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3.不可解な治療法


 実家に帰っていた私は、鼻づまりが酷かったので、手近なティッシュ箱からティッシュを1枚とり、鼻をかんだ。すると、思っていた以上に白く粘度の高い鼻水が一気に出た。一回で出し切ることができてとても爽快である。と同時に、いつの間に風邪をひいてしまったのだろう、誰からうつされたのだろうと訝しんだ。


 リビングの奥、遠目にその様子を見ていた父は、今まで手にしていた焼酎の入ったグラスをテーブルに置き、急に私にめがけて詰め寄ってきた。目は怒り、口はわなわなと震えている。私の目の前に立つと、右手で私を指さして、大声で何事かを叫んだ。


 目の前に怒鳴られたのにもかかわらず、私は父の言うことが聞き取れなかった。困惑する私を確かめると、父は言葉を繰り返す。今度は聞き取ることができた。「鼻をかんではならない。それでは病は治らないぞ。ましてや人にうつす羽目になる。鼻をかむのではなく。こうして首の付け根を右手の三本の指で軽くさするのだ」と言う。そして父は実際に実演して見せた。このようにするのだと、自分が説明した通りの仕草を見せる。


 私は父に反感を持った。そんな非科学的な方法で風邪が治るはずがない。


 私は思いつくままに父の主張に反論する。「それは、病にかかる前に予防的にするべきことなのか。それとも病にかかった後にするべきことなのか。また、後者であるならば、それは症状を出さないためにするべきことなのか、それとも症状を和らげるためにするべきことなのか。そして、それがどのような作用を持って病に効力を発揮するのか。それが明らかにならない限り、従うことはできない」と理屈っぽく非難めいた口調でやり返す。


 父は無言だった。普段は穏やかな性格なのに、常に無い怒りの表情で、私を睨みつけたまま一言も言葉を発しない。


 私もその父の様子に対して、何も答えなかった。


 状況は膠着する。両者は動かない。


 そのしばらくのにらみ合いのあと、私の右手は自然と、ついさっき真っ向から反論したのにもかかわらず、自分の首の付け根を静かにさすっていた。さもそうすることが当然であるかのように。


 自分の右手が自分の首をさするたびに、ああ、確かにこれは有効な対処法なのだ、という確信が湧いてくる。同時に、不気味さを感じた。先ほどまで否定していたまじないじみた処置をなぜ、私は受け入れることができるのだろう。その所作それ自体に、いやおうなしに行ったものを納得させてしまう、不思議な効果があるのだろうか。


 父はまだ黙ったままである。


 今度は母がキッチンから出てきた。その顔には悲痛の色があった。


 曰く、これで家族全員が病気になってしまったので、病院に行って検査を受けなくてはならないと。私は、なおも首の付け根をさすりながら、黙ってうなずいた。


 どうやら明日の仕事は休まなくてはならないらしい。人に移すわけには訳にはいかない。となると明日も実家だ。いつまで留まることになるのだろうか。なんとなく、それはかなり長い時間がかかるのではという気がしていた


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