一式戦車顛末記。(砲塔狂騒曲)
プサンに貨物列車で到着した我々、戦車第9連隊の面々は南方への転身の為。
戦車兵の愛馬である愛しの95式軽戦車と97式中戦車と別れを告げ、身体一つで内地に向かう船に乗った。
故郷に向かう事も許されず。
そのまま富士の裾野で新型装備を受領した。
驚いたのは新型戦車の巨大なシルエットだ。
「こいつが一式中戦車の75mm高射砲搭載型でアレが75mm砲だ!覚えろ。間違えるな。」
整列した歴戦の戦車兵が困惑する。
「あの…。何が違うんですか?」
「砲身が違う、短い方が高角砲だ。元が対空砲だと言う事で同じ弾が使える。使えない弾も在るのでよく記憶しておくこと。」
「「え…。」「ざわ・・。」「ざわ・・。」同じ砲だよな。」
「弾道特性が違うので良く理解して慣れろ。」
「申し訳ございません、軍曹殿にご質問します。」
「なんだ!!」
「我々、偵察小隊の軽戦車は何処に有るのでしょうか?」
「あ!ココにあるだろ!!」
「中戦車なのでは?」
「ああ、問題ない、チハ改の車台に軽量砲塔を搭載した軽量中戦車だ!!偵察と支援任務を兼任する。全て予備装甲代わりの排土板にデリック。搭載砲は対空機関砲に75mm山砲、良く分らん噴進砲だ。子細は砲兵か工兵に聞け。」
「「「「えー!」」」」
随分と乱暴な話だと思ったが。
走らせると乗り慣れた97式中戦車と殆ど変わらなかった。
発動機が快調な分だけ軽快である。
偵察小隊の面々も97式中戦車の操縦経験が有る者も多く何無く乗りこなしていた。
小隊長車にしかなかった無線が全てに在るのが非常に良い。
偵察小隊は飲料水タンクが無くなったのを嘆いていた。
早々に一斗缶に蛇口が付いて居る物を調達した様子で、不平は聞こえなくなった。
連日の猛訓練と久しぶりの休暇で万全な我ら戦車第9連隊の面々は本土の港で戦車を船に乗せ。
東京湾に集合した他の部隊と物資を乗せた商船と船団を組み1944(昭和19)年4月1日に出航。
南へと進路を取った。
同月10日にサイパン島に上陸すると…。
連隊長の最初の命令は”車両、弾薬の掩体壕を作ること。”だ。
我が戦車連隊は三つに分かれ。
サイパン島の北部中部南部で其々別れ掩体壕の設置に奔走した。
非常に硬い地面と戦うことになった。
慣れない鶴嘴を用い手で掘ることになったが。
偵察隊の排土板付きの97式のお陰で早々に半地下壕の方が島内各地に完成した。
港に山積みの弾薬と燃料は早々に島を巡らした軽便鉄道にて運ばれ隠された。
地形を利用した谷合筋に半地下壕に弾薬、燃料が消え。
集積場は隠ぺいして有る為、上空からの偵察では発見は難しいはずだ。
第9戦車連隊の本部は八幡神社に置かれ、
我が戦車隊は島の南部に陣を据えた。
多くの戦車はパパゴの谷に車体を隠した。
之は敵上陸予測地点の砂浜が三つあり、島南西部の二つ(チャランカ町、ガラパン町)と南東部の砂浜との中間点の谷合になる。
我が中隊が敵の上陸の折、最前線に立つ事になり武者奮いを覚えた。
予備の戦車掩体壕は島の各地に作ってある。
じりじりと撤退しながら防戦に徹して期会を見て戦車で突破敵をせん滅するのだ。
そう聞いている。
住民の避難の問題に司令部が頭を悩ましている様子だ。
5月末より”ビアク方面に敵攻勢の公算大。”の不気味な情勢下の中。
司令官視察で不在の中、6月11日の昼過ぎより”我、敵艦載機による空襲を受ける!”の無線が飛び交い。
