第10話~姉の忠告~
俺たちはいったん家に帰った。
サクラは安心したからなのか家に入ると同時に気絶するように眠りについた。
「……………………深過ぎる眠り。ほとんど仮死状態。夢を見ることどころか眠った記憶さえないはず」
ララ姉ちゃんはそう言って命に別状はないが異常であることには変わりないサクラの様子を教えてくれた。
広いリビングに俺らは集まり、各々好きな席に座る。
「……さて、ルネス。初めての戦闘はどうだった……と、訊くつもりだったんだけどね、サクラがあの状態じゃね。訊けないよ。というよりは訊くまでもないといったところかな」
親父は開口一番俺をぶち切れさせるようなことを言った。
「最悪だったに決まってんだろ。つーか今まであんなこと日常的にやってたのか?おかしいぜ、親父たち」
俺は率直な意見を言った。これは俺の嘘偽りない本心。家族とか、そう言った枠組み全部含めての、感想。
もしこれが赤の他人で、ただの友達程度の関係だったら俺は二度とかかわるつもりはない。
「………………………サクラと別れるつもり?」
ララ姉ちゃんが相変わらずの無表情で訊いてくる。わかって言ってるだろ、姉ちゃん。
「……………………」
こくり、とララ姉ちゃんはうなずいた。
俺はサクラと別れるつもりは一切ない。サクラはただ巻き込まれただけだ。巻き込まれただけなのに、嫌うわけにはいかないだろう。
「…………………いつかその考えで後悔することになる」
ララ姉ちゃんはそうつぶやいた。
「……は?後悔?俺が?」
何言ってんだよ。俺がサクラのことで後悔なんてするはずが……
「……………………………あなたには、耐えられる?」
突然、ララ姉ちゃんが無表情だった瞳を少しだけ強めて言った。
「何にだよ」
俺は訊き返す。
「………………………………彼女を背負う、重みに」
「……何言ってんだよ、大丈夫だよ、サクラぐらい……」
「…………………………………違う。サクラの全てを、背負える?価値観も存在価値も思考も意味も意義も愛情も恋情も心も身体も、そのすべてを、あなたは背負える?………………………抱えて、つぶれない自信はある?」
「な、何言って……」
俺は訊き返そうとする。何を言おうとしているのか全く理解できない。……いや、理解しようとしていないのか。
「………………………………………………あの子の心は、さっきので完全に壊れた。……もとに戻ったと、言うべきかもしれないけど、それはあまりにも悲しすぎる。………………………心の壊れた人間の隙間に入り込むことは簡単にできる。そして、あなたはそれをやった。さっき、彼女を介抱した時に」
介抱って、俺サクラを抱えて家に帰っただけだぞ?
「………………………………………………あなたにとっては『だけ』で済んでも彼女にとってはそれが全て。全ての人間が信じれなくなった今、頼れるのはあなただけ……彼女はそう思うようになる。それにあなたは耐えられる?」
俺の口にしない心までもララ姉ちゃんは読み取って会話を成立させる。
「………………………………………………彼女はあなたの言葉に全てを懸けるようになる。あなたが死ねと言えば死ぬだろうし、殺せと言われれば殺す。あなたに嫌われ、遠ざけられることをなによりも恐れるようになり、少しの言葉で全てが終わる。そんな重荷に、あなたは耐えられる?」
そ、そんなの、あり得るのか……?い、いや、ないだろ。そんな荒唐無稽な話……
「………………………………………………荒唐無稽という言葉は今日であなたの辞書から消え去ったのは、自覚してる?」
今日、シドウと名乗るサクラそっくりの人間に会った。
親父から戦闘に誘われた。しかも釣りにでも行くような気軽さで。
敵はイノベートと名乗り、当たり前のように宙に浮いていた。
名も知らないおっさんに殺されそうになった。
サクラが急に苦しみだして、気を失った。
そのどれもが、『荒唐無稽』な話だ。……たしかにララ姉ちゃんの言うとおりだな。
「………………………………………………もし、耐えられるというなら」
さっきよりも鋭い瞳で、ララ姉ちゃんは言う。
「………………………………………………サクラの心に、常に気を配りなさい。この意味がわからなければ、きっと後悔する。……意味を吟味し、心を研磨し、意思を磨き、真摯な態度で紳士的に接しなさい。これが、忠告。無視するもしないも、あなたの勝手」
そう言うと、ララ姉ちゃんは自室に戻るためか、リビングを出ようとする。
「………………………………………………できれば、あなたには幸せになってもらいたい。……………………………家族だから」
去り際に言ったララ姉ちゃんの言葉が、俺の心に響いた。
「……やれやれ、言いたいこと全部言われてしまったよ」
ララ姉ちゃんがいなくなってから、親父が肩をすくめて首を振る。その動作が妙に似合ってるもんだから、むかつく。
「ララの忠告には従ったほうがいいよ。サクラはきっと君を頼る。君しか頼らなくなる。それはとても重荷だよ。……なんせ、一人の人生、まるごと背負うんだから」
「はいはい。……てかさ、なんで親父たちはサクラがおかしくなってることを前提に話進めてんだよ。もしかしたら……」
もしかしたら、何もないかもしれないじゃないか。
俺が、そう言おうとした時だ。
「……もしかしたら、普通でいられるかも?」
クレア姉が、冷たい瞳をさらに氷点下にして、俺に詰め寄ってきた。……なんで!?
「そんな甘ったれてて、サクラを背負えるの?」
「だ、だからなんでサクラが壊れること前提で……」
「ララ姉ちゃんが言ったのよ?心を読んで、その心を読み取りきる、ララ・ペンタグラムが。ララ姉ちゃんが心に関して言うことには、まず間違いがないわ。……そして、あなたも、サクラさんの対応を真剣に考える必要がある。考えろ。逃げるな。………そしてこれは、私からの忠告」
そう言うと、クレア姉は俺に一瞥をくれてリビングをあとにする。
「サクラに乱暴したら、殺す」
ドスのたっぷり効いた、やくざでも裸足で逃げだすんじゃないかと思えるほど冷たい声で、宣言して自室に帰って行った。……いまから作る道具、俺をいたぶるための拷問道具じゃねえだろうな……?
クレア姉なら余裕であり得る。男嫌いは家族にも及んでいて、他の女の子が被害をこうむるのが一番我慢ならないらしい。夜は街にパトロールにでて悪漢を殺して回ってるそうだ。
殺してる、の部分以外はすべて本当らしい。親父が言ってた。
「……サクラのところにいってあげたら?きっとさびしがってるよ」
「……そうだな」
親父に促され、俺も自室に戻ることにする。
……姉たちがなんで俺に忠告するのか、サクラを一目見ればわかるだろう。
そんな好奇心もなかったといえば、嘘になる。




