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王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
本編
96/134

96.婚約条件の二つ目

薬を飲んで一晩寝れば、残っていただるさが嘘のように引いていた。


そわそわとエレーナが起きるのを待っていたリリアンが足の裏を確認する。


「本当に消えてます!」


歓喜の声を上げた。本人よりもリリアンの方が喜んでいる。小躍りしている。


(これでリリアンが自責の念に駆られることもないわね)


傷が跡形もなく消えたことよりもエレーナはそちらの方が嬉しかった。


「もう歩いていいかしら?」


「ジェニファー王女殿下の話では大丈夫だと思います。ですがデュークさんに伝えて、念の為ザリアル先生に診てもらいましょうお嬢様」


「分かったわ」


なんだか身体が軽い。久しぶりに元気がみなぎる。エレーナは跳ねるように寝台から飛び降り、朝の身支度をした。


──数日後


結局3ヶ月ほど滞在していたジェニファー王女は、帰国の途に就いた。


「地獄が終わった……殿下、有給休暇とってもいいですか?」


ジェニファー王女が乗った馬車を見送ったギルベルトはリチャードに尋ねた。


「いいよ。全員にあげる」


聞き捨てならない言葉を拾った側近達はリチャード殿下に迫った。鬼気迫る気迫と疑いの目。ギラつきすぎていて、彼らの子供たちが見たら泣き出してしまうだろう。


ギルベルトに言われなくてもあげるつもりだったのだ。ここ数ヶ月無理をさせていた自覚はある。どうせすぐに忙しくなるのだから今のうちに休みをあげようと思っていた。


側近達の訝しげな視線を一身に受けるリチャードは、わざととぼけるような感じで言った。


「いらないのか? 仕事がしたいのならばあげないが」


「いりますっ!」


息ぴったりだった。


「今日から一週間あげるよ。もう帰っていい」


その言葉を聞くやいなや側近達はリチャード殿下の気が変わらないうちにと一目散に帰っていった。


ギルベルトに至ってはスキップしている。ご機嫌で両手を上にあげて馬車の方に向かっている。


そんな側近たちに耳をすませば、「氷の貴公子が太陽の貴公子になった! 明日は雹が降るぞ!」と聞き捨てならない言葉も聞こえてきたが、聞こえなかったことにした。


彼らと同じで、リチャードも今日を入れて一週間分の執務を王である父に全て回した。なので久方ぶりにゆっくりとできる。


そもそもリチャードの執務は本来、王が行うものなのだ。少しの間、父に押し付けたところで咎められはしないだろう。


リチャードは気の向くままに庭園を歩くことにした。すっかり夏の気配は消えて、涼しい風が吹いている秋。すぐそこまで冬の気配が近づいてきている。


紅葉した樹林からは絶えず赤や黄色に染った葉が落ちていき、頭の上に載った落ち葉を優しく払った。


「いた! リチャード殿下」


「レーナどうしたの」


振り向けば、小走りにこちらに向かってくるエレーナがいた。王女の見送りに参加していたのは知っていたが、もう帰ったのかと思っていた。


「殿下を探していたのです……ずっと見つからなくて。ようやく会えました」


息を切らし、肩で呼吸している。そんな彼女の姿に毒の影響は見えない。


ジェニファー王女が渡した薬は効果抜群で、次の日には王女にお礼を言いたいからと王宮に自らの足で参上していた。


青白かった顔も赤みがさして、健康体に戻っている。


「リチャード殿下」


「うん」


「──殿下に聞いてもらいたい大事な話があるので明日以降でお時間を下さい」


「いい……けど。いつがいいかな」


いつにも増して真剣な目付きに、少しだけリチャードは動揺した。


「そうですね……アーネスト様との兼ね合いもあるので…………」


「それなら明日はどうかな。アーネストは確か明日、私の警護だ」


「えっ」


「都合が悪いかい?」


大事な話と言ったから早い方がいいかと思ったのだが、彼女はそう思わなかったらしい。困惑している。


「いっいえ! 私の心の準備が問題なだけでして……」


人差し指を合わせてごにょごにょとエレーナは言った。


「──殿下、明日は私が何をしたとしても、お許しくださいね」


複雑な表情をしている彼女はそう言って、お願いしますと頭を下げた。リチャードはエレーナの行動が理解できなかった。二人の間を風が通りすぎ、視界が塞がれたエレーナは耳に髪をかけた。


「……どういう話をするつもりだい?」


不自然なほど間を置いて、珍しく聞き返してしまった。それぐらい、リチャードはエレーナの言いたいことがわからなかったのだ。


「私が、前に進むためのお話です。殿下にご迷惑は……かけない予定ですが念の為です。では失礼します」


状況を把握できないうちに彼女は行ってしまった。残されたリチャードはとりあえず、出勤していてサボっているはずのアーネストに話を聞くことにした。


「アーネストとレーナはどういう関係なんだ」


案の定サボりの最中だったアーネストは、リチャードの執務室にいた。


「エレーナ嬢から見たら……パートナー?」


「何故そこで疑問符がつく」


「相手の考えてることなんて分からないし、今はそうでも未来では違うかもしれないから」


アーネストは伸びをして、ソファから立ち上がる。


「レーナが明日、話があると言ってきた」


「明日か。早いね」


「お前と一緒にと言っていた。何を企んでいる」


リチャードの正面にアーネストは立った。彼が悪事を働くとは思えないが、なんだか胸騒ぎがするのだ。


「──面白いこと。人払いと執務は全て済ませた方がいい。多分驚いて手に付かなくなる」


従兄弟はにやっと笑った。


「まあどうなるかは全てリチャードにかかっているけど。あ、最初の言葉だけで俺にぶつけてくるのはやめてくれよ。最後まで聞けよ」


そう言ってリチャードの肩をポンッと叩いてアーネストは執務室を出ていく。


「……どういうことだ? 答えになっていない」


誰もいなくなった室内にリチャードの言葉は消えていった。

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