遂に敵戦艦が姿を現した。
島全体を包むような砲弾の嵐が吹き荒れたのだ。
大地を揺るがす敵砲撃に耐え忍ぶ我々は息を殺して耐えた。
風を切る甲高い音で首を竦めるが。
続いて揺れる地響きの中、強固な洞窟の中で眠れぬ夜を二三度過ごした。
「ちょっと遠いな。」
今日も砲撃で目が覚める。
「下手糞め。」
「まあ。敵海軍のションベン弾だ。当たらんよ。」
穴倉の中で悪態を付くしか出来ないのは辛い。
『敵上陸部隊を発見!チャランカアノ沖!!』
の一報で空気が変わる。
総員我先に掩体壕の外を覗く。
「ラウラウに敵ありや?」
空は白く朝日が昇る。
「いや…。見えん。」
「くそ!遂に来やがった…。」
穴倉での生活は終わらない。
朝飯を食べ終わると敵機が上空を旋回している。
空には高射砲の爆炎が現れ敵機を落とそうとしている。
穴倉の中で息を殺す。
『敵はチャランカ町、ガラパン町北部に上陸。』
「やっぱりか…。」
チャランカには南興の積出港があり、ガラパンにも支庁桟橋がある。
「ガラパンの守備隊はうまくやっているだろうか?」
砲声は聞こえている。
但し山の向こうだ、
パパゴの谷に何処かの砲兵隊が進出してきた。
「何かやるのか?」
「おい、伍長走って聞いてこい。」
二等兵が走る。
帰って来た返信は”我、統制射撃を準備中!”
「砲兵の統制射撃…。」
「良いですね、我が戦車の大砲は野戦砲です。」
やられっ放しで皆イライラしている。
「詳しいことは砲兵に聞けと言われたな、砲身の錆を落とすのに丁度良いか。」
中隊長もやる気だ。
「弾が腐ってないか確認する必要があります。」
「電池の充電も必要です。」
穴倉から日の目を見る戦車達。
並ぶ間に偵察戦車が砲兵指揮所の横に付ける。
排土板と機関砲付きだ。
『ザザッ。四中隊、偵察酒井これより方位を送る…。』
並んだチヘの砲塔が動き砲身が上を向く。
山越えメクラ撃ちなので此方も訳が分からない。
だが砲兵士官に言われるまま90式野砲に90式榴弾を装填して装薬を詰める。
野戦砲の悲しさか、撃発は引金で無く発射紐だ。
雷管をセットして撃鉄を起こす。
無線から流れる指示に従い身体を動かす。
『テー!』
周囲は砲口から消炎器が吐き出される瓦斯で霞む。
果たして撃った弾は敵を倒しているのだろうか?
砲弾庫の弾が無くなると…。
『総員撤収!』の無線が鳴る。
砲兵が素早く引き上げる中、打った弾を半地下壕から木箱を運び砲塔の中に収める。
『戦車第四中隊は友軍歩兵大隊と共同し敵橋頭保に突撃。之を粉砕せよ。』
車載無線が我々を呼び出す。
之は司令部の命令だ。
我々は名指しで敵根拠地に突撃を命令された。
明日は靖国だ。
いや、今日突撃だ。
「射耗した弾薬を急いで補充しろ、燃料を満タンで…。各車、追加装甲を確認、装備の無い車両は後ろへ。」
「了解しました、タ弾の割り当てはどうしますか?」
「敵戦車が出て來るか判らない。通常割り当てで徹甲弾と半々で。」
「はい!了解しました。」
軽快に進む偵察の軽量砲塔の97式改を先頭に一式中戦車が続く。
十数台の中戦車の列に手筈通り第四三師団の一部の歩兵連隊と合流すると。
ヒナンシス山の尾根を越えた。
夕日を頼りに敵の状況把握を行い。
「ガラパンが燃えている…。」
「製糖工場もだ…。」
海に沈む太陽を眺めながら突撃を行った。
(´・ω・`)…。(夕日に向かって突撃だ!)