75.運ばれる2人
「……っとこれ」
短刀を両手でメイリーンは持った。
「エレーナ様、前に両手を出して動かないでください」
言う通りに縛られた両手を前に出す。するとメイリーンは短刀で縄を断ち切った。そしてエレーナに短刀を渡す。
「私のを切っていただけませんか?」
「えっ、ええ」
慣れた手つきのメイリーンとは違い、エレーナは短刀を持ったことがなかった。間違っても彼女の手を切らないよう慎重になりながら、縄に刃を刺し、そのまま切る。
「よし、これで自由ですね。あとは開けましょう」
「何を?」
エレーナは再び問う。
「──牢屋を」
彼女の手にはきらりと光る針金があった。
扉の前までいって、針金を鍵穴に差し込みカチャカチャと動かしている。
「それで……開けられるの?」
「開けられますよ。ここ、旧式? なので多分すぐに……あっ開いた」
カシャンと音を立てて錠が地面に落ちる。
ほらね? とメイリーンは少し自慢げにエレーナの方を向いた。
「あなた……何者なの?」
エレーナは周りがなんと言おうとメイリーンがリチャード殿下の花嫁だと思っていた。しかし、殿下の花嫁がこんなことをするのはおかしい。普通の令嬢が鍵の開け方なんて覚えているはずがない。
「難しい質問ですね。大きく括ればリチャード殿下付きの部下です。言ったじゃないですか、私はリチャード殿下の花嫁ではないと。エレーナさまは誤解なさったようですが」
(そんなこと聞いたことないわ……今初めて知った)
言いながら彼女は暗器のひとつを持って、他のは元の場所に隠す。
そしてどこからか取りだしたゴムで無造作に長い髪を纏めた。
「エレーナさまも身を守るためにひとつ持ってください。ですがリチャード殿下には私に渡されたと言わないでくださいね」
持たされたのはエレーナの手より少し大きい短刀だった。背に指を沿えばすっぱりと切れてしまいそうな。
メイリーンは床に落ちた縄を、牢屋の中にひとつだけあるランプの中に入れて燃やした。
音を立てて縄は灰になる。
「よしあとはここを────ちっ」
「どうしたの……むぐっ」
口を押さえられる。そして引きずられるように隅の方へ移動した。
「誰か来たみたいです。寝たフリをしてください。鍵と縄は……まあなんとかなるでしょう」
言い終わるや否や、いつの間にかヴェールを被ったメイリーンは瞳を閉じて本当に寝ているかのように振る舞い始めた。エレーナも倣う。
渡された短刀は、自分の肌を切らないようにドレスの中に隠した。今日が歩きやすい服装でよかった。おかげでいつもは付いてないポケットとかもあって、容易に隠すことは出来る。
コツンコツンと人が階段を降りる音がする。
「おーい本当にここであってんのかぁ?」
野太い男の声が近くなってくる。訛りが酷い。
「ああ、ジェニファー王女を王子の元に連れてこいという命令だ」
「ん? 錠が外れているぞぉ。誰か来たのか」
ドクンッと鼓動がいっそう大きくなる。
(やっやはり錠が開いたままなのはまずいのでは……)
「いや、誰も来たはずがないんだが。まあ逃げてないしいいだろう」
引っかかりを覚えてはいるだろうが、何とかなったようだ。音を出すことは出来ないので心の中で安堵の息を吐いた。
キィッと音を立てながら扉が開く。靴音が間近まで迫ってくる。
「……こっちだな。おい、もう1人はどぉすんだ」
「そっちは好きにしろ……と言いたいところだが、いけすかないあの方が王子の元へ連れてこいと言ったらしい」
ひっと悲鳴を上げるのを懸命にこらえた。お腹の辺りに手を入れられて、グイッと担がれる。両手は男の背中で宙にフラフラとゆれる。
「こいつら縄で縛ったはずだが……」
「んっなもんねーよ。何処にも縄なんてないじゃないか」
物品がなければごまかせる。
メイリーンはこうなることを考えて縄を燃やしたのだろうか。そうだとしたら凄い。
大男に担がれているエレーナは頭が下に来ていて、血が上る。思わず身動きしてしまいそうになる。
階段を大男が登るにつれて明かりが強くなっていく。どうやら壁にランプがかけられているらしい。ゆれる影が視界の端に見える。
大男は階段を登り終わって、もう一人の男に指示を仰いだ。
「どっちだァ?」
先程から思っていたが、この男、言葉の訛りからして貴族ではない。貴族はこんな話し方しない。それに、訛りと言ってもルルクレッツェの言語な気がする。
「こっちだ」
右に曲がる。地面は真っ赤なカーペットが敷かれていた。
(誰かの屋敷? 地下……ではないわね)
斜陽がカーペットに差し込んでいる。
(1日経ったのかしら?)
そう思い始めるとお腹が空いている気がするが、まだ分からない。意識を手放したのは昼だった。
そんなことを考えていると大男が止まった。
「中に入れ」
「あいよ」
どすんどすんと音を立てながら大男は部屋に入り、エレーナを無造作に床に放り出した。
(痛ったい!)
騎士とかならば受け身を咄嗟にとれるかもしれないが、エレーナは騎士ではない。そのまましたたかに全身を床に打ちつけた。頭をぶつけたようで、目を閉じていてもぐわんぐわん揺れている。
「殿下、ジェニファー王女です」
もう一人の男──こちらは少し紳士的な人物。彼がお姫様抱っこしているのはメイリーンだった。
痛みに慣れてきたエレーナは薄目で辺りを窺う。部屋の中は廊下と違って異様に暗かった。




