第2話~異常点その一~
「……ルネス様、ですか」
少女サクラは俺の名前をそう呼んだ。
「……ルネス。様はいらない」
俺はかしずかれて喜ぶような人種じゃない。下僕だとか道具だとかは親父だけで十分だ。
「いえ、わたくしは誰にも様をつけていますの。……あなた様だけ様付けしないなんて、できませんわ」
俺の主張を完全に無視して、少女は言った。まるで様付けするのが当たり前、とでも言いたげに。
ま、実際そうなんだろう。……こいつは他人に様付けするのが当たり前で、それ以外の呼び方を知らない、と言った方がいいのだろう。
「で、何の用だ」
俺は本当にそっけなく、一秒でも早く家に帰りたいという意思をにじませてサクラに言った。
サクラはそんな俺の態度に気にする風もなく、ごく普通に言ってのけた。
「ええ、あなた様と一緒に帰宅してもよろしいでしょうか?」
「……はあ?」
けっこうあっけにとられた。いくらきれいだといっても見ず知らずの人間にそんなこと言われたら、うれしいという気持ちよりも先に警戒心の方が先立つ。
「ええ、少しだけでよいのです。……構いませんか?」
……なあ、なんで女ってこんなにもきれいにずうずうしく頼み事ができるんだ?
「いいぜ。……少しだけだからな」
俺は不思議な少女と一緒に歩き始めた。
普段なら足早に歩くのだが、サクラに合わせて歩いてやる。サクラも合わせられていることに気付いたのか早めに歩く。
「なあ、お前何なんだ?いきなり俺に話しかけて。……なんか用事あったんじゃねえのかよ?」
こいつは公園で人を待っていた。……ように感じた。そしてその推測はどうやら間違っていないようであった。
「ええ、人を待っていたのですが……目的は達せられたようなので、帰ることにいたしましたの」
……目的は達せられた?いったい何だ、目的って?
「で、なんで俺?」
これが一番不思議なんだよな。この白い髪に赤い瞳って、悪い印象をもたれることはあってもいい印象をもたれることってないからな。
「なぜ、と申されても……。そうですわね、あなた様だから、とお答えしておきますわ」
ますますわからん。一体何なんだ、こいつは。
幾度となく思ったように、俺はその疑問を心の中で口にした。
「……ただいま」
外見こそごく普通の一軒家だが中はとてつもなく広いという物理法則を無視した自宅に入ると、俺は『普通』に、そう言った。
サクラとはあの後家のすぐ前の道で別れた。……いったい何のようだったのか、今でもわからない。
両親のいるリビングを素通りし、俺は二階に上がる。俺は両親が苦手だ。理由はともかく、とにかく苦手なんだ。
「お帰り」
二階の階段の踊り場で俺の姿を見るとそうそっけなくとげのある言いまわしで言ったのは、丈が足首まであるジーンズ地のコートを着た、腰まで届く黒髪に漆黒の闇をまとった瞳に美麗な鋭い目つきで美麗な顔をした我が姉、クレア姉だ。
「……ただいま」
俺もクレア姉に負けず劣らずのそっけなさで言う。正直こうやって挨拶するのも不思議なぐらい冷たい関係である。なんで常駐の姉がよりにもよってこいつなんだ。もっとほかにもいるだろうが。コト姉とか、リリー姉とか。
「あんた今失礼なこと考えてんでしょ。……わかるんだから」
氷よりも冷たい声。……うわあ、なんでわかったんだ?
「どいて。下にある実験材料取りにいくんだから」
実験材料……ね。
「今度はなんの研究だ?不老長寿か?万能薬か?火鼠の皮衣か?」
茶化すように言うが、そのどれかであったとしても、別に俺は驚かない。
クレア姉は大の研究好きで、その実力は国に認められるほどだ。
そう、たとえば最近俺らの周りに普及しつつある小型携帯PC通称『CPC』はここ最近の姉の成功作だ。従来のパソコンを携帯電話の大きさにまで小型化したというのだから、その技術力というか、発想力と言うかには驚かされる。
もっとも、そのCPCに至ってもクレア姉にとっては遊びで、彼女にとっての本番とは、『兵器製作』に他ならない。
……てか、16歳のうら若き乙女の趣味兼仕事が『兵器製作』って、どうよ。明らかに普通じゃない。しかもその威力はどれもが実用的で強い。……正直、クレア姉とは絶対に喧嘩したくない。命の危険を冗談抜きで感じるから。
「……はあ、新しい拷問道具のモルモットを取りに行きたかったのだけれど……あんたでいい?」
「いいわけあるか!そんな危険なもん造るんじゃねえ!」
ご、ごごご、拷問道具って、一体こいつは何を造ってんだ!?
「危険?使い方を誤らなければ使える道具よ。聞きだしたいことがあったときとか、ほんと最適。復讐にも使えるすぐれものよ」
……本気でこいつの将来が心配になった。
「姉ちゃん一体そんなの造ってどうするつもりなんだよ?」
「決まってるわ。もしもの時に使うためよ」
即答された。……もしものときって、何だ?その時がこないことを祈るしかないな。
「……あのさ、やめてやったら?かわいそうだろ、そのモルモット」
俺は一切の冗談を抜いて、そう言った。これはまぎれもない俺の本音だ。
「正直、姉ちゃんがそんな危険な道具を造るのは反対しない。仕事だし、趣味だし。でも、それが他の命も脅かすってんなら、止める。かわいそうだし、姉ちゃんにもよくない」
「……はあ、やっぱりお父さんの息子ね」
姉はそう言って自分の部屋に戻っていく。相変わらず俺への視線は冷たかったが、それでも幾分かの優しさは含まれていたようにも、思う。
……やれやれ。
俺の家が平凡でない理由、その一、だな。
俺は長い廊下を歩き、自分の部屋に入った。




