表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
本編
81/134

81.目を覚ます

誰かの声がする。怒号や悲鳴、嘆きに憂い。沈んだ声に切迫した声。それはもう様々で、個々に違う感情が宿っている。


瞳を開けて確認したい。そう思っても糊か何かを付けられたのか、瞼は開けられなかった。


大きな音がするが、うるさいとは感じなかった。心地よい微睡みの中にいるようだった。


時折ふわふわと宙に浮く感じがして、それに身を委ねてしまいそうになる。だけど何処からか自分を呼ぶのが聞こえて、見ることの叶わない何かに引っ張られることの繰り返し。


途中から声はあまり聞こえなくなった。ただ地面に足をつくことはなくて、若干浮いている感じ。そのどっちつかずの状態にしびれを切らし始めた頃。ようやく地面に足が着いた感触があった。


そして目を開けられたと思ったら知らない天蓋が見えた。花の模様が描かれている。垂れ下がっている淡紅色のカーテンは、同類色の紅リボンで纏められていた。


気だるく、全身が重い。痛い。さっきまでふわふわしていたのが嘘のようだ。


「ど……こ……」


見覚えがあるようでなかった。ずっと水を飲んでいなかったのか、喉がカラカラに乾いている。


掠れた声が部屋に消えていく。とても静かな空間だ。足音も、声も、ヒューヒューといつもより少し引っかかる自分の呼吸音以外は、聞こえない。


(わたし──)


腕が……動かない。左腕は包帯でぐるぐる巻き。右は──だるさ以外にシーツの下で何かに掴まれているらしかった。


暖かな感触がある。人肌のような。そんな感じの。


ゆっくり顔だけを動かす。


「でん……か……だよ……ね」


見るからにさらりとした金の髪。カーテンの隙間から射し込む陽光に当たって天使の輪ができ、顔はエレーナが横たわるシーツに埋まっている。どうやら寝ているらしい。


しばらくその珍しい姿を目に焼き付ける。リチャード殿下が誰かの前で寝ているなんて見たことがない。よほど疲れていたのだろうか。目の下に隈がある。一か月前に見た時はうっすらだったのに、今はくっきりだ。少しの寝不足では出来ないくらいの。


(殿下がいるということは……王宮かしら)


ようやく周りに目を向けられ、室内の様相を見渡す。エレーナの自室ではない。寝ていた寝台の左には小窓があり、右にある長机には、薬品が入っていると思われる小瓶が何本も置かれていた。


(取り敢えず手を……離さなきゃ)


そう思ったエレーナが握られた手を若干動かした。するとぐっすり寝ていたはずのリチャード殿下が身動ぎをして顔が上がる。


「──ああ、寝てしまっていたのか」


キョロキョロと辺りを見て、目を擦り、空いていた手を支えに立ち上がろうとした。


エレーナは咄嗟にするりと抜けそうだった手に力を込めた。


ハッとした殿下は慌ててシーツをめくり、エレーナを掴んだままになった己の手の先を見る。


そこにあるのは、しっかりとエレーナの意志で捕まえられているリチャード自身の手首。


スローモーションで殿下の目線がこちらに向く。


彼の瞳がエレーナの瞳を射抜き、みるみるうちに見開かれていく。


「レー、ナ」


「はい」


エレーナは弱々しく微笑んだ。


「起きたの?」


「ええ、ついさきほど」


「僕が見えている?」


「はっきりと見えていますよ」


「夢の中かい?」


「私が死んだわけではないのなら、現実ですよ。リチャード殿下」


首を横に傾けながら、もう一度、さっきよりも笑みを深めた。


それでもリチャード殿下は信じられないみたいだ。おそるおそる手が伸びてきて、エレーナの頬を優しく触った。少し擽ったい。


「あったかいね」


「それはそうです。わたし、生きていますから」


殿下の手が滑る。前髪を整えられ、不揃いな髪に触れた。そのまま手がエレーナの後ろに回って、覆い被さるように寝台の中で優しく抱きしめられる。


ふんわりと爽やかな柑橘の匂いが鼻を掠めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