004
(RYUKA‘S EYES)
人が、消えた。
あたしは、意味が分からなかった。
目の前で見たモノは、夢でも幻でもない。
「何、何なの?」
驚きで声が漏れた。
一瞬で機械の中に引き込まれて、一瞬で人が消えた。
ここにいたはずの徳次郎は、それまで普通に存在していて急に消えた。
テレビの前に座っていた彼の姿は、ない。
見えるのはピンク色のカーペット、彼が座っていたはずの空間には何もない。
この場所にいたはずの人間が、消えてゲーム画面に吸い込まれた。
ゲーム画面を見ると、変な画面が見えた。
映っていたのは、人型のジャガーが三匹。
(なに、この気持ち悪い生き物……)
目の前に人型のジャガーのアップ、だけどジャガーの人はドット絵だ。
テレビ画面には、もう一人映っていた人物がいた。
「徳次郎!」ゲーム画面の中に、徳次郎がいた。
黒い画面の中に徳次郎の姿が、ドット絵……ではなく実写の映像として描かれた。
テレビに語りかけても、声が届かない。
それでも、あたしは必死に声をかけていた。
『コントローラー ヲ モテ』という、文字だ。
あたしは、置かれていたゲームコントローラーを見ていた。
徳次郎が握っていた1Pコントローラーは、なぜかケーブルの先から切れていた。
鋭利な刃物で斬られていたケーブルを、あたしはぼんやりと見ていた。
(どういうことかしら?)
刃物が見えた様子はない。
だけどコントローラーの先は、彼……徳次郎と一緒に消えていた。
機械のアームのようなモノがチラリと見えたけど、あたしはよく分からない。
(迷っている暇はない、とにかくやってみよう)
あたしは、2Pコントローラーを握った。
握った瞬間に、声が聞こえた。
「聞こえるか、龍華」
テレビから声がした。聞こえるのは、よく聞いたことのある徳次郎の声。
テレビ画面に、ドット絵の徳次郎があたしの方を向いていた。
「うん、徳次郎。どういうことなの?」
「俺だって、わかんないよ!」不安そうな徳次郎の声が、ゲーム画面から聞こえた。
実写の姿でゲーム画面の中にいる徳次郎も、コントローラーを持っていた。
彼が持っているのは、消えた1Pコントローラーの先端。
「だけど、こいつらが俺の味方になってくれるらしい」
徳次郎の前には、三人の人型ジャガーが立っていた。
いずれも人型で、二足歩行する不思議なジャガー。
「それって?」
「分からないけど、俺を助けてくれた」
「ええ、それはなんとなく分かる」
さっきテレビ画面に映った映像、ジャガーらしき人間が徳次郎を助けたシーン。
だけど、彼らは何者か分からない。
見た目はアメコミ風のキャラクターのようだけど、出来損ない風だ。
「良かったよ、グット!」
「じゃない。ここはどこなんだ?」
「ゲームの中の世界みたい」
「ゲームの中?」俺は首を捻った。
「そう、君はゲームの中にいる」
「誰だ?」
次の瞬間、闇の中から一人の人間が姿を見せていた。
それは見覚えのある、中年男だ。彼の姿はドット絵の人物。
緑色のシャツに茶色のズボンをはいた、中年男がゆっくり画面の中の徳次郎の方に歩いてきた。
「ようこそ、『クソゲーフェスティバル』へ」
いきなりハイテンションで、両手を広げてきた男。
「お前がやったのか?」ゲーム内の徳次郎が、男と会話をしていた。
「君は、このゲームの世界の人間になったのだよ」
「お前が俺をこんな所に、閉じ込めたのか?」
「そうですよ、紹介が遅れました。
私は吾亜、この世界を造りし絶対なる神です」
「吾亜?何でもいいから、俺を解放しろ!」
「君には、これからクソゲーを楽しんでもらおうと思ってね。
是非、君には私が集めた最強のゲームを四本楽しんでもらうよ」
吾亜は、不敵に笑っていた。
だけどゲーム画面の徳次郎は、緑服の中年の男に詰めようとした。
しかし目の前の男を掴もうとしても、徳次郎の手はすり抜けた。
中年男は幻影で、触れることができない。
「僕は無敵だ、君には触れることはできない。
僕はクソゲーの制作者……つまりは神だから」
「はあ、冗談じゃない。
俺はこんな世界に閉じ込められるほど、暇じゃない!」
「何を言っておる?私が集めた四本のゲームを、君に楽しんでもらうためにここに来させたのだよ。
いやあ君達は、まさかNESを持っていたとはね。
すっかり忘れていたよ、このカセットは北米製だったのを」
「持っていたのは、あたしよ」ようやく口を挟むあたし。
テレビ画面にいるコントローラーを持ったあたしは、二人の会話をじっと聞いていた。
だが、これは悪夢だ。悪夢ならば、冷まさないといけない。
「そうか、なるほど」
「おい、それよりゲームって何のつもりだ?」
「『クソゲーフェスティバル』という私のゲーム、最強のクソゲーだ」
「クソゲーって、俺はやるつもりは……」
「四つのゲームをクリアしないとここから出られない、としても?」
「はあ、なんだそれ?」
「これは『クソゲーフェスティバル』なのだから。それと君……」
あたしは、思わずリセットボタンに手を伸ばそうとした。
「君は、リセットをしようとしているのか?」
「こんなゲームを終わらせれば……」
「このゲームをリセットした瞬間、彼は二度と出られなくなる。
それでもよければ、リセットシタマエ」
最後はなぜか片言で話す、吾亜の声。
あたしは、リセットボタンに伸ばした手を……震わせて押すのをやめた。
「さて、早速だけど最初のゲームのルールを発表しよう。
このゲームのルールは、全6ステージを、彼らを使いクリアすること」
「彼ら?」
「そう、ジャガーのミュータント。ジャガーマンだ」
俺の後ろには、三人の二足歩行ジャガー『ジャガーマン』がいた。
見た目はほぼ一緒だけど、持っている物が少し違う二足歩行のジャガー達。
「ジャガーマンの残機は5、ライフは4。コンテニューの制限はない。
6ステージ目のボスを、倒せばクリアだ」
「アクションゲームか?」
「そう」徳次郎の問いに、吾亜は素直に答えた。
「では、ゲームスタートだ」
吾亜が言うと、あたしの目の前のゲーム画面が変わっていた。
それは土の地面と、背景に森が見えていた。