第14話~トレースとの出会い~
サクラが家を出て行って一番先に行動したのはクレア姉だった。
『ルネス!あんたもさっさと探しなさい!早くしないと取り返しのつかないことになるわよ!?』
そう言ってクレア姉は信じられない早さで家を飛び出し、サクラを探しにでた。
俺もすぐにクレア姉を追ったが、二時間たってもクレア姉もサクラも一向に見つかる気配はなかった。寒くなってきて、日も落ちてきたころ、俺はいよいよ不安になってきた。
そんな時だった。
「姉ちゃん!」
探していたサクラは見つからなかったが、探していたクレア姉が、誰かに首を絞められて、倒れていた。
「姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん!起きろ!おい、起きろ!」
俺は姉ちゃんを抱きかかえ、揺さぶる。
姉ちゃんはトレードマークのコートを脱ぎ、その下着にも近い普段着を晒していた。いつもならそんなこと絶対にしないのに。
首にはこれでもかと言うほど真っ赤になった手形が。
何が起こったのかは訊くまでもないことだった。
姉ちゃんは、誰かにおそわれ、そして。
コートをはぎ取られ、首を絞められ、そして、殺された?
「……いや」
まだ姉ちゃんの体は暖かい。たしか死体って冷たくなるんじゃなかったっけ?
……まさか、まだ生きてる?
そう気付くと俺は携帯電話を取り出し、親父にコールする。
ワンコールで出た。よほど気が過敏になっていたのだろう。
『なんだい?』
「姉ちゃんが見つかった!琴乃若商店街の路地裏すぐ前!ダッシュで来てくれ!」
『言われなくてもそうする!……トレース!すぐにクレアのところに!僕もあとから行く!』
トレース?誰だそれ?
と思いつつも俺は迅速な対応が何よりも安心できた。
「キミがルネスだね?……クレア」
いきなり、後ろから声をかけられた。
「……え?」
そいつは親父そっくりで、でも親父ではなくて、しかもかなり声が高い。女か男かわからない。……誰だ?
「ああ、ボクはトレース。キミの父上の知人だよ。クレアをボクが運ぼう。キミには探すべき人がいるのだろう?なら探すんだ。早くね」
トレースと名乗ったこいつは姉ちゃんを抱きかかえると、霞のように消えた。
「……は?」
姉ちゃんを任せてもいいのか?あいつは、何者だ?
「……サクラ」
気になることは気になるが、今はサクラの方が大事だ。早くしないと大変なことになる気がする……。
俺は再び、サクラを探しに走り始めた。
探せない。見つからない。いくら走ってもどこを探しても見当たらない。
……ちきしょう!いったいどうすれば見つかるんだ!?
「くそっ!」
ああ、もう!なんで今日はこんなにもいろんなことが起こるんだよ!
戦闘とか言って危険な目に遭うし、姉ちゃんは首絞められて倒れてるし、サクラはどっかいくし、一体どうなってるんだよ!
姉ちゃん大丈夫かよ。首真っ赤だったぞ。あれ死んでんじゃねえのか?サクラどこいってんだよ。まさか誰かに攫われたりしてねえよな?
……ああ、もう!
と、半ば自暴自棄になっていた時だ。ポケットの中の携帯が震えた。
「……?はい、もしもし?」
親父からの電話だったので、すぐに出る。
『ルネス、今日はもう帰っておいで。クレアから話があるみたいなんだ。……早めに頼むよ。クレアはもう疲れてるんだ』
「わかったよ」
俺は短くそう答えて来た道を戻る。今日はなんか走ってばっかだな。
でも、疲れはまだ来ない。気持ちとしてはまだまだサクラを探していたかったが、姉ちゃんも心配だ、無視をするわけにはいかないだろう。
姉ちゃんを看ることも、サクラを探すこともできない。
「ああ、もう!」
叫ぶことぐらいしかできない俺が、悔しかった。
家に帰って俺はまずリビングに行った。
するとそこには親父しかいなかった。どういうことだ?
「おい、姉ちゃんから話があるんじゃねえのかよ?」
俺は親父をにらみつける。
「クレア今恐慌状態にある。……僕も追い出されたからね、実はあまり事情を知らないんだ。……でも、話があるのは嘘じゃない。……トレース」
そう親父が短く命令すると、急に親父そっくりの誰か……トレースがそこにはいた。
「てめえ、何だ?何か知ってるのか?」
「知っているともさ。君の知らないことも知っていることも。……クレアのことだったね」
「……ああ」
俺はうなずく。
「クレアはシドウにおそわれた」
「……シドウにだと!?」
あいつ、なんで姉ちゃんをおそったんだ?なにか接点でもあったのか?
「正確にいえば、心はシドウ、身体はサクラの人間にだ」
……は?
な、なにをこいつは言ってるんだ?いきなり現れて、意味のわからないこと言って……!
「何言ってやがる。心はシドウ?完全に別人だったぞ。そんなの信じれるわけが」
「多重人格、っていうのをキミは知ってるかい?」
トレースのことばに、俺の体は凍りついた。
「……多重、人格?」
「そう、多重人格」
「そ、そんなの空想上の」
「そうじゃない。多重人格は空想の中でよく語られるが、空想上の産物というわけではけしてない。ある理由によって、一つだった人格が二つ、あるいはそれ以上になることは実際にある」
な、そんなこと、でも、サクラは、シドウで、シドウは、サクラ?
「……混乱しているみたいだね。でも、安心しなよ。シドウの時のことをサクラは覚えていないし、サクラの時のことをシドウは覚えていない。身体を共有しているだけで、完全に別人なんだ」
そんなこときけても安心できるか。つまり、シドウはサクラの身体を使っていて、サクラも、シドウの体を使っている、そんな感じか?
「……クレアはいま恐慌状態にある。他人、それも男が近づくことを異常に恐れている。それがなぜかは今のところわからないが、ただひとこと、キミに言っていたことがあってね」
「……なんだよ」
「『サクラとシドウを助けてあげて』……だそうだ。……キミにはこれだけ言いたくてね。彼女の遺言になる可能性もないわけではないから一応ね。そうそう、今シドウは海岸にいるよ。行ってみるといい。……ほら、早く行くんだ」
え、と言う前に。
俺は送られた。
シドウがいるという海岸に。
いろいろ訊きたいことがまだまだあったのに。それなのに勝手に送りやがって。
帰ったらどうやって送ったかも含めて問い詰めてやる。
……そう、
「……よう、シドウ」
「よう、ルネス」
こいつらと一緒にな。




