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uni-verse

 記憶と人格は、別だ!

 豪華な装飾の施されたシャンデリアが照らす大広間。ここは魔王が根城の玉座の間。天井からは多くの旗が並べられ、そこにはそれぞれに紋章が施されている。その旗を見上げながら最奥へと目をやると、立派な玉座が置かれていた。歴代の王達がそこに座り、多くの歴史が生まれた場所でもあろうそこには今は1人の女性が腰かけていた。

 誰もが振り向く様な美貌は黒く艶やかな長い黒髪をポニーテールに結っており、刀の切っ先にも似た涼し気な目に花弁の様に赤く艶やかな唇を持つ。細く見えるが柔らかくも強く鍛え上げられている身体から伸びた長く奇麗な脚を組んで広間の入り口である巨大な扉を見つめている様は、引き絞られた弓矢を思わせる程に凛としつつも危険な雰囲気をまとっている。

 和洋折衷の動きやすそうな服の上に赤を主色とした陣羽織の様な上着を羽織っており、

 威厳と、力を持ち合わせた女王。

 に、見えるだろう。


「魔王様、報告いたします。たった今、四天王が一人であるスタンピードが破れました」

「ほう……勇者か、やるではないか」

 

 鐘の様に響く涼し気な声で玉座に腰かける者、魔王は報告をしてきた側近である女性に語り掛ける。

 玉座に立てかけてあった日本刀を手に取って不敵に魔王は笑うと言葉を続ける。


「だが……スタンピードは四天王の中でも最強。え? どうしよう、ヤバくね?」


 魔王はいきなりとてつもなく力の抜けた声を出して表情を弱々しいものに変えた。


「はい、ヤバいですね。現状で彼が最強でしたからね」

「そうだよな。余、スタンピードに勝てた事ないしな! あー、オワタ。詰み詰みの詰み。はい、お疲れーあの世に解散解散」


 クールな顔つきで情けない言葉を並べながらぐでーっと玉座に溶けるように座る魔王は側近に命令を飛ばす。


「おい側近。酒を持て! 最後にパーッとやるのも一興ではないか! お父様がトチ狂って起こした聖剣戦争もこれで終局だ! 余が最後の魔王としてド派手に歌舞いてやろうじゃないか!」

「かしこまりました。何をお持ちいたしましょう?」

「全部だ! 全種類! お前達も飲むがいいぞ! 無礼講だ!」

 

 魔王がそう叫ぶと大広間にいた大勢のメイドや執事たちが騒めき始める。城への襲撃者の報が入った時に魔王が使用人達を集めていたのだ。


「魔王様、よろしいのでしょうか! この瞬間でも敵は迫っております!」


 執事の一人が魔王の前に傅いてそう言うが、魔王は笑ってその言葉を弾き返した。


「よいのだ。お前達もわかっているはず……余は魔王になるには早すぎた者。未熟な魔王、無才の君などと呼ばれていたのは知っている。余は負けるだろう……すまなかった。余が一族の業と向き合える程に強ければ、皆を恐怖させずに終われたものを」


 魔王は玉座から立ち上がる。


「余の最期の願いだ! 共に死んで、笑って父祖に言おうぞ! 余は戦い、笑って死んだぞと!」


 そして、魔王は側近が持って来た酒の瓶を受け取ると一気に飲み干した。


「諸君らの笑い声で、余の花道を彩るのだ! クソゲーインチキ勇者にせめて一太刀ぶち込んで逝ってやるわ!」

「魔王様……過ぎた事を言いました。謹んで、わがままを叶えさせて頂きます」


 傅いた執事を筆頭に、使用人達は精一杯の歓声と楽し気な酒の席を催した。

 場に溢れた笑いは、泣き声にも聞こえた。大広間の門が開いた時に、永きに渡る魔族の王を務めた一族が滅びるのだ。

 魔王はその場にいる全員に言葉をかけて手を握って回る。

 幼い頃から世話になった使用人達に別れを告げているのだ。笑顔で言葉を返す者、非礼を詫びる者、泣き出す者。

 全員に魔王が挨拶を終えた頃だった。

 大広間の扉が開かれた。


「広いから来るのに苦労したな。ま、四天王も簡単に倒せたから殆ど移動だったな」


 そこに現れたのは魔法の杖を持った少年だった。黒く長い前髪に、何処となく気だるげな目つきをしており、覇気のない顔つきをしている。

 周りには多くの美少女たちを連れて、まるで観光でもするかのように周りを見渡している。俗なものだと魔王は内心呆れるが、その少年から感じる魔力の流れを見れば強さが大体わかってしまう。間違いなく最強の名を欲しいままに出来るだろう。

