第6話~昼食~
まったく、やれやれだぜ。
俺はたまにそんな言葉を言わざるを得ない状況に遭うことが多い。
クレア姉の実験につきあわされたり、クレア姉の研究材料を取りに行かされたり、クレア姉の新武器の試しに(死なない程度で)つきあわされたり、とほとんどがクレア姉のことに関するが、今だけは違った。
サクラとの許嫁の話が決まってその次の日の昼休み。
いつもなら食堂に行って気の合う男友達と女っけのない集団でつつましく飯を食うのだが、今日だけは違った。
「さて、そろそろ行くか!」
俺はリンクの背を叩きつつ言う。
「いてえな!もっと優しく誘えねえのかお前は!」
ははは、と笑ってごまかすと、リンクも笑った。
今日は俺がふざけたが、明日か明後日はリンクがふざけるのだろう。
そんな風に、俺たちは悪ふざけをしあう仲なのだ。たまにけんかすることもあるが、それでも最終的には仲直りできる。そんな気のいい友達だった。
今日はリンクと一緒に飯を食って、それから遊ぶとしよう。
と、決めた時だった。
「ルネス様!」
そんな、きれいなソプラノボイスが響いてきたのは。
喧噪のなかだというのにサクラの声はしっかりと届いた。か細くて、今にも消え入りそうなのにどこか強さがある、そんな声だった。
その声の持ち主、サクラは俺のクラスに入ると、手に持った弁当箱を俺の前に差し出し、言った。
「ルネス様、一緒に食べませんか?今日早起きして作りました!」
頼むからそんなくったくのない笑顔で言わないでくれ。断れないだろ。
「わかったよ……」
多分この調子でほとんどサクラのペースなんじゃないだろうか、と思わずにはいられない今日の午後であった。
「……で、リンクはどうする?」
「……ん?どうしようかな……ルネスはこのお嬢さんと一緒に食事するんだろ?なら俺は邪魔にならないよう消えておくさ。俺もまだ、馬には蹴られたくないからな」
リンクはいきなり来たサクラに質問を挟むことなくそう言ってのけた。……すげえかっこいい。
「ありがとよ。またなんか埋め合わせするからよ」
「いいや、いい。俺はお前の惚気話を聞くだけで十分だ。……じゃあな!」
そう言うとリンクはさっさと教室を出て行ってしまった。なんかいつも以上に物わかりがよかったな……
「じゃ、食べよっか」
「はい!」
俺はこの時気付かなかった。この時リンクがどういう反応をするか、ということにしか念頭を置いていなかったので仕方ないと言えば仕方ないのだが、それでも普段ではあるまじき失態だった。
めちゃくちゃうまい昼飯を終えた後、なんか雰囲気が殺伐としているなあ……と教室を見渡してみて、絶句。
教室中の男子から向けられる、殺意殺意殺意……!
「お、おい……?」
なんか、悪鬼と化していませんか、みなさん?
なんでこいつらは俺をこんな悪意に満ちた目で見てるんだ?…………はっ!
「ま、まさか……」
まさか、サクラのこと、見られた?
いや、見られたも何も俺、堂々と教室の真ん中でサクラと一緒にご飯食べたじゃねえか。しかも人目をはばからず『サクラの弁当かなりうめえな!よく作れるよなあ!』『ルネス様のためですから……』みたいな会話を乱発していたような気もする。
それだけならまだしもサクラは人目を引く存在だ。水色に近い青の髪に青い瞳。
見目麗しく、物腰柔らか。性格は良好。
……いやあ、俺には勿体ないほどの美人だな!?
「ルネス……なんで、お前がサクラさんと……?」
男子生徒一の地から這い出るような低い声。
「サクラ、ってなんで知ってんだ?」
「ははは……!自覚なしかよ?サクラさんはな、この学校でも1、2を争う美少女なんだぞ?あの高く美しい空を思わせる青い髪!海のような深さをもった青い瞳!そして何より、性格がいい!プロポーションもバランスがとれていて、言うことなしだ!この学校のアイドル……それが彼女なのだよ、ルネス!」
……うわあ、想像してたよりももっと有名だったんだな、サクラ。
男子生徒一はまだまだ追い打ちをかけてくる。まあ、この状況で言い逃れなんてできないだろうけど……許嫁なんて『付き合ってる』以上に殺されそうになる原因だと思う。
「それを、お前は奪ったのだ!言え!サクラさんとはどんな関係だ!」
「……えと、……いいな……いや、つきあ……いや、……友達?」
「殺せ!!」
うわ、全力で叫ばれた!?しかも他の男子生徒も従っている!?マジかよ!?
「え、っと……話し合おうぜ。戦いは意味のない犠牲を払うだけだって……」
「「「「「「「問答無用!!」」」」」」」」
「うそだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
俺はその休み時間を逃走に費やすことになったのは言うまでもない。……くそっ。
その日の放課後、俺はいつも通りの道で帰宅していた。昨日サクラと出会った公園に差し掛かったところで、足を止める。
俺は昨日も今日みたいに気まぐれで足をとめた。そしたら、許嫁の女の子と出会った。いつか出会うことだったのだろうけど、なぜかこの公園が運命の場所のように感じられてしょうがない。
親父は平凡はもう終わったと言いたそうだが、俺はそう思わない。まだ平凡は続いているし、普通の生活も終わりを告げたわけではない。偶然出会って、必然的に許嫁になっていたのだ。もともと決められていた運命、と言うやつだ。それなら、俺の平凡はその運命に従うことにあるのだろう。
「……ん?」
と、そこで。俺はまた誰かを見つけた。昨日と同じ位置にいて、そして昨日と同じ、水色に近い青い髪。
「お~い!サクラ、帰るぞ!」
俺はそう声をかける。きっとよって来るだろうと思って。
しかし、サクラは来なかった。
「……?」
俺は不審に思い、公園に入ってサクラに駆け寄る。公園の中はかなり狭く、幼稚園児ぐらいしか遊ぶ人間がいなさそうなのに遊具がほとんどない。あるのは少しの砂場ぐらい。……一体どんな公園だ。
「サクラ、おい、どうしたんだよ、おい……?」
サクラは俺の呼びかけで、顔をこっちに向けた。間違いなく俺の許嫁のサクラだ。サクラは一度怪訝そうに俺をにらみ、こう言った。
「なんだよてめえ。なんかオレに用か?用がなかったら消えな。今日のオレは気が立ってんだ」
サクラの顔で、そう言った。
「……は?」
俺はなんだか、平凡が終わったような気がした。




