おてがみ
『おてがみ』
桜の花が咲き始めました。
『パパ。ミィ、どこかへ、おさんぽしたいよ』ベッドで退屈そうに娘が言いました。
そうだね。元気になったらね。
『パパ、すっかりげんきになってるよ。ちっともいたくないし、ないしょでいこうよ』
何か、したいの?
『あのね。
おはなばたけで、ブーケをつくりたいの。
それからね、ママがねむっているところにもっていきたいの』
困難を、極める出産でした。
今年四歳になる娘を産んで、家内は身代わりになったように、天国に旅立ちました。
ミィは、足の関節に障碍がありました。
歩くことが難しく、ギブスを外せず、リハビリ入院を繰り返していました。
今回の入院はその手術のため。
家内は、出産に至る迄、たくさんの歌のビデオを残していました。
歌うことが大好きだった彼女は、最高の笑顔でたくさん、たくさんの歌を残していました。
ミィは、画面の中のママから、たくさん、たくさんの歌を教えてもらいました。
ですから、娘の歌声は、ママにそっくり。
家内がそこにいるようでした。
特に『やぎさんゆうびん』が、大好きでした。
『ねぇ、パパ。また、おたんじょうびには、おてがみ、とどくかなぁ』
届くよ。
家内は、娘への22通の手紙も遺していました。片付けをしていたクローゼットの片隅に。桜色の小さな箱の中に。
大丈夫と笑いながらも、ひどく体調を崩す中。もしかして、そんな気持ちがあったのでしょうか。
お腹の子どもは女の子とわかっていました。
私に『もし万が一のことがあった時、娘に誕生日ごと、この手紙を渡してください』とも添えられていました。
また、名前は『みなみ』が希望ですとも。
南の島で生まれ育った彼女らしいと思いました。
名前は『みなみ』にしました。
私は娘を『ミィ』と呼びました。
一年目には
『一歳の誕生日おめでとう。いっぱい泣いてますか? それ以上に、笑っていますか?ミルク飲んでいますか?ママは、いつも見守っているよ。 大好きだよ。 ママより』
二年目には
『ニ歳だね。誕生日おめでとう。あんよ上手かな? ゆっくりでいいよ。何でも、たくさん食べようね。 お歌もがんばろうね。大好きだよ。ママより』
三年目には
『三歳の誕生日おめでとう。ママが作ったワンピース、気にいってくれたかな? そろそろピッタリじゃないかな? パパとのお花見デートで着てくれたら、嬉しいな。大好きだよ。ママより』
そして、
四年目の今年。
開封したら、茶色になった桜の花びらがヒラヒラと舞い落ちました。
手紙にセロテープで貼っていた花びらだけは、かすかに桜色を残していました。
『四歳になったね。お誕生日おめでとう。ママが精一杯集めた桜の花びらだよ。もうじき幼稚園かな?元気いっぱいのお花みたいなスマイルでがんばろうね。大好きだよ。 ママより』
そして、私にも手紙が。
『あなた一人に子育てをお願いしてごめんなさい。大丈夫ですか?
もし、良い人が現れたら、どうかご縁を紡いでください。あなたがしあわせになるのが私の夢だからね。
きっと、私の娘なら、私にはママが二人いるのって喜んでくれると信じます。』
そんな相手などいませんでしたが、私を思ってくれていたことに、切なく嬉しい気持ちにもなりました。
全部で22通。
20歳迄に、20通。
残りの2通は、
ミィが結婚する時と
ミィが母親になった時のため。
今回の入院。関節の手術は成功しました。
しばらくはリハビリになりますが、ミィはベッドから飛び出しそうに元気です。
ギブスも、もう必要なくなるでしょうと。
車椅子で屋上に上がり、
親子で『やぎさんゆうびん』を歌いました。
22通目を渡す日は、私の父親最後の日になります。じいじを笑顔で迎えることが私の夢なのです。
澄んだ青空には、大きな五線譜のような虹がかかり、桜の花びらが音符みたいに空に舞っていました。
病院の前に流れる小川は、桜色の花筏に染まっていました。