08.友人達とのすれ違い
「来てくれてありがとう。全員参加してくれてとても嬉しいわ」
青々と生い茂る芝生の中央に位置する東屋。中には五人ほどの令嬢が背中にクッションを置いて座っていた。
「何言ってるの? ようやく会えるって茶会の招待状を貰ったのだから参加以外の選択肢ないでしょ。個々にもイヴォナに渡したけれど、これは全員からの出産祝いよ。よかったら使って」
一人の令嬢が綺麗に包装された箱を手渡す。
「ありがとう。開けてみてもいいかしら?」
四人が頷けば、腹部がゆったりとしたドレスに身を包んだ一人──イヴォナが赤いリボンを解いた。
「わあ! これコットンのハンカチね! しかもシャーロットの名前が入ってる」
「赤ちゃんってよく顔を拭くじゃない? コットンは肌に優しいと言われているからよかったら拭く時に使って」
「ええ、ええ、使うわ。ありがとうサリア。それにみんなも」
飛び跳ねそうなくらい喜んでくれるイヴォナを見るとエレーナも嬉しくなった。
流石この五人の中で一番早くに結婚し、二児の母でもあるサリアだ。母となった者の欲している物をよく分かっている。
贈る物を決めたのはサリアだが、ハンカチに施された刺繍は全員関わっていて、一人一人少しずつ字体と糸の色を変えて刺している。
エレーナは祝福の色である黄糸で幸せになれますように、と願いを込めた。
和やかで穏やかな時間が過ぎていき、久方ぶりのお茶会にいつにもまして他愛もない話に花が咲く。
サリアの子育て論に新婚エレナの惚気話、最近の社交界での噂に恋の話。それはもう様々だ。
そんな中、頬杖をテーブルにつきながらエレーナの向かいに座っていたアレクサンドラは口を開いた。
「それにしてもイヴォナは出産、エリナは結婚してしまって残っているの私とエレーナだけかぁ。あーあ、私も早く式挙げたい!」
「何を言っているの? 貴方は再来月式を挙げる予定でしょうに」
隣に座っていたサリアがからかうように肘でアレクサンドラを小突く。
「だーかーらー待てないの! まだ招待状は送ってないけどみんな来てくれるよね?」
「ええ、絶対に行くわよサーシャ」
彼女の御相手の子息は伯爵家の次男。アレクサンドラの家は公爵家で嫁ぎ先の家格が下ということに、彼女の父が猛反対したらしい。それでもアレクサンドラはめげず、何度も何度も話し合いをしてようやく父を捩じ伏せ、婚約ができたのが一年前。
自分の力で勝ち取った彼女は相手の子息と幸せになって欲しい。友人として心から願っている。
にっこり笑って返答をすれば、アレクサンドラはハッと何かを思い出したかのように目を輝かせた。
「ねえ、レーナ」
「なにかしら」
「レーナはいつになったら婚約するの? ほら、ねえ?」
アレクサンドラの目配せに、他の三人も話に乗ってくる。
「そうよ、ずっと待っているのよ。まだ婚約もしてないらしいけどきっと豪華でしょうね」
「私達待ちきれないわ」
何故か祈る仕草をして惚けて浮かれている四人。友人達の考えていることが読み取れない。まるでエレーナだけが蚊帳の外のようだ。
「えっと……婚約はするつもりよ。私もそろそろ結婚しないといけないから」
一昨日大泣きして決めたことを口に出せば乙女達のキャー! と黄色い悲鳴が上がって思わず耳を塞いでしまう。
「なっ何?! なんでそんな騒ぐの? たかが婚約じゃない。皆してるじゃない」
混乱して立ち上がったエレーナは友人達に視線を彷徨わせる。
「よっようやく……」
感極まるサリア。
「見てるこっちがハラハラしてたわ」
ハンカチを取り出して目元を押さえるアレクサンドラ。
「わ~おめでとうレーナ」
ぱちぱちと拍手しながら日向のような笑顔を向けるイヴォナ。
「おっそいわよー!!! ねえいつ? いつなの!??? やっと結ばれたのね!!! 早速ギルベルトに教えなくちゃ!」
歓喜したことによって頭のネジが吹っ飛んだのか、エレーナの肩を掴み彼女を大きく前後に揺らすエリナ。
「なっなんか……みんな……はぁ……勘違い……してない?」
エリナによって目が回ってしまったエレーナは、テーブルに手を突きながら息たえだえに言葉を発した。
「どういうこと? だってレーナが結婚するとしたら一人しかいないじゃない」
アレクサンドラの言葉にその場にいたエレーナ以外の三人が頷く。
「なんで私の周りは……早とちりの人が多いのよ……婚約するつもり、としか言ってないわ」
「だからするのでしょう?」
エレーナの言いたいことがわからないとばかりに友人達の頭は横に傾く。
「だーかーらー! 婚約する相手は決まってないの! 今探しているの!」
痺れを切らしたエレーナは声を荒らげた。