 だが、おかしな点があった。


「ふん、来たか! ん? 勇者って聖剣を背負ってないのか?」


 魔王はそう言って首を傾げるが、その疑問はこれからやらなければならない見栄の為に思考の隅に追いやられる。

 気を取り直して魔王は大気が震えるような声量で叫ぶ。


「よくぞここまで来た! 余はクロナ・エクストギア・アナガデロ! 魔王である!」


 魔王、クロナは日本刀と脇差を腰に差して玉座の前で高らかに名を名乗った。

 すると、使用人達は派手な花びらのエフェクト魔法でクロナの見栄を彩る。

 そしてクロナは右手を掲げると掌に浮かぶ魔法陣を握りつぶす。すると、使用人達や側近たちの身体が光の粒子になり始める。それは、転移魔法の発動を意味する現象だった。


「魔王様! どういうおつもりですか!? 我らと死ぬのではないのですか!」

「ははははは! お願いは使ってしまった。これは最期の、命令である! 逃げよ、生き延びよ! そして、いつか余をなじりに来い!」


 使用人達は言葉をかける前に転移ではるか遠くへと転送されて、広間にはクロナと敵のパーティだけになった。


「雑魚を逃がしたか。数にモノを言わさない所は潔いな」


 クロナはニッ! と好戦的な笑みを浮かべる。それは諦めと恐怖と怒りを飲み込んだ心の仮面だった。


「勇者と言うのは、随分と危機感の無い阿呆と見たな。聖剣も背負わずに来るとは」


 クロナは隙を見つけるために自分の思考の隅にあった疑問を少年にぶつける。それと同時に脇差に手を添える。


「勇者? あのクズ野郎の事か? この娘達を弄んでいた奴は今頃何処にいるのかなんてわからないな」

「え? 勇者じゃないの?」


 クロナは思わず素で聞き返してしまう。

 

「そうよ! ミナトはあんなクズとは違って優しくて、滅茶苦茶強い魔法使いなんだから! ある日突然、冒険者ギルドに現れて模擬戦でトップ冒険者もギルドマスターも一撃で倒しちゃったんだから! 聖剣戦争でも勇者を差し置いて魔王を倒したのも彼なんだから!」

「あ、説明ありがとう。君、凄いね。スピードワゴンじみた解説」


 ミナトと呼ばれた魔法使いの隣にいたメロンみたいな胸をした少女にクロナはそれだけ言うと、脇差を掴んで引き抜くと開戦を告げる。


「まぁ、良いだろう。始めようか、冥冥之志めいめいのこころざし


 クロナの言葉と共に脇差は紅い光と共に無数のコウモリの姿へと変わる。丸いマスコットキャラクターの様に可愛らしい見た目だが、蝙蝠達は鋭い牙を向きだしてミナトとその仲間へと襲い掛かる。一体の力は大したことは無いが、その売りは圧倒的な数にある。


「すまんな。数で挨拶だ」


 クロナはそう言いつつ、日本刀に手をかけて腰を落とす。

 その瞬間に眩い光が蝙蝠達を一瞬で全滅させてしまった。蝙蝠達は脇差の姿に戻ると、クロナの脇差の鞘へと戻って来る。

 その一瞬の間にクロナは駆け出してミナトへと迫ると、居合にて最速の決着を狙った。

 だが、ミナトはそこから動くことなくクロナの一刀を防御魔法で防いでしまう。


「遊んでるんだよな? 魔王がこの程度か?」

「……お前、余の一刀。見えてないな?」


 煽るミナトにクロナは純粋な指摘をぶつける。だが、即座に反撃の火炎魔法が飛んでくる。それは大広間の壁を吹き飛ばして大穴を開ける。凄まじい火力だ。

 それをクロナは跳躍して躱すと何処からともなく弓を取り出して、矢を放つ。

 矢は紅蓮の炎をまとってミナトへと迫るが、それも防御魔法で弾かれてしまう。


一気呵成いっきかせい


 クロナの言葉に弓はハヤブサとなって高速でミナトの防御魔法に突撃する。

 だが、それでもハヤブサはその障壁を抜くことは叶わずに弓へと姿を戻して消滅する。


「召喚獣が魔法か。だが、弱いな……スタンピードと名乗った炎の魔人の方がまだ強かった」

「理不尽なものだ。一気呵成は防御魔法を突き抜ける事に特化させて作った。それでも傷もつかないか。だが、弓の一撃に目線が追いついていない」


 クロナはやれやれと首を振るミナトを見ながらも観察を続ける。

 残念ながら、クロナの力にはあの防御魔法を打ち破る術は最期の手段以外に残されていない。ミナトと言う少年は膨大な魔力量と凄まじいまでの出力で魔法を発動できる。

 正直に言って滅茶苦茶な力の使い方だ。


「このままでは埒が明かんな。せめてその邪魔な壁、破壊するぞ! チートで生きるのも退屈だろう!」


 クロナは日本刀に手を添えて武器の名を呼ぶ。


虎擲竜拏こてきりゅうだ!」


 その言葉と共に大広間に巨大な龍と虎が召還される。

 二匹の獣がけたたましい咆哮を放つと、ミナトの取り巻きの女達は顔を青くする。


「なに!? ドラゴン!? でも、蛇みたいな身体してる。見た事ないモンスター」


 その言葉にミナトは鼻で笑って答える。だが、何かに気が付いたのだろう。言葉の後に顔つきを変える。


「龍だな。この世界では初めて見る……ん? 待て、チート? それに四字熟語、だよな? 何でこの世界にいるのにその言葉を知っているんだ!?」


 ミナトの疑問に帰って来たのは深紅の炎をまとう龍の牙と、虎の爪だった。

 防御魔法は砕けない。先のスタンピード戦でも全ての攻撃を受けて絶望させてから倒しているミナトは疑問を処理することに専念しようとしたが、龍と虎が激突した防御魔法は粉々に砕け散った。


