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第9話~崩壊~

 「サ、サクラ?」

 俺は、茫然となって訊いた。

 彼女は答えない。ただ無表情で地面を見下ろすだけだ。

 「サクラ、一体なんで……」

 俺は信じられないと言った風に訊いた。

 そして、サクラは――

 


 「……ルネス様をお守りするため、仕方のないことだったのです」


 と、地面に倒れた男に悪びれるそぶりもなく答えた。

 サクラは信じられないことに男のナイフを素手で受け(この時怪我は一切していない。よっぽどうまく受けたのだろう)、ナイフを持つ手を流し、つんのめったところに手刀を首筋にお見舞いして昏倒させたのだ。あっさりと、まるでなんでもないかのように。

 それを思えば恐怖で動けないと思っていたのはナイフを受けるつもりで待ち構えていただけなのだろうし、小さく上げた声もただの気合いの声だったのだろう。

 全ては俺の勘違い。サクラははっきり言って俺より荒事に強い。

 なんなんだよ、お前は。

 そう訊きたくなる俺を自制して、俺は立ち上がり、向かってきた男をみる。

 どこからどう見てもただのサラリーマン、いわゆるおっさんで、俺を殺そうとする人間にはとてもじゃないが見えない。

 それになんでこいつは俺を狙ってきた?こんなおっさんに恨まれるようなことは一切してねえぞ?

 疑問ばかりが募る。……一体、なんで?

 「ルネス様、おそらくこのお方は操られていたのです」

 サクラが当然のように、推理・・ではなく言い切った(・・・・・)

 まるで、こんな事象は当たり前にあって、使い古された方法とでもいうように、言い切った。

 親父たちも、首肯こそすれ否定や疑問を挟む者はいない。

 俺だけが、こんなにも困惑している?

 「あ、……さく、サクラ、お前……」

 その時俺はどんな目をしていたのだろう。

 とたんに悲しそうな目になって、そしてそれを隠すように微笑んでサクラは言った。

 「わたくしはルネス様をお守りしたかっただけなのです。……お気になさらないでください」

 サクラはそう言うと、親父たちより一歩前に出る。最前線に、自ら身を置いた。

 「……だめだよ、サクラ!サラ、クレア、ララ!サクラを援護して!」

 親父が当たり前のように皆に指示を出す。戦闘のせの字さえも嫌ってそうな優しい親父の両手には銀色に鈍く光る双剣が握られていた。

 クレア姉はこれまた自然な動作で懐から日本刀を取り出して、ララ姉ちゃんでさえスタンガンを持って敵と戦おうとしている。

 なにもできず、何もしようとしないのはこの中で俺だけ。

 俺だけが、本当に蚊帳の外。

 「くくくふふははは……失敗失敗。まさか失敗するとは思わなかった。人形も一つしか用意してなかったからね……ふふふ、引かせてもらうことにする………」

 「……………………させはしない」

 ララ姉ちゃんがスタンガンをバチバチとスパークさせ、威嚇する。それにまったくゆるぎなく、他人潟は宙に浮いたまま、口笛を吹き、そして――

 「………………サクラ、耳をふさいで」

 「え?」

 そのララ姉ちゃんの忠告は意味をなさず、そして、他人潟は……

 「『混沌のアビスよ、革新せよ』」

 そう、唱えた。

 その、瞬間。

 その、ほんの一言で。



 

 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 


 サクラが、がくりと膝をつき、両腕で自らの体を守るようにして抱き、そして、何かに耐えるように叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。

 そして、皆の視線がサクラに集中する。茫然としていた俺は他人潟が夜闇に溶けて消えていくのをはっきりと見た。

 サクラの叫びはすぐに終わり、目を固く閉じて震えるばかりになった。

 「お、おい、サクラ……?」

 俺はサクラを気遣おうと、彼女の肩に手をやり……

 「いやああああああああああ!!」

 思い切り、拒絶された。

 指先が触れるか触れないか、のところで肩を振りほどかれ、俺の手ははじかれる。

 「え……、サクラ?」

 なんだよ今日は。一体何なんだよ。俺の平凡は終わるし、サクラは変になるし……

 「あ、ああああああ………し、シドウ……シドウ、どこにいるのですか……!早く、早く変わって(・・・・)ください……!」

 シドウ?なぜ、あいつの名前が?

 「あ、あ、……そうですわね……わたくしとしたことが……はい、はい、そうですわね。……わかり、ました……」

 サクラは茫然と見る俺たちに気付かずに、どんどん冷静さを取り戻していく。もうさっきの恐慌状態は収まったようだ。しかし、俺には新しく疑問が増えた。

 「……あ、皆様……すみません、愚かなわたくしのせいで、敵を逃すことになってしまい……ひいてはこの責任、わたくしの体で……」

 「おい、サクラ!何言ってんだよ!」

 俺は突然とんでもないことを言い出したサクラの肩をつかみ、こっちを向かせる。今度は拒絶されなかったが、なぜ止めるのかわからないといった目をしているサクラを見て、心が痛んだ。

 「なぜ、お止めになるのですか?わたくし、どうやって皆様に償えばよいのかわからないのです。ですから、とりあえずわたくしの体を差し出して、ルウ様だけでも、と……」

 サクラは一体あいつに何をされたんだ!?ついさっきまでサクラはこんな自虐的なことは言わなかった。それなのに、今は自分こそが最低の人間だと言わんばかりに自分を下げている。……なんだよ、これ。他人潟がやったのか?

 「そ、そんなことで親父がよろこぶはずないだろ。親父には母さんがいるんだぞ……」

 「ああ、そうでした……では、爪を全て剥ぎますので、それでいいですか……?」

 「馬鹿!そんなことされて喜ぶやつが俺の家族にいるとでも思ってんのか!?」

 まずい、早くなんか安全でつらくない謝罪の方法を考えないと、サクラがどんどん思考を悪化させていく。……そうだ!

 「謝ろうぜ。ごめんなさいって。俺も一緒に謝るから、な?」

 きっと、サクラは謝らずにはいられないのだろう。きっとどんな方法でも謝罪できるならするはずだ。なら、ただ謝るだけでもするんじゃないだろうか。

 「う、うんうん!それがいいよ!謝ってよ、普通に」

 さすがのクレア姉も驚いたのか、いつもの冷静さはなかった。

 「……はい……」

 サクラはそんなことでいいのか、となんども訊き返し、皆がそれでいいというまで残酷な謝罪の方法を言い続けてきた。

 そして最終的にはなんとか普通にごめんなさいで済ますことができたのは、奇跡にも近かったのかもしれない。

 いったい、サクラはなんでこんな風になったんだ?

 その疑問が、俺の中をいつまでも渦巻いていた。

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