72.失態
「当初の予定の通りヴォルデ侯爵に付く予定だった者は彼を先頭に隊列を組め。私の方はそのまま付いてこい」
騎士たちに命令し、リチャードはまだ下にいたアーネストにだけ付け加える。
「着いたら偽のジェニファー王女を探せ。私はレーナを探す。剣は思う存分振り回していい。居場所は探知できているな? 最速で見つけ出して」
「建物の損害は? 思う存分って手加減なし? あれ使っていい?」
自身が乗ってきた馬車を指さし、アーネストはリチャードに訊ねた。
「──全部ギルベルトがどうにかするし、咎めはしない。何か言ってくる貴族達は抑えつける」
この時のためではないが、こういう場合に備えて力を付けてきたのだ。権力を笠に着るのは好きではない。しかし、ここで使わねばどこで使うんだとリチャードは思っていた。だから思う存分自分の地位と権力を使わせてもらう。
「了解」
アーネストは自分の馬の元へかけて行った。
「殿下」
馬に乗ったギルベルトが入れ替わるようにやってくる。
ギルベルトは出来れば主はここにいて欲しかった。エレーナのことになると時折見境が無くなるが、彼は一応王位継承者。
万が一、主が怪我をしたら元も子もない。
今上陛下と王妃殿下の御子はリチャード殿下しかいない。陛下の妹姫の息子であるアーネストがいるので王家の血筋が途絶えることはないが、直系は1人だけなのだ。
主の身の安全は臣下にとって一番大切なこと。脅かされるのならば本来は止めなければならない。
しかし苦言を呈したところで、こっちがやられるのが目に見えているし、やめてくれるとは思わないので口には出さなかった。
後ろを見れば騎士達がリチャードが出発するのを待っていた。
リチャード達はこの狩猟大会で何が起きるのか知っていた。いや、起こるように仕向けていた。ジェニファー王女をギャロット辺境伯が誘拐するのも、予定であった。だからわざと引っかかったふりをして、わざと眠る騎士を作ったのだ。
天幕を爵位ごとに指定したのもこのためだ。万が一、トラブルが生じた場合自体を把握しやすいように。そして相手方の出方が分かりやすいように。
ジェニファー王女が出席するから今年は特例でと、最もらしい理由で王家がさりげなく介入したのだ。
辺境伯は何も言わず、素直にこちら側の提案を受け入れた。
おかしいとは思っていたのだ。ここ数年で辺境伯は急速に力をつけていた。あの国境沿いはそれほど資源が豊かなわけでも、農作物が育ちやすい場所でもない。おまけに、辺境伯は……今の状況からも見て取れる通り、あまり頭がいいとは思えなかった。
だからリチャードはギャロット辺境伯の周辺を探っていた。国にとって毒になるのであれば容赦なく切り捨てるつもりで。
調べれば調べるほどきな臭い。あらが出てくる。どうやら不正を働いているようだった。
彼らは──身寄りのない子供を連れ去って、奴隷として売っていたのだ。つまり人身売買。
この国では人身売買はとても重い犯罪として扱われている。関わった者は貴族であれ、平民であれ、身分関係なく死罪となることが普通だ。
だからリチャードはギャロット辺境伯を家ごと潰すつもりで動いていた。国や民に害になるのは目に見えている。
ならば必要ない。
要らない。
捨ててしまえ。
領地を没収し、もっと誠実で真面目だが領地を持てなかった者に爵位と共に渡した方が恩を売れるし、国的にも良い。
加えて、前に舞い込んできた面倒事が何の因果か繋がっていた。だから一刀両断するためにこの場を設けたのだった。
なのにエレーナを巻き込んでしまうなんて。
(最後の最後で……あと少しだったのに。こうなるならば、レーナが狩猟大会に参加出来ないよう手を回せばよかった)
リチャードは事前に今日、相手がどう動くか知っていた。紛れ込ませた間者が上手く働いてくれていたのだ。だから……少し油断したのかもしれない。
事前情報通りならば、全員眠らされてジェニファー王女だけが連れ去られるはずだった。眠らされるだけならばエレーナには危害が加わらないと思ったのだ。それが命取りになった。
ギリッと奥歯が擦れて音を立てた。手網を握る手に爪がくい込む。
後悔したところでここには何も無い。エレーナはギャロット家とその後ろにいる者に連れ去られ、一刻の猶予もないのだ。
「──すぐ助けるから。守れなくてごめん」
風を切る音が耳に入る。リチャードはもっと早く走るよう馬を操作した。