第3話~父親の進路指導~
やれやれ……
俺は部屋に入ると服を着替え、ベッドに横になった。眠るわけではないが、まあ、今は休みたいからな。
「……あれ、おじさん?」
「……ノックぐらいしろ、アゲハ」
俺をおじさんと呼ぶ、どう見ても同級生にしか見えない少女、その名もアゲハ・ペンタグラム。この家の長女ミリアの娘で、今はほとんど家にいない母親を思ってか、今までミリア姉ちゃんがやってきたことを今は彼女がやっている、今やこの家の母親的存在だ。……本当の母親は家事関係がめっきりだめなので、何にもしない。そして俺ら家族もなにもしないでくれと思っている。なぜなら母さんは信じられないほど、料理が下手なのだ。
下手?いいや、母さんの料理はもはや兵器だ。一度クレア姉に『この料理を研究すれば、新しい武器が作れる……!』と言わしめるほどなのだから、その味は推して知るべし、である。
「で、なんのようだ」
なんだか今日はよくこの言葉を使う気がする。ああ、こんな日はよくないことが起きるんじゃないだろうか……?
「……ね、ねえおじさん」
「おじさんじゃない、ルネスだ」
「えっと、ルネスさん、訊きたいことがあるんだけど……」
歯切れ悪そうに言い淀んだアゲハに俺は何か引っかかるものを感じた。
「……なんだ?早く言えよ」
「……イノベートって知ってる?」
……『イノベート』?
「知らねえな。……なんだ?おもちゃか?……いや、違うか。……一体それはなんだ?」
あまりにも深刻そうにアゲハが言うので、冗談すらも言えない。……なんだってんだ、いったい。
「……知らないならいいの。……うん、それだけ。あと、お父さんが呼んでたよ。進路のことで話があるんだって」
そう言ってアゲハはそそくさと立ち去る。
……はあ、何だってんだ、アゲハは。
どうもアゲハは俺になんか引け目みたいなのを感じているらしい。……なぜかは皆目見当つかないが。
……それはともかく、親父が『進路』?……あいつが?なんで今頃?
親父は進路とかそういうのにとことん無頓着な人間なのだ、わざわざ孫を使ってまで話をするやつだとは思えない。進路相談とは表向きで、アゲハには言えないことがある?
……そっちも歓迎できない。そんなのまるで秘密があるみたいじゃないか。平凡とは程遠い。
……はあ。行くしかねえか。
俺は体を起こすとリビングへと向かって行った。
ねえ、君はどんな人生を歩むんだろうね?
親父に一度そう訊かれたことがある。
親父とはとうてい呼べないような外見だけど、中身はちゃんと父親だった。それがなんか誇らしくて、当時はよく自慢したもんだ。今じゃすっかりそんなこともなくなったが、親父が尊敬の対象なのは、今も昔も変わらない。
……ただ。
「座りなよ。今の部屋にいるのは君と僕だけだ」
「親父、頼むからもっと父親らしくしてくれ」
ただ、この物腰柔らかで優しそうな印象だけは、どうもいただけなかった。これで尊大であれば文句なしなのだが、親父に『怒鳴る』とか『威張る』とかいう思考回路は存在しないようだ。
親父はふかふかのソファに座り、ガラス製の小さなテーブル越しには俺の席であろうソファがあった。若干こっちの方がふかふか度が上なのは親父の優しさの表れだろう。
人のいい父親の息子になれて喜ぶべきなのか、普通とはかけ離れた存在の父親に嘆くべきか。
「父親らしく?もうすでに父親だよ、僕は。僕は僕が思い描く理想の父親であろうと常に努力しているのだけど、足りなかったかな?」
しかも、親父には慢心や怠惰はない。それも尊敬できるのだが、もう少し、なあ……。わかるだろ?もっと父親って威張ってるもんじゃねえのか?まあ、いい人には違いねえけどよ……。
俺は親父の優しそうな微笑みにあきれつつも、親父と向かいのソファに座る。
「さて、今日アゲハに呼んでもらったのはほかでもない、君の進路だよ」
微笑みを崩さず、親父はそう切り出した。
「俺は大学に進学する。……ちゃんと一流どころだから、安心してくれていい」
たいてい親ってのはいい大学に入っていい会社に就職してくれるのを子供に求めるはずだ。……俺の場合も、そうだと思っていた。
「いや、なんで一流どころの大学に入れば僕は安心すると思ったのかな?僕は全然安心できないよ」
……はあ!?こいつ、まさか東大だとか、そういう超がつくほどの名門じゃなきゃ満足じゃねえってのか!?それはいくらなんでも……
「ああ、違う違う。僕はね、君には幸せになってもらいたいんだよ」
……いきなりなんだ?
