王も徐々に勇者を信用し始めた。
今も、中級の魔物を討伐しているところだ。しかし、中級の魔物が気持ちよく自身の魔力を使って攻撃しているところを目の当たりにし、魔王はかつての自分を思い出す。
「ああ、私もまた思いっきり攻撃したい!」そう思った魔王はだんだんとイライラしてきた。勇者は確かに魔力を返してくれるが、ちょこちょこと微々たるもの。それもなんだかんだ理由をつけては延期されがち。
いい加減腹が立ち、
「私の魔力、返してください!」
そう叫んでしまう。
しかし、これも初めてのことではない。勇者と旅する中で何度か怒りを爆発させてきた魔王。
そのたび勇者は眉尻をさげ、申し訳なさそうにする。
「本当に悪いと思っています。あなたは魔王城で何不自由なく暮らせていたはずなのに、僕のわがままに突き合わせて。でも、僕にはあなたの力が必要なのです。この魔物を倒せたら、今までより多めにお返しします。それで許してほしい」
そうすると、魔王もそんなものなのかと渋々納得し、早く魔力を返してもらえるようにと協力する。
「そんな殺生な、魔王様ー!」と言いながら討伐されていく中級の魔物。彼はかつての魔王の部下だが、魔王らしい無慈悲さで、勇者の手伝いという名のもと放たれた魔王の一撃に散る。
勇者に魔力を奪われてるとはいえ、さすが魔王、残った力ですら中級の魔物を屠れるほどである。
「片付いたな、勇者」
「ああ、ありがとう」
勇者は魔王に感謝の言葉を送り、いつもより多めの魔力を返す。
勇者が返した魔力より、魔王が手伝いで使った魔力のほうが多いのだが、雑な魔王は気が付かない。むしろ「いつもより多くくれた。勇者はなんだかんだ優しい」そんな感想すら持っていた。
何体も中級魔物を協力して倒した。そのたびに勇者は魔王に魔力を多めに返した。でも、そのたびに手伝いで魔力を失い、トータルでは減っている。現状少し強めな魔物程度の魔王。
「そんな私でも勇者は見捨てないでいてくれている。やはり、優しい」
弱肉強食の世界で生きてきた魔王にとって、弱者であるいまの魔王の面倒をみてくれている勇者は、優しい人なのだった。
そんなこんなで勇者はとうとう魔王以外の魔物を全て退治した。
「勇者。これでお前の目標は達成できたということだな。さあ、私の魔力を返して」
ここまでくると、だいぶ打ち解けて砕けた口調になった魔王。そこはかとない名残惜しさも感じる。
「それが、そうもいかないんだ、魔王」
「な、なんでだ。約束したじゃないか、勇者」
「僕が魔力を君に返すだろ? そうすると、君はまた脅威の魔王となる。そうなると、僕は君を殺さなくてはいけなくなる」
「そ、そうなのか?」
「そうなんだよ。僕は勇者で、君は魔王だ」
改めて突きつけられる事実に動揺する魔王。
「でも安心して、魔王。僕がこのまま魔力を預かっておこう。君が欲しいときに必要なだけ渡すよ。そうすれば、君は昔のように振る舞えるし、僕も君を殺さなくてすむ」
あくまでも穏やかにそう語る勇者。
「だから、ね。魔王。ずっと僕のそばにいて」
こうしてやや脳筋な魔王は、口の達者な勇者に拝み倒され、なし崩しに勇者とともに過ごすことになったのであった。
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