「な、なにぃ!?」

「きゃあああ!」


 ミナトと女達は初めて余裕を崩した声を出した。


「ふはははは! やっぱりなぁ! 防御魔法の性質は同質か、龍には防御系統の魔法を食う力を与えて置いて成功だったな。虎の方は逆に攻撃系統の魔法を食う力だ。攻防強化一体型のスキルツリー! その上、刀身を残したまま2体同時召喚の唯一の成功例! 余が誇る最高傑作! 貴様の規格外の防御魔法を喰らって防御バフガチガチの龍に育ってしまったな!」

「その言葉使い……君、もしかして! 俺と同じ世界から」


 クロナは驚くミナトを龍の体当たりで弾き飛ばす。

 だが、それもさほどのダメージになっていない。女どもは涙目で叫んでいるが、太鼓持ち以外の役割は無いようだ。

 クロナは刀を構えてミナトに再び斬りかかる。

 ミナトは初めて杖の先端に魔力の刃を形成してその一撃を受け止める。それ相応の技術は持っている様だが、力の使い方が不慣れだ。


「ほう、なるほど。想定外の事には脆いようだな? 力の入れ方が単調だ!」


 クロナはするりと杖を受け流すとその刃をミナトの身体に滑り込ませる。完全に捉えた様にも見えたが、奇妙な感触だ。

 まるで鉄の表面をなぞるような感覚。


「用心深くはあるようだな!」


 ミナトの服は強力な防御が施された魔具だった。だが、クロナは直ぐに刃を回転させてミナトの顔面へと狙いを変える。ミナトは風の魔法を爆発させるように発動させてクロエを吹き飛ばす。

 クロエは空中で龍の背中に座るように着地すると、不敵に笑いながら脚を組んでミナトを見る。


「まさか、魔王も俺と同じだとは……でも、何も貰えなかったようだね」

「ん? 同じ? 何かを知ってるようだが、どうでもいい。終わらせようか」


 ミナトは魔力を杖に満たして魔法陣を大量に展開する。


「まずは、その召喚獣を倒す。話を聞かなくてはならなくなったからな」

「ミナト! 怪我してる、治さないと!」


 太鼓持ちのメロンパイ女が叫んでいるが、クロナはここが最期であると確信して笑みを浮かべる。


「虎でも喰いきれんな。さて、行くか……一太刀は入れた!」


 クロナは龍と虎と共に光へと突っ込んでいく。

 どうやら、攻撃には時間がかかる魔法の様だ。虎の攻撃が先にミナトに届くが、魔法陣の1つから放たれたビームで破壊されてしまう。だが、その隙を突いて龍の牙がミナトを捉えて壁に叩きつける。

 こんな攻撃では大したダメージを入れることは出来ない。

 クロナは突きの構えで龍の身体を走ってミナトへと襲い掛かる。だが、魔法の発動が僅かに速い。

 龍が光の束に粉々にされてしまう。だが、龍が破壊された衝撃でクロナは意図せずに加速したのだ。刀が、ミナトへと届く。

 かに思われた時だった。


「だめぇえええええ!」


 メロンパイ女が叫んだ事はクロナの耳にも入っていた。

 だが、それ以外は何も感じない。真っ白な世界に包み込まれ___


 突きは何もない場所へと放たれた。


「は?」


 クロナは着地して刀を構えながら周囲を警戒して見渡す。

 そこは何処ともわからない平原だった。蝶が飛び、暖かな風がクロナの頬を撫でた。草木の匂いがこれが現実である事を告げる。


「……飛ばされたという事か。あのメロンパイ女、ミナトとやらが殺されると思ったのだろうな。肝の小さい奴よ、己が頭の戦いに水を注すとはな」


 クロナは刀を納めるとその場に倒れ込んだ。


「生きてるぅ~! はははは! なんたる僥倖! コイツは上々よ! 果たせなかった業も叶えられそうだ。父祖よ、余はまだやれるようです!」


 笑うと自分の愛刀である虎擲竜拏へと誓う。


「奴にも負けん存在になるぞ……もう二度と、無様を晒すことは無い!」


 ここに若き魔王が再び起き上がる物語が幕を上げる。

 これは、一族の業を継ぐ物語。

 遠き、遠き世界の記憶を宿す魔王の物語。

見たけりゃ見せてやるよ

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