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8.泣き虫

「置いてかれちゃった・・・」


頭痛と息苦しさが治まってきた私は、のろのろと立ち上がってウェイドを追いかけようとする。


「ツィーナお嬢様、今は安静にしていてください!」


 いつの間にか、そばかすの侍女が私の側について背中をさすっていた。


侍女が私の顔色が良くなってきたのを確認してから手を離して、ティーテーブルとイスをテキパキと片付け、零れた紅茶やソーサーを直し始める。


「・・・」


「お嬢様、どうぞ。零れた紅茶も拭き取りましたのでお座りになって休んでください。」


「ええ・・・ありがとう。」


ヨロヨロと彼女に支えられ、椅子に座る。


その間も優しく背中をさすってくれていた。


(・・・・・・?)


 けれど違和感を覚える。


この侍女は、私がウェイドに怒鳴られて、ティーテーブルがぐちゃぐちゃになるまで、一体どこで何をしていたのだろう。


「・・・お嬢様?顔色がまた悪くなっていますよ。」


「あ、ごめんなさい・・・少し、気分が・・・」


 ツィーナの幼少期をふと、思い出す。


思い出したくもない恐ろしい記憶を。


(これ・・・この人・・・刺客?いやでも・・・)


たかだか成り上がり子爵を殺す人間がいるのか?そう思うかもしれない。


 けれど貴族の世界はとても狭く、そして黒く澱んでいて隠蔽体質だ。


華々しい世界だけが存在するだけではない。


そのたかだか成り上がり子爵が気に入らないからと、潰しにかかる人間もいるのだ。


・・・歴史に残ってないだけで、ただの平民が殺されることも暗殺と同じだったりするしね。


前世と比べて治安がそこまで良くないこの世界では、何があってもおかしくない。


 もちろん、侯爵家以上の人間にとっては興味の欠けらも無い存在だったりするが、伯爵以下のものたちは妬んだり、僻んだりする。


伯爵位一であるカニンガム家の後ろ盾を得ようとし、婚約にこぎつけたから更に狙われる可能性が高まるだろう。


なぜ、その可能性が高まるかというと伯爵位最高位のカニンガム家と目障りな成り上がりデフレット子爵家を共倒れにさせることも可能になるからだ。


彼らにとっては一石二鳥。


下層の貴族達は、少しでも上層の貴族たちと近づけるように蹴落とし合いをしている。


領地の管理と国への貢献で精一杯の貴族もいるからだ。


少しでも生活を楽にするために、財力を手に入れようとするのだ。


上がる地位は彼らにとって付加価値だろう。まあ、国へ貢献する必要が上の地位ほど上がるからむしろ余計に感じている気がするけど。


──つまりだ。


この、最近配属された侍女の行動がおかしく感じる理由は、私とウェイドを・・・いや、デフレット子爵家とカニンガム伯爵家を没落させるための〝刺客〟なのではないか。


幼少期、狙われたことがある経験のせいかその違和感にすぐに気がついた。


「・・・お嬢様、大丈夫ですよ。目を閉じて・・・」


すぐに楽になりますから、そう彼女が呟いた。


「っ──!」


ひたりと冷たい嫌な感触を感じて、思わず転がり落ちるように飛び退いた。


「お嬢様!?」


「こ、来ないで・・・!その手に持っているものを下ろしなさい!」


 ありったけの声で叫んだら、そばかすの侍女はビクリと身を震わせた。


「・・・・・・ツィーナお嬢様。」


「気安く私の名を呼ばないで。12歳の小さな子供だと舐めてかかったからバレたのよ。」


震える声でそう言って、ジリジリと後ろに下がる。


「・・・」


 スっと俯く侍女。


肩をふるわせている。それは怒りか、怯えか。


違う。


笑っていた。


「あ、は、は、は」


「何がおかしいの!?」


「いーえ?ここの伯爵様のお粗末さについ笑ってしまったの。成り上がりの子爵家は繁忙期になってあなたのだーいすきな侍女頭もあなたに構えなくなるのはわかっていた。だから信頼のおける筋からの紹介だと偽装して私が子爵家に忍び込めるのも分かっていた。」


 クスクスと笑いながらそばかすの侍女は淡々と語り続ける。


「けどまさか!ここの伯爵も噂通り荒れに荒れてるとは思わなかったわ。前妻を失ってから年々酷くなっているみたいよね。警備もスカスカ。次期当主の護衛も一人たりともいないなんて信じられない!

