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王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
本編
79/134

79.逃げ惑う

呼気が荒くなってきた。走るのもそろそろ限界だ。


(よっよし、取り敢えず試さないよりはマシ)


走りながら顔だけは後ろを振り向いた。


「あ! あそこに人狼がいる!」


──子供騙しにもならない。


(こんなのひっかかるはずないわよね)


「え? スタンレーには人狼がいるのか」


エレーナは無駄だと思ったが、彼らには効果抜群だったらしい。一瞬足を止めて周囲を確認している。

思わず呆気にとられてしまう。


(ひっ引っかかるの!? 本に出てくるお決まりの言葉よ?!)


それも一瞬のこと。すぐに騙されたと知り、男達は額に青筋を立てた。


「てめぇ女のくせに騙しやがったな。からかって楽しかぁ?」


「ごっごめんなさいごめんなさい許して……っ!」


涙声になりながら走る。


誰かが放った矢が足を掠め、表面の皮膚がぱっくり切れた。どくどくと生暖かい液体がつたい始める。


後ろを見ると弓を引いているのか、キラリと光るものが見えた。


「ええぇい! 傷つけてもいい、殺してでも、矢にアレを使ってもいいから逃がすな! 放て!」


ビュッと背後で風を切る音がした。ほぼ同時に左腕が熱くなる。矢がエレーナの皮膚を抉ったのだ。


痛みに顔が引きつる。手を添えれば手が赤黒く染った。


これまで事件等に巻き込まれず生きてきたエレーナは、こういう弓や刃物による怪我に慣れていない。無意識に走るスピードを緩め、男達との距離が詰まっていく。


「捕まえたぞ。てめぇほんとに手間を掛けさせやがってよォ」


「いやっ!」


男に髪の毛を掴まれ、引っ張られる。揉み合った末にリボンの結び目が解け、腰ほどまである髪がはらりとかかった。


「暴れんなっ! クソっ」


ガンッと鈍い音がして、視界がチカチカとし、真っ白になる。どうやら生えていた木に頭を強打させられたらしかった。


髪の毛から手はまだ離してくれてくれていない。けれど3人はいたはずの男は1人しか居ない。あとのふたりが来てしまったら本当にエレーナは逃げられなくなってしまう。


(どうしよう……この髪さえなければ……)


上手く回らない頭を無理やり回転させる。傷ついた左腕は何故か燃えるように熱く、火傷したみたいだった。


長い髪は男たちがエレーナを捕まえやすくする物になってしまっていた。結ぶ時間などないので邪魔でしかない。


(……そうだ、これなら隙はつくれる)


1つの案が浮かんだ。躊躇している暇はない。


急にポケットを漁り始めたエレーナを男は不審がる。


「てめぇなにを……」


「私は……あなた達に捕まるわけにはいかないのよ!」


両手で握りしめたモノを振り上げた。鋭い刃は月の光に照らされて鈍く光った。ジャキリと何かを裂く音がする。


金の髪が宙を舞ってあちら側とこちら側、一瞬両者とも視界を奪われる。


先に動いたエレーナは、少しでも足しになるようにおぼつかない手つきで、よろけながら男の手に刃を向けて切りつける。


「いってぇな! なんなんだこの女!」


捕捉から逃れたエレーナは再び転げるように走り出した。ようやく追いついたらしい2人組の男の怒号が耳をつらぬく。


(時間稼ぎにしかならない……どうしよう。もう嫌だ)


体力的にも、体格的にも、見つかった時点で無謀であった。それでも逃げなければ最悪の結果になってしまう。メイリーンが逃がしてくれたのに、彼女の苦労が意味をなくしてしまう。


右髪がちらりと視界に入る。

不自然に切られた己の髪は斜めになっていた。


(多分メイリーンだったら易々と撒いてしまうんだろうな)


こんな髪を切るなんてしなくても、上手く逃げてしまうだろう。

自分自身が不甲斐なくて気分が沈む。


エレーナはできる限り障害物のある場所を走った。そうすることで自分もだが、相手も足を取られると思ったからだ。


「──視界が!」


パッと開けた場所が見えてくる。明るい。


先ほどの男達の言葉からここがスタンレー国内であることは分かったが、詳細な場所は知らなかった。

なので地形に明るくないエレーナは、村か何か人がいる場所に出たのかと思った。そうだとしたら助けを呼べるかもしれない。


期待はすぐに裏切られた。


「うそ……崖なの?」


月明かりが入らない森から、木々が消えたことによって明るくなっていただけだったのだ。

思わずへたりこんだエレーナは崖下を覗く。


高さは……3階建てくらいだろうか。下には草木が生い茂っていて、傍には清流があり、向こう側にはまだ森が続いていた。


「残念だったなぁ」


ジリジリと男たちが近づいてくる。


「刺すわよ! 来ないでっ」


短刀を突き出す。


「お嬢ちゃんに殺せるのか? 弱いくせによぉ」


クスクスと笑われる。完全に舐められていた。


(ああ、なんでこんなことに私は巻き込まれているの? 何かした覚えはないのに!)


ハンカチを拾わなければ。

天幕にいかなければ。

ヴォルデ侯爵に言われたように、1人にならなければ。


全部仮定の話だ。未来なんて誰にも分かりっこない。自分の選択肢がこの結果を招いたのだ。


手が震え、じわりと涙が出て、ギリギリのところまで後ろに後退する。


「泣いたって意味ないさ。ほら、こっちへおいで。痛いことはしないから」


「行くわけないでしょ!」


今もまだ足と腕からは血が伝い落ちていた。走っているうちに傷口が広がったようで、先程よりも多く流れている。


流しすぎたのか、それとも走りすぎて酸素が体に巡ってないのか、ふらふらする。


捕まるより先に、怪我に詳しくないエレーナから見れば出血死しそうな勢いだった。


(どうせ捕まるなら……死ぬしか待っていないなら……)


「嬢ちゃん、刃物を置いてくれよ」


「────いいわ」


持っていた短刀が地面に突き刺さった。両手を上げて立ち上がる。エレーナは一か八かの賭けに出ることにした。


「いい子だ。おいで」


慎重に男達は近づいてくる。

手が差し伸べられる。

エレーナはその手を取ろうと震える己の手を差し出し────


「なーんてね。貴方たちに捕まるくらいならここで死んでやる」


思いっきり叩き落とす。


驚く男達の目の前で、地面を蹴った。

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