そう思いつつ、俺は黙って聞く。まあ、親のセリフに口出ししたら長くなるのは目に見えてるからな。それに、こういう前振りしながらも、もっといい大学目指せ、それが君のためなんだ、とか言うつもりだろう。というかそう言ってもらったほうがいい。その方が平凡だ。
「幸せ、っていうのは人それぞれだ。お金を集めて幸せになれる人もいれば、大切な人と一緒にいるだけで幸せって人もいる。体を動かすことに幸福を感じる人もいれば、頭を使えば使うほど幸福なる、と言う人もいるだろう。……そう、誰もが不幸だ、と認める人でも、その人自身は幸福と思ってたりするものだよ。そして、僕は一流大学に入ったからと言って幸せになれるとは思えない。……僕は高校には行ったけど大学は行ってないけど、今十分に幸せだよ?君たち家族がいるから」
俺はなにも言わずに黙って聞いてる。それは早くやり過ごしたいからではなく、純粋に早く続きが訊きたいから。
「君がその大学に行って幸せになれると確信したなら、行くといい。でも、少しでも嫌なら、やめるんだ。他にも道はいっぱいある。その中から君は一つ選んで、進む。その道の先になにがあろうと、それは君の責任で、そしてそこで手に入れた幸せは君のものだ。よりよい未来を目指せるよう、僕は祈ってるよ。……で、話を戻そうか。君の進路の話だ」
長い脱線だったけど、全然気にならなかった。たしかに、俺は平凡が好きだ。……でも、教師連中から『いい大学に入ってこその人生だ』なんて言われてきた俺としては今のは目からうろこが落ちる思いだ。親父なら、俺がどんな選択をしてもそれが間違っていない限り応援してくれるだろう。そんな確信を抱かせるほどの意思が、親父の話からは聞きとれた。
「君は将来、何になりたいんだい?」
当たり前の、普通の質問。でも、今は意味が違った。
「……俺は、普通に生きたい。親父やクレア姉のように波乱万丈な人生はいいよ。普通に生きて、普通に死ぬことにする」
うわ、なんかすごい不謹慎なこと言った気分。親の前で死ぬなんて言ったからだろうか。
親父は俺の答えに、少なからず驚いたようだ。そして、目頭を押さえ、呻くように言った。
「……ごめん、多分それ無理」
……は?
「なんだって?さっき言っただろ、どんな道でも選べるって」
「うん、言ったよ。でも、無理だ。多分、いや確実に君には波乱万丈が待ってる。これは断言できる。……いやあ、まさかこんなこと言うなんてなあ……裏目にでちゃったな……」
え、なんで断言されるの?つうか、え?俺には普通の人生は来ないって、どゆこと?
「お、おい、答えろよ。どういうことだよ。何があんだよ。おい」
「……うん、仕方ないよ。ごめんね、ルネス。まさか君の望みがそんなことだったなんて知らなくて……。うん、まあ、とりあえず今日はおしまい。大学受験頑張ってね。……受けることができたらいいけど」
最後のほう、確実に聞こえるようにぼそっと言ったよな?いやがらせか?一体なんだよ、おい!
「なあ、親父、一体何が……」
ピンポーン
問い詰めようとしたその時、玄関でチャイムがなった。
「……客人だよ、ルネス。……そして、君の平凡よさようなら」
……激しく来客を迎え入れるのに抵抗を覚える。
それでもいまだにチャイムは鳴り続けてるし、急な用事だと大変だ。仕方なく俺は玄関まで行ってドアを開ける。
「はいはい、どちら様ですか……って」
ドアを開けて、来客主を確認して、固まる。
「こんにちは、ルネス様。……そう言えばそろそろこんばんわ、の時間ですわね」
水色に近い青の髪をした不思議な少女、サクラがそこにはいた。