憎い相手とはいえ次期当主よ?無関心すぎるわよね。」


「・・・何が言いたいの!?」


「ふふ、私が言いたいのはね。とっとと伯爵もろとも潰れろって話。大丈夫、あなたの死はあの醜いガキに被せてあげる。あなたに激昂してつい側にあった石で何度も何度も殴打。そうして可哀想なお嬢様は死んじゃったの。伯爵も息子に対して信頼はないし今じゃ抜け殻のよう。あの呪われ子がどんなに弁明したってすぐに王家の信頼はガタ落ちして取り潰しね。」


「ウェイド様は醜くなんかないわ!そして私もあなたになんか殺されるもんですか!それにまず真っ先に疑われるのは私の側にいたはずのあなたでもあるわ!」


「あら?私も酷い怪我を負っていたとしたらどう?

話はだいぶ変わってくるわよねぇ。」


ニタニタと笑うそばかすの侍女。


彼女の顔は長い前髪で覆われて見えないから一層不気味に見えた。


確かにこの世界では科学の進歩が遅い。


事件の立証をすることは難しいだろう。特に・・・私が死んでしまっていたら。


それに加えてその側にいた侍女も大怪我。


その侍女は、お嬢様を守ろうとしたときに怪我をした。


あの男がお嬢様を襲ったのだと言ったらそれで終わりだ。ウェイドの言葉を信じる人はどれくらいいるのだろうか?


「狂ってるわ・・・!」


「なんとでも言いなさい!このガキ!」


 女性とはいえ、自分より一回り以上も大きい大人に襲いかかられて足がすくむ。


前世でもいざという時恐怖で動けなかった。


刺殺の次は拳大の重い石で撲殺なんて・・・


「そんなのごめんよっ!」


紅茶でびっちょりと濡れたドレスは動きにくかったが必死に逃げようとする。


小さな体で体力もないから、走っていると大きな声も出せない。


(このまま殺されるの・・・!?やだ・・・!はやくカニンガム家のお屋敷に入らなきゃ・・・!)


運がいいのか、カニンガム家の庭園はさほど広いものではなかった。


だから、迷うことも無くあと少しで逃げ込むことができる。けれど。


「このガキ・・・!捕まえた・・・!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「黙れ!」


そばかすの女は、ガッと頭の傷を陰湿に石で殴りつけてきた。


痛い。


グリグリと傷口をこじ開けるように石の尖った部分で抉ってくる。


「いやっ!やめ・・・むぐっ!」


「このっ・・・散々逃げ回ったからよ!こっち来なさい!」


 口を片手で塞がれて庭園の奥に引きずられていく。


ドレスを着ていたが私は痩せ気味だったせいで軽かったのだろう。


女の片手だけでも簡単に連れ込まれた。


伯爵家は何をしているのかと激昂したくなる。


いくらウェイドに無関心とはいえ、敷地内だとはいえこのような可能性はあった。


成り上がりとはいえ婚約者も来ているのに、こんな問題を起こしたら周りに何かと言われるだろう。


このまま殺されるの!?本当に・・・?


「やっ・・・いやっ!離せ!」


「し・・・ね!このガキ!」


 さっきとは違って本気で振りかぶったその腕を見て、ギュッと目をつぶる。


けれど、その瞬間にさっきまで聞いていた、少し低い声が私の鼓膜を響かせた。


「離せ!死ぬのはお前だ!・・・法に裁かれてな!!」


「がっ・・・」


 何が起こったのか、そばかすの女は私に覆い被さるように倒れ、意識を失った。


 上を見上げたそこには、息を切らせながら木の棒を担いでいるウェイドの姿があった。


「よう。泣き虫。」



少しこじつけっぽい内容になってしまい申し訳ありません。刺客···という表現で間違ってませんがズブの素人ですね。伯爵以下の貴族が狙ったのでそこまでのプロは雇えません。雇えたにしても子爵と落ちぶれ伯爵を大金で没落させる程の価値はないので。


こういうのを書いていると記録に残っていなくとも暗殺されたりして没落した下位貴族はどれほどいるのだろうかと気になったりします。まあそれこそ簡単に隠蔽されてそうですが笑

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