中年のおじさんのぬいぐるみのボクのどこに需要があるのかと思ったけど、ボクはこの姿に生まれて幸せだった
ボクはぬいぐるみ。
ボクには、ぬいぐるみのお友達がたくさんいるんだ。
ヒヨコさん、ペンギンさん、ウサギさんにネコさん。
ボクは自分の姿を見た事がないから、どんな動物かはわからないけど、きっとみんなと同じでかわいいはずだ。
そう思っていたのに……
ある日、ボクはケンタくんに抱っこされながら鏡を見たんだ。
……ウソだ。
そんな……
ボクは、中年のおじさんの姿だった。
なんなの?
どこにそんな需要があるの?
というか、ケンタくんは変わった趣味なんだね?
見れば見るほどおじさんだ。
メガネは白く曇っていて、毛量もそれほど無い。
ワイシャツのお腹の膨らみは、明らかに中年のぽっこりお腹だ……
こんな姿のボクを、ケンタくんは保育園から帰ってくると、すぐに抱きしめてくれるんだ。
他に、もっとかわいいぬいぐるみがたくさんいるのに。
やっぱり、ケンタくんは変わった趣味なんだね。
でも、ある日ケンタくんに呼ばれたんだ。
「パパ」って。
ケンタくんの瞳は涙でいっぱいになっていた。
……パパ?
そういえばケンタくんのパパは見たことがない。
ケンタくんにはママとばあばしかいないんだ。
じゃあ、パパは?
まさか……
ある日、ケンタくんのママとばあばのお話が聞こえてきたんだ。
「ケンタ、あのぬいぐるみを気に入っているみたいね」
「ばあばの作ってくれたぬいぐるみはパパにそっくりだから、ずっと一緒にいるんだって言って……寝る時も離さないの」
「……かわいそうなケンタ。パパに会えなくなって寂しいのね」
やっぱり、ケンタくんのパパは……
ボクはケンタくんのパパにそっくりなのか。
よし、ボクは今日からケンタくんのパパになるんだ。
動けないし、話せないけど、ずっとケンタくんの側にいてあげるんだ。
少しでもケンタくんが笑顔になれるように。
ある日の朝、目を覚ますとボクはケンタくんのベットにはいなかった。
あれ?
昨日の夜は一緒にベットに寝ていたはずなのに。
ここは……
リビングのソファー?
ボクの隣には見たことの無いキレイなぬいぐるみが座っている。
ケンタくんのママに似ている……?
「ケンタ、これからはずっと一緒にいられるからね」
今まで聞いたことの無い声が聞こえてくる。
でも、その人の姿を見て、すぐに誰かわかった。
ぽっこりお腹のメガネのおじさん。
そう、ケンタくんのパパだ。
今まで見たことがないくらいケンタくんの笑顔が輝いている。
ケンタくんのママも、ばあばもすごく嬉しそうだ。
……もう、ボクの役目は終わったんだね。
ぬいぐるみでからっぽのはずなのに、心がすごく寂しいよ。
「ケンタ、パパがいない間、寂しくなかった?」
「全然平気だったよ? だってぬいぐるみのパパがいたから」
「そうか、ケンタを守ってくれてありがとう」
ケンタくんのパパは優しい人なんだ。
ケンタくんとお話もできるし、笑顔にもしてあげられる。
ボクには、できないことが全部できるんだね。
もう、ボクは今日からケンタくんと遊ぶことも眠ることも無いんだね。
「パパ! パパのぬいぐるみ、嬉しそうだね」
え?
ボクが嬉しそう?
悲しくてたまらないのに……
「家族がそろったからね」
家族……?
もしかして隣にいる、このぬいぐるみ?
良く見るとボクと、ママに似たぬいぐるみの間に、小さい男の子のぬいぐるみが座っている。
これは……?
もしかして、ケンタくん?
「パパも、ケンタとママのぬいぐるみがいたから寂しくなかったよ。でも、ぬいぐるみのパパは、ママとケンタがいなくて寂しかったね」
そんな……
じゃあ、この子はボクの子供なんだね。
初めて見るケンタくんのぬいぐるみは小さくてすごくかわいい。
ぬいぐるみのママはキレイで緊張しちゃうよ。
さっきまでの辛かった心が温かくなっていく。
ボクは、動けないし、話せないけど、これからはずっと側にいるからね。
ぬいぐるみのケンタくん、ママ。
これからは、ずっとずっと一緒だよ。