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王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
本編
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88.狼狽と焦思と

青ざめたリチャードをからかうように、エレーナは突拍子もない行動に出た。そしてリチャードが何をされたのか頭の中で整理する前に、言葉を途中で途切れさせ、意識を失った。


その後は何度声をかけても返答はなかった。


何にも代えがたい最も大切な、愛しい存在。ずっと守ると決めていた相手。自分のせいで、こんなところで、巻き込んだ挙句の果てに、死なせる訳には行かなかった。そんなことになったら、自分自身を一生許せない。


頭を打っている時点で重症なのだが、左腕と足も悪い状態なのをリチャードは薄々感じ取っていた。


傷は浅いようだが、何故か血が止まらない。身体も熱い気がする。だらんと伸びた腕は力が入っていない。取り敢えず着ていたマントで彼女の体を覆った。持っていたハンカチで慰み程度だが、怪我をしている部分を縛った。


自分の腕の中でぐったりとしていたエレーナの呼吸が、命が、今にも止まってしまうのではないかと。馬を走らせながら、口元に耳を持って行って何度も呼吸を確認する。そして微かに聞こえる命の音に安堵して、王宮まで運んできた。


手網を結ぶ時間も惜しくて、飛び降りるように馬から降りる。近くにいた王宮の騎士に後は頼むと言い残し、全速力で医務室にエレーナを連れていこうとした。外とは違って明かりが灯っている王宮の廊下は、エレーナの腕と足から伝い落ちる血の道を鮮明に作っていたが、気にしている場合ではなかった。


1人の令嬢を抱えながら廊下を突っ切る王子殿下に、狩猟大会で何が起こったのか知らない王宮の者たちは困惑しながら道をあけていった。


「医務室じゃないわ! こっちよリチャード」


階段を登ればあと少しのところでミュリエルの声が廊下に響いた。みれば、そちらは王族であるリチャード達の寝室がある方で、信頼のおける者しか立ち入れない区域。リチャードは即座にミュリエルの意図を読んだ。


「侍医は!」


「もういるわ。早くっ!」


メイド達の目を憚る時間も惜しく、大声で返答し、ミュリエルの方へかけていった。


「生きているの? 動いていないようだけど……まさか──」


抱えられたエレーナを一瞬覗いたミュリエルは青くなる。


「生きてます。不謹慎なこと言わないでください。──死なせてたまるか」


まるで、死んでしまったの? というミュリエルの言い方に言葉使いが悪くなる。


中に入ってすぐさま寝台の上に優しく乗せた。エレーナの身体は軽く胸が上下するだけ。それ以外ピクリとも動かない。


「どいてください。ここからはわしらの出番です」


ミュリエルの指示で待機していた侍医と他の王宮医達が素早く出血箇所を診察していく。


ミュリエルは彼らのサポートをするよう使用人達を動かしていった。


医療の知識を持ち合わせていないリチャードができるのはここまでだった。あとは神に祈るか、端の方でじっとしているしかなかった。途中でミュリエルに追い出されるまでずっと扉の近くで立っていた。


だが、1日経ってもエレーナは目を覚まさなかった。


『──全力は尽くしました。ですが、最初に言った通り目覚めるかは……一応お覚悟を』


そんな風に言われていた彼女があの透き通った瞳をぱっちりと開けてこちらを見たのだ。掠れているが口を開いて、声を出している。


いま、自分の胸の中で彼女が動いている。生きている。


「──家ではないのですねここ」


耳元で囁くくらいの小さな声で、リチャードにとって最愛の人は言った。


「宮の中だ。こんなことしてる場合じゃないね。すぐに侍医と出勤しているルイス公爵達を呼んでくるから」


起きたのならば1回見てもらった方がいい。今のところ後遺症は無さそうに見えるが、医者が見たら変わってくるかもしれない。


リチャードは部屋を出て行こうとするのを引き止められる。


「待って、あの、お水を頂いても? 喉が乾いてて」


「もちろんだ。そこにあるから注ぐよ」


玻璃の水差しから置かれていたコップに水を注ぐ。


「動かなくていい。飲ませるよ。右手もそれほど動くわけではないだろう?」


受け取ろうとしたエレーナを遮り、上半身を起こすのを手伝う。


「ありがとうございます」


水を飲んだらガラガラだった声も幾らかいつもの声に戻ってきたようだった。


「これぐらい君を巻き込んでしまったことに比べたら…………早く呼んでくるよ」


そう言ってリチャードは扉を閉めた。そして背中を扉に合わせたまま、身体から力が抜けてズルズルと座り込んでしまった。


「良かった。本当に。神様……レーナを助けて下さりありがとうございます」


まだ、手には彼女を抱きしめた感触が残っている。微笑みかけてくれた彼女の表情が脳裏に焼き付いている。それが現実だと自覚させてくれる。


誰も通らないことをいいことに、座り込んだまま顔を覆った。目を覚ましてくれたのが嬉しくて、じわりと涙が出てくるのを強引に拭った。


安堵したことによって力が抜けてしまった己を叱咤し、起きるのを願っていた者たちにリチャードは知らせに行った。

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