第8話~戦い~
私立玻座真学園のグラウンドは200メートルトラックを4つも書ける広さを持っていることで有名だ。
普段は馬鹿みたいに広くてうざったいほどに広大なこのグラウンドは、今はまったく別の意味での広さを感じさせる。
俺、親父、母さん、クレア姉、ララ姉ちゃんの5人のうちの一人たりとも、この学校にいて不審な人間はいない。親父も母さんも、どこからどう見ても俺らと同年代にしか見えないほど、若く見える。それははっきり言って異常な若さである。もし俺を生んだのが14の時だとしても16年経ってるから30だ。とてもじゃないが母さんは30歳には見えない。……これが、俺がいつまでたっても平凡を手に入れることのできない大きな理由だったりする。
親父の弁では、ここには戦闘――つまり殺し合いをしに来たということになる。それなのに親父たちの顔はどちらかと言えば晴れやかで、普段できない祭りを楽しんでいるかのようだった。
「さて、お望み通り家族全員で来たよ。姿を見せてくれないかな?」
親父が誰にともなく叫ぶ。
俺が何言ってんだよ親父、と疑問を挟む前に、返答があった。
『ふふふくくはははは。家族『全員』?あと58人ほど数が足りないんじゃないか?』
まるで反響したような声が響く男とも女ともわからない声。
「ララ、心は見える?」
親父はララ姉ちゃんに当然のような不自然な質問をする。
「……………………………見えない」
それに対してララ姉ちゃんは、当たり前なのにどこかずれた言い方で答える。心が見えないのは当たり前なのに、ララ姉ちゃんに至っては見えないことが異常であるかのような口ぶりだ。
「そう。じゃあ近くにはいないんだね。声は聞こえるところをみると、誰かいるのだろうけど……」
見えない敵を探すために、親父は考えをめぐらす。その様子に俺は理解する。戦いはもう始まっているのだと。もう平凡は終わったのだと。
「……そこね」
と、おもむろにクレア姉が懐からライフルを取り出して、どことも知れない宙空に向かって引き金を引いた。
耳をつんざく爆音がして、クレア姉が狙っていた空間がひずみ、ゆがみ、そして最終的には人型を型どり、一人の人間が現れた。
その人間は女で、目には包帯を巻き、目隠しをしているようだった。服装もどこかおかしく、袖の先にあるはずの出口が見当たらなく、まるでテレビで見た囚人に着せる拘束服のようだった。
いや、それはまさしく拘束服で、女は目と両手が封じられた状態でこの戦闘に参加しているのだ。
「……ララ、『スピーカー』よろしく」
親父が短く頼むと、普段めったにしゃべらないララ姉ちゃんに変化が起きた。
「……『愚かな人たち。私に勝てると思っているの?』」
……何言ってんだ、姉ちゃんは。
「あ、ルネスは初めてだよね、ララの『スピーカー』」
「スピーカー?何だよそれ?」
もちろん音楽や音を再生する装置のことを訊いているのではない。俺が訊きたいのはなぜララ姉ちゃんがスピーカーなのか、ということだ。
「ララには心を読む能力があってね、敵の心をそのまま口に出してもらってるんだよ。それがスピーカーみたいだから、そのまま技名になったってわけ」
敵の心をそのまま口にする、だから『スピーカー』か。
「『何をこそこそと……殺してやろうかしら』」
「私の名前は他人潟 士絵紀。イノベートに所属する世界破壊者よ。よろしく、そしてさようなら」
心の声と会話の声が一致し、他人潟士絵紀と名乗った女は攻撃態勢に入る!
……と、思ったがそうではなかった。そもそも宙に浮いていることを除けばどう見ても目と腕の使えない脆弱な人間だ、腕が使えなければそううかつに攻撃なんてできないだろう。
「くくふふふははは……私の能力、とくとご覧あれ……!!」
他人潟がそう言うと、同時。
ザっ
と。
人が、歩いてきた。確かな足取りで、親父たちを目指して歩いてくる。……一般人か?
その人は中年男性で、スーツを着ていていかにも仕事帰りのサラリーマンだった。
……学校に何の用だ?
まず俺は敵かも知れないと疑ったがその可能性は極めて低いと断じた。別にここに彼がいるのは子供を迎えに来ただけかも知れないしそうでないかもしれない。とにかくこの戦闘には一切無関係で、俺らとは何の関連性も――
と、考えたところで。彼は急に走り出した。
俺に向かって、ナイフを腰だめに構えて。
……は?
「ルネス!!」
「……しまった!!」
「なんで!?」
「よけて!!」
親父、ララ姉ちゃん、母さん、クレア姉のそれぞれの悲鳴が俺の耳に届く。どうやら油断していたのは俺だけではないらしく、みんなこの一般人を装った刺客に気付かなかったようだ。……気付かなかった?親父たちが?そんなわけあるだろうか。
俺はナイフを刺そうとしている男から視線を外し、宙に浮く他人潟を見据える。
にいい……
と、彼女は笑っていた。
それで理解する。俺だけに、見えるようにしたのだ。俺だけに見えるように、何かを操作したのだ。そうでなければいくら後ろにいたからと言って殺気がありありと感じられるであろう人間に気付かないはずがないのだ。
それに気付いたところで、俺に迫りくるナイフはよけれそうにな――
「ルネス様!!」
ドン!
と、俺は刺されずに、誰かに突き飛ばされた。
俺の代わりにナイフの有効範囲に入ったのは、水色に近い青の髪をした、少女だった。……シドウか?
いや、違う。シドウは俺を様付けなんかしない。するのは……
俺の許嫁、サクラだけだ。
サクラは俺の代わりにナイフの標的になり、そして……
「サクラ!」
刺される!あの場所からじゃよけれない!助からない!
ナイフが面白いようにゆっくりとサクラに向かって行く。サクラは恐怖のためか身動き一つせずにじっと男を見つめ、そして……
「やぁ!!」
短く、声を上げた。




