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最初は手探りの迷宮探索で難航していましたが、流石は武門で名を馳せたシリウス男爵家の令嬢達で、慣れてくると意外にも順調に攻略が進みました。
お姉様方は知りませんが、途中で私が目覚めた『ユニークスキル』の力も多分に影響しているのですけど。
ただ、次第に調子に乗ったお姉様方は無茶な探索をするようになり、今もギリギリの戦闘を終えてみんな肩で息をしている状態です。
「さあ、このまま先に行くわよ!」
いつも通り何も考えていない長女のグレースお姉様の声が迷宮内に響き渡りました。剣士のグレースお姉様はロングソードを掲げながら胸を張っています。
魔力が底を尽きそうな私はそろそろ引き返したいところです。
「グレースお姉様、もうヒールがあと一回しか使えません。そろそろ街に帰りませんか」
私がそう言った途端、グレースお姉様は不機嫌な顔になり、手を振り上げると私の頬を叩きました。今度は迷宮にその音が響きます。
いつもの事なので私が動じることはありません。分かってはいましたが、切実な事なので言わずにはいられなかったのです。
「クロエの分際で指図しないでくれる?貴女達は大丈夫よね?」
「当たり前でしょ?愚図なクロエと一緒にしないでよね」
大きな盾を持った次女のレイラお姉様がそう言いました。レイラお姉様は重戦士としてパーティーの壁役ですが、ほとんど私を庇ってくれません。お陰で何度『やり直し』になったことか。
「ルーナも大丈夫よね?返事くらいしなさい」
「まだいけます」
事なかれ主義の三女のルーナお姉様は異議を唱えませんでした。私は先程からルーナお姉様が攻撃魔法を使わなくなったのを見逃していません。
「ルーナお姉様、もう魔力が……」
私がそう言いかけると、ルーナお姉様はまるでゴミを見るような目をして「五月蝿い」と私に言いました。
「じゃあ3対1で先に進むわね。クロエは本当に足を引っ張らないでくれるかしら」
「申し訳ございません……」
グレースお姉様はひたすらに言いたい放題で、私はため息しか出ません。もう痛い思いはしたくないのですが。因みに、痛い思いというのは頬を張られることではなく、この先で待ち受ける『本当の恐怖』のことです。
私の心配を他所に、グレースお姉様が目の前の扉を無造作に開きます。
そのまま私達が全員部屋に入ると魔法陣が現れて、男性の身長の倍近くまで頭を持ち上げた巨大なムカデが8匹も目の前に現れました。
「ひいいいい!」
ルーナお姉様が私を押しのけて入ってきた扉から逃げようとしますが、扉は開きません。
今のように私達がいる迷宮は別の部屋に繋がる扉をくぐる時に必ず、敵が出現する魔法陣が発動する仕掛けになっています。
それは通路上にもランダムで仕掛けられていて、一度発動すると光の壁のようなものが現れて、現れた敵を倒すまで絶対に逃げられません。
「奥に階段が見えるわ!次の階層はもうすぐよ!」
そう言いながらグレースお姉様が跳躍して1匹のムカデの首を切り落としました。グレースお姉様は剣士としての腕はそこそこです。
しかし、2匹目の首を切り落とした時、グレースお姉様はムカデの足に背中を切り裂かれて私の近くまで転がりました。
ムカデの毒が瞬時に回り、グレースお姉様の背中は紫色になっています。
私は咄嗟にグレースお姉様に毒消しの魔法を使います。これで私の魔力は底を尽きました。
痛めた背中を庇うようにして立ち上がったグレースお姉様は、魔力が尽きて立ち尽くす私のお腹を剣の柄で小突くと、私は堪らずお腹を押さえて呻いてしまいました。
「何ボーッと見てんのよ!さっさと回復させなさいよ」
「魔力が尽きてしまってもうヒールを唱えられません」
先程そう伝えたはずなのですが聞いていなかったのでしょうか。痛みと焦りで顔を歪めたグレースお姉様に私は顔を殴りつけられて床に倒れ込みます。口の中が切れてしまったみたいで非常に痛いです。
「なんで肝心な時に役に立たないのかしら!この……ぎゃああああ!」
グレースお姉様はそう言い切る前に、追ってきたムカデに先程の傷ついた背中を更に深く切り裂かれてしまいました。
倒れたところをムカデに執拗に食い千切られて、グレースお姉様は声を上げることもできずにそのまま絶命